女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

文字の大きさ
21 / 38

21. その花の名は

しおりを挟む
 美術館も兼ねている広い店内には、色とりどりのガラス細工が煌びやかに飾られていた。

「きゃあ、可愛い! お兄様、こっち、見て見て」

 入店した途端、カトレアの歓声が上がった。レオナルド殿下の腕を取り、自分の興味のある方に引っ張っていく。
 そんな2人を尻目に、私は静かに1人店内を見て回った。警備上、この時間は私達だけの貸し切りにしてくれたので、心ゆくまで堪能できる。

 優美な曲線を描く花瓶に、細密な装飾が施された香水瓶。様々な形のグラスや器はもちろんのこと、果ては工芸品という名の、作り手の表現力を疑う置物までーー

「あら、これは……」

 綺麗にディスプレイされた棚の3段目、小柄なピンクの子犬と目が合う。
 こてんと、不思議そうに首を傾けているその様子が、まるでカトレアのようで愛らしかった。

「何かお気に召したものがありましたか?」

「え?」

 突然、背後から声を掛けられて驚いた。ジョセフ様が私の肩越しに手元を覗き込んでくる。

「気に入ったと申しますか……この子犬の置物が可愛らしいなと思いまして。ほら、この首を傾げた感じとか、どこかカトレアに似ていると思いませんか?」

「ああ、確かに! 可愛らしいですね。淡いピンク色ってところがまた、何というかカトレア嬢らしいです」

「ふふ、仰る通りですわ」

「ーーそうだ、どうかその、それを私にプレゼントさせて下さい」

「えっ!」

 いい思い付きだとばかりにその表情は得意気だけど。私は、ジョセフ様の思わぬ申し出に動揺した。

 だって、このピンクの子犬はーー

「そ、そんなの申し訳ありませんわ。お気を遣って頂かなくてもーー」

「いえいえ、ぜひお願いします。今日の記念にしたいので!」

「いえ、あの、でも、ちょっ……」

 爽やかに笑って、必死に押し留める私の声に全く耳を貸さず、ジョセフ様は問答無用で置物を鷲掴んだ。

「ちょっとお待ちになってーー」

 走り去っていくその肩が意気揚々と弾んでいる。突然のことになす術もなく、私はその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。

「ど、どうしよう……」

 だってあの子犬は、レオナルド殿下がカトレアにプレゼントするはずだったのにーー

 不測の事態の成り行きに、頭の中が真っ白だ。
 あれ程順調だったのに、これでは明らかにゲームの筋が変わってしまう!

 意味もなくキョロキョロと辺りを見遣って、状況を把握しようと試みる。

「……?」

 爽やかな水色の光の中で煌めく何か。

 ふと目に鮮やかな青色が飛び込んできて、私は思わずそちらに気を取られた。
 展示品のステンドグラスの窓から差し込む光に照らされて、きらりと輝くコバルトブルー。

 赤い小さなジュエリークッションの上に、ちょこんと飾られた花型のイヤリングがあった。

 矢車菊ーー

 優美な青い小さな花びらが幾十にも重なった、愛らしいのにとても逞しい花……

 今日何処かでこの花を見かけた気がして、すぐに思い当たった。
 先程昼食を取ったレストランの向かい側。青い花を腕一杯に抱えた、綺麗というより可憐な女性の顔を思い出す。

 ああ、そうだ。どこかで見覚えがあると思ったら、確かゲームの中で一瞬だけ出てきた、町娘ーー
 その彼女を遠目に見つめて、レオナルド殿下がどこか物思いに耽っていたのは勘違いではないだろう。

 まさか、殿下の秘密の恋の相手は彼女なのだろうか? 
 以前王妃様が、レオナルド殿下が恋しているのは、結ばれるのが難しい相手と言った。確かに平民相手なら、その想いが叶う可能性はゼロに等しいだろう。

 Ich gebe die Hoffnung nicht auf ーー私は希望をあきらめない

 矢車菊の花言葉の一つだ。綺麗なコバルトブルーの、可憐な花。
 その昔、レオナルド殿下のサファイアの瞳が矢車菊のように見えて、幼心に私は随分と見惚れたものだ。

 それにしても良く出来ているなと、改めてイヤリングをじっくりと見つめる。綺麗に花びらの形にカットされたガラスビーズが、立体的に花の形に組み合わされていた。

「それが気に入ったの?」

「え?」

 いつの間にかレオナルド殿下が側に立っていた。私の肩に触れる距離で、一緒になってイヤリングを覗き込んでいる。

「い、いえ。ただ、綺麗だなと思って……」

「ーー矢車菊だね。確かに綺麗だ」

「ええ、よく出来ていますよね」

「そういえばアメリアは、昔からこの花が随分好きだったよね。じゃあこれは、私が今日の記念にプレゼントしよう」

「え、ええええ……それは申し訳なくーー」

「いいから、いいから」

 ああこの展開、先程と同じだ。狼狽える私を置き去りに、レオナルド殿下が早々に店員を呼びつける。

「はい」

 にっこりと笑って手渡されたのは、もちろん青く輝くイヤリングだった。

 ……買ってもらってしまった。

 受け取るために差し出した手が僅かに震えている。

「ありがとう、ございます。大切にさせて頂きますね……」

 泣き笑いのような、引き攣った笑顔になったが仕方ない。
 視界の隅に、カトレアに子犬の置物を渡すデレ顔のジョセフ様の姿が見えて、私はもう言葉も出なかった。

 いやいやいや、なんでこうなるの!?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一目惚れは、嘘でした?

谷川ざくろ
恋愛
代打で参加したお見合いで、「一目惚れです」とまさかのプロポーズをされた下級女官のシエラ・ハウエル。 相手は美しい公爵、アルフレッド・ベルーフィア。 疑わしく思いつつも、病気がちな弟の治療と領地への援助を提示され、婚約を結んだ。 一目惚れと言っていた通り溺愛されて相思相愛となり、幸せな結婚生活を送るシエラだったが、ある夜、夫となったアルフレッドの本音を聞いてしまう。 *ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

32【完結】今日は、私の結婚式。幸せになれると思ったのに、、、

華蓮
恋愛
今日、コンテナ侯爵の、カルメンとラリアリ伯爵のカサンドラの結婚式が行われた。 政略結婚なのに、、いや政略結婚だから、豪華にしたのだろう。 今日から私は、幸せになれる。 政略結婚で、あまりこの方を知らないけど、優しく微笑んでくれる。 あの家にいるより大丈夫なはず、、、、。 初夜に、カルメンに言われた言葉は、残酷だった。

「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご
恋愛
「キサマとはやっていけない。婚約破棄だ。俺が愛してるのは、このマリアルナだ!」 婚約者である王子が開いたパーティ会場で。妹、マリアルナを伴って現れた王子。てっきり結婚の日取りなどを発表するのかと思っていたリューリアは、突然の婚約破棄、妹への婚約変更に驚き戸惑う。 「姉から妹への婚約変更。外聞も悪い。お前も噂に晒されて辛かろう。修道院で余生を過ごせ」 リューリアを慰めたり、憤慨することもない父。マリアルナが王子妃になることを手放しで喜んだ母。 二人は、これまでのリューリアの人生を振り回しただけでなく、これからの未来も勝手に決めて命じる。 四つ違いの妹。母によく似たかわいらしい妹が生まれ、母は姉であ、リューリアの育児を放棄した。 そんなリューリアを不憫に思ったのか、ただの厄介払いだったのか。田舎で暮らしていた祖母の元に預けられて育った。 両親から離れたことは寂しかったけれど、祖母は大切にしてくれたし、祖母の家のお隣、幼なじみのシオンと仲良く遊んで、それなりに楽しい幼少期だったのだけど。 「第二王子と結婚せよ」 十年前、またも家族の都合に振り回され、故郷となった町を離れ、祖母ともシオンとも別れ、未来の王子妃として厳しい教育を受けることになった。 好きになれそうにない相手だったけれど、未来の夫となる王子のために、王子に代わって政務をこなしていた。王子が遊び呆けていても、「男の人はそういうものだ」と文句すら言わせてもらえなかった。 そして、20歳のこの日。またも周囲の都合によって振り回され、周囲の都合によって未来まで決定されてしまった。 冗談じゃないわ。どれだけ人を振り回したら気が済むのよ、この人たち。 腹が立つけれど、どうしたらいいのかわからずに、従う道しか選べなかったリューリア。 せめて。せめて修道女として生きるなら、故郷で生きたい。 自分を大事にしてくれた祖母もいない、思い出だけが残る町。けど、そこで幼なじみのシオンに再会する。 シオンは、結婚していたけれど、奥さんが「真実の愛を見つけた」とかで、行方をくらましていて、最近ようやく離婚が成立したのだという。 真実の愛って、そんなゴロゴロ転がってるものなのかしら。そして、誰かを不幸に、悲しませないと得られないものなのかしら。 というか。真実もニセモノも、愛に真贋なんてあるのかしら。 捨てられた者同士。傷ついたもの同士。 いっしょにいて、いっしょに楽しんで。昔を思い出して。 傷を舐めあってるんじゃない。今を楽しみ、愛を、想いを育んでいるの。だって、わたしも彼も、幼い頃から相手が好きだったってこと、思い出したんだもの。 だから。 わたしたちの見つけた「真実の愛(笑)」、邪魔をしないでくださいな♡

気になる人

みるみる
恋愛
 家で引きこもる陰気な令嬢ドナ、美しいニコールを姉に持つ卑屈な妹のドナ…それが私のアイデンティティだとずっと思っていました。  だからこそいつも人目を避けて屋敷内で静かに過ごしてきたのです。  それが世間的にも私の存在があまり認識されていない事の理由でもありました。  そんな引きこもりの私にもとうとう気になる男性ができました。ファテン公爵家の長男ボルゾイ様です。  そんな彼が公爵家を継ぐために選んだ婚約者はなんと目立たない存在の私…ドナでした。  降ってわいたような幸運に喜んだのも束の間…それからしばらくして私は彼の本性を知ってしまいました。  許せない!苦々しい思いが募り、夫婦になった後もつい彼に対して冷たい態度をとってしまい彼を冷たく突き放す日々を送るうちに、段々と彼も私がいる屋敷に帰ってこないようになりました。  どこか吹っ切れたようなサバサバした活動的なドナ、社交界で華やかな存在感を放つファテン公爵夫人…それが今の私のアイデンティティ。  夫の愛などなくても私は充分に幸せ…のはずなのに、どうして私は彼の事が気になってしまうようで…。 (※性的マイノリティーに関連した表現も話に出てきますが、決して差別を助長するものではありません。ご了承下さい。)

愛する人がいる人と結婚した私は、もう一度やり直す機会が与えられたようです

能登原あめ
恋愛
※ シリアス、本編終了後にR18の予定です。センシティブな内容を含みますので、ご注意下さい。 「夫に尽くして、子供を産むことが幸せにつながる」  そう言われて育ったローラは、1週間前に決まった婚約者の元へ、花嫁見習いとして向かった。  相手には愛する人がいたけれど、領民を守るためにこの政略結婚を受け入れるしかなかく、ローラにも礼儀正しい。  でもこの結婚はローラの父が申し出なければ、恋人達を引き裂くことにはならなかったのでは?  ローラにできるのは次期伯爵夫人として頑張ることと跡継ぎを産むこと。    でも現実はそう甘くなかった。  出産で命を落としたローラが目を覚ますと――。 * 「婚約解消から5年、再び巡り会いました。」のパラレルですが、単独でお読みいただけると思います。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんのでお気をつけ下さい。 * ゆるふわ設定の本編6話+番外編R(話数未定) * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。

だから、どうか、幸せに

基本二度寝
恋愛
話し合いもない。 王太子の一方的な発言で終わった。 「婚約を解消する」 王城の王太子の私室に呼びつけ、婚約者のエルセンシアに告げた。 彼女が成人する一年後に、婚姻は予定されていた。 王太子が彼女を見初めて十二年。 妃教育の為に親元から離されて十二年。 エルセンシアは、王家の鎖から解放される。 「かしこまりました」 反論はなかった。 何故かという質問もない。 いつも通り、命を持たぬ人形のような空っぽの瞳で王太子を見つめ、その言葉に従うだけ。 彼女が此処に連れて来られてからずっと同じ目をしていた。 それを不気味に思う侍従達は少なくない。 彼女が家族に会うときだけは人形から人へ息を吹き返す。 家族らだけに見せる花が咲きほころぶような笑顔に恋したのに、その笑顔を向けられたことは、十二年間一度もなかった。 王太子は好かれていない。 それはもう痛いほどわかっていたのに、言葉通り婚約解消を受け入れて部屋を出ていくエルセンシアに、王太子は傷付いた。 振り返り、「やはり嫌です」と泣いて縋ってくるエルセンシアを想像している内に、扉の閉じる音がした。 想像のようにはいかない。 王太子は部屋にいた側近らに退出を命じた。 今は一人で失恋の痛みを抱えていたい。

【完結】29国一金持ちの娘達は、幸せを掴めるのでしょうか?

華蓮
恋愛
国一番の金持ちの伯爵家の三姉妹。 長女は、母に似て綺麗で、誰もがお近づきになりたいと思うほど。 三女も母に似て可愛い。 次女は、父に似て、不細工と言われて育った。 その三姉妹は、結婚して、それぞれの道を歩く。 みんな幸せになれるのでしょうか?

婚約破棄された令嬢の再婚相手はわけありの隣国王子~愛が重たいけれど一生懸命がんばります!~

岡暁舟
恋愛
「レイチェル。突然で申し訳ないのだが、私は君との婚約を破棄しようと思うんだ……」 王子レオンハルトに婚約破棄された令嬢レイチェル……その理由はいまいち釈然としなかった。だが、その運命を受け入れるしかなかった。 そこに現れたのは隣国の王子で?

処理中です...