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4章
01 優美の成長
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1
優美(ゆみ)が働き始めて2週間ほど経った。
「いらっしゃいませおはようございます~。『メイドォール』へようこそ~」
最初こそは失敗に次ぐ失敗の繰り返しだったがそれに腐らず、素直に受け止めて自分なり改善した。そのおかげで失敗も減っていったのである。
メイドとしての仕事はもちろん、表情・仕草・言葉遣いなども早々と身につけていった。それもひとえに――。
北川(きたがわ)と大山(おおやま)が入店してきた。北川はすぐに、優美の前へと席を確保する。そして、わざと思えるぐらいがっくりうなだれた。
「優美さ~ん……」
「あら、北川さん。どうしたの~? 暗い顔して」
「わたくしとしたことが、些細なミスの積み重ねから、上司からお叱りを受けたのですよ……」
「それは災難でしたねぇ。でも、私が慰めてあげる」
「それは本当ですか? いやはや、わたくしの負で苛まれてた心が、浄化されていく――」
「だ・け・ど」
優美はわざわざしゃがんで上目遣いに北川の顔を見る。
「承知しておりますよ。オムチャーハン2人前とメロンソーダフロートもふたつお願いします」
「ありがとー、さすが北川さんだわ♪」
優美は北川の頭を優しくなでる。
「ああ~~」
「嫌なこと飛んでけー、嫌なこと飛んでけー。どう? 北川さん」
なでる手を止めて北川の様子をうかがう優美。暗かった北川の顔が電灯を点けたように明るくなっていた。
「いやいや、たまりませんね。この瞬間(とき)を熱望に熱望を重ねて仕事してた甲斐がありましたよ。元気1000倍で正義のヒーローであれば、悪役をパンチ1発で粉砕することさえ易きものになりました。またお願い申しあげます」
「やっぱ、優美さんはすごいっす! 最高っす! 自分が何を言ってもダメだった主任の息を吹き返してくださってありがとうございます!!」
大山が優美に向かって頭を下げる。優美はその大山のあごをクイッと持ち上げ、顔を鼻先が当たるほどに近づけた。どこか妖艶さを漂わせるような笑みが、顔を彩っていく。
「大山くん、私に惚れたら大怪我するわよ♡」
吐息のような耳をくすぐる甘ったるいささやきに、大山は顔を真っ赤にして生唾を飲み込んで、
「は、はい……!!」
なんとか言葉を絞り出した。途端に優美がフッと快活な笑みになり、
「それでは、ごゆっくり」
と、カウンターのほうへ去っていった。
このように、今では言っていた「女らしい言葉遣いかつ明るい感じで、ときには誘惑したり、でも普段は甘えた感じで接するキャラ」になりきっていた。
「しゅ、主任! 優美さん、このところさらにエロ――いや、妖艶さが増しましたね……! 自分の心臓が破裂しそうっすよ……!!」
口の横に手のひらを立てて、声を極力潜ませる大山。北川は気分を害したらしく、ふうと息を吐くと、大山の質問に気だるそうに答えた。
「人は成長するものだ。かわいさに磨きがかかる者もいれば、優美さんのように妖艶さに磨きがかかる者もいる。人の特性は十人十色。伸びない特性を磨き続けても、万にひとつしか花開かせることができない。正しい特性を早々と見つけ、自分のスタイルを実行できる能力は誰しもできるものじゃない。アイドルなんかいい題材だ。選択を誤り、自分の中にある特性を見つけられずにイマイチ伸びない者が大多数だ。有象無象の中にあって飲み込まれ、個性の個の字も出せないまま辞めていく者ばかり。まあ、そういった者たちは、アイドルという職業に就くこと自体誤ったといってもいいのかもしれんが」
「ということでしたら、主任は優美さんは最良の選択をしたと思うのですね!?」
北川は歯をむき出しにして笑ってうなずいた。
「今日も絶好調に飛ばしてるねぇ~」
「お見事でしたわ」
成実(なるみ)と萌(もえ)が満面の笑みでねぎらい、褒める。
「ありがと。でもね、まだまだこれからよ」
「そうそう。これから萌え萌えウルトラビームを覚えてもらわなきゃね」
「何よそれ」
「んじゃ、あたしが実践してみよっか。行くよー? 萌え」
成実が右手でピースを作り、右目に近づける。それでいて左目を器用にウィンクさせた。
「萌え」
今度は左手でピースを作り、左目に近づけた。今度は右目をウィンクさせる。
「ウルトラ」
全身を縮こまらせるかのように、その場にしゃがみ、
「ビーム♪」
大の字でジャンプをした。
「こんな感じ。さあ、優美ちゃんもやってみよー♪」
「ちょっと私の目指すキャラじゃ考えられない」――絶対に嫌だな……。
「あー、これは絶対中に引っ込んだ豪(たけ)ちゃんも嫌がってるねー……。ちなみに、萌ちゃんはどう?」
「お断りですわ」
「わー、すっごい穢れのない笑顔」
「わたくしは、おしとやかでありたいですからね」
「そうだよね。――キャラが――ブレないのがプロってもんだよねー」
「私もブレないように気をつけないと……」
優美が心に刻みつけていると、
「おーい、優美。オムライスを取りに来い」
厨房から郷子(さとこ)の声が飛んできた。
「はーい、わかりましたっ」
優美は厨房へ向かう。成実はしみじみとつぶやいた。
「あっという間に一人前だねぇ」
「いえ、まだその言葉は早いですわ」
微笑みながら萌はキッパリ否定する。
「あともうひとつ、もしくはふたつあれば充分ですが、壁に当たって乗り越えねば一人前にはなれません」
「……そうだね。あたしたちも壁を乗り越えて今ここにいる」
言葉を受け入れるように萌がうなずく。
「なーんて、柄にもなくかっこつけたことを言ったら、鳥肌が立っちゃったよっ」
成実は体をせわしなくさする。
「ふふふ」
上品に笑う萌の視線の先には、オムライスを気分良く運んでいる優美の姿があった。
優美(ゆみ)が働き始めて2週間ほど経った。
「いらっしゃいませおはようございます~。『メイドォール』へようこそ~」
最初こそは失敗に次ぐ失敗の繰り返しだったがそれに腐らず、素直に受け止めて自分なり改善した。そのおかげで失敗も減っていったのである。
メイドとしての仕事はもちろん、表情・仕草・言葉遣いなども早々と身につけていった。それもひとえに――。
北川(きたがわ)と大山(おおやま)が入店してきた。北川はすぐに、優美の前へと席を確保する。そして、わざと思えるぐらいがっくりうなだれた。
「優美さ~ん……」
「あら、北川さん。どうしたの~? 暗い顔して」
「わたくしとしたことが、些細なミスの積み重ねから、上司からお叱りを受けたのですよ……」
「それは災難でしたねぇ。でも、私が慰めてあげる」
「それは本当ですか? いやはや、わたくしの負で苛まれてた心が、浄化されていく――」
「だ・け・ど」
優美はわざわざしゃがんで上目遣いに北川の顔を見る。
「承知しておりますよ。オムチャーハン2人前とメロンソーダフロートもふたつお願いします」
「ありがとー、さすが北川さんだわ♪」
優美は北川の頭を優しくなでる。
「ああ~~」
「嫌なこと飛んでけー、嫌なこと飛んでけー。どう? 北川さん」
なでる手を止めて北川の様子をうかがう優美。暗かった北川の顔が電灯を点けたように明るくなっていた。
「いやいや、たまりませんね。この瞬間(とき)を熱望に熱望を重ねて仕事してた甲斐がありましたよ。元気1000倍で正義のヒーローであれば、悪役をパンチ1発で粉砕することさえ易きものになりました。またお願い申しあげます」
「やっぱ、優美さんはすごいっす! 最高っす! 自分が何を言ってもダメだった主任の息を吹き返してくださってありがとうございます!!」
大山が優美に向かって頭を下げる。優美はその大山のあごをクイッと持ち上げ、顔を鼻先が当たるほどに近づけた。どこか妖艶さを漂わせるような笑みが、顔を彩っていく。
「大山くん、私に惚れたら大怪我するわよ♡」
吐息のような耳をくすぐる甘ったるいささやきに、大山は顔を真っ赤にして生唾を飲み込んで、
「は、はい……!!」
なんとか言葉を絞り出した。途端に優美がフッと快活な笑みになり、
「それでは、ごゆっくり」
と、カウンターのほうへ去っていった。
このように、今では言っていた「女らしい言葉遣いかつ明るい感じで、ときには誘惑したり、でも普段は甘えた感じで接するキャラ」になりきっていた。
「しゅ、主任! 優美さん、このところさらにエロ――いや、妖艶さが増しましたね……! 自分の心臓が破裂しそうっすよ……!!」
口の横に手のひらを立てて、声を極力潜ませる大山。北川は気分を害したらしく、ふうと息を吐くと、大山の質問に気だるそうに答えた。
「人は成長するものだ。かわいさに磨きがかかる者もいれば、優美さんのように妖艶さに磨きがかかる者もいる。人の特性は十人十色。伸びない特性を磨き続けても、万にひとつしか花開かせることができない。正しい特性を早々と見つけ、自分のスタイルを実行できる能力は誰しもできるものじゃない。アイドルなんかいい題材だ。選択を誤り、自分の中にある特性を見つけられずにイマイチ伸びない者が大多数だ。有象無象の中にあって飲み込まれ、個性の個の字も出せないまま辞めていく者ばかり。まあ、そういった者たちは、アイドルという職業に就くこと自体誤ったといってもいいのかもしれんが」
「ということでしたら、主任は優美さんは最良の選択をしたと思うのですね!?」
北川は歯をむき出しにして笑ってうなずいた。
「今日も絶好調に飛ばしてるねぇ~」
「お見事でしたわ」
成実(なるみ)と萌(もえ)が満面の笑みでねぎらい、褒める。
「ありがと。でもね、まだまだこれからよ」
「そうそう。これから萌え萌えウルトラビームを覚えてもらわなきゃね」
「何よそれ」
「んじゃ、あたしが実践してみよっか。行くよー? 萌え」
成実が右手でピースを作り、右目に近づける。それでいて左目を器用にウィンクさせた。
「萌え」
今度は左手でピースを作り、左目に近づけた。今度は右目をウィンクさせる。
「ウルトラ」
全身を縮こまらせるかのように、その場にしゃがみ、
「ビーム♪」
大の字でジャンプをした。
「こんな感じ。さあ、優美ちゃんもやってみよー♪」
「ちょっと私の目指すキャラじゃ考えられない」――絶対に嫌だな……。
「あー、これは絶対中に引っ込んだ豪(たけ)ちゃんも嫌がってるねー……。ちなみに、萌ちゃんはどう?」
「お断りですわ」
「わー、すっごい穢れのない笑顔」
「わたくしは、おしとやかでありたいですからね」
「そうだよね。――キャラが――ブレないのがプロってもんだよねー」
「私もブレないように気をつけないと……」
優美が心に刻みつけていると、
「おーい、優美。オムライスを取りに来い」
厨房から郷子(さとこ)の声が飛んできた。
「はーい、わかりましたっ」
優美は厨房へ向かう。成実はしみじみとつぶやいた。
「あっという間に一人前だねぇ」
「いえ、まだその言葉は早いですわ」
微笑みながら萌はキッパリ否定する。
「あともうひとつ、もしくはふたつあれば充分ですが、壁に当たって乗り越えねば一人前にはなれません」
「……そうだね。あたしたちも壁を乗り越えて今ここにいる」
言葉を受け入れるように萌がうなずく。
「なーんて、柄にもなくかっこつけたことを言ったら、鳥肌が立っちゃったよっ」
成実は体をせわしなくさする。
「ふふふ」
上品に笑う萌の視線の先には、オムライスを気分良く運んでいる優美の姿があった。
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