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1章
04 下準備として
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4
壁かけ時計が12時になろうとしたとき、玄関の扉が開いた。
「ただいま!」
ソファで寝転びながら雑誌を読んでいた彩乃は、両手を下ろして豪篤を出迎えた。
「お帰りー。どこ行ってたの?」
「ちょっと買い物」
豪篤の両手には、はち切れんばかりの黒いビニール袋がひとつずつ提げられていた。そしてそのまま、そそくさとリビングを通り過ぎて自室に入ろうとする。
怪しいと踏んだ彩乃は、半身を起こしてカマをかけてみた。
「何々、エッチぃもんでも買ってきたの?」
「断じて違う!」
ドアノブに手をかけた豪篤は、顔だけ向けて断言する。
「ふーん。違うんなら中身、見せてよ」
「断る!」
にべもなく言い切ってリビングを出る。自室にさっさと入り、カギを閉めた。
「高3の暇な時期だからって、昼間からお盛んだこと」
肩をすくめていた彩乃だったが、雑誌をソファに置いて立ち上がった。腕を上に大きく伸ばす。
「さてと、バカはほっといて昼ごはん食ーべよ」
戸棚からカップ麺を取り出し、ふたを開けて鼻歌混じりに電気ポットからお湯を注ごうとする。
「がああああああッ、いってェ―――――ッ!」
反射的に悲痛の叫びがしたほうに首を回す。
「何やってんの、あのバカ」
彩乃はカップ麺をその場に置いて急行する。豪篤の部屋のドアを強くたたく。
「開けなさい! 私は、多少まともなあんたを母さんと父さんから預かったつもりよ。好奇心はとっても大事だけど、せめてその……塗ってから――」
ガチャッと解錠する音が聞こえ、少し間があってからゆっくりドアが開いた。
苦痛の表情を顔いっぱいに広げている豪篤が出てきた。右手には拳が作られ、左手は左足をさすっている。
ジャージの片足だけまくられ、歯を食いしばって一定の箇所を絶えずさすっている。
ピンときた彩乃は、豪篤の右手の拳を力ずくでこじ開ける。丸められたガムテープを奪い取って広げると、無数のすね毛が貼り付いていた。
彩乃はすね毛のついたガムテープと豪篤の顔を交互に見る。一度嘆息し、あきれを滲ませた声を発した。
「ああそっち……じゃなくて、わけを話してみなさい」
豪篤は観念したのか少しの間があって、素直にうなずいた。
* * *
「なるほどね……。その店長に言われたから、ガムテープでこんな暴挙に及んだわけね」
ひと通りわけを聴いた彩乃は、コーヒーをすすった。
正面に座る豪篤は、先ほどまでの元気は遥か彼方に飛んでいったらしい。今ではすっかり小さくなっていた。顔をうつむかせ、自分のしたことに打ちひしがれている様子である。
「彼女にフラれた直後で、ここまで行動的なのはいいことだけど、いろいろとぶっ飛びすぎ。階段を2段飛ばしで駆け上がってるものよ? まあ、案の定つまずいて転げ落ちたけど」
豪篤は無言を貫く。
「物事には段階ってものがあるの。まずは私に相談する。よほどのことじゃない限り、笑わないし、けなさない。あんたが真剣なら、私も真剣に考えるよ」
耳が痛い豪篤は、ますます口を結んで小さくなるばかりである。
「ひとりで勝手に決めないこと。いい? わかった?」
「わかりました……」
「わかってない! もう一回!」
テーブルをたたいて容赦なくやり直しを求めた。豪篤は、彩乃を射殺さんばかりの眼光で、
「わかりました!」
やや逆ギレ気味に答えた。
「ところで……」
パンパンに膨らんだふたつの黒い袋が、テーブルの上で存在を誇示している。
彩乃はそれを流し見た。
「ずいぶんとまあ、買ってきたもんだね」
ふたつの袋を手元に引き寄せ、中身を物色し始める。
豪篤は再度顔を下に向けたままである。しかし、目線を時折ちらつかせてはいた。
「まずは大量のガムテかー、これはなんかのときに使えるからよしとしよう。あー、黒髪ロングのカツラと茶髪ロングのカツラとピンク髪ショートのカツラ……何者になりたいか迷走してるわね。それから口紅、グロス、顔パック、チーク、コンシーラー、つけまつ毛……あーもう、もったいない。八割ぐらいは私があげたり貸したのに」
急に顔を上げて抗議をする豪篤。
「こんなこと姉貴に言えるわけないだろ」
「普通はそうだね。その割にグロスはパクったくせに」
「グロス? あれはリップだろ?」
彩乃は眉間に手をやった。
「……はあー、アンタがなんでフラれたかよーくわかったわ」
「なんだよ。今は渚のことは関係ないだろ。いつまでも過去のことをグチグチ言うなよな」
「はいはい。ごめんねごめんね。ま、このダブった化粧品たちは、授業料だと思って反省なさい」
「ああ。そうだな」
豪篤は荒い口調で言ってそっぽを向く。
「……ところでアンタ、そこまでして変わりたいの?」
彩乃を豪篤はジッと見据える。表情は真剣そのものだ。
「もちろんだ。俺には、あいつしか好きになれないし、あいつ以外は考えられない。それに、あいつからいろいろなことが学べそうなんだ」
豪篤の恋愛に一本気な性格を知り、彩乃は相好をくずした。
「惚れた弱みってやつね。さすがわが弟、いいこと言うじゃない。私もこういうことを言ってくれる相手がいたらなぁ……」
ぶっきらぼうに、でも少し優しさが感じられる口調で豪篤は言った。
「姉貴は女にしちゃ背が高いから、なかなか釣り合う野郎がいないんだよ。だいたい今の日本は、野郎の平均身長が姉貴の身長だからさ」
「ふふっ、ヘタな慰めをありがとう。なんにせよ、暇な休日が充実したものになりそうな予感ね」
底冷えする笑みを、彩乃は満面にたたえる。
豪篤は嫌な予感で背筋が冷たくなるのを感じた。だが、
(こうなってしまっては受け入れるしかない……!)
と思い直し、彩乃をひとまずは信じることにした。
* * *
壁かけ時計が12時になろうとしたとき、玄関の扉が開いた。
「ただいま!」
ソファで寝転びながら雑誌を読んでいた彩乃は、両手を下ろして豪篤を出迎えた。
「お帰りー。どこ行ってたの?」
「ちょっと買い物」
豪篤の両手には、はち切れんばかりの黒いビニール袋がひとつずつ提げられていた。そしてそのまま、そそくさとリビングを通り過ぎて自室に入ろうとする。
怪しいと踏んだ彩乃は、半身を起こしてカマをかけてみた。
「何々、エッチぃもんでも買ってきたの?」
「断じて違う!」
ドアノブに手をかけた豪篤は、顔だけ向けて断言する。
「ふーん。違うんなら中身、見せてよ」
「断る!」
にべもなく言い切ってリビングを出る。自室にさっさと入り、カギを閉めた。
「高3の暇な時期だからって、昼間からお盛んだこと」
肩をすくめていた彩乃だったが、雑誌をソファに置いて立ち上がった。腕を上に大きく伸ばす。
「さてと、バカはほっといて昼ごはん食ーべよ」
戸棚からカップ麺を取り出し、ふたを開けて鼻歌混じりに電気ポットからお湯を注ごうとする。
「がああああああッ、いってェ―――――ッ!」
反射的に悲痛の叫びがしたほうに首を回す。
「何やってんの、あのバカ」
彩乃はカップ麺をその場に置いて急行する。豪篤の部屋のドアを強くたたく。
「開けなさい! 私は、多少まともなあんたを母さんと父さんから預かったつもりよ。好奇心はとっても大事だけど、せめてその……塗ってから――」
ガチャッと解錠する音が聞こえ、少し間があってからゆっくりドアが開いた。
苦痛の表情を顔いっぱいに広げている豪篤が出てきた。右手には拳が作られ、左手は左足をさすっている。
ジャージの片足だけまくられ、歯を食いしばって一定の箇所を絶えずさすっている。
ピンときた彩乃は、豪篤の右手の拳を力ずくでこじ開ける。丸められたガムテープを奪い取って広げると、無数のすね毛が貼り付いていた。
彩乃はすね毛のついたガムテープと豪篤の顔を交互に見る。一度嘆息し、あきれを滲ませた声を発した。
「ああそっち……じゃなくて、わけを話してみなさい」
豪篤は観念したのか少しの間があって、素直にうなずいた。
* * *
「なるほどね……。その店長に言われたから、ガムテープでこんな暴挙に及んだわけね」
ひと通りわけを聴いた彩乃は、コーヒーをすすった。
正面に座る豪篤は、先ほどまでの元気は遥か彼方に飛んでいったらしい。今ではすっかり小さくなっていた。顔をうつむかせ、自分のしたことに打ちひしがれている様子である。
「彼女にフラれた直後で、ここまで行動的なのはいいことだけど、いろいろとぶっ飛びすぎ。階段を2段飛ばしで駆け上がってるものよ? まあ、案の定つまずいて転げ落ちたけど」
豪篤は無言を貫く。
「物事には段階ってものがあるの。まずは私に相談する。よほどのことじゃない限り、笑わないし、けなさない。あんたが真剣なら、私も真剣に考えるよ」
耳が痛い豪篤は、ますます口を結んで小さくなるばかりである。
「ひとりで勝手に決めないこと。いい? わかった?」
「わかりました……」
「わかってない! もう一回!」
テーブルをたたいて容赦なくやり直しを求めた。豪篤は、彩乃を射殺さんばかりの眼光で、
「わかりました!」
やや逆ギレ気味に答えた。
「ところで……」
パンパンに膨らんだふたつの黒い袋が、テーブルの上で存在を誇示している。
彩乃はそれを流し見た。
「ずいぶんとまあ、買ってきたもんだね」
ふたつの袋を手元に引き寄せ、中身を物色し始める。
豪篤は再度顔を下に向けたままである。しかし、目線を時折ちらつかせてはいた。
「まずは大量のガムテかー、これはなんかのときに使えるからよしとしよう。あー、黒髪ロングのカツラと茶髪ロングのカツラとピンク髪ショートのカツラ……何者になりたいか迷走してるわね。それから口紅、グロス、顔パック、チーク、コンシーラー、つけまつ毛……あーもう、もったいない。八割ぐらいは私があげたり貸したのに」
急に顔を上げて抗議をする豪篤。
「こんなこと姉貴に言えるわけないだろ」
「普通はそうだね。その割にグロスはパクったくせに」
「グロス? あれはリップだろ?」
彩乃は眉間に手をやった。
「……はあー、アンタがなんでフラれたかよーくわかったわ」
「なんだよ。今は渚のことは関係ないだろ。いつまでも過去のことをグチグチ言うなよな」
「はいはい。ごめんねごめんね。ま、このダブった化粧品たちは、授業料だと思って反省なさい」
「ああ。そうだな」
豪篤は荒い口調で言ってそっぽを向く。
「……ところでアンタ、そこまでして変わりたいの?」
彩乃を豪篤はジッと見据える。表情は真剣そのものだ。
「もちろんだ。俺には、あいつしか好きになれないし、あいつ以外は考えられない。それに、あいつからいろいろなことが学べそうなんだ」
豪篤の恋愛に一本気な性格を知り、彩乃は相好をくずした。
「惚れた弱みってやつね。さすがわが弟、いいこと言うじゃない。私もこういうことを言ってくれる相手がいたらなぁ……」
ぶっきらぼうに、でも少し優しさが感じられる口調で豪篤は言った。
「姉貴は女にしちゃ背が高いから、なかなか釣り合う野郎がいないんだよ。だいたい今の日本は、野郎の平均身長が姉貴の身長だからさ」
「ふふっ、ヘタな慰めをありがとう。なんにせよ、暇な休日が充実したものになりそうな予感ね」
底冷えする笑みを、彩乃は満面にたたえる。
豪篤は嫌な予感で背筋が冷たくなるのを感じた。だが、
(こうなってしまっては受け入れるしかない……!)
と思い直し、彩乃をひとまずは信じることにした。
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