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最終章
05 勝利の美酒
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『ごめん、暗い話は終わりにするね。
こっちの私は元の世界と違って、いないメンバーがいたり、本保さんが元気だったり、楽しくやってるよ。
今日なんか、この前母さんに冗談で大晦日にのっぺを作りに来てくださいって言ったら、本当に来て張り切っちゃってさ。
靖子(やすこ)さんといっしょに大鍋で作ってさ、年越しそばといっしょに食べたよ。
あーあ、ここにアンタと倉本監督がいれば最高だったのにさ。
そううまくはいかないもんだね。
あと数時間で1993年が終わります。
年の瀬の瀬のこんな忙しいときに何で書いているんだろうね、私は。
まあ、こんなふうにみんな和気あいあいとやってるから心配しなくていいから。
アンタはアンタの人生を歩んでってください。
敬具 1993(平成5)年12月31日 佐渡由加里改め坂戸(さかど)悠里(ゆり)
金谷(かなや)政(まさ)様』
「じゃあ、頼んだわよ」
佐渡由加里改め坂戸悠里が、白い封筒に便箋(びんせん)を入れて振り返る。そこには相変わらずの格好をしたトキネが正座していた。
「確かにお預かりします」
封筒をたすき掛けにしていたカバンに入れ、立ち上がる。坂戸は目をすがめて訝(いぶか)しんだ。
「ちゃんと届くんでしょうね」
「……大丈夫です。これに関しては勝敗に関わらず、希望すれば送れるシステムになっていますので」
「ならいいのよ」
トキネは窓を開けて靴を履いて窓枠に足をかけた。
「それでは、良いお年を」
「はいはい。トキナの奴にも言っておいて。あと、あんまりふざけたことをやると痛い目に遭(あ)わせるって」
「わかりました」
トキネが飛び降りるのと、坂戸の部屋のドアが荒々しく開かれるのは同時だった。
「監督―!」
顔を赤くした桐子(きりこ)と佳澄(かすみ)がズカズカと入ってきた。
「いつまで引きこもってんだ! ほら、立て立て! 行くぞ!」
「そうだそうだー! 新年はすぐそこだぞー!」
「酒臭! アンタたち相当飲んだわね」
と、ふたりに突っつかれて部屋を出る。その際に部屋の時計を見た。
「もう23時半か……」
ふたりに引っ立てられ食堂へ行くと、新後アイリスの主な関係者が勢ぞろいしていてた。
「さあ、監督様のお帰りだ! みんな崇めよ称えよ!」
佳澄の大仰な言い方に場がワッと沸いた。みなの表情が底抜けに明るい。
元の世界の大晦日は倉本が退任した日であり、暗く、喪に伏したような状態であった。
今は若く元気な桐子も佳澄も本保も贄(にえ)も相崎(あいざき)も靖子も飯酒盃(いさはい)もいる。しかも元の世界ではいなかった桃未(ももみ)も茜(あかね)も葵(あおい)も愛敬(あいきょう)もいた。ほかにも大なり小なり出資してくれている後援会の人たちが、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎを繰り広げていた。
みなに酒を勧められ、たちまち顔が赤くなる坂戸。沖縄以来の酒だ。あのときは酒のいいところを味わう余裕がなかったが今回は違う。拝藤組に勝って気分良く年を越せるという紛れもなく美酒だ。
由加里が日本酒を注ぐふりをして水を注ぎながら聞いてきた。
「手紙は書き終わった?」
「ええ、これでこの時代に心おきなく骨を埋められるわ」
「よかったー。よろしく頼むよ、坂戸監督」
「アンタにはこれからもずっとがんばってもらうからね。由加里ちゃん」
「任しといてよ」
ふたりが微笑み合っていると、佳澄が大声で促してきた。
「カウントダウンが始まるよ―――っ!」
みなが大きな声で10からカウントダウンを始めた。どれもこれも希望に満ち溢れた気持ちのいい顔をしている。
やがてゼロになると一斉に、
「今年もよろしくお願いします!」
去――1993――年は監督の倉本が逝去したため、「あけましておめでとうございます」は言えない。みなが次の言葉を探しているうちに佳澄が声を裏返せて叫んだ。
「そして、新後アイリスは永遠に不滅ですっ!!」
坂戸は気分よく笑いながら、すかさずツッコんだ。
「なーに言ってんの。あたりまえでしょ」
みなの笑い声が、恩愛寮に響いた。
終
こっちの私は元の世界と違って、いないメンバーがいたり、本保さんが元気だったり、楽しくやってるよ。
今日なんか、この前母さんに冗談で大晦日にのっぺを作りに来てくださいって言ったら、本当に来て張り切っちゃってさ。
靖子(やすこ)さんといっしょに大鍋で作ってさ、年越しそばといっしょに食べたよ。
あーあ、ここにアンタと倉本監督がいれば最高だったのにさ。
そううまくはいかないもんだね。
あと数時間で1993年が終わります。
年の瀬の瀬のこんな忙しいときに何で書いているんだろうね、私は。
まあ、こんなふうにみんな和気あいあいとやってるから心配しなくていいから。
アンタはアンタの人生を歩んでってください。
敬具 1993(平成5)年12月31日 佐渡由加里改め坂戸(さかど)悠里(ゆり)
金谷(かなや)政(まさ)様』
「じゃあ、頼んだわよ」
佐渡由加里改め坂戸悠里が、白い封筒に便箋(びんせん)を入れて振り返る。そこには相変わらずの格好をしたトキネが正座していた。
「確かにお預かりします」
封筒をたすき掛けにしていたカバンに入れ、立ち上がる。坂戸は目をすがめて訝(いぶか)しんだ。
「ちゃんと届くんでしょうね」
「……大丈夫です。これに関しては勝敗に関わらず、希望すれば送れるシステムになっていますので」
「ならいいのよ」
トキネは窓を開けて靴を履いて窓枠に足をかけた。
「それでは、良いお年を」
「はいはい。トキナの奴にも言っておいて。あと、あんまりふざけたことをやると痛い目に遭(あ)わせるって」
「わかりました」
トキネが飛び降りるのと、坂戸の部屋のドアが荒々しく開かれるのは同時だった。
「監督―!」
顔を赤くした桐子(きりこ)と佳澄(かすみ)がズカズカと入ってきた。
「いつまで引きこもってんだ! ほら、立て立て! 行くぞ!」
「そうだそうだー! 新年はすぐそこだぞー!」
「酒臭! アンタたち相当飲んだわね」
と、ふたりに突っつかれて部屋を出る。その際に部屋の時計を見た。
「もう23時半か……」
ふたりに引っ立てられ食堂へ行くと、新後アイリスの主な関係者が勢ぞろいしていてた。
「さあ、監督様のお帰りだ! みんな崇めよ称えよ!」
佳澄の大仰な言い方に場がワッと沸いた。みなの表情が底抜けに明るい。
元の世界の大晦日は倉本が退任した日であり、暗く、喪に伏したような状態であった。
今は若く元気な桐子も佳澄も本保も贄(にえ)も相崎(あいざき)も靖子も飯酒盃(いさはい)もいる。しかも元の世界ではいなかった桃未(ももみ)も茜(あかね)も葵(あおい)も愛敬(あいきょう)もいた。ほかにも大なり小なり出資してくれている後援会の人たちが、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎを繰り広げていた。
みなに酒を勧められ、たちまち顔が赤くなる坂戸。沖縄以来の酒だ。あのときは酒のいいところを味わう余裕がなかったが今回は違う。拝藤組に勝って気分良く年を越せるという紛れもなく美酒だ。
由加里が日本酒を注ぐふりをして水を注ぎながら聞いてきた。
「手紙は書き終わった?」
「ええ、これでこの時代に心おきなく骨を埋められるわ」
「よかったー。よろしく頼むよ、坂戸監督」
「アンタにはこれからもずっとがんばってもらうからね。由加里ちゃん」
「任しといてよ」
ふたりが微笑み合っていると、佳澄が大声で促してきた。
「カウントダウンが始まるよ―――っ!」
みなが大きな声で10からカウントダウンを始めた。どれもこれも希望に満ち溢れた気持ちのいい顔をしている。
やがてゼロになると一斉に、
「今年もよろしくお願いします!」
去――1993――年は監督の倉本が逝去したため、「あけましておめでとうございます」は言えない。みなが次の言葉を探しているうちに佳澄が声を裏返せて叫んだ。
「そして、新後アイリスは永遠に不滅ですっ!!」
坂戸は気分よく笑いながら、すかさずツッコんだ。
「なーに言ってんの。あたりまえでしょ」
みなの笑い声が、恩愛寮に響いた。
終
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