Re/ライフ : 輪廻の果てに

暁霊

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途切れた希望

貴族学校の普通の生徒

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暗闇の中、カイン・アセディアは一人で立っていた。冷たい風が肌を撫で、かすかな囁き声を運んでくる。彼が立つ場所からさほど離れていない所に、少女の影が浮かび上がった。彼女の姿は曖昧で、濃い霧に包まれていたが、カインにはその存在がはっきりと感じられた。

「その少女を……救え……」

その三言がはっきりと響き、静寂を切り裂いた。しかし、カインが答えようとしたり、彼女に近づこうとした瞬間、彼の体は何かに縛られたように動けなくなった。足が止まり、息が荒くなる。少女はゆっくりと消え、闇の中に呑まれていった。

カインは息を荒げながら目を覚ました。周りを見渡し、自分が安全な場所にいることを確認する。朝の光が寮の窓の隙間から差し込んでいた。彼は安堵のため息をつき、不思議な夢から来る胸の高鳴りを落ち着かせようとした。

「少女を救え……?どんな少女だ?」

彼は重い頭を押さえながらつぶやいた。しかし、その考えに浸る暇はなかった。壁に掛かっている時計に目をやると、彼は愕然とした。

「やばい!また遅刻だ!」

カインは慌ててベッドから飛び起き、昨晩用意しておいた学院の制服を急いで身に着けた。その制服は他の生徒たちのものと比べて質素だった。カインはただの平民であり、貴族のように名門の家系から来たわけではない。彼は王国ヴェルマリアの郊外で小さな商人の息子として生まれ育ったのだ。

---

ヴェルマリア王国魔法学院は、国内で最も権威ある教育機関である。純血の貴族の子供たちや莫大な財産を持つ者だけが入学を許される場所だ。しかし、カインは例外だった。なぜ自分が受け入れられたのか、彼自身にもわからなかったが、一年前、彼の家に学院からの招待状が届いた。その手紙には、彼が特別な生徒として選ばれたと書かれていた。

カインの存在は学院内で頻繁に話題となった。貴族たちは彼を蔑み、彼の存在を、自分たちが独占すべき場所に染みを付けるものだと考えていた。しかし、カインは諦めなかった。この機会こそが、彼自身と家族の生活を改善するための最善の道だと信じていたのだ。

---

カインは、ベルが鳴る直前に教室に到着した。目立たないように教室の後ろの隅にある自分の席へ向かった。しかし、彼が目立たないようにしようとしても、彼をいつも見ている人物が一人だけいた。

「カイン、また遅刻したの?」

振り向くと、クレア・フォン・アインズワースが彼の隣に立っていた。クレアは、ヴェルマリア王国の有名な公爵家の娘だった。彼女の長い銀髪は月光のように輝き、紫色の瞳は優しさを湛えていた。

「遅刻じゃないよ」とカインはぎこちなく答えた。「ただ…ギリギリだっただけ。」

クレアは薄く微笑み、そのままカインの隣の席に座った。他の生徒たちはなぜクレアがカインのような平民と友達でいるのか不思議がっていた。彼らの身分の差はあまりにも大きかった。しかし、クレアは人々の噂話を全く気にしなかった。

二人の関係が始まったのは、クレアが1年前、数人の貴族の生徒たちから不当な罪を押し付けられたカインを庇ったときだった。当時、カインは学院の図書館の貴重な魔法書を盗んだと濡れ衣を着せられた。クレアは冷静に独自で調査を行い、真犯人を見つけたのだった。それ以来、二人は親しい友達となった。

「それで、昨日の属性魔法の課題は終わったの?」とクレアがノートを開きながら尋ねた。

カインは頭をかきながら答えた。「まあ、なんとかね。でも火属性の制御がまだ苦手なんだ。」

クレアは小さく笑った。「あなたって本当に頑固ね、カイン。困ったら遠慮せずに聞いて。私がいつでも手伝うわ。」

カインは薄く笑った。こんな場所でクレアのような友人がいることを、彼は幸運に思った。

---

その日の授業はあっという間に過ぎていった。生徒たちは、属性魔法の制御から自己防衛の魔法まで、さまざまな基礎呪文を学んだ。カインは特別な才能はないものの、勤勉な生徒だった。貴族の生徒たちが生まれながらにして魔法に触れているのとは対照的に、カインはすべての内容を丁寧にノートに記録し、一歩一歩学んでいた。

昼食の時間になると、カインはクレアとその友人二人と一緒に過ごした。一人はマーカスという黒髪の短髪で背の高い青年、もう一人はリリアナという緑の瞳を持つ明るい性格の茶髪の少女で、いつもキャンディーの詰まった袋を持ち歩いていた。

「カイン、このプリンを食べてみて!」とリリアナがお弁当箱を差し出した。

カインは小さなスプーンを取り、プリンを一口食べた。その甘く柔らかい味に彼は満足そうに微笑んだ。

「美味しい?」とリリアナが嬉しそうに聞いた。

「すごく美味しいよ」とカインは素直に答えた。

彼らの会話は笑い声とともに続いていった。こんなひとときだけは、カインは学院での生活がそれほど悪くないと思えた。

しかし、その幸せはいつも長続きしないように感じた。本当の平穏を感じることを妨げる何かが彼を縛り続けていた。それは、この学院の多くの生徒たちが自分の存在を快く思っていないという現実だった。

---

ヴェルマリア王国魔法学院に夕暮れが訪れていた。青空は徐々に橙色に変わり、学院の壮大な建物を薄明かりで包み込んでいた。生徒たちは教室を出始め、廊下には足音と楽しげな会話が響き渡っていた。

カイン・アセディアは、最後の授業を終えて教室を出てきた。魔法書でいっぱいになったリュックを背負いながら、訓練場の方を眺めていた。そこでは、何人かの貴族の生徒たちが簡単そうに魔法の腕前を披露していた。炎、水、さらには雷の魔法が彼らの杖から放たれ、まるで遊びのように見えた。

カインはため息をついた。彼にとって魔法はまだ新しいものだった。小さな村で育った彼は、学院に来るまで魔法を学んだことがなかった。一方、他の生徒たちは幼い頃から家庭教師に魔法を教わっており、カインはすべてをゼロから学ばなければならなかった。

それでも彼は努力を続けた。華やかさも貴族の血筋も持たない彼にとって、唯一の頼れるものは自分の決意だけだった。

「カイン!」

背後から声が聞こえた。振り向くと、クレア・フォン・アインズワースが小走りでこちらに向かってきた。彼女の銀色の髪は夕陽を浴びて輝き、笑顔はいつも通り温かくて優しかった。

「どうしたんだ、クレア?」 とカインは足を止めて尋ねた。

「別に何でもないわ。ただ一緒に帰りたかっただけ。」 クレアはカインと歩調を合わせながら答えた。

クレアがこうして接してくるたびに、カインは少し戸惑ってしまう。それは彼女が嫌だからではなく、クレアの気遣いが周囲の注目を集めてしまうからだった。多くの生徒たちが、高貴な貴族であるクレアが平民の自分と親しくしていることに嫉妬していた。

「こんなことしなくてもいいのに。」 カインは気楽そうに言おうとした。

「どういう意味?」 クレアは不思議そうに彼を見た。

カインは頭をかきながら言った。
「わざわざ俺と一緒に歩かなくてもいいってことさ。ほら…他の人が何か言うかもしれないだろ。」

クレアは小さく笑った。
「何を言われるの? 私が素直で良い人と友達だって? もしそれが問題なら、好きなように言わせておけばいいのよ。」

カインはため息をついた。クレアはいつも彼を励ます方法を知っているようだったが、それでも二人の親しさが常に良い結果をもたらすとは限らないことを彼はわかっていた。

二人は学院の庭を歩きながら、その日の授業について話していた。クレアはいつもエネルギッシュで、カインは彼女との会話が楽しいと感じていた。

「火属性の課題はどうだった?」 とクレアが突然尋ねた。

カインは首を横に振った。
「まだうまくいかないよ。エネルギーが足りない感じがして、うまく制御できないんだ。」

クレアは真剣な表情で彼を見つめた。
「たぶん自分に厳しすぎるのよ。魔法はね、集中力とバランスが大事なの。ただ力だけじゃないのよ。」

カインは薄く笑った。
「クレアはいつも何でも答えを持ってるんだな。」

「そんなことないわ。ただ、カインを助けたいだけ。」 クレアは彼を見つめながら答えた。
「大変なのはわかってるけど、あなたは思っている以上に強いのよ。」

カインは何も答えなかったが、その言葉を聞いて少し安心したように感じていた。

---

しばらく歩いてから、二人は寮への分かれ道に到着した。クレアは足を止め、カインを見つめた。

「それじゃあ、私は自分の寮に戻るわ。また明日ね、カイン。」
彼女は微笑みながらそう言った。

カインはうなずいた。
「また明日、クレア。」

彼はその場にしばらく立ち尽くし、クレアが遠ざかっていくのを見送った。胸の奥が温かくなる一方で、少し重たくも感じた。クレアはこの場所で唯一、自分に本当に気にかけてくれる人だった。でも、彼女と自分の世界がどれほど違うかをカインはよく分かっていた。

長いため息をつきながら、カインは自分の寮へ向かって歩き始めた。彼の足取りは遅く、視線は地面に向いていた。できるだけ何も考えないようにしたかったが、朝見た奇妙な夢が頭の中で何度も繰り返された。

「…あの少女を助けろ。」
彼は小さな声で呟いた。

その「少女」が誰なのか、あるいはその夢が何を意味するのか、カインには全く分からなかった。しかし、なぜかその言葉は頭の中にこびりつき、どうしても無視できなかった。

空がさらに暗くなり、歩いている廊下が静かになっていることにカインは気づいた。彼の足音が、壮大な学園の建物の間で反響していた。冷たい空気が漂っていたが、彼はそれを気にしなかった。

だが、角を曲がった瞬間、彼は足を止めた。

そこには、何人かの貴族の生徒たちが立っており、意地の悪そうな笑みを浮かべながら彼を待ち構えていた。カインはその中の一人、レオンハルト・フォン・グレヴィルをすぐに認識した。彼は常に平民を見下していることで有名な学生だった。

「おやおや、誰かと思えば。」
レオンハルトは嘲笑を浮かべながら言った。

カインの心臓は早鐘のように鳴り始めた。彼はこの状況が良い方向に進むことはないと直感した。

---

カインは彼の前に立ちはだかる貴族の生徒たちを見つめた。そこには三人の生徒がいて、彼らの制服はカインのものより遥かに綺麗で豪華だった。レオンハルト・フォン・グレヴィルは目立つ金髪を揺らし、嘲笑を浮かべながら一歩前に出た。

「ちょっと気になったんだが。」
レオンハルトの声には嫌味が混じっていた。
「お前のような平民がどうやってこの学園に入れたんだ?誰かに賄賂でも渡したのか?それとも…我々の知らないコネでもあるのか?」

カインは拳を握りしめたが、感情を抑えようと努めた。
「俺はここに能力で入った。他の奴らと同じようにな。」

レオンハルトは小さく笑い、その後ろにいた二人もそれに続いて笑った。
「お前の能力だって?冗談はよせよ。お前には魔法の力なんてほとんどないし、我々と対等だなんて思っているのか?この場に立っているだけで、この学園の名を汚している。」

カインは黙っていた。反論すれば状況が悪化するだけだと分かっていたからだ。

「それに。」
レオンハルトはさらに冷たい声で続けた。
「クレア・フォン・アインズワースと仲が良いらしいな。まさか、本気で彼女がお前を友達だと思っているなんて考えているのか?」

カインは歯を食いしばった。
「クレアは俺の友達だ。」

レオンハルトは冷たい笑みを浮かべた。
「なら、よく聞け。彼女には近づくな。あんな貴族の娘が、お前のような平民と関わるべきではない。それは彼女の家の名誉を傷つけるだけだ。」

カインが返事をする前に、一人が彼を壁に押し付けた。
「レオンハルトの言うことが聞こえなかったのか?」

カインはよろめきながらも立ち上がり、震える体で彼らをじっと見つめた。その目には、決して折れない決意が宿っていた。

「もう十分だ。」
レオンハルトが言った。
「これ以上、こんな奴に時間を使う価値はない。俺の言葉を忘れるな、アセディア。次はもっとひどい目に遭うぞ。」

そう言い捨て、彼らは去って行った。

---

カインは深い息をつき、緊張で固くなっていた体を少しずつ解放した。唇の端にできた小さな傷を触りながら、彼はゆっくりとその場を立ち去ろうとした。

しかし、その瞬間、彼の足を止める音が響いた。

音色が柔らかなバイオリンの旋律が、静かな廊下に流れていた。それはどこか悲しげでありながら、不思議と心を落ち着かせるメロディだった。

カインはその音に導かれるように、静かに音の方向へと歩き出した。その音は彼を廃墟のように静かな校舎の中へと導いた。

音を辿っていくうちに、彼は一つの扉が少しだけ開いているのを見つけた。そっと中を覗くと、窓辺に立つ一人の少女の姿が目に入った。

少女の淡い金髪が月明かりを受けて光り、学園の制服を着ているにもかかわらず、どこかこの場に馴染まないような雰囲気を漂わせていた。

その指先が弓を優雅に動かし、バイオリンの弦から哀愁漂う音色を紡ぎ出していた。カインはその場に立ち尽くし、目を離すことができなかった。

だが、不注意にも扉近くの小さな机に触れてしまい、物が落ちる音が鳴り響いた。

少女は演奏を止め、ゆっくりと振り返った。その青い瞳は鋭く、警戒の色を帯びていた。

「誰?」
その声は冷静でありながら、不思議な威厳を放っていた。

カインは唾を飲み込み、緊張に震えながら立ち尽くした。彼には何を言えばいいのか分からなかった。

だが、その瞬間、カインは自分が今、理解を超えた何かに踏み込んでしまったのだと感じた。
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