4 / 11
カオル アース・デラックス ウルフ・ド・ローンリ組VS 華翔 ザ・レックス ツキガミヤクト組
しおりを挟む
「ウルフさん」
若手が声をかけてきた、そろそろ入場の準備をしてくれという事だ。
今日は六人タッグマッチ。アルクホールのカオルとアースと組んでジュースタイスの面々と試合をする予定だ。
社長と話しをしてから、試合内容は一段と良くない方向に行っている。一つ一つの技の繋ぎは良くなく、タッグを組む即席チームメイトにも迷惑をかけてばっかりだ。今日こそは、とにかくUWF時代の良き時代のプロレスを彷彿させるようなムーブを見せなければ。解る人には解る動きを、それが俺のプロレスだ。
「今日は邪魔するなよ」
俺が思索している間に、アースが割って入ってくる。
こいつはこの前シングルをしたマッドの兄貴分のような存在で、見た目はマッドを一回りでかくしたような、長髪、ヒゲ、胸毛、という男性ホルモンの塊のような汚らしい選手だ。技はラリアットとパワーボムがメインだ。俺はこういう人間とは相容れないと思っている。
「そっちもな」
俺が口を動かさずに返答すると、アースは俺との距離を詰めてきた。
すかさず、今日の試合でもう一人のパートナーのカオルが間に入り、試合前のイザコザだけは避けようとしていた。
こいつは、ジュニアで華翔と人気を二分する王子様キャラ。華が正義の王子なら、こいつは悪の王子様で、二人でチャンピオンベルトを取り合いするほどの実力も兼ね備えている。飛んだり、跳ねたりして落ち着きの無いプロレスをするというのが俺の評価。じっくりとしたレスリングであったり、確かな攻防というものをこいつの試合から見た覚えは無い。
「噂で聞いたが、次のシリーズで飛び技使えなきゃ解雇なんだって? 大丈夫?」
普段から甘えた声をしている、カオルが甘さを随分と増量して声をかけてきたのが余計にむかつく。
社長の野郎、どこからか話してるな。
「知らない、そんな事。それに俺はポリシーとして飛ばないからよ」
俺は入場のゲートの方だけを見て、カオルもアースの方も見ずに答えた。
「じゃ、次のシリーズで終わりだ。契約終了」
カオルは嫌味たっぷりに耳元でささやく。
向こうでは、アースの汚らしい笑い声が通路に響いていた。
こいつら。
でも、確かにそうだ、このままじゃ俺は解雇になってしまう。しかし、シリーズ中にそんな新技を導入するわけにもいかないし、解雇をちらつかせられて、はいはいと飛ぶのも情けない。どうしたもんか。とりあえず、このシリーズを駆け抜けて、そして飛ばなくも魅せる内容にする事が俺の指命だと感じていた。
前の試合の選手達が、退場してくる。タッグマッチに出場していた外人のコンビだ。エフワード連発でまくし立てていて、内容はわからないがおそらく、エグい話をしている。
一人の選手が俺を見つけると、何やら勢いそのまま話かけてきた。
正直怖い。何言ってるか解らない。勢いだけで好意的な事を言ってて欲しい。とにかく、嵐が通り過ぎるのをジッと待っていた。
一通り巻くし終えると、もう一人も間髪入れずに俺に浴びせてきた。
なんなんですか? 俺は少し距離をとろうとしたが、どうしたわけかカオルが俺が逃げようとした先を、ブロックして離れさせないようにしている。
「チッ」
外人の一人が俺の顔前で舌打ちを噛ます。
カオルの方を見ると、相変わらずニヤニヤ俺を見ている。そういやこいつ何言ってるか解ってるんだよな。帰国子女だっけ?
巻くし終え、浴びせ終えると、外人コンビはそのまま通路を歩いて消えて行った。
「お前、解雇らしいな。そろそろ次の職考えたほうがいいんじゃないのか? お前みたいなスタイル、どの団体も受け入れられ無いぞ。プロレスをやってくには、少しは派手な技使わないと今の日本の団体、イヤ海外でも受け入れてくれる所なんて無いぞ」
カオルが急に饒舌に話始めた。
「何だよ」
心当たりはあったが、カオルに聞いた。
「今のデビットの言葉。後のギャスパーのテキサス訛りがきつすぎてちょっとリスニングできなかった」
なーーーにが、テキサス訛りでリスニングだ。気取ってんじゃねーぞ。
おそらく、言葉の内容にむかついていたのに、そのカオルの良い回しにまでいらつきが飛び火してしまったらしい。
気付けば、俺はカオルが入場で着るガウンの襟を掴んで締め上げようとしていた。
「何だ、今のは通訳してやっただけだぞ。気にいらないなら、デビットにぶつけてくれよ、高所恐怖症」
俺は高所恐怖症なんかで、飛べないんじゃない。プロレスとしてUWFのスタイルが好きなんだ!
ちょうど、その時アルクホールのテーマ曲が流れ始めた。こういう多人数の場合は全員の入場曲ではなく、主立った選手の曲をかけるか、今回のようにチームのテーマ曲をかける場合がある。
音楽が始まったてもすぐには入場しない、しばらくイントロを聴いて、盛り上がってきた所で入場する。
俺はイントロでカオルを掴んでいた手を離した。すると、カオルがこちらに顔を寄せてきた。
「このシリーズ、俺はタイトルマッチを華とやるのよ。雑魚がチョロチョロ、社長にこびへつらって、タイトル戦やらせろとかぬかしてんじゃねーぞ」
奥でアースの汚い笑い声が再び響く。
「うちのダストさんにも取り入ってるらしいな。追放されたのに。いい加減、アンダーカードで静かにしてるか、やめろよこの業界」
カオルは唇を動かさずに、耳元でささやいた。
カッとなり言い返そうとしたところで、入場のタイミングとなり俺たち三人は表舞台へと押し出された。不穏な空気を察した、若手が後ろから俺たちを押したのだ。確かにそうでもしないと入場したかどうかはよくわからない。
カオルが黒いガウンを着て、両手を上げて中央を歩く。一歩下がって、カオルの右後ろをアース、左後ろを俺が歩く構図だ。
アースは何やら、観客に悪態をつき、観客もアースの手や胸をタッチして喜んでいる。
女性客のほとんどはカオルをうっとりと見ている。カオルは敢えて見ないのかじっと前を見据えて、口はにやけている。
一方、俺の方には観客はいるものの、それほど盛り上がっている風でもなく、俺もそちらに何かアクションを起こすようなことはしていない。狼をモチーフにしたマスクを被っているので、視線がどこをむいているのかはっきりしていない事が唯一の救いか。
リングに着くと、アースがセカンドロープに体重をかけてカオルにリングインしやすいように促す。このシリーズカオルがタイトルマッチををやるという意味でパートナーを立ててるという事か。
カオルがリングインした後、俺もその幾分開いたロープの隙間からリングインしようとしたが、その口は唐突に閉じてしまった。
「なに? っこら!」
俺が詰め寄る先にアースが胸で押してきて、さらに手ではねのけられると、俺はリング下に落とされた。
「どうした?」
俺は両手を広げると、おかしいだろう? という意思表示を見せた。
しかし、アースはこちらも見ずに一人でリングインした。俺も、サードロープの下から滑り込むようにリングインする事で、ようやくリングに立てる事になった。
続いて場内に華翔の入場曲が流れる。場内の女性ファンのボルテージが上がり、文字通り黄色い声援がアチコチから飛び交う。そしてそれはイントロを終えた瞬間、最高潮になり、視線のベクトルは入場ゲートへと向けられた。
入場してきたジュースタイス側の中央には華翔がベルトを腰に締め、そしてもう一本のベルトを肩にかけていた。他団体のエースからケンカを売られた華が、二本のベルトをかけたタイトル戦に勝利した事で二冠王者としてこのシリーズは戦っている。
若手に守られているとはいえ、たくさんのファンにもみくちゃにされながら、華はもう二人とリングインしてきた。見据えるのはカオルのみ。
華は白、カオルは黒のガウンを申し合わせたように着て来て、対照的に対峙した。前哨戦として直接対決を期待する機運は否が応にも盛り上がってきた。
二人はにらみ合ったまま、リング中央で距離を詰めると、不意に華は左手を高く掲げた。
これは、華は今日はフラワーファイトシリーズの技を出すという宣言になる。普段は試合序盤に手を挙げると事で宣言しているが、今日はタイトルマッチの前哨戦、盛り上げるためにも早めの宣言だった。
観客もそれに会わせて、歓声を上げている瞬間だった。
その刹那、カオルは華の腹を蹴り上げると髪の毛掴んで場外へと放りだした。
言っとけよ。
アースはすでに対面に位置していた、ツキガミヤクトというレスラーを場外へ落としていた。。俺はワンテンポ遅れたが、対峙していたジュースタイスのマスクマン、ザ・レックスを捕まえると、同じように場外へと放り投げる。
耳の端で、試合開始を告げるゴングが鳴る。
「お気を付けください、お気を付けください」
注意を促すアナウンスが流れ、乱闘で試合が始まる事となった。
俺は場外でダーティーなプロレスは嫌いだ。
場外でもキックのコンビネーションを叩き込もうそう思って場外へ降りると。
「ウオオオオオオオ」
ガッシャーーーン
アースの汚い声と、ツキガミが鉄柵にぶつかる音。
はぁ、何とレベルの低いプロレス。振って振られて、鉄柵バーンの椅子をグシャーーン。嫌なのよ。
ガッシャーーーーン
また別の所では、華もカオルに鉄柵にぶつけられていた。
俺はため息を飲み込み、レックスを立たせる左ミドルを二発、胸に叩き込む。
レックスはそれを受け切ると、来いよとばかりに体勢を整えて俺の攻撃を待っているようだった。
そして、俺もしっかり距離をとって左ハイキックを決めた。レックスは鉄柵に音がなるように倒れた。マスクの間から見える表情が、少し笑っているように見えた。
「ウルフ」
リングを見ると、アースがこちらを呼んでいる。どうやら、華だけリングに上げて技をかけるらしい。
リングインすると、華がフラフラと中央に立っているので、そのままダッシュで走って行き、ニールキックを顔面に叩き込む。
アースが倒れた華を無理矢理起こすと、今度は、パワーボム。
観客席からは悲鳴と、アルクホールファンであろう人からの歓声が入り乱れる。
俺とアースは残りの二人がリングインしないか見張っている間に、カオルがゆっくりと華に技を仕掛ける。
横目で見ていると、カオルが垂直落下式のブレーンバスター、通称ハイインパクトをかけようとしていた。二度、三度、華が抵抗するものの、最後綺麗に持ち上げられると、リングに一本の杭が打ち込まれたかのように、人柱がそびえ立った。
「キャーーー」
悲鳴なのか歓声なのかはもうわからない。ズドンと技が決まった瞬間は、華はリングに埋まったんじゃないかというくらい、マットに突き刺さった。
そのまま、カオルは華をフォールの体勢に入る。
「ワン」
レフェリーがカウントに入り。カオルファンが同じようにコールする。
「ツー」
会場、大合唱。
スリーの瞬間に華が体を暴れさせて、フォール負けを回避する。
「ああああ」
「きゃああああ」
カオルファンの落胆と華ファンの歓喜が入り乱れる。
「ウルフ、アース戻れ、ウルフ」
レフェリーが試合を整理し始める。俺とアースは待機するコーナーに戻され、ジュースタイスの面々も逆コーナーに待機させられた。
仕切り直して、こうしてカオルと華のタイトルマッチを見据えた前哨戦が始まった。
「ウオオオオオオオ」
アースのラリアットがザ・レックスの喉元をえぐる。
アースもマッドも本当に似たような事ばっかりやってんな。
アースがレックスを引っ張って、こちら側のコーナーに戻ってくる。そしてタッチを俺に要求してくる。
俺はこいつとふれあいたくは無いが、タッグ戦なので仕方無しに俺はアースの手を叩く。
ちなみに、カオルと華は前半少しぶつかりあっただけで、途中からはあまりリングインしていない。シリーズ途中の六人タッグの場合はありがちな話だ。
俺がリングインすると、アースはレックスを持ち上げると、リングにたたきつけ俺に追撃をするようにうながして、一つストンピングを入れるとコーナーに控えた。
俺はコーナー付近ではあるが、腕ひしぎ逆十字の体勢をとりレックスの左手を痛めに行く。
ちなみに俺の場合、名前を『牙ひしぎ狼十字』(きばひしぎろうじゅうじ)という名前で、口元付近にきた相手の手の平をかみつくモーションを入れる。
俺はこれがすごい嫌いだ。この技は相手の肘関節の靱帯を痛める技だ。それを手の平を噛みついた所で何も変わらない。意味の無いモーションだ。社長からやれと言われて渋々やっている。
まだ試合中盤、コーナー付近。それほど本気ではかけていない。本気でかければ、腕の一本や二本、バキバキに極めてやるんだがそれはまだ先だ。
「うががががが」
極められた、レックスが大暴れしてなんとか、逆の手でロープを掴む。
「エスケープ、ウルフ、エスケープ」
もちろん簡単には離さない。
「ウルフ!」
「いててててて」
レックスは痛がる事で、俺はより強く締め上げる。とはいえ、極めるポイントはずらしてあるので、そんなには極まってないはずだ。
「ウルフ、ワン、ツー」
俺はパッと手を離す。レフェリーが顔を近づけてきて注意を続ける。
横目でレックスを確認すると、左手を押さえてフラフラと自分のコーナーへ逃げようとする。向こうには華とツキガミが、手を伸ばしタッチで交代しようとしている。
俺はレフェリーをおしのけると、レックスのマスクを後ろから掴み、こっちに顔をむける。左右のローキック、体勢が少し崩れた所に左のミドルキックを胸板に叩き込む。レックスは俺から見て大きく右側に弾け飛んだが、ダウンはせずになんとか立っている。しかしそれはちょうど、得意の右のハイキックを蹴るのにぴったりの所へとやってきた。俺は深呼吸をすると、右のハイキックを顔面に叩き込んだ。やはり、マスクの間から垣間見える表情は笑っているように見える。レックスは、受けが上手いレスラーとして名をはせているが、Mっ気もあるのだろうか。
キックの勢いで、レックスに背を向け、自軍のコーナー側を向いた。カオルと目が合うがつまらなそうな顔をしている。
バーカ
そんな気分だった。俺は右手を挙げて、手応え有りを観客に示した。
しかし、反応は無い。
「キャーっ」
それどころか、黄色い声援が鳴り響いた。
えっ? 俺にもそういう人気が出て来たって事なのかな?
そういう勘違いが起こりそうな時だった。そう勘違いが。
振り返ると、目の前にはレックスではなく、華が迫っていた。味方のピンチにコーナーを飛び出し、追撃を防ぐためにカットしに来ていたのだ。
華はエルボーを叩き込むと、俺をロープに振ろうとした。もちろん、俺は自分のプロレス信条で振られまいと踏ん張った。
すると、華は掴んでいた俺の左腕を起点にクルクルと、俺の体を回るといつのまにか首を小脇に抱えられ、脳天をマットに打ち付けられた。
たしか「デッドドライフラワー」とかいう名前の、入りが変則的なDDTだったと記憶している。
俺はたまらず、そのまま場外へエスケープした。頭へのダメージがでかく意識が少し朦朧とする。気付けば二人の若手が俺の側にいる。
「お気を付けください、お気を付けください」
場内アナウンスが鳴り響く。
ああ、飛んでくるのか。だからアナウンスが流れているのだろう、俺はそういうプロレス嫌いなのよ。
一悪態ついた時には、会場の照明に被さるように華の体が舞っていた。それまでのムーブを見ていないので、どんな力のベクトル、飛んでくるのかまったく読めない。とにかく、アイツの体が落ちてきた。俺はそれを受け止めると、若手とともに照明をみつめていた。
ローズダイブとかいう飛び技だったか、あいつの技のおかげで少し、花の英語読みも覚えたな。
「ヘイ、ウルフ、ファーーーイブ!」
意識がハッキリしてきた時にはレフェリーが場外カウントを始めていた。二十カウントでリングに戻らなければ、リングアウトで負けになる。
まだ、十五あるんだ少しは休ませろ。フラフラと立ち上がると、まだ若手が俺の横にいる。
うん?
そうすると、今度はレックスが飛んで来やがった。
こいつの技の名前なんだっけ。まぁいいか、技に哲学もないようなヤツの技名なんてどうでもいい。
「グフッ」
とはいえ、再び俺は若手と照明を見つめる事になった。
「へへっ、お返しだよ」
飛んできたレックスが起き上がりながら、耳元で囁いて、そそくさとリングへと復帰していった。
あんまり話をしたことが無いが、今日は妙にレックスと絡みが多い。
「ヘイ、ウルフ、セブーン」
レフェリーのカウントにしびれを切らしたのか、カオルとアースが俺を引っ張り上げてリングに上げた。
楽ちん楽ちん。
悦に入っていると、耳元でアースが囁く。
「そろそろカオルに代われ、雑魚が」
むかつくがその通りだ。このシリーズはカオルに道を譲るべきか。しかし、リングに入って立ち上がるととりあえずアースを睨む。少しはストレスが緩和される。
顔を上げると、エンジン全開で華が自軍のコーナーで待ち構えている。タッチしたのか、と思った時には華は走り初めていて、アイツの代名詞でもあるジャンピングニーが俺の顔を直撃した。
そして、華は左手を高くかかげ
「フラワー」
華のその言葉に会わせて、観客も同じ言葉を叫ぶ。
「ファイト!」
観客も左手を挙げている。
俺はその歓声を聴きながら、吹き飛ばされたのが自軍のコーナーである事に気付く。
バシッ
背中を叩く音、それはカオルが俺の背中を叩き、タッチ交代をした音だった。
俺はリング外のエプロンに立つとアースの横に立つ。
「次、代わったら、畳かけるぞ」
「あぁ」
言わなくても解ってるよ。俺はそう口から出そうになるのを飲み込んで、リング上の二人の闘いを凝視した。
華のフラワーファイトシリーズは文字通り派手な技が多いが、フィニッシュになり得る技が乏しい。そう言えば、今回のタイトルマッチに向けて新技を投入するという噂も聞いたが、それは本当なんだろうか?
カオルは技が一つ一つのフォームが綺麗で、威力もある。しかし、技の繋ぎが荒い。ぶつ切りに技を投入するが、連続したムーブに乏しい。
そのために、シングルでは王座を獲得しても長期に防衛したことは無い。逆にタッグの王者をアースと何度も獲得して、防衛も安定して行っていた過去がある。それは、見た目と違い、試合での選手間の指示役はアースがそれを担っているからだ。技もラリアットとパワーボムという典型的な技しか使えないが、それでも合間合間のムーブや試合を読む力はレスラーの中でも抜けていると感じざるを得ない。現に今日の試合もアースの指示の元、俺とカオルは動いている。
そんな、思索にふけっている間にカオルは華に髪の毛を掴まれて相手コーナーに連れて行かれていた。
「代わる」
アースのつぶやきは先程の予言が的中した事を示していた。
ツキガミが勢いよくリングインすると、華の攻撃を受け継ぎ、カオルを責め立てた。五発ほどの逆水平チョップ、ロープに走って勢いを付けてのジャンピングエルボーでカオルをダウンさせ、フォールの状態をとる。
「ワーーン」
レフェリーのカウントが始まる。
「まだだ」
アースはつぶやく。
俺はいつでもカウントを止めるべく出動の準備は出来ている。こういう所もアースの指示は的確だ。見た目はそんなの苦手そうなのにな。
カオルは自力でカウントが進むのを阻止する。
「スリー、入ったよ!」
ツキガミはレフェリーにアピールするが、カウントツーが覆ることは無い。
それをぼんやりと眺めていると、アースからまた指示が入る。
「ボケっとして遅れるんじゃないぞ、すぐにカット行くぞ」
ツキガミはカオルを無理やり立たせると後ろからクラッチをして、スープレックス系の技を敢行しようとした。カオルもまだまだ元気だ。二度、三度やるやらない攻防が続いた後、技を行おうとした瞬間、カオルは暴れてツキガミのクラッチから離れる事ができた。すると、延髄斬りを敢行してダウンさせた。
「行くぞ」
アースは俺に指示を出した。それより先にアースはコーナーから既にリングインしていて、一直線に相手コーナーの控えているレックスにロックオンしていた。
俺もそれに会わせてリングインすると残りの華にめがけてエルボーを喰らわせて、場外の鉄柵に打ち付けられるのを見届けた。
カオルは、ツキガミの腹を蹴り上げ弱らせてると、ハイインパクトの体勢をとろうとしていた。
レフェリーは俺たちのカットに注意を促して、あーだこーだ言っているが、うっとうしい。
アースは場外でレックスを釘付けにするべく、リングを降りていってる。俺もそれに続くべく場外を見ようとすると、もう華はリング内へと返り咲こうとしていた。
「まだ早いって」
俺はエプロンから早くもリングインしようとした華に向かって、右のハイキックを叩きこんだ。
「あ」
俺は思わず声がもれた。華はトップロープに飛び乗り、その反動を利用して相手に攻撃をくらわす、スワンダイブ式の攻撃を繰り出そうとしていたのだ。そのため、俺が想定している位置よりも頭が上下に移動していた。
俺のハイキックはプロレス生活の中でも三本の指に入るほど、クリーンヒットをした。えてしてこういう時は手応えは無い。技に力はいらないとは良く言ったもので、たしかにこういう場合は何も力を加えなくても技が入る。しかし、逆も言えば、こんなクリティカルヒットそうそう無いので、そのために力を入れておくのも一理あるのが俺の持論だ。
白目を向いて華が場外へ落ちていくのが俺の網膜に焼き付いた。
多分ダメだ。華をノックアウトしてしまった
俺はレフェリーを見た。カオルがハイインパクトを行おうとしているが、ツキガミもくらうまいと二人の攻防が繰り広げられていて、そのためレフェリーもかかりっきりだ。
アースも場外で鉄柵にレックスをぶつけて、そのあとは椅子を使ったダーティーファイトを繰り広げていた。
俺が華の状態を確認するために、場外を見下ろす。サポートの若手もアースの方が観客に影響を及ぼす可能性があるので、華の状態には気づいていない。華はうつ伏せに場外のマットの上に倒れている。
「お? 飛ぶのか?」
最前列に陣取るおじさんが声を出す。
「早くとべーー」
少し後ろの席の若い男性までもがやじりはじめた。
俺は仕方なく、トップロープを両手で掴むとしゃがんで反動をつける。二度三度スクワットのような動きをして、まるで飛ぶような動きを見せて、スクッと立ち上がると右手の人差し指を立てて、左右に動かした。
いつからだろう、この動きをするようになったのは。デビューした頃は、俺のスタイルをリングで表現できるが非常に嬉しかった。しかし、身長体重ともレスラーの中ではずいぶんと平均以下だった。念願のヘビー級でのデビューは叶わず、マスクだって希望などしていない。
ジュニアヘビー級でマスクマン。いつしかお客さんは俺に飛び技を求めるようになった。いかんせん、俺はUWF踏襲したスタイル、掌底とキック、スープレックスの技とサブミッションという、今の総合格闘技の源流となるものだ。
中身と外見のギャップに常にもどかしいものを感じていた。それの埋め合わせとして、飛び技をしそうで、すかすというムーブが生まれた。これをすればするほど、俺の心はすさんでいく。けっして、自分からこれはしない。今のように観客からヤジが来たときのみ仕方なしに行っている。その度にマスクがズシッと重くなるように気がする。俺はこのマスク、ウルフ・ド・ローンリに少しづつ乗っ取られて行くような気がする。服柵雷韻の部分がどんどんなくなっていくような感じがした。おかしなことを言っているのは百も承知だが、最後はこのマスクが脱げなくなるんじゃないかという恐怖心しかない。
「ブーーーー」
ブーイングで俺は我に帰る。俺が飛ばないことへの抗議だ。いつものことなので、気にもかけないが、華の動向はきになる。やはりあいつはピクリとも動かない。やっちまったな。
振り返ると、カオルがツキガミをハイインパクトで高く掲げ、一本の棒のように綺麗に立っている。そして、間もなくズドンとレックスを垂直に落とした。
アースのほうは、相手レスラーが上がってくる気配はない。こちらはやはり、華はノックアウト状態なので大丈夫だ。
「ワーン」
レフェリーの声が聞こえた。カウントが開始している。
「ツー」
カオルはツキガミの両足を抱え、両肩をしっかりマットにつけている。観客が、一緒にカウントしている声が少ない。
しまった、まだそんなに盛り上がっていない。
俺がキョロキョロして、どうにかならないか考えている間に。
「スリー」
カンカンカンカンカンカン
〇カオル アース・デラックス ウルフ・ド・ローンリ組VS 華翔 ザ・レックス ●ツキガミヤクト組 (十分十秒 フォール勝ち)
若手が声をかけてきた、そろそろ入場の準備をしてくれという事だ。
今日は六人タッグマッチ。アルクホールのカオルとアースと組んでジュースタイスの面々と試合をする予定だ。
社長と話しをしてから、試合内容は一段と良くない方向に行っている。一つ一つの技の繋ぎは良くなく、タッグを組む即席チームメイトにも迷惑をかけてばっかりだ。今日こそは、とにかくUWF時代の良き時代のプロレスを彷彿させるようなムーブを見せなければ。解る人には解る動きを、それが俺のプロレスだ。
「今日は邪魔するなよ」
俺が思索している間に、アースが割って入ってくる。
こいつはこの前シングルをしたマッドの兄貴分のような存在で、見た目はマッドを一回りでかくしたような、長髪、ヒゲ、胸毛、という男性ホルモンの塊のような汚らしい選手だ。技はラリアットとパワーボムがメインだ。俺はこういう人間とは相容れないと思っている。
「そっちもな」
俺が口を動かさずに返答すると、アースは俺との距離を詰めてきた。
すかさず、今日の試合でもう一人のパートナーのカオルが間に入り、試合前のイザコザだけは避けようとしていた。
こいつは、ジュニアで華翔と人気を二分する王子様キャラ。華が正義の王子なら、こいつは悪の王子様で、二人でチャンピオンベルトを取り合いするほどの実力も兼ね備えている。飛んだり、跳ねたりして落ち着きの無いプロレスをするというのが俺の評価。じっくりとしたレスリングであったり、確かな攻防というものをこいつの試合から見た覚えは無い。
「噂で聞いたが、次のシリーズで飛び技使えなきゃ解雇なんだって? 大丈夫?」
普段から甘えた声をしている、カオルが甘さを随分と増量して声をかけてきたのが余計にむかつく。
社長の野郎、どこからか話してるな。
「知らない、そんな事。それに俺はポリシーとして飛ばないからよ」
俺は入場のゲートの方だけを見て、カオルもアースの方も見ずに答えた。
「じゃ、次のシリーズで終わりだ。契約終了」
カオルは嫌味たっぷりに耳元でささやく。
向こうでは、アースの汚らしい笑い声が通路に響いていた。
こいつら。
でも、確かにそうだ、このままじゃ俺は解雇になってしまう。しかし、シリーズ中にそんな新技を導入するわけにもいかないし、解雇をちらつかせられて、はいはいと飛ぶのも情けない。どうしたもんか。とりあえず、このシリーズを駆け抜けて、そして飛ばなくも魅せる内容にする事が俺の指命だと感じていた。
前の試合の選手達が、退場してくる。タッグマッチに出場していた外人のコンビだ。エフワード連発でまくし立てていて、内容はわからないがおそらく、エグい話をしている。
一人の選手が俺を見つけると、何やら勢いそのまま話かけてきた。
正直怖い。何言ってるか解らない。勢いだけで好意的な事を言ってて欲しい。とにかく、嵐が通り過ぎるのをジッと待っていた。
一通り巻くし終えると、もう一人も間髪入れずに俺に浴びせてきた。
なんなんですか? 俺は少し距離をとろうとしたが、どうしたわけかカオルが俺が逃げようとした先を、ブロックして離れさせないようにしている。
「チッ」
外人の一人が俺の顔前で舌打ちを噛ます。
カオルの方を見ると、相変わらずニヤニヤ俺を見ている。そういやこいつ何言ってるか解ってるんだよな。帰国子女だっけ?
巻くし終え、浴びせ終えると、外人コンビはそのまま通路を歩いて消えて行った。
「お前、解雇らしいな。そろそろ次の職考えたほうがいいんじゃないのか? お前みたいなスタイル、どの団体も受け入れられ無いぞ。プロレスをやってくには、少しは派手な技使わないと今の日本の団体、イヤ海外でも受け入れてくれる所なんて無いぞ」
カオルが急に饒舌に話始めた。
「何だよ」
心当たりはあったが、カオルに聞いた。
「今のデビットの言葉。後のギャスパーのテキサス訛りがきつすぎてちょっとリスニングできなかった」
なーーーにが、テキサス訛りでリスニングだ。気取ってんじゃねーぞ。
おそらく、言葉の内容にむかついていたのに、そのカオルの良い回しにまでいらつきが飛び火してしまったらしい。
気付けば、俺はカオルが入場で着るガウンの襟を掴んで締め上げようとしていた。
「何だ、今のは通訳してやっただけだぞ。気にいらないなら、デビットにぶつけてくれよ、高所恐怖症」
俺は高所恐怖症なんかで、飛べないんじゃない。プロレスとしてUWFのスタイルが好きなんだ!
ちょうど、その時アルクホールのテーマ曲が流れ始めた。こういう多人数の場合は全員の入場曲ではなく、主立った選手の曲をかけるか、今回のようにチームのテーマ曲をかける場合がある。
音楽が始まったてもすぐには入場しない、しばらくイントロを聴いて、盛り上がってきた所で入場する。
俺はイントロでカオルを掴んでいた手を離した。すると、カオルがこちらに顔を寄せてきた。
「このシリーズ、俺はタイトルマッチを華とやるのよ。雑魚がチョロチョロ、社長にこびへつらって、タイトル戦やらせろとかぬかしてんじゃねーぞ」
奥でアースの汚い笑い声が再び響く。
「うちのダストさんにも取り入ってるらしいな。追放されたのに。いい加減、アンダーカードで静かにしてるか、やめろよこの業界」
カオルは唇を動かさずに、耳元でささやいた。
カッとなり言い返そうとしたところで、入場のタイミングとなり俺たち三人は表舞台へと押し出された。不穏な空気を察した、若手が後ろから俺たちを押したのだ。確かにそうでもしないと入場したかどうかはよくわからない。
カオルが黒いガウンを着て、両手を上げて中央を歩く。一歩下がって、カオルの右後ろをアース、左後ろを俺が歩く構図だ。
アースは何やら、観客に悪態をつき、観客もアースの手や胸をタッチして喜んでいる。
女性客のほとんどはカオルをうっとりと見ている。カオルは敢えて見ないのかじっと前を見据えて、口はにやけている。
一方、俺の方には観客はいるものの、それほど盛り上がっている風でもなく、俺もそちらに何かアクションを起こすようなことはしていない。狼をモチーフにしたマスクを被っているので、視線がどこをむいているのかはっきりしていない事が唯一の救いか。
リングに着くと、アースがセカンドロープに体重をかけてカオルにリングインしやすいように促す。このシリーズカオルがタイトルマッチををやるという意味でパートナーを立ててるという事か。
カオルがリングインした後、俺もその幾分開いたロープの隙間からリングインしようとしたが、その口は唐突に閉じてしまった。
「なに? っこら!」
俺が詰め寄る先にアースが胸で押してきて、さらに手ではねのけられると、俺はリング下に落とされた。
「どうした?」
俺は両手を広げると、おかしいだろう? という意思表示を見せた。
しかし、アースはこちらも見ずに一人でリングインした。俺も、サードロープの下から滑り込むようにリングインする事で、ようやくリングに立てる事になった。
続いて場内に華翔の入場曲が流れる。場内の女性ファンのボルテージが上がり、文字通り黄色い声援がアチコチから飛び交う。そしてそれはイントロを終えた瞬間、最高潮になり、視線のベクトルは入場ゲートへと向けられた。
入場してきたジュースタイス側の中央には華翔がベルトを腰に締め、そしてもう一本のベルトを肩にかけていた。他団体のエースからケンカを売られた華が、二本のベルトをかけたタイトル戦に勝利した事で二冠王者としてこのシリーズは戦っている。
若手に守られているとはいえ、たくさんのファンにもみくちゃにされながら、華はもう二人とリングインしてきた。見据えるのはカオルのみ。
華は白、カオルは黒のガウンを申し合わせたように着て来て、対照的に対峙した。前哨戦として直接対決を期待する機運は否が応にも盛り上がってきた。
二人はにらみ合ったまま、リング中央で距離を詰めると、不意に華は左手を高く掲げた。
これは、華は今日はフラワーファイトシリーズの技を出すという宣言になる。普段は試合序盤に手を挙げると事で宣言しているが、今日はタイトルマッチの前哨戦、盛り上げるためにも早めの宣言だった。
観客もそれに会わせて、歓声を上げている瞬間だった。
その刹那、カオルは華の腹を蹴り上げると髪の毛掴んで場外へと放りだした。
言っとけよ。
アースはすでに対面に位置していた、ツキガミヤクトというレスラーを場外へ落としていた。。俺はワンテンポ遅れたが、対峙していたジュースタイスのマスクマン、ザ・レックスを捕まえると、同じように場外へと放り投げる。
耳の端で、試合開始を告げるゴングが鳴る。
「お気を付けください、お気を付けください」
注意を促すアナウンスが流れ、乱闘で試合が始まる事となった。
俺は場外でダーティーなプロレスは嫌いだ。
場外でもキックのコンビネーションを叩き込もうそう思って場外へ降りると。
「ウオオオオオオオ」
ガッシャーーーン
アースの汚い声と、ツキガミが鉄柵にぶつかる音。
はぁ、何とレベルの低いプロレス。振って振られて、鉄柵バーンの椅子をグシャーーン。嫌なのよ。
ガッシャーーーーン
また別の所では、華もカオルに鉄柵にぶつけられていた。
俺はため息を飲み込み、レックスを立たせる左ミドルを二発、胸に叩き込む。
レックスはそれを受け切ると、来いよとばかりに体勢を整えて俺の攻撃を待っているようだった。
そして、俺もしっかり距離をとって左ハイキックを決めた。レックスは鉄柵に音がなるように倒れた。マスクの間から見える表情が、少し笑っているように見えた。
「ウルフ」
リングを見ると、アースがこちらを呼んでいる。どうやら、華だけリングに上げて技をかけるらしい。
リングインすると、華がフラフラと中央に立っているので、そのままダッシュで走って行き、ニールキックを顔面に叩き込む。
アースが倒れた華を無理矢理起こすと、今度は、パワーボム。
観客席からは悲鳴と、アルクホールファンであろう人からの歓声が入り乱れる。
俺とアースは残りの二人がリングインしないか見張っている間に、カオルがゆっくりと華に技を仕掛ける。
横目で見ていると、カオルが垂直落下式のブレーンバスター、通称ハイインパクトをかけようとしていた。二度、三度、華が抵抗するものの、最後綺麗に持ち上げられると、リングに一本の杭が打ち込まれたかのように、人柱がそびえ立った。
「キャーーー」
悲鳴なのか歓声なのかはもうわからない。ズドンと技が決まった瞬間は、華はリングに埋まったんじゃないかというくらい、マットに突き刺さった。
そのまま、カオルは華をフォールの体勢に入る。
「ワン」
レフェリーがカウントに入り。カオルファンが同じようにコールする。
「ツー」
会場、大合唱。
スリーの瞬間に華が体を暴れさせて、フォール負けを回避する。
「ああああ」
「きゃああああ」
カオルファンの落胆と華ファンの歓喜が入り乱れる。
「ウルフ、アース戻れ、ウルフ」
レフェリーが試合を整理し始める。俺とアースは待機するコーナーに戻され、ジュースタイスの面々も逆コーナーに待機させられた。
仕切り直して、こうしてカオルと華のタイトルマッチを見据えた前哨戦が始まった。
「ウオオオオオオオ」
アースのラリアットがザ・レックスの喉元をえぐる。
アースもマッドも本当に似たような事ばっかりやってんな。
アースがレックスを引っ張って、こちら側のコーナーに戻ってくる。そしてタッチを俺に要求してくる。
俺はこいつとふれあいたくは無いが、タッグ戦なので仕方無しに俺はアースの手を叩く。
ちなみに、カオルと華は前半少しぶつかりあっただけで、途中からはあまりリングインしていない。シリーズ途中の六人タッグの場合はありがちな話だ。
俺がリングインすると、アースはレックスを持ち上げると、リングにたたきつけ俺に追撃をするようにうながして、一つストンピングを入れるとコーナーに控えた。
俺はコーナー付近ではあるが、腕ひしぎ逆十字の体勢をとりレックスの左手を痛めに行く。
ちなみに俺の場合、名前を『牙ひしぎ狼十字』(きばひしぎろうじゅうじ)という名前で、口元付近にきた相手の手の平をかみつくモーションを入れる。
俺はこれがすごい嫌いだ。この技は相手の肘関節の靱帯を痛める技だ。それを手の平を噛みついた所で何も変わらない。意味の無いモーションだ。社長からやれと言われて渋々やっている。
まだ試合中盤、コーナー付近。それほど本気ではかけていない。本気でかければ、腕の一本や二本、バキバキに極めてやるんだがそれはまだ先だ。
「うががががが」
極められた、レックスが大暴れしてなんとか、逆の手でロープを掴む。
「エスケープ、ウルフ、エスケープ」
もちろん簡単には離さない。
「ウルフ!」
「いててててて」
レックスは痛がる事で、俺はより強く締め上げる。とはいえ、極めるポイントはずらしてあるので、そんなには極まってないはずだ。
「ウルフ、ワン、ツー」
俺はパッと手を離す。レフェリーが顔を近づけてきて注意を続ける。
横目でレックスを確認すると、左手を押さえてフラフラと自分のコーナーへ逃げようとする。向こうには華とツキガミが、手を伸ばしタッチで交代しようとしている。
俺はレフェリーをおしのけると、レックスのマスクを後ろから掴み、こっちに顔をむける。左右のローキック、体勢が少し崩れた所に左のミドルキックを胸板に叩き込む。レックスは俺から見て大きく右側に弾け飛んだが、ダウンはせずになんとか立っている。しかしそれはちょうど、得意の右のハイキックを蹴るのにぴったりの所へとやってきた。俺は深呼吸をすると、右のハイキックを顔面に叩き込んだ。やはり、マスクの間から垣間見える表情は笑っているように見える。レックスは、受けが上手いレスラーとして名をはせているが、Mっ気もあるのだろうか。
キックの勢いで、レックスに背を向け、自軍のコーナー側を向いた。カオルと目が合うがつまらなそうな顔をしている。
バーカ
そんな気分だった。俺は右手を挙げて、手応え有りを観客に示した。
しかし、反応は無い。
「キャーっ」
それどころか、黄色い声援が鳴り響いた。
えっ? 俺にもそういう人気が出て来たって事なのかな?
そういう勘違いが起こりそうな時だった。そう勘違いが。
振り返ると、目の前にはレックスではなく、華が迫っていた。味方のピンチにコーナーを飛び出し、追撃を防ぐためにカットしに来ていたのだ。
華はエルボーを叩き込むと、俺をロープに振ろうとした。もちろん、俺は自分のプロレス信条で振られまいと踏ん張った。
すると、華は掴んでいた俺の左腕を起点にクルクルと、俺の体を回るといつのまにか首を小脇に抱えられ、脳天をマットに打ち付けられた。
たしか「デッドドライフラワー」とかいう名前の、入りが変則的なDDTだったと記憶している。
俺はたまらず、そのまま場外へエスケープした。頭へのダメージがでかく意識が少し朦朧とする。気付けば二人の若手が俺の側にいる。
「お気を付けください、お気を付けください」
場内アナウンスが鳴り響く。
ああ、飛んでくるのか。だからアナウンスが流れているのだろう、俺はそういうプロレス嫌いなのよ。
一悪態ついた時には、会場の照明に被さるように華の体が舞っていた。それまでのムーブを見ていないので、どんな力のベクトル、飛んでくるのかまったく読めない。とにかく、アイツの体が落ちてきた。俺はそれを受け止めると、若手とともに照明をみつめていた。
ローズダイブとかいう飛び技だったか、あいつの技のおかげで少し、花の英語読みも覚えたな。
「ヘイ、ウルフ、ファーーーイブ!」
意識がハッキリしてきた時にはレフェリーが場外カウントを始めていた。二十カウントでリングに戻らなければ、リングアウトで負けになる。
まだ、十五あるんだ少しは休ませろ。フラフラと立ち上がると、まだ若手が俺の横にいる。
うん?
そうすると、今度はレックスが飛んで来やがった。
こいつの技の名前なんだっけ。まぁいいか、技に哲学もないようなヤツの技名なんてどうでもいい。
「グフッ」
とはいえ、再び俺は若手と照明を見つめる事になった。
「へへっ、お返しだよ」
飛んできたレックスが起き上がりながら、耳元で囁いて、そそくさとリングへと復帰していった。
あんまり話をしたことが無いが、今日は妙にレックスと絡みが多い。
「ヘイ、ウルフ、セブーン」
レフェリーのカウントにしびれを切らしたのか、カオルとアースが俺を引っ張り上げてリングに上げた。
楽ちん楽ちん。
悦に入っていると、耳元でアースが囁く。
「そろそろカオルに代われ、雑魚が」
むかつくがその通りだ。このシリーズはカオルに道を譲るべきか。しかし、リングに入って立ち上がるととりあえずアースを睨む。少しはストレスが緩和される。
顔を上げると、エンジン全開で華が自軍のコーナーで待ち構えている。タッチしたのか、と思った時には華は走り初めていて、アイツの代名詞でもあるジャンピングニーが俺の顔を直撃した。
そして、華は左手を高くかかげ
「フラワー」
華のその言葉に会わせて、観客も同じ言葉を叫ぶ。
「ファイト!」
観客も左手を挙げている。
俺はその歓声を聴きながら、吹き飛ばされたのが自軍のコーナーである事に気付く。
バシッ
背中を叩く音、それはカオルが俺の背中を叩き、タッチ交代をした音だった。
俺はリング外のエプロンに立つとアースの横に立つ。
「次、代わったら、畳かけるぞ」
「あぁ」
言わなくても解ってるよ。俺はそう口から出そうになるのを飲み込んで、リング上の二人の闘いを凝視した。
華のフラワーファイトシリーズは文字通り派手な技が多いが、フィニッシュになり得る技が乏しい。そう言えば、今回のタイトルマッチに向けて新技を投入するという噂も聞いたが、それは本当なんだろうか?
カオルは技が一つ一つのフォームが綺麗で、威力もある。しかし、技の繋ぎが荒い。ぶつ切りに技を投入するが、連続したムーブに乏しい。
そのために、シングルでは王座を獲得しても長期に防衛したことは無い。逆にタッグの王者をアースと何度も獲得して、防衛も安定して行っていた過去がある。それは、見た目と違い、試合での選手間の指示役はアースがそれを担っているからだ。技もラリアットとパワーボムという典型的な技しか使えないが、それでも合間合間のムーブや試合を読む力はレスラーの中でも抜けていると感じざるを得ない。現に今日の試合もアースの指示の元、俺とカオルは動いている。
そんな、思索にふけっている間にカオルは華に髪の毛を掴まれて相手コーナーに連れて行かれていた。
「代わる」
アースのつぶやきは先程の予言が的中した事を示していた。
ツキガミが勢いよくリングインすると、華の攻撃を受け継ぎ、カオルを責め立てた。五発ほどの逆水平チョップ、ロープに走って勢いを付けてのジャンピングエルボーでカオルをダウンさせ、フォールの状態をとる。
「ワーーン」
レフェリーのカウントが始まる。
「まだだ」
アースはつぶやく。
俺はいつでもカウントを止めるべく出動の準備は出来ている。こういう所もアースの指示は的確だ。見た目はそんなの苦手そうなのにな。
カオルは自力でカウントが進むのを阻止する。
「スリー、入ったよ!」
ツキガミはレフェリーにアピールするが、カウントツーが覆ることは無い。
それをぼんやりと眺めていると、アースからまた指示が入る。
「ボケっとして遅れるんじゃないぞ、すぐにカット行くぞ」
ツキガミはカオルを無理やり立たせると後ろからクラッチをして、スープレックス系の技を敢行しようとした。カオルもまだまだ元気だ。二度、三度やるやらない攻防が続いた後、技を行おうとした瞬間、カオルは暴れてツキガミのクラッチから離れる事ができた。すると、延髄斬りを敢行してダウンさせた。
「行くぞ」
アースは俺に指示を出した。それより先にアースはコーナーから既にリングインしていて、一直線に相手コーナーの控えているレックスにロックオンしていた。
俺もそれに会わせてリングインすると残りの華にめがけてエルボーを喰らわせて、場外の鉄柵に打ち付けられるのを見届けた。
カオルは、ツキガミの腹を蹴り上げ弱らせてると、ハイインパクトの体勢をとろうとしていた。
レフェリーは俺たちのカットに注意を促して、あーだこーだ言っているが、うっとうしい。
アースは場外でレックスを釘付けにするべく、リングを降りていってる。俺もそれに続くべく場外を見ようとすると、もう華はリング内へと返り咲こうとしていた。
「まだ早いって」
俺はエプロンから早くもリングインしようとした華に向かって、右のハイキックを叩きこんだ。
「あ」
俺は思わず声がもれた。華はトップロープに飛び乗り、その反動を利用して相手に攻撃をくらわす、スワンダイブ式の攻撃を繰り出そうとしていたのだ。そのため、俺が想定している位置よりも頭が上下に移動していた。
俺のハイキックはプロレス生活の中でも三本の指に入るほど、クリーンヒットをした。えてしてこういう時は手応えは無い。技に力はいらないとは良く言ったもので、たしかにこういう場合は何も力を加えなくても技が入る。しかし、逆も言えば、こんなクリティカルヒットそうそう無いので、そのために力を入れておくのも一理あるのが俺の持論だ。
白目を向いて華が場外へ落ちていくのが俺の網膜に焼き付いた。
多分ダメだ。華をノックアウトしてしまった
俺はレフェリーを見た。カオルがハイインパクトを行おうとしているが、ツキガミもくらうまいと二人の攻防が繰り広げられていて、そのためレフェリーもかかりっきりだ。
アースも場外で鉄柵にレックスをぶつけて、そのあとは椅子を使ったダーティーファイトを繰り広げていた。
俺が華の状態を確認するために、場外を見下ろす。サポートの若手もアースの方が観客に影響を及ぼす可能性があるので、華の状態には気づいていない。華はうつ伏せに場外のマットの上に倒れている。
「お? 飛ぶのか?」
最前列に陣取るおじさんが声を出す。
「早くとべーー」
少し後ろの席の若い男性までもがやじりはじめた。
俺は仕方なく、トップロープを両手で掴むとしゃがんで反動をつける。二度三度スクワットのような動きをして、まるで飛ぶような動きを見せて、スクッと立ち上がると右手の人差し指を立てて、左右に動かした。
いつからだろう、この動きをするようになったのは。デビューした頃は、俺のスタイルをリングで表現できるが非常に嬉しかった。しかし、身長体重ともレスラーの中ではずいぶんと平均以下だった。念願のヘビー級でのデビューは叶わず、マスクだって希望などしていない。
ジュニアヘビー級でマスクマン。いつしかお客さんは俺に飛び技を求めるようになった。いかんせん、俺はUWF踏襲したスタイル、掌底とキック、スープレックスの技とサブミッションという、今の総合格闘技の源流となるものだ。
中身と外見のギャップに常にもどかしいものを感じていた。それの埋め合わせとして、飛び技をしそうで、すかすというムーブが生まれた。これをすればするほど、俺の心はすさんでいく。けっして、自分からこれはしない。今のように観客からヤジが来たときのみ仕方なしに行っている。その度にマスクがズシッと重くなるように気がする。俺はこのマスク、ウルフ・ド・ローンリに少しづつ乗っ取られて行くような気がする。服柵雷韻の部分がどんどんなくなっていくような感じがした。おかしなことを言っているのは百も承知だが、最後はこのマスクが脱げなくなるんじゃないかという恐怖心しかない。
「ブーーーー」
ブーイングで俺は我に帰る。俺が飛ばないことへの抗議だ。いつものことなので、気にもかけないが、華の動向はきになる。やはりあいつはピクリとも動かない。やっちまったな。
振り返ると、カオルがツキガミをハイインパクトで高く掲げ、一本の棒のように綺麗に立っている。そして、間もなくズドンとレックスを垂直に落とした。
アースのほうは、相手レスラーが上がってくる気配はない。こちらはやはり、華はノックアウト状態なので大丈夫だ。
「ワーン」
レフェリーの声が聞こえた。カウントが開始している。
「ツー」
カオルはツキガミの両足を抱え、両肩をしっかりマットにつけている。観客が、一緒にカウントしている声が少ない。
しまった、まだそんなに盛り上がっていない。
俺がキョロキョロして、どうにかならないか考えている間に。
「スリー」
カンカンカンカンカンカン
〇カオル アース・デラックス ウルフ・ド・ローンリ組VS 華翔 ザ・レックス ●ツキガミヤクト組 (十分十秒 フォール勝ち)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―
MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」
「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」
失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。
46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる