27 / 52
4章
02 美喜の友達
しおりを挟む
2
午後3時を回ったころ。
横山(よこやま)美喜(みき)が鼻歌を歌いながら店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ~。あれ、美喜ちゃん。ずいぶんと機嫌がいいのね」
すっかり店の常連になっていた美喜は、迷わずカウンター席に座る。
美喜は、優美から温かいお茶とおしぼりを受け取ると、上機嫌に話を切り出した。
「実はね、新しく友達ができたの」
「おおっ」
「ネット上のだけど」
「あらら」
優美がわざとらしく体勢を崩すと、美喜の頬がぷっくり膨れてくる。美喜は最初のお客さんということもあって優美が素を出せる相手――特別な存在なのである。
「そんなカクッてなることないじゃない。今度ね、会うことになったの」
「それっていわゆるオフ会?」
「うん。人生初のオフ会だからすっごく緊張するけど、楽しみでもあるのよ」
美喜は、まるで恋する乙女のように手を合わせ、一点を見つめ始める。
「……とりあえず、いつもと同じでチョコレートパフェでいいのね」
半ばひとり言のような注文を取り、優美はその場を離れた。
「ねえねえ、みっちゃんはどんな人だと思ってるの?」
聞き覚えのある声の質問に、妄想の海を泳いでいた美喜が、現実に引き戻された。ふと気づいて視線を落とせば、しゃがんでこちらを見ている成実がいた。
「うーん……チャットの会話文からして、綺麗系というよりもかわいい系だと思うんだ。絵文字とか文体で判断するのもなんだけど。でも、こうやって妄想するのも楽しいじゃない!」
目を異様に光らせて断言する美喜に、成実はたじたじになった。
「ま、まあね。前向きな妄想は気持ちを若くするって言うしねっ」
「ヤだなぁ、成実ちゃん。わたし、おばさんじゃないよ」
美喜が成実の頭に手を置いて髪をかき回していると、優美がチョコレートパフェを持ってやってきた。
「はい、お待たせしました~」
「あれ、いつもよりトッピングが多いけど?」
普段のチョコレートパフェは、生クリームとチョコチップアイスとチョコフレークの3種のみ。この日は、チョコチップクッキーや板チョコのかけらやチョコポッキーが、器から落ちそうなくらい、絶妙な均衡を保って盛り付けられていた。
優美は軽くウインクしてみせる。
「郷子さんに話したら、盛り付けてくれたのよ。何も言わなかったけど、祝ってくれてるんだと思うわ」
「郷子さん、ありがとうございますー!」
美喜はカウンター席から厨房に向かって叫ぶ。すると、少し経ってから、
「どういたしましてー」
棒読みのような返事が飛んできた。
「それじゃ」
と言い、美喜はスプーンを正面の優美に渡す。
「ねえねえ、いつものいつもの!」
ねだる美喜は、見た目そのまま子どもだった。犬のようなしっぽがついていたら、ちぎれそうなぐらい振っていただろう。
「しょうがない娘(こ)ね」
優美は目を細めると、左手を伸ばして美喜の頭をゆっくり優しくなでた。
美喜の顔が気持ち良さそうにものになり、吐息を漏らしている。
優美の右手には、パフェの中身が乗ったスプーンが握られていた。なでるのをやめ、右手を少しずつ伸ばす。
「はい、あーん」
下唇にスプーンが少し触れると、余韻を残すようにゆっくりと美喜の口が閉じられる。
優美はスプーンをスッと引き抜いて、左手で美喜の頭をまたなで始めた。
「ああ~、至福のときだわ~」
「お疲れのようですわね」
優美の横でコーヒー豆を挽いていた萌が声をかける。
「気を張りすぎて疲れてまして……。わたし、ゼミ長だからしっかりしないといけないんです」
「あらあら、それはお疲れ様です」
「だからこうして、がんばった自分へのご褒美ってほどでもないですけど、ここに来るんですよ。みなさんを見てると元気をもらえるんです。優美ちゃんからはこうして癒してもらえるし」
「うれしいことを言ってくれますね。ねえ、萌さん」
「そうですわね。こうした言葉をいただくと、わたくしたちも働いている甲斐がありますわ」
そこに、美喜に頭を乱暴になでられていたはずの成実が、裏に通じるドアから出てきた。
「あれ、どうしたの? みんなして笑って」
美喜が成実のいた位置を確認してから尋ねた。
「いないと思ったら、どこか行ってたの?」
「ちょっとお花を摘みに」
成実は持っていたお盆で口元を隠してほほほと笑う。つられて3人も笑った。
「お、なんだろう。楽しそうだね」
店長の島(しま)が、裏に通じるドアから顔を出した。いつものYシャツネクタイに、今日はさらに深緑のカーディガンを着ていた。
「おはようございます」
3人のメイドがあいさつをする。
「おはよう、今日は本当に寒いね」
言いながら、美喜から2席ほど離れた席に座る。
「萌さん。とりあえず、コーヒーを1杯くれ。どうだい、優美さん。絶好調かい?」
「ええ、おかげさまで。それもこれもみなさんのおかげです!」
「はっはっは、驕らず謙虚なところがいいね。その姿勢は大事だぞ」
「はいっ!」
「ところで、こちらのかわいい彼女はお客様でいいんだよね?」
「最近よく来店されてる横山美喜さんです」
島の好奇な目線が突き刺さり、美喜のほほに赤みがさして緊張した様子になった。
「よ、横山です」
「店長の島です。うちの店をご贔屓していただいているようで、ありがとうございます。まだまだ優美は未熟者ですが、横山さんが温かく見守ってくだされば幸いです」
「いえいえそんな。優美さんはいいメイドさんだと思いますよ。みなさんの接客も丁寧ですが、だれよりも丁寧でお客さんの喜ぶことを考えてるのは、わたしは優美さんだと思いますし」
「美喜さん……」
「良かったな優美さん。君のがんばりをだれよりも認めてくれる人がいて」
優美は感極まりそうになる。込み上がってくる感情に涙腺が緩む。うれし涙をこらえ、にっこり笑った。
「はいっ!」
「うんうん、よかったよかった」
萌から淹れてもらったコーヒーを島は満足気にすすった。
午後3時を回ったころ。
横山(よこやま)美喜(みき)が鼻歌を歌いながら店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ~。あれ、美喜ちゃん。ずいぶんと機嫌がいいのね」
すっかり店の常連になっていた美喜は、迷わずカウンター席に座る。
美喜は、優美から温かいお茶とおしぼりを受け取ると、上機嫌に話を切り出した。
「実はね、新しく友達ができたの」
「おおっ」
「ネット上のだけど」
「あらら」
優美がわざとらしく体勢を崩すと、美喜の頬がぷっくり膨れてくる。美喜は最初のお客さんということもあって優美が素を出せる相手――特別な存在なのである。
「そんなカクッてなることないじゃない。今度ね、会うことになったの」
「それっていわゆるオフ会?」
「うん。人生初のオフ会だからすっごく緊張するけど、楽しみでもあるのよ」
美喜は、まるで恋する乙女のように手を合わせ、一点を見つめ始める。
「……とりあえず、いつもと同じでチョコレートパフェでいいのね」
半ばひとり言のような注文を取り、優美はその場を離れた。
「ねえねえ、みっちゃんはどんな人だと思ってるの?」
聞き覚えのある声の質問に、妄想の海を泳いでいた美喜が、現実に引き戻された。ふと気づいて視線を落とせば、しゃがんでこちらを見ている成実がいた。
「うーん……チャットの会話文からして、綺麗系というよりもかわいい系だと思うんだ。絵文字とか文体で判断するのもなんだけど。でも、こうやって妄想するのも楽しいじゃない!」
目を異様に光らせて断言する美喜に、成実はたじたじになった。
「ま、まあね。前向きな妄想は気持ちを若くするって言うしねっ」
「ヤだなぁ、成実ちゃん。わたし、おばさんじゃないよ」
美喜が成実の頭に手を置いて髪をかき回していると、優美がチョコレートパフェを持ってやってきた。
「はい、お待たせしました~」
「あれ、いつもよりトッピングが多いけど?」
普段のチョコレートパフェは、生クリームとチョコチップアイスとチョコフレークの3種のみ。この日は、チョコチップクッキーや板チョコのかけらやチョコポッキーが、器から落ちそうなくらい、絶妙な均衡を保って盛り付けられていた。
優美は軽くウインクしてみせる。
「郷子さんに話したら、盛り付けてくれたのよ。何も言わなかったけど、祝ってくれてるんだと思うわ」
「郷子さん、ありがとうございますー!」
美喜はカウンター席から厨房に向かって叫ぶ。すると、少し経ってから、
「どういたしましてー」
棒読みのような返事が飛んできた。
「それじゃ」
と言い、美喜はスプーンを正面の優美に渡す。
「ねえねえ、いつものいつもの!」
ねだる美喜は、見た目そのまま子どもだった。犬のようなしっぽがついていたら、ちぎれそうなぐらい振っていただろう。
「しょうがない娘(こ)ね」
優美は目を細めると、左手を伸ばして美喜の頭をゆっくり優しくなでた。
美喜の顔が気持ち良さそうにものになり、吐息を漏らしている。
優美の右手には、パフェの中身が乗ったスプーンが握られていた。なでるのをやめ、右手を少しずつ伸ばす。
「はい、あーん」
下唇にスプーンが少し触れると、余韻を残すようにゆっくりと美喜の口が閉じられる。
優美はスプーンをスッと引き抜いて、左手で美喜の頭をまたなで始めた。
「ああ~、至福のときだわ~」
「お疲れのようですわね」
優美の横でコーヒー豆を挽いていた萌が声をかける。
「気を張りすぎて疲れてまして……。わたし、ゼミ長だからしっかりしないといけないんです」
「あらあら、それはお疲れ様です」
「だからこうして、がんばった自分へのご褒美ってほどでもないですけど、ここに来るんですよ。みなさんを見てると元気をもらえるんです。優美ちゃんからはこうして癒してもらえるし」
「うれしいことを言ってくれますね。ねえ、萌さん」
「そうですわね。こうした言葉をいただくと、わたくしたちも働いている甲斐がありますわ」
そこに、美喜に頭を乱暴になでられていたはずの成実が、裏に通じるドアから出てきた。
「あれ、どうしたの? みんなして笑って」
美喜が成実のいた位置を確認してから尋ねた。
「いないと思ったら、どこか行ってたの?」
「ちょっとお花を摘みに」
成実は持っていたお盆で口元を隠してほほほと笑う。つられて3人も笑った。
「お、なんだろう。楽しそうだね」
店長の島(しま)が、裏に通じるドアから顔を出した。いつものYシャツネクタイに、今日はさらに深緑のカーディガンを着ていた。
「おはようございます」
3人のメイドがあいさつをする。
「おはよう、今日は本当に寒いね」
言いながら、美喜から2席ほど離れた席に座る。
「萌さん。とりあえず、コーヒーを1杯くれ。どうだい、優美さん。絶好調かい?」
「ええ、おかげさまで。それもこれもみなさんのおかげです!」
「はっはっは、驕らず謙虚なところがいいね。その姿勢は大事だぞ」
「はいっ!」
「ところで、こちらのかわいい彼女はお客様でいいんだよね?」
「最近よく来店されてる横山美喜さんです」
島の好奇な目線が突き刺さり、美喜のほほに赤みがさして緊張した様子になった。
「よ、横山です」
「店長の島です。うちの店をご贔屓していただいているようで、ありがとうございます。まだまだ優美は未熟者ですが、横山さんが温かく見守ってくだされば幸いです」
「いえいえそんな。優美さんはいいメイドさんだと思いますよ。みなさんの接客も丁寧ですが、だれよりも丁寧でお客さんの喜ぶことを考えてるのは、わたしは優美さんだと思いますし」
「美喜さん……」
「良かったな優美さん。君のがんばりをだれよりも認めてくれる人がいて」
優美は感極まりそうになる。込み上がってくる感情に涙腺が緩む。うれし涙をこらえ、にっこり笑った。
「はいっ!」
「うんうん、よかったよかった」
萌から淹れてもらったコーヒーを島は満足気にすすった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる