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最終章
04 夢の継承
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政は新後大学付属病院の個室の扉を開いた。
そこに佐渡由加里は眠っていた。心電図モニターと命をつなぐための点滴や人工呼吸器の管が由加里の体から延びている。
政は何とも言えぬ想いに駆られた。
――俺は五体満足で生きてて、由加里……おまえはそんな姿なのかよ。
「おばちゃーん、来たよ―――っ!」
美弥が真っ先に、佐渡が横たわるベッドへ直進していった。枕元に折り紙で自分で作った造花のようなものを置いて声をかけている。造花は新後アイリスのユニフォームで使っている色――紫、薄桃、黄――だ。出来は正直あまりよろしくないが、こういうものは作った本人の気持ちが大事なものだ。
政は生唾を飲み込んで覗き込む。顔は傷ひとつなく綺麗なままである。横から真美子が同情するように言った。
「1ヶ月前の事故からずっとよ。でも、頭を強く打って体も跳ね飛ばされたのに、一応一命をとりとめたのは奇跡だって、先生は言ってたわ」
イスに座って佐渡を見下ろしていた正太がポツリと言った。
「由加里さん、元気になるかな?」
佐渡の手を握っていた正太の顔が今にも泣きそうである。
――由加里の奴、正太も美弥も赤ん坊のころから自分の子どものようにかわいがってくれたっけ。
「泣くな。きっと元気になるから」
正太の頭をくしゃくしゃに撫でる。気丈に涙をこらえているが、目が潤んでいて決壊が近かった。
「確かに目は覚ましてないんだな?」
真美子は見舞いの花を取り替えながら答えた。
「うん、そうよ。植物状態で体の機能は問題ないらしいんだけど、あとはいつ目が覚めるかどうかなんだって」
――トキナが言ってたのはこういうことだったのか……ひでえことになってやがるな……。
政は佐渡の額に手を当てた。瞬間、佐渡の目が見開かれ、心電図の機械から異音が発せられ、心音が乱れに乱れた。
「ま、政……」
紛れもなく佐渡から発せられたくぐもった声。呼吸器が曇る。佐渡は手を震わせながら呼吸器を取り外した。
「馬鹿、何やってんだ! 待ってろ、今看護師さんを呼んでやるから!」
「ま、待って……」
政はナースコールを手にしながら固まった。
「少し、話したい……」
佐渡はひと呼吸置いて咳払いをする。
「ずっと夢を見ていたの……みんな20代ぐらいかな……。私は私じゃないおばちゃんで、政もいた……。でも、倉本(くらもと)監督がいなかった……。早くに死んでたの……。ショックだったなぁ……。でも、その夢の中では敵だった娘(こ)も味方になったり……知らない娘がいたり……力を合わせて拝藤(はいとう)組を倒せて、夢でもよかった……よ……」
「その夢は現実だ。別の世界でおまえががんばって旧新後アイリスを救った。おまえの意志――意思――は、ほかの世界のおまえにも届いてるはずだ!」
人間はときどき夢を通して情報交換をしている、と唱えている人間もいる。そして、それが生きる上でのヒントや答えとなり、運命すら変えしまうこともある。
政もまた別の1993年の世界の経験を通し、考え方が大きく変わったのだった。
「そっか……。政、ありがとう……。最期にアンタと話せて……よかった……。私……もう行かなきゃ……。部屋の隅にね、監督――倉本――がまだかって待ってるんだ……。本保(ほんぼ)さんもいて、一生懸命なだめてる……。先に逝ってるから……アンタはゆっくり来なさいよ……」
由加里はまぶたを震わせながら目を閉じた。政はナースコールを押し、今すぐ来るように叫んだ。
由加里の手を握り、
「まだ逝くな!!」
と懸命に呼びかけるがしかし、ナースと医者が駆けつけたころには、完全に心臓の動きが停止した。
医者が心臓マッサージを施すが、2度と心臓が動き出すことはなかった。
「残念ですが……」
瞳孔の確認を終えた医者が無念を伝えると、子どもたちは火がついたように泣き出した。真美子もさめざめと泣いている。政も涙を流しながら、まだ温かみが残る由加里の手を握り、
「なあ、由加里。必ず、必ず独立リーグを今まで以上に盛り上げてみせる。新後アイリスは俺に任せておけ。だからお前はそっちで――」
力が一層こもり、嗚咽(おえつ)とともに声を振り絞った。
「見ていてくれよ……!」
そこに佐渡由加里は眠っていた。心電図モニターと命をつなぐための点滴や人工呼吸器の管が由加里の体から延びている。
政は何とも言えぬ想いに駆られた。
――俺は五体満足で生きてて、由加里……おまえはそんな姿なのかよ。
「おばちゃーん、来たよ―――っ!」
美弥が真っ先に、佐渡が横たわるベッドへ直進していった。枕元に折り紙で自分で作った造花のようなものを置いて声をかけている。造花は新後アイリスのユニフォームで使っている色――紫、薄桃、黄――だ。出来は正直あまりよろしくないが、こういうものは作った本人の気持ちが大事なものだ。
政は生唾を飲み込んで覗き込む。顔は傷ひとつなく綺麗なままである。横から真美子が同情するように言った。
「1ヶ月前の事故からずっとよ。でも、頭を強く打って体も跳ね飛ばされたのに、一応一命をとりとめたのは奇跡だって、先生は言ってたわ」
イスに座って佐渡を見下ろしていた正太がポツリと言った。
「由加里さん、元気になるかな?」
佐渡の手を握っていた正太の顔が今にも泣きそうである。
――由加里の奴、正太も美弥も赤ん坊のころから自分の子どものようにかわいがってくれたっけ。
「泣くな。きっと元気になるから」
正太の頭をくしゃくしゃに撫でる。気丈に涙をこらえているが、目が潤んでいて決壊が近かった。
「確かに目は覚ましてないんだな?」
真美子は見舞いの花を取り替えながら答えた。
「うん、そうよ。植物状態で体の機能は問題ないらしいんだけど、あとはいつ目が覚めるかどうかなんだって」
――トキナが言ってたのはこういうことだったのか……ひでえことになってやがるな……。
政は佐渡の額に手を当てた。瞬間、佐渡の目が見開かれ、心電図の機械から異音が発せられ、心音が乱れに乱れた。
「ま、政……」
紛れもなく佐渡から発せられたくぐもった声。呼吸器が曇る。佐渡は手を震わせながら呼吸器を取り外した。
「馬鹿、何やってんだ! 待ってろ、今看護師さんを呼んでやるから!」
「ま、待って……」
政はナースコールを手にしながら固まった。
「少し、話したい……」
佐渡はひと呼吸置いて咳払いをする。
「ずっと夢を見ていたの……みんな20代ぐらいかな……。私は私じゃないおばちゃんで、政もいた……。でも、倉本(くらもと)監督がいなかった……。早くに死んでたの……。ショックだったなぁ……。でも、その夢の中では敵だった娘(こ)も味方になったり……知らない娘がいたり……力を合わせて拝藤(はいとう)組を倒せて、夢でもよかった……よ……」
「その夢は現実だ。別の世界でおまえががんばって旧新後アイリスを救った。おまえの意志――意思――は、ほかの世界のおまえにも届いてるはずだ!」
人間はときどき夢を通して情報交換をしている、と唱えている人間もいる。そして、それが生きる上でのヒントや答えとなり、運命すら変えしまうこともある。
政もまた別の1993年の世界の経験を通し、考え方が大きく変わったのだった。
「そっか……。政、ありがとう……。最期にアンタと話せて……よかった……。私……もう行かなきゃ……。部屋の隅にね、監督――倉本――がまだかって待ってるんだ……。本保(ほんぼ)さんもいて、一生懸命なだめてる……。先に逝ってるから……アンタはゆっくり来なさいよ……」
由加里はまぶたを震わせながら目を閉じた。政はナースコールを押し、今すぐ来るように叫んだ。
由加里の手を握り、
「まだ逝くな!!」
と懸命に呼びかけるがしかし、ナースと医者が駆けつけたころには、完全に心臓の動きが停止した。
医者が心臓マッサージを施すが、2度と心臓が動き出すことはなかった。
「残念ですが……」
瞳孔の確認を終えた医者が無念を伝えると、子どもたちは火がついたように泣き出した。真美子もさめざめと泣いている。政も涙を流しながら、まだ温かみが残る由加里の手を握り、
「なあ、由加里。必ず、必ず独立リーグを今まで以上に盛り上げてみせる。新後アイリスは俺に任せておけ。だからお前はそっちで――」
力が一層こもり、嗚咽(おえつ)とともに声を振り絞った。
「見ていてくれよ……!」
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