46 / 52
6章
04 不思議な少女
しおりを挟む
4
優美と渚が雑居ビルの中に入り、階段をそろって上がっていく。
「どんな演劇なのか気になるわね」
「タイトルが『俺(私)のことを愛してくれないか(くれませんか)?』だから、ちょっと想像つかないよね」
「無難な予想だけど、男と女の視点を交互に見て、相手の想いを理解する作品だと思うわ」
「まあ、あたしは優美と観るなら、なんでもいいけどね!」
優美の腕が一層強く締め付けられる。
優美が困ったふうに笑っているうちに、階段を上がりきって目的の階に到着した
上がってすぐさま、ふたりの目が釘付けになった。視線の先には上下が赤ジャージで、首から長方形の箱を提げた人物が、ドアの前に立っていたのだ。
金髪のボブカットで、無表情に視線を正面の窓に突き刺している。
「え? どうする?」
「あの娘(こ)に訊いてみる?」
ふたりが当惑し、ひそひそ声で話す。
と、赤ジャージが歩み寄ってくる。身長は渚より低く、緑色の大きな目でふたりを見上げていた。
「お客? お客、券、この箱、に、入れる。オッケー?」
片言の日本語である。「オッケー?」だけはやけにイントネーションがよかったから、欧米人らしい。
ふたりは不思議な気持ちを抱きながら、箱の上部に入れられた切れ目に券を投入していった。
「ありがと、ありがと。こっち、ご案内、ついて、来て」
踵を返し、今さっきまで立っていたドアに早歩きで進む。ふたりも遅れまいと、早歩きで追う。
赤ジャージは、ドアを開くと無言のまま片手を部屋に向かって広げる。どうやら部屋に入っていいぞと言いたいらしい。
ふたりは思わず躊躇したが、意を決して入った。
中は映画館のように薄暗く、歩きづらかった。少し部屋の中を進むと、左手にまた部屋がある。そのドアは開け放たれていて、照明がこちらに漏れていた。
不気味な空間だった。
ふたりがそれでも半意識的に一歩踏み出す。ドアから離れたと見ると、
「そこの、部屋に、入って、待って、いて、ください」
片言かつ食い気味に言って、赤ジャージが部屋から出て行った。しかもご丁寧にドアをきっちり閉めてしまう。
「おばけ屋敷?」
渚が声をひそめて辺りをうかがう。
「そう思いたくなるほど暗いわね。とりあえず、入るわよ」
優美も声の音量を極力落として促す。
光のある部屋に入ると、漏れていた光の正体がわかった。それは、ステージを高い位置で吊り下げられて照らしている裸電球だった。
部屋を見渡すとこの部屋は、照明が映えるように部屋全体を黒い布で覆っている。
ステージは低いし、最前列の客が手を伸ばせば届くぐらいの近さである。
客席は丸座布団が敷かれ、隣同士の間隔が極端に狭い。一度の公演で最大で15人ほど入れば満員になるだろうと予想された。
ステージの両脇はほかの部屋とつながっているらしい。足音を立てずに行き来している人物がチラホラいた。
客層は若く、カップル客も何組かいる。
上演前だというのに、客と劇団員は私語を交わす者はいなかった。みんなが真剣なまなざしでステージを見つめている。
あまりにも異様な一体感に、ふたりは思わず息を呑む。物音を立てないよう慎重に移動して空席に座る。そして、話すことも携帯を開くこともできない空気だったので、大人しくステージを見つめることにした。
時計がなく、おそらく何分か経ったとき、ステージを照らす照明が全部一斉に消えた。
「まもなく、始まります」
すぐさまマイク越しで淡々とした声が、部屋の右上の隅のスピーカーから流れる。静寂に慣れた客たちの敏感な耳朶を打ちつけた。
ステージ上に人の気配を感じたかと思うと、消えたばっかりの照明が一斉に点いた。
優美と渚が雑居ビルの中に入り、階段をそろって上がっていく。
「どんな演劇なのか気になるわね」
「タイトルが『俺(私)のことを愛してくれないか(くれませんか)?』だから、ちょっと想像つかないよね」
「無難な予想だけど、男と女の視点を交互に見て、相手の想いを理解する作品だと思うわ」
「まあ、あたしは優美と観るなら、なんでもいいけどね!」
優美の腕が一層強く締め付けられる。
優美が困ったふうに笑っているうちに、階段を上がりきって目的の階に到着した
上がってすぐさま、ふたりの目が釘付けになった。視線の先には上下が赤ジャージで、首から長方形の箱を提げた人物が、ドアの前に立っていたのだ。
金髪のボブカットで、無表情に視線を正面の窓に突き刺している。
「え? どうする?」
「あの娘(こ)に訊いてみる?」
ふたりが当惑し、ひそひそ声で話す。
と、赤ジャージが歩み寄ってくる。身長は渚より低く、緑色の大きな目でふたりを見上げていた。
「お客? お客、券、この箱、に、入れる。オッケー?」
片言の日本語である。「オッケー?」だけはやけにイントネーションがよかったから、欧米人らしい。
ふたりは不思議な気持ちを抱きながら、箱の上部に入れられた切れ目に券を投入していった。
「ありがと、ありがと。こっち、ご案内、ついて、来て」
踵を返し、今さっきまで立っていたドアに早歩きで進む。ふたりも遅れまいと、早歩きで追う。
赤ジャージは、ドアを開くと無言のまま片手を部屋に向かって広げる。どうやら部屋に入っていいぞと言いたいらしい。
ふたりは思わず躊躇したが、意を決して入った。
中は映画館のように薄暗く、歩きづらかった。少し部屋の中を進むと、左手にまた部屋がある。そのドアは開け放たれていて、照明がこちらに漏れていた。
不気味な空間だった。
ふたりがそれでも半意識的に一歩踏み出す。ドアから離れたと見ると、
「そこの、部屋に、入って、待って、いて、ください」
片言かつ食い気味に言って、赤ジャージが部屋から出て行った。しかもご丁寧にドアをきっちり閉めてしまう。
「おばけ屋敷?」
渚が声をひそめて辺りをうかがう。
「そう思いたくなるほど暗いわね。とりあえず、入るわよ」
優美も声の音量を極力落として促す。
光のある部屋に入ると、漏れていた光の正体がわかった。それは、ステージを高い位置で吊り下げられて照らしている裸電球だった。
部屋を見渡すとこの部屋は、照明が映えるように部屋全体を黒い布で覆っている。
ステージは低いし、最前列の客が手を伸ばせば届くぐらいの近さである。
客席は丸座布団が敷かれ、隣同士の間隔が極端に狭い。一度の公演で最大で15人ほど入れば満員になるだろうと予想された。
ステージの両脇はほかの部屋とつながっているらしい。足音を立てずに行き来している人物がチラホラいた。
客層は若く、カップル客も何組かいる。
上演前だというのに、客と劇団員は私語を交わす者はいなかった。みんなが真剣なまなざしでステージを見つめている。
あまりにも異様な一体感に、ふたりは思わず息を呑む。物音を立てないよう慎重に移動して空席に座る。そして、話すことも携帯を開くこともできない空気だったので、大人しくステージを見つめることにした。
時計がなく、おそらく何分か経ったとき、ステージを照らす照明が全部一斉に消えた。
「まもなく、始まります」
すぐさまマイク越しで淡々とした声が、部屋の右上の隅のスピーカーから流れる。静寂に慣れた客たちの敏感な耳朶を打ちつけた。
ステージ上に人の気配を感じたかと思うと、消えたばっかりの照明が一斉に点いた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる