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メビウス

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第4章 焔の中の怪物

第28話 発動、ブラッドコンボ

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「どうした!?その程度かい?」

「クッ……!」

彼らと合流してから、数分が経った。その間、僕達は彼にまともにダメージを与えられていない。どころか、さっきよりも劣勢に立たされていた。セイスさん達のせいではない。単純にスロウが、まだ本気を見せていなかっただけのことだ。

人数によって強さが比例するシステムでもあるのかは分からないが、少なくとも先程と比べて転移する頻度が増えているのは確かだ。恐らくは、ある程度HPを削ったことで力が解放されたんだろうが。

プレアデス:セイスさん、カンナさん!スロウの弱点は心臓……もとい、核にあるらしい!

セイス:なるほど、核か……確かに、そこを壊せれば動きを止められるかもしれないな。

カンナ:とにかく急ぎましょう。ウルヴァン復活まで、もう時間がありません!

彼の錬金術を避けながら、脳内で会話を繰り広げる。この錬金術も奥の手があったようで、今まで単発で撃って来ていたのに対し、今は2、3発連続で放たれることもある。その一撃一撃がまた瀕死級に強いからもう勘弁してほしい。でも、さっきの感じなら確実にダメージは入っている。もう一度、まともに攻撃が入ったら。

そのためにまずは、スロウの動きを止める。それを担うのはカンナさんだ。このパーティで一番AGIが低いのはカンナさんだが、彼女が獲得したスキル【影移動】を駆使すれば、結構な速さで移動ができる。

そしてこの【影移動】によって、なるべくスロウの足元に接近し、至近距離から《麻痺》をかける。これが僕達のとった作戦だ。ステータス的に打たれ弱いカンナさんがやるにはリスキーだが、ここは腕前を信じるしかない。


~~side カンナ~~

セイスが着々と地面に影を作っていくのを横目に、私はスロウの攻撃を避けます。といっても、彼らのように横に跳んで回避なんて、AGI無振りの私には出来ません。なので、自分の影に潜ります。この部屋は明るいので、自分の影に潜りやすくて良いですね。

そのまま影を移動するのも良いのですが、あまり長時間姿を消すと怪しまれるから、とセイスに言われ発動を控えているのです。正直スロウには、私達の手の内の大部分がバレていると思うので、今更そんなに変わらない気もするんですが……ここはゲーム上級者の彼を信じるに越したことはないでしょう。

手元には、既に準備を終えているスキル。このようにして保持することも出来るようです。これはユノンさんに教えて頂きました。そしてそのスキルは、相手を麻痺させて拘束するものです。このスキルの凄い所は、暫くそこに残り続けること。これのおかげで、罠のように使ったり、足枷のようにしたり出来るのです。

おっと、スロウが移動しました。この予備動作は……恐らく、転移するつもりなのでしょう。これまで観察していて分かったことは、彼は必ず私達の近くには転移しないこと。そして、一定以上遠くにも転移しないことです。あの錬金術攻撃を安全に連発するために、射程を守りつつ、私達が接近しづらいように立ち回っているのでしょう。

しかし、そのおかげである程度転移先の予想ができました。私の読みが当たるかは分かりませんが、どうせチャンスはこの転移直後の硬直くらいですから、賭けに出るのが得策でしょう。

スロウの姿が消えました!私も影に潜ります。プレアデスさんにこのローブを頂いて以来、ほぼ毎日このスキルを使い続けていたおかげか、私の【潜影】は「Ⅱ」に進化して、以前よりも速く影に潜れるようになりました。相手の行動を少し見てから使えるのでとても使いやすいです。さて、移動しましょう。

「【影移動】」

影の中は思っていたよりも暗くはありません。最初はもっと真っ暗闇を想像していたんですが……そこはゲーム的な補正でしょうか、中からでも薄っすらと外が見えるようになっています。さて、上を見てみましょう……。

「ッ!」

当たりです、やりました!影の中から見えたのは、紛れもなく彼の紫色の服です。奇抜なファッションのおかげで見つけやすいですね。さて、敵でNPCとはいえ、姿形は中学生くらいの少年。こうして下から身体を覗き見るのはどこか後ろめたいですし、さっさと仕事をして帰りましょうか。

『【パラライズ・キャプチャー】」

そして離脱。


~~side セイス~~

よし!カンナが上手くやってくれたみたいだ。おかげでスロウは転移した後、そのまま身体を動かせずにいる。カンナが《麻痺》をかけてくれたんだろう。さて、あの状態は長くは持たない。早く次の段階に移るとしよう。

セイス:プレアデス、春風!暗視の準備は出来ているか?

プレアデス:オッケー、もうインベントリから出してるよ。

春風:ボクも大丈夫!

2人にも確認が取れた。2人には事前に、カンナ特製の『暗視ポーション』を持たせていた。というのも、これからの作戦を確実に行うために、俺のスキルで周囲に暗闇を生成するからだ。俺はというと、称号のおかげで元々見えるから問題はない。視界を奪われるのはスロウだけだ。

「【デプス・ミッドナイト】」

その瞬間、スロウを中心に一帯が真っ暗になる。このスキルはその名の通り、真夜中のような暗さをもたらす。といっても、都会の夜のようなものではない。灯りが月と星くらいしかないような、辺境の真夜中だ。俺の視点からはそうは見えないから実感が湧かないんだが、カンナ曰く、

「一点の星すら感じられない」

くらいに暗いらしい。まあ、普段から影に潜っているアイツが言うんだから間違いではないんだろう。ともかく、身体を動かせないうちに視界を奪っておけば、無闇やたらに動かれる心配もないということだ。

目だけを動かして、視界の隅に戦闘ログを映す。《麻痺》の残り時間は……10秒過ぎか。それだけあれば十分だ。この時のために、すぐ撃てるように予め装填したまま、スキルも温存していた。構えてから撃つのに、3秒あれば十分だ。両手でボウガンを持ち、狙いを定める。小柄なスロウの心臓部は確かに狙いづらい。だが、動かない的に当てるなど、造作もないことだ。

「クッ、これは……!」

スロウが出鱈目に上体を振り向かせ、周囲を見渡している。突然の出来事に慌てているんだろう。おかげで心臓が少々狙いづらくなった。だが、プレアデスが作ってくれたこの武器の威力なら、この距離で撃ってから着弾するまでは一瞬だ。俺はただ、タイミングを狙えばいい。それくらいなら、外す方が難しい。

「貫け……【バスターショット】!」

撃った瞬間、手首に強烈な反動がかかる。それはそうだ。この小ぶりなサイズのボウガンで、戦闘機の主砲並みの威力を放つのだから。HPバーをチラ見すると、反動で1割近く持っていかれた。これはまあ、俺のHPが高くないのも悪いんだが。

そしてその視界を、春風が横切る。装備の効果で、暗闇の中で運動性能が上がるらしい。それで急遽、暗闇を追加することになったのだ。

「なっ、また血が……でも、この程度すぐに止まって……!」

「フッ、それはどうかな?」

俺が装填していた矢……あれの先端にはカンナの止血防止剤が塗りたくられている。あの後、少量でも作用するくらいに濃縮させることに成功したそうだ。そしてその薬が、出血中の傷口に放り込まれたら?どうなるかはもはや自明だろう。

「……血が、止まらない?何故だ!おい、ぼくの身体に何をした!」

「簡単な話だよ、スロウ。お前が僕達を見張って対策を進めていたように、僕達も少ないデータをフル活用して、お前への対抗策……ブラッドコンボを構築していたんだよ」

「ふふふ……ははははははっ!さすがはプレアデス、どこまでも厄介だ……でも!血を出させたくらいじゃ、ぼくは倒せないよ!?」

スロウが声を荒げる。その声に揺らぎがあるのを、迷いのようなものがあるのを俺は感じ取っていた。恐らく彼は、全て計算ずくでことを動かすような理論派……だからこそ、自分の情報網をすり抜けて対策を講じられたこと、あるいはそれを見落としていたことに狼狽しているんだろう。

「ああ、分かっているさ。ここでお前を倒す……行け、ハル!」

確かに、彼のスペックも合わせれば、殆どのプレイヤーは圧倒できるかもしれない。だがスロウ。お前に誤算があったとするならば、最大の失敗は……この男を敵に回したことだ。

「【血の渇き】!」

カンナとユノンにしか知られていないが、俺はかつて『蒼の奇術師』の通り名で、単独で色々なゲームを周っていた。そしてその中で、何人も強いプレイヤーを見てきたが……プレアデスは、その誰とも違う能力を持っている。それがイメージ力だ。

別に彼自身、特段ゲームが上手いというわけでもないだろう。だが、この手のイメージ力が重要なゲームにおいては、彼は最強にすらなり得るかもしれない。そんな可能性を感じているのは、少なからず俺だけではないはずだ。チェインスキルを一発で成功させる脳内イメージの鮮明さ、加えて結果論とはいえ、こうしてスロウ対策の装備やスキルを揃えた周到さ。

「終わりだよ……【桜花爛漫】!」

あとは……初日から春風と出会う仲間運の良さも、か。まるで、かつての雪ダルマのようじゃないか。

「ウッ、グアアアァァァァッッ!!」

スロウが断末魔をあげる。弱点である心臓……いや核に、ただでさえ高い火力に加え【血の渇き】の効果で一発攻撃が入る度にどんどん威力を増していく。そんな状態で当たり判定の塊のような連続攻撃スキルを撃たれて、耐えられるヤツはそういないだろう。厄介だが効果の短い《出血》を、わざわざ止血防止剤を作らせてまで利用するとは。

「フッ……芸の多いヤツだ」

俺がそう呟いたのも束の間、暗闇が晴れ、心臓部に風穴を空けられたスロウがへたり込んでいるのが見えた。
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