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メビウス

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第4章 焔の中の怪物

第36話 正エネルギー照射

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~~side 春風~~

「凄い……ユノンさん」

さっきまで後衛で錬金術師として攻撃していたのに。何かのスキルを使って以降、黒と白のオーラを纏って短剣をウルヴァンに突き立てている。あの近くまで行っても状態異常にならないのは、きっとあのスキルによるものなんだろう。あんなこともできるなんて。

「ハルさん、準備出来たよ!」

「うん!」

この子はノルキア君。街にいるマグ太郎さんの仲間らしいんだけど……この子、めちゃくちゃ強い。1対1で戦ったら負けるんじゃないかな、ボク。既に遊撃部隊が何人かやられている中、彼はまだ殆ど無傷だ。ログを見ても、何らかの方法でバフスキルを長く持続させているみたいだった。新しくバフスキルを使ってないのに、まるでダメージ量が落ちない。

更に、自分にかかっているバフスキルを一時的に他人に移すスキルも持っていた。ボクたちはさっきから、このスキルで色々なバフを付けて、交代でウルヴァンに一撃を与えて撤退……という、ヒットアンドアウェイ戦法を取っている。

残りのメンバーはなるべく準備中を狙われないよう、散開して撹乱していたけれど、ユノンさんのお陰で必要なくなった。今はチマチマとダメージを稼いでいる。それで、次はボクの番ということだ。

「よし……行くよ!ノルキア!」

「うぅぅ、だからおれは男だっての~~!!」

声も見た目も女の子みたいに可愛いからね。仕方ないね。所謂、おとこの娘というやつだ。さて、からかうのもこれくらいにして、と。

小春を抜刀し、突き出すような姿勢をとる。ユノンさんとセイスさんの解析で、ウルヴァンに対して最も有効なのは無属性の物理攻撃だと聞いた。なら、今使える中で一番火力の高い無属性物理攻撃スキル……まあ、いつものアレだ。あのどこからともなく現れる桜が錬金術判定じゃなかったのは少し驚きだけど。

「合図がてら、詠唱宜しく!」

「えぇ!?お、オッケー」

ノルキアめ、さっきの仕返しか?どうしよう、考えてなかった……ああもう、簡単にこれくらいで良いや!

「戦場に咲き誇れ 幾千の花たち!」

「プフッ……【エンハンス・レゾナンス】!」

あっ、ボクの詠唱笑ったな!?バフと詠唱を受けて強化されたスキルの巻き添えにしてやろうかな?まあ、今は仲間だし、強化して貰ってる側だからそんなことはしないんだけど。

「【桜花爛漫】!」

刀の先端から、ボクの周りを渦巻いている桜の花びらが勢いよく放出される。あとはいつも通りだ。桜の流れがウルヴァンに連続ヒットして、いつものような連続ダメージを……。

「って、全然違う!何このダメージ!?」

えぇ、普段でも十分すぎるほど高いのに。ログに書かれたダメージは、大体平均していつもの2倍近くあった。一体どんなバフを?とボクはHPバーの下のアイコンをチラ見する……わぁお、これは凄いや。ATKとAGIが本当に2倍。

後から聞いた話だが、あれは元々DEFとRESを0にする代わりにATKとAGIを2倍にするという、ステータスの振り方次第ではとても重いコストを支払って発動するスキルらしい。一方【エンハンス・レゾナンス】で移されるのは「強化」効果だけ。だから、そのコストなしで味方のATKとAGIを2倍にできるんだとか。……強すぎませんかね?

「よし、引くよ!ユノンさん、宜しくです!」

「『任せてハルちゃん!【スパイク・レイン】!』」

文字通り雨のような乱れ突きがウルヴァンに降り注ぐのを横目に、前線から離脱する。このゲームは敵のHPバーが表示されないため、いつ倒せるのかも、どのくらい効いているのかも分からない。でも、多少は削れているんじゃないかな?再生能力とか持ってなければの話だけど……ホムンクルスじゃないし、流石に持ってないはず。

「ッ、ユノンさん退避!」

「『わわっ!!』」

驚かしちゃったかな?でも、回避できたみたいだし良かった。危ない危ない。あんなのに当たったら消し炭になっちゃう。

「『助かった……ねえ、今のってもしかして?』」

「山の方から飛んで来ましたね……多分、プレア殿です」

それはボクたち討伐隊にとって、これ以上ない吉報だった。ボクたちはずっとこの瞬間を待っていたんだ。ウルヴァーニの火口から照射されているエネルギー光線……それは、プレア殿がボクたちに説明していた正エネルギーだ。

「グ、ラアアァァァガッ、ガァァァ……!!」

予期せぬ一撃を与えられ、悶え苦しむウルヴァン。ログを見てもダメージが入っているようには見えないけど、チャンスに変わりはない。全員、今まで存分に戦えなかった鬱憤を晴らすかのように、一転攻勢に打って出た。問題なく戦えている辺り、もう精神干渉はできないみたいだ。

「よーし、ボクも行くよ!」

小春を振りかぶって斬りかかる。さらに、身体を捻って勢いをつけ、左手一本でガイアを抜刀。抜刀斬りに成功し、それに反応して【燕返し】が自動的に発動される。スロウ戦の動きを基に、自分の中に二刀流のイメージを構築していく。逆手に持ち替えてガイアで【燕返し】を振るい、そのまま左腰の鞘へ納刀……しつつ、右手の小春でスキル発動の態勢をとる。

「【飛燕斬】」

上へと跳び上がりながら、小春の刃でウルヴァンの脚を抉っていく。スキルの影響かウルヴァンの性質か、斬ってもあまり大きな感触はない。でも、ログを見る限りダメージは確かに入っているようだ。それなら。ボクはウルヴァンの脚の付け根を足場に、更に上……ウルヴァンの頭上へと躍り出る。さすが、跳躍力上昇は伊達じゃない。

「【脳天斬り】!」

消費MPもクールタイムも少なく、リターンが大きいこのスキルを何故今まで使えてなかったか。それは、小さな相手には当てるのが難しく、大きな相手にはそもそも頭上まで跳ぶことができないから。でも、プレア殿の作ったブーツと【飛燕斬】のお陰で、やっとこの高さまで昇ることが出来た。重力も加えて、一気に振り下ろす!

ズバンッッ!!

爽快な音と共に、ボクは地面へと着地する。納刀。いてて……さすがにあの高さから降りると少しダメージを受けてしまった。それに、一点に凄い力がかかったため、玉鋼製の小春も少し刃こぼれしてしまっていた。まだ使えないレベルじゃないけど、無理はさせない方がいいな。今度からはガイアでやろう。あれなら耐久力無限だし。

「グ、グァ……?」

《混乱》の影響か、首を傾げたまま硬直している。皆それを見て、今が好機だとばかりに攻撃の手に拍車がかかる。後ろから聞こえる警告の声など、まるで聞こえてないかのようだった。

ボクは連続してスキルを使った代償に、技後硬直で身体を動かせずにいた。でも、今思えばそれのおかげで助かったのかもしれない。ボクは見た。一瞬だけ、何か黒いものがウルヴァンに入っていくのを。そしてその瞬間、奪われて存在しないはずの左眼が赤黒く輝いたのを。

突然、世界が揺れた。熱による蜃気楼か地面の振動か、景色の輪郭が僅かにボヤける。その中で、ウルヴァンの近くまで寄っていた数人が一度にポリゴン化していくのが見えた。ボクはその光景に、戦いが始まった時を遥かに超える絶望感と恐怖を感じた。

「これ、は……?」

硬直が解除され、ボクは後ろ跳びに後退する。ウルヴァンを見ると、どこか力を制御しきれていないように思えた。さっきの黒いオーラといい、気になることが多いけれど……今は危険すぎる。攻め込んでいた多くのプレイヤーも、それを察知してかすぐに撤退した。

ウルヴァンはそんなボクたちを無視するかのように、街の方へと歩きだした。マズい!歩く速度はそう速くないけど、あの強さを見るにもっと早く帰って伝えないと、とても太刀打ちできる相手じゃない。

「こっちだ!ウルヴァン!!」

突然の呼びかけに後ろを振り向く。そこにはたった2人で、今のウルヴァンを止めようとする勇者の姿があった。どう考えても無茶だ。でも、彼らは多分ボクたちに街の前で迎え撃つための準備をさせるために……。

「さあ、早く行け!!」

もう1人の男もこちらに怒号を飛ばす。最初は最高戦力が2人欠けることに動揺していたけれど、やがてその意図を汲んでか、彼らを信じてその場を後にし始めた。ボクも行かなきゃ。

「後のことは任せて下さい!」

「全く……死ぬんじゃないわよ、2人とも」

「おう、当たり前だ!俺達がやられたら後がないからな!」

「ま、もしそうなりゃ旦那に頼むわ」

それぞれ頷く。頷いて、各々の進むべき方向へと走った。ボクとユノンさんは街を守るために。雪ダルマさんとテラナイトさんは時間を稼ぐために。

「「【不動ノ守護者ザ・ガーティアン】!!」」

遠くに彼らの声が聞こえる。あれなら……きっと持ってくれるだろう。別れ際にカンナさん特製の速攻性の回復薬を大量に渡した。持久戦でも対応できるはずだ。

「任せましたよ……2人とも」

走りながら呟く。それはすぐに、夕暮れの静けさの中に溶け込んでいった。プレア殿……早く、来て。
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