セナ隊長の尽きない心労

薄荷ニキ

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1章

後日談

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 いつもの如く王太子に呼び出され、セナは恭しく彼の執務机の前で直立していた。

「先日、東の荒野で、お前の兄の魔石実験が行われたらしいが……」

 少し雲行きの怪しい雰囲気に、知らず背筋が伸びる。やはりあの天まで届いた青白い光が、東門を守る警備隊から見えないはずがないのだ。

「その事前申請が、各警備隊にいっていなくてだな。青龍の第二連隊では一時、敵襲かと騒然となったそうだ」

「兄からは、事前に許可を得たと聞いていますが?」

 すっとぼけてセナは、無表情を保ったまま答えた。こうなったらカイルの用意した芝居を打つしかない。

「ああ、申請書は、私の決済書の中に紛れて残っていた。しかも事前に、ちゃんと私が許可を出したことになっている」

「……そうですか。ではどこかで入れ違ったか、何かの拍子に取りこぼしたかのかもしれませんね」

「……そうだな。恐らく何かの手違いで、連絡が上手くいかなかったのかもしれないな」

 王太子の魔力の色が……

「私の補佐は優秀で、そのような初歩的な間違いを今まで一度たりとも犯したことはないが。まあ、時にはそういうこともあるかもな」

 不穏な色に変わっていく……

 王太子は努めて冷静に、始終笑顔を保っていた。だだその鋭い目が、一切笑っていなかったけれども。

「まあ、いい。──で、実験は成功したのか?」

「はい。私もその場にいましたが、素晴らしい出来でした」

「そうか。今度ぜひ、私にもその結果を直接披露してくれ。聞きたいことはそれだけだ。下がっていいぞ」

「失礼します」

 セナは丁寧に頭を下げて、王太子の執務室を後にした。

 王太子の醸し出す魔力の色が、怒りの赤と興奮のオレンジ、そして冷静であろうと自制する深青の波で複雑に絡み合っている。絶対に疑われていることは確実だが、セナに言えることは何もなかった。

 こうしてカイルの悪知恵による隠蔽工作──

 レイゼェンの式神を利用して、事前に実験の申請書を提出していたように見せかける作戦は成功し、マクウェル兄妹は難を逃れた。



***



 今日も今日とて。セナはまたしても王太子の呼び出しを食らい、彼の執務室を訪れる羽目になった。

「実は今日来てもらったのは他でもない、黒騏輪のことなんだがな。完成してからこっち、お前しか乗っていない。そこでいい機会だから、もう、お前のものということにしようと思っている」

「え、ありがとうございます!」

 思わぬ朗報に、セナはパッと表情を輝かせた。今でも十分私物化しているが、それを事実として明文化してもらえると何となく気が休まる。
 王太子もそんな喜ぶ部下の姿に、満足そうに微笑んだ。

「いや、礼には及ばない。何故なら魔法省の予算で製作した費用、これからお前の給料から天引きするから」

「ええっっ?!」

 持ち上げて落とす。王太子の得意技だ。

「何を驚くことがある? もちろん開発費とかの技術料は国が支払うが、材料費に関してはお前の私物になるんだから、お前持ちだ。そんなの当たり前だろう」

「あ……」

 王太子の言うことはもっともだった。いま実在している騏輪はマクウェル兄妹が使用している2台だけだが、水面下では、カイルのアイデアを元に、馬に変わる乗り物として、もっとお手軽なタイプを量産しようと企業が動いている。なので開発費を国が負担するのは当然だとして、確かに材料費だけなら、お安い買い物なのかもしれないが……

 カイルは黒騏輪のプロトタイプを制作するにあたり、国の金だと思って、見境なく最上級の素材を組み入れた。ガルヴォルンという、天から墜ちたとされる星屑に含まれる非常に頑丈で貴重な金属。防御力と伸縮性に優れた土竜の皮鱗。その他諸々、もちろん風の魔石も空の王者『飛竜』のものと、最高級のものばかりだ。
 その総額がいったい幾らになるのか、セナは恐ろしくて聞きたくもない。

 どうやら思ったより、王太子の怒りは深かったようだ。
 してやったりといわんばかりにピンク色に跳ねる王太子の魔力の色に、小さな意趣返しを感じて、セナはがっくりと肩を落とした。


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いつも読んでくださりありがとうございます。
次からは2章になるんですが、ストックがないのでお時間をいただきます。
続きをお待ちいただけると嬉しいです。
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