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3章
07 島への取材
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「え? 僕も取材してくれるんですか!?」
珍しくネクタイを締めて上着を羽織った島が驚気を隠せないでいる。
「それはもう当然ですよ!! 映画を撮った監督の取材を忘れる人間がいますか!?」
「こんなにも個々に魅力的で、多様なる逸材を集めて経営しているお方の話は大枚をはたいてでも拝聴しますよ。出てくる言葉が金言そのものといっても、過言ではありませんし」
「いやあ、大したないですよー。ちゃんとした話ができるか不安だなぁ」
口ではそんなことを言いながら、島は満更でもない表情で頭を掻いている。
「このお店『メイドォール』を構えたきっかけを教えていただけませんか!?」
「最初に言っておきますが、自費ではありません。与えられたものです」
興味が湧いた北川が大山に少し黙るように言いつけ、身を乗り出した。
「ほう。経緯などをお聞かせ願えませんでしょうか」
「以前勤めていた会社で同僚と顧客獲得を巡って争いごとになりましてね。社長は同僚の肩を持った上で昇進させ、僕に関しては降格の人事をしたんですよ。だから、頭にきて辞めたんです。それからはというものの悲憤(ひふん)慷慨(こうがい)って言うんですかね。悲しみと憎しみと怒りが頭を支配しました。これでプラスのほうの力になってくれればよかったのですが、逆に働いてしまって……。頭が狂いそうになったので、日本酒の一升瓶を一気飲みして、ビルの屋上から死んでやろうと思ったんです。でもそのビル、ある方のだったんですよ」
「ある方とは?」
「石田(いしだ)清成(きよなり)さんです」
「あの、ドケチで堅実な投資しかしないことで有名な石田清成ですか!?」
大山と北川は白黒させている。
石田清成は滋賀県出身で、地元の大学院で経済学を学んだのちに大阪木下グループの1社に入社。そこで経理として働き、徹底的に社内外の無駄という無駄を省くことに成功。創業以来赤字だった会社を黒字に導いた。
グループ内の会社を何社か転々とし、その都度黒字化を達成。そのことから、大阪木下グループの木下会長の目に留まり、大阪木下グループの金庫番に相当する職に任命された。つまり、すべての金の流れは石田の目にすることになり、おかしな点があれば本人及び部下が乗り込み、徹底的に糾弾が行われる。裏では監査役も兼ねているのではないか、と噂が立っているほどだ。
「そうなんです。おっしゃるようにお金のことに関してはうるさいらしいですが、僕は特に何も言われたことありませんね。……でまあ、たまたま人から少し離れたくて撒いて、屋上に来てみたら、フェンスの向こうに僕がいたと」
「どんなお話をされたのでしょう?」
「表情も変えずにつかつか歩み寄って来てひと言言われただけです『自殺するくらいなら、私の話を聞いてからにしろ。酒はいい酒を飲ませてやる』と」
「ほうほう」
「酒の席なので、あんまり憶えていないのですが……だいたいは愚痴を聴かされました。メディアでは切れ者感満載で冷たそうな人に見えます。が、言いたくないことを結構言ってしまってるらしいです。けれど、接してみればあんなに人間味に溢れ、とても相手のことを考えている優しい方はそうそういませんね」
「思わぬ情報ですね!! ありがとうございます!!」
「記事にする際はそれとなくでお願いしますね。あんまりあの方の素顔を話すと、照れながら怒りの電話をしてくるので」
「しかし、不思議な話ですねぇ。島さんは経営の経験はなかったわけですよね? よくいきなり店ひとつを任せられましたね」
北川に突っ込まれ、島は微苦笑した。
「そうですね。僕は経営はズブの素人ですが、これに関しては勉強をして経験を積んでいけばいいだけの話です。それに、経営はできなくても顧客の開拓は得意中の得意でしたから。周辺の店や住民たちとの共存共栄を図り、それから世間に大々的に打って出ようかと。今は共存共栄の途中です」
「理想はあるんですか?」
「はい。ありきたりですが、お客さんも働いてる娘たちも楽しく、笑顔あふれるようなコミュニティを形成していきたいです。さっき言ったように、地固めが第一です。『故郷あっての人』という言葉もありますし。でも、口コミや雑誌で他方から来ていただけるお客さんも歓迎しますよ!」
* * *
ふたりが帰ったあと、片づけをしながら萌が感銘を受けた様子でいった。
「店長の理想は素晴らしいですね。初めて聞きましたよ。あんなこと考えたんですねぇ」
「うん。営業仕込みの口から出まかせだけどね」
「え?」
「前にみんなに言ったのは、みんなの士気を下げないためだよ。僕としては限られた常連だけが来てくれる店がいいと思った。だけど、あの人たちと話してたら、またあのときみたいに頭の隅っこの案が主張してきてね。主張してきたからには言ってみようと、口にしたからには実際にやってみようかなって」
メイド一同はキョトンとしている。なんて言っていいかわからない雰囲気だ。
「石田さんに甘えてばかりじゃダメだよなぁ。受けた恩は石に刻めって言葉もあるぐらいだし。いい意味で倍返ししないと」
成実が首を捻りながら思ったことを聞いた。
「店長ってもしかして……ちょいクズ?」
「クズはひどいなぁ。人より少し楽して生きたいだけだよ」
萌が手のひらを自分の額に当てた。
「要素が入ってますね……これは」
「というわけで、明日から僕は本気を出して、この一帯を駆けずり回ろうと思います。お客さんは確実に増えるけど、みんなはそれでもいいかな?」
「私は暇よりはいいかなと思います」と優美。
「少しだらける時間があるんだったら、あたしはいいよー♪」と成実。
「わたくしも掃除に割く時間や、ひと息つける時間があるのなら賛成です」と萌。
「調理担当を増やしてくれるんならいいぞ。つーか、料理できるんだから出て来いよ」と郷子。
「もちろん、なるべくそうするよ。郷子くんだけじゃつらいよね」
「あったりまえだ。自分のことを何だと思ってんだ」
「八面六臂の活躍が見込める完全無欠のメイドさん?」
「適当なことを言うな」
「まあまあ、明日から根回しするから。とにかく、踏み出す勇気をくれたみんなと、きっかけをくれたあのふたりに感謝だね」
珍しくネクタイを締めて上着を羽織った島が驚気を隠せないでいる。
「それはもう当然ですよ!! 映画を撮った監督の取材を忘れる人間がいますか!?」
「こんなにも個々に魅力的で、多様なる逸材を集めて経営しているお方の話は大枚をはたいてでも拝聴しますよ。出てくる言葉が金言そのものといっても、過言ではありませんし」
「いやあ、大したないですよー。ちゃんとした話ができるか不安だなぁ」
口ではそんなことを言いながら、島は満更でもない表情で頭を掻いている。
「このお店『メイドォール』を構えたきっかけを教えていただけませんか!?」
「最初に言っておきますが、自費ではありません。与えられたものです」
興味が湧いた北川が大山に少し黙るように言いつけ、身を乗り出した。
「ほう。経緯などをお聞かせ願えませんでしょうか」
「以前勤めていた会社で同僚と顧客獲得を巡って争いごとになりましてね。社長は同僚の肩を持った上で昇進させ、僕に関しては降格の人事をしたんですよ。だから、頭にきて辞めたんです。それからはというものの悲憤(ひふん)慷慨(こうがい)って言うんですかね。悲しみと憎しみと怒りが頭を支配しました。これでプラスのほうの力になってくれればよかったのですが、逆に働いてしまって……。頭が狂いそうになったので、日本酒の一升瓶を一気飲みして、ビルの屋上から死んでやろうと思ったんです。でもそのビル、ある方のだったんですよ」
「ある方とは?」
「石田(いしだ)清成(きよなり)さんです」
「あの、ドケチで堅実な投資しかしないことで有名な石田清成ですか!?」
大山と北川は白黒させている。
石田清成は滋賀県出身で、地元の大学院で経済学を学んだのちに大阪木下グループの1社に入社。そこで経理として働き、徹底的に社内外の無駄という無駄を省くことに成功。創業以来赤字だった会社を黒字に導いた。
グループ内の会社を何社か転々とし、その都度黒字化を達成。そのことから、大阪木下グループの木下会長の目に留まり、大阪木下グループの金庫番に相当する職に任命された。つまり、すべての金の流れは石田の目にすることになり、おかしな点があれば本人及び部下が乗り込み、徹底的に糾弾が行われる。裏では監査役も兼ねているのではないか、と噂が立っているほどだ。
「そうなんです。おっしゃるようにお金のことに関してはうるさいらしいですが、僕は特に何も言われたことありませんね。……でまあ、たまたま人から少し離れたくて撒いて、屋上に来てみたら、フェンスの向こうに僕がいたと」
「どんなお話をされたのでしょう?」
「表情も変えずにつかつか歩み寄って来てひと言言われただけです『自殺するくらいなら、私の話を聞いてからにしろ。酒はいい酒を飲ませてやる』と」
「ほうほう」
「酒の席なので、あんまり憶えていないのですが……だいたいは愚痴を聴かされました。メディアでは切れ者感満載で冷たそうな人に見えます。が、言いたくないことを結構言ってしまってるらしいです。けれど、接してみればあんなに人間味に溢れ、とても相手のことを考えている優しい方はそうそういませんね」
「思わぬ情報ですね!! ありがとうございます!!」
「記事にする際はそれとなくでお願いしますね。あんまりあの方の素顔を話すと、照れながら怒りの電話をしてくるので」
「しかし、不思議な話ですねぇ。島さんは経営の経験はなかったわけですよね? よくいきなり店ひとつを任せられましたね」
北川に突っ込まれ、島は微苦笑した。
「そうですね。僕は経営はズブの素人ですが、これに関しては勉強をして経験を積んでいけばいいだけの話です。それに、経営はできなくても顧客の開拓は得意中の得意でしたから。周辺の店や住民たちとの共存共栄を図り、それから世間に大々的に打って出ようかと。今は共存共栄の途中です」
「理想はあるんですか?」
「はい。ありきたりですが、お客さんも働いてる娘たちも楽しく、笑顔あふれるようなコミュニティを形成していきたいです。さっき言ったように、地固めが第一です。『故郷あっての人』という言葉もありますし。でも、口コミや雑誌で他方から来ていただけるお客さんも歓迎しますよ!」
* * *
ふたりが帰ったあと、片づけをしながら萌が感銘を受けた様子でいった。
「店長の理想は素晴らしいですね。初めて聞きましたよ。あんなこと考えたんですねぇ」
「うん。営業仕込みの口から出まかせだけどね」
「え?」
「前にみんなに言ったのは、みんなの士気を下げないためだよ。僕としては限られた常連だけが来てくれる店がいいと思った。だけど、あの人たちと話してたら、またあのときみたいに頭の隅っこの案が主張してきてね。主張してきたからには言ってみようと、口にしたからには実際にやってみようかなって」
メイド一同はキョトンとしている。なんて言っていいかわからない雰囲気だ。
「石田さんに甘えてばかりじゃダメだよなぁ。受けた恩は石に刻めって言葉もあるぐらいだし。いい意味で倍返ししないと」
成実が首を捻りながら思ったことを聞いた。
「店長ってもしかして……ちょいクズ?」
「クズはひどいなぁ。人より少し楽して生きたいだけだよ」
萌が手のひらを自分の額に当てた。
「要素が入ってますね……これは」
「というわけで、明日から僕は本気を出して、この一帯を駆けずり回ろうと思います。お客さんは確実に増えるけど、みんなはそれでもいいかな?」
「私は暇よりはいいかなと思います」と優美。
「少しだらける時間があるんだったら、あたしはいいよー♪」と成実。
「わたくしも掃除に割く時間や、ひと息つける時間があるのなら賛成です」と萌。
「調理担当を増やしてくれるんならいいぞ。つーか、料理できるんだから出て来いよ」と郷子。
「もちろん、なるべくそうするよ。郷子くんだけじゃつらいよね」
「あったりまえだ。自分のことを何だと思ってんだ」
「八面六臂の活躍が見込める完全無欠のメイドさん?」
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