Unknown Power

ふり

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4章

12 1回表裏

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 寒空の快晴のもとで主審のコールが高らかに宣誓された。
 由加里が大きく振りかぶって投じた初球はストレート。打者の内角にズバッと決まり、ストライクを取った。先頭打者ということもあり、早打ちはして来ないだろうと踏み、同じコースにストレートを放る。やや胸元に寄った形になり、打者は後ずさる。
 桐子は変化球のサインを出した。由加里がうなずき、決め球のひとつであるスライダーを投げ込む。打者からすると甘めのコースに入ったようにも見えた。が、思った以上のキレにバットの根っこに当たる。鈍い音とともに力のないフライが上がる。桐子が大事に捕って、最初のアウトを取った。
 続く2番打者もレフトフライに打ち取り、今日最初のクリーンナップを迎えた。3番を打つのはネリネである。右打席に立ち、バットを宙に捧げるように腕をグンと伸ばす独特の構えに、新後アイリスの面々は目を瞠(みは)った。

「まるで三冠王を三回取った打者のようね」

 坂戸が思わずつぶやく。その打者はもう少しグリップエンドをへそ近くまで落としていて構えていた。所謂、神主(かんぬし)打法と呼ばれるものでセ・リーグとパ・リーグの両リーグで一時代を築いた大打者のひとりである。愛知の球団に所属していたが、この年に導入されたばかりのFA(フリーエージェント)を宣言し、94年からはタイタンズに籍を置くことになっている。

「パワーがあるようですが、無駄なスイングはしないみたいです。この打席は振ってこないでしょうね」

 愛敬が鋭い目つきでネリネを観察しながら言った。

「同感ね。私がネリネなら、ピッチャーが初見なら一打席捨てて観察するもの。まあ、カットで粘ったりできれば一番いいけど」 

 2-2と追い込み、最後は外に逃げるスライダーを見逃し、ネリネは三振に倒れた。



 1回裏は新後アイリスの不動の1番センターの佳澄からである。
 打席に立った佳澄が集中してガウラを見た。マウンドの高さもプラスされたガウラは、プロフィール上の身長が正しければ2メートル10センチ半ばまで到達しており、まさしく巨人だ。日本人でもなかなかいない高身長に、横にも鍛えられた厚みもあって圧に飲み込まれそうになる。
 果たして直感的に嫌な予感がした。足元を均(なら)すふりをして下を見れば案の定である。知らぬ間に打席の前方に立っていたはずが、少し下がっていたのだ。いつもの位置に立ち直して、バットを構える。ガウラが投球モーションに入って10秒も経たないうちに、豪快な音を立ててミットに収まる。

「ストラーイク!」

 球審の声に我に返った佳澄は、キャッチャーミットに収まったボールをまじまじと見つめる。結果だけがそこにあった。途中経過が省略されているかのような豪速球である。今まで対戦してきた投手と比べ物にならない。今の球が一番速い。

「思いのほかコントロールがよかったねぇ」

 佳澄が三振に倒れてダグアウトに戻ってくるなり、坂戸は苦虫を噛み潰したような顔で出迎えた。コントロールが思ったよりもいい。たかだかバッターひとりを相手にしただけだが、長年の経験と元の世界で蓄積していたデータからわかる。あのフォームにしてからのガウラは、立ち上がりこそ無駄球が多いが、尻上がりに調子を上げてくる。そうなると、打ち崩すのが厄介極まるのだ。

「コントロールミスを待つしかないかも。パツキンちゃんはうちの由加里と違って精密機械ってわけじゃないみたいだし。うちらが練習してた数段上のストレートを投げ込んでくるからねー」

 佳澄の口調は軽いが、少し笑顔が強張っている。早打ち気味の佳澄がフルカウントまで打席にいたのは久しぶりだった。フルカウントにならないうちにさっさと塁に出る――それが佳澄の信条なのだが、今回の打席はお手上げだった。

「佳澄さんは左打者ですから、より打ちにくいかもしれません。イメージ的には背中からボールが来るようなものです」

 愛敬の発言に、ベンチに座っていた左打者たちの顔色が悪くなる。左投げはいても、左のサイドからあんな直球を投げる選手なんてこの辺にはいない。練習試合で対戦した控えの投手を借りて何日間か滞在してもらい、わざわざサイドから投げてもらっていた。一応形だけ打つ練習をしたのだった。
「じゃあ、どうすればいいのよ」と誰しも口から出かけた。佳澄が先に言ったようにコントロールミスを待つしかない。または――

「自分の得意なコースに自分が打てる球種が来るまでは振らないことです」

 坂戸がゆっくり首を縦に振った。

「現状はそうするしかないわね」

 とりあえず結論づけたところで、2番レフトの葵も三振に倒れ、3番キャッチャーの桐子もフルカウントまで粘るも、どこまでも曲がるような高速スライダーを振ってしまい、三振に打ち取られてしまったのだった。

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