女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

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33. 午前0時を過ぎたら

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「ハワード・フェルマー公爵が娘、アメリア嬢を、レオナルド王太子の婚約者とする」

 国王が高らかに宣言すると、会場は盛大な拍手で包まれた。どこかで聞いた台詞だなと思いながら、その祝福に囲まれ、レオナルド殿下と私はホールの中央へと進み出る。

「さあ皆のもの、今日は二人を祝し、大いに楽しんでくれ」

 年の瀬も押し迫ったこの日、この一年の無事と、来年への抱負を願った舞踏会が王宮で催された。例年開催されるこの夜会に かこつけて、レオナルド王太子の正式な婚約者発表が行われたのだ。

 レオナルド殿下が私の手を取り、その甲に軽くキスを落としたのを合図に、音楽が流れ出した。ダンスは子供の頃から一緒に沢山練習してきたので慣れたものだ。何より殿下のリードが上手いので、一緒に踊っていて楽しい。

 銀色の刺繍を施したミントブルーの私のドレスが、くるりとターンする度に煌びやかに広がる。首元を彩るのは、もちろん誕生日に殿下からプレゼントされた見事なコーンフラワーブルーのサファイアだ。それに合わせたサファイアのイヤリングと、イエローダイヤモンドの髪飾りは、今回の婚約発表の為に新調した。
 私の髪飾りを作る際に、お揃いで今夜殿下のジャケットを飾るラペルピンをイエローダイヤモンドで作ったのは、私の自己満足といえよう。

 多くの人に囲まれお祝いの言葉をかけられて、夜は更けていく。
 私の笑顔に疲れが見えてきた頃、隣で同じように列なす祝辞に爽やかに対応していたレオナルド殿下が、そっと耳打ちしてきた。

「少し、抜け出そうか。流石に足を休めたい」

「同感ですわ……」

 深く頷いて、殿下付きの近衛にさりげなく誘導されてドアへと向かう。
 だが「庭に行こうか」との提案に、私は即座に首を横に振った。

「いいえ、用意されている控室に参りましょう!」

 もう、夜会の庭には悪い思い出しかない。殿下と噂になったのも庭に逃げたからだし、何よりゲームの中で、レオナルド殿下がカトレアと夜会を抜け出して向かった先も薔薇が綺麗な庭だった。今は薔薇の時期ではないが、用心に越したことはない。

「今夜は特に寒いですわ。殿下が風邪を召されると困ります」

「……そう?」

 適当に説き伏せて、エスコート役の殿下の腕を引っ張るようにして控室へと向かう。暖炉のある暖かい部屋に、2人して崩れるようにソファに座り込んだ。

 殿下がメイドに命じて温かいハーブティーと軽食を用意させる。2人とも夕食を食べ逸れていたので、はしたないながらも飛びついた。

「それにしても……キャサリン嬢には驚きました……」

 かつての殿下の婚約者候補の1人を思い出して、私がポツリと呟く。彼は指についたクリームをペロリと舐めながら、ニヤリと笑った。

「あ、やっぱり気づいたかい?」

「はい。まさか、ナイジェル様と懇意になられるとは……」

 そう、今夜の夜会で、宰相のご令嬢である彼女と、レオナルド殿下の側近であるナイジェル様はずっと寄り添っていたのだ。これが分からずにいられようか。

 ナイジェル様は才能ある文官を多く排出する伯爵家の次男で、現在、国防における要職に就いている。的確に情報を収集し、状況を見極める参謀としての能力は確かで、私も時間があれば一度じっくりと話したいと思っていたお方だ。

「はは、まあ、お似合いの2人じゃないかな。実は夏の仮装の茶会から、ナイジェルは彼女に夢中でね。恐らく、もう少ししたら彼らも婚約の発表をすると思うよ」

「まあ……」

 では殿下が、2人の仲を取り持ったようなものではないか。

 それからも私達は、今日出席していた貴族達の噂話で盛り上がった。

 ジョセフ様のお父様のバーゼル侯爵は、先の法案を通すために色々なストレスが溜まり、最近髪が薄くなってきたのが悩みらしいとか。
 東の国境警備の主要を担っているクロネッカー伯爵の夫人は、美容のために豚の足をよく食べるとか。

「豚の……足ですか? 何だか匂いがキツそうですけど……」

「いやいや、これが結構、プルプルしていて美味しいらしいよ」

「へー……」

 それが思いの外楽しくて、すっかり時間を忘れてしまった。暖かく居心地のいいこの空間も、私達から会場に戻らねばという思考を奪っていく。

 その時。

「きゃ!」

 突然、部屋に掛けられた振り子時計がボーンと鳴って飛び上がった。見ると、短針と長針の2本がぴったりと揃って上を向いている。

 0時を告げるその音に、こんなに遅くまで殿下と話し込んでいたのかと驚かされた。

「もうこんな時間!? 帰りませんと」

 この時間なら夜会は既にお開きになっているはずだ。かなりお父様とお母様を待たせていることになる。
 慌ててソファから立ち上がり、私は深く考えもせずに馬車寄せに向かおうとした。だが些か乱暴に扉を開け放ったところで、外で警護していた近衛兵2人にすぐさま手で静止された。

「あの、どちらへ?」

「私の両親が今どこに居るか、分かるかしら?」

 早く、帰らないとーー

 焦る私を見下ろして、大柄な近衛兵の1人が申し訳なさそうに報告する。

「あの、アメリア様。フェルマー公爵はもう帰られました」

「え?」

「はい、あの、ですから、公爵邸の馬車は既に王宮を離れています」

「え、えええ?」

 帰っただとーーーーーー!?

「公爵からの伝言です。今夜は王宮で世話になるように。明日迎えの馬車を寄越す、だそうです」

「ほう?」

 その言葉に、意気揚々と反応したのは背後のレオナルド殿下だ。

「ならアメリア、今夜は私の部屋に行こうか」

「殿下の部屋……?」

 嫌な記憶が蘇る。ゲームの中で、婚約発表の日に暴走した殿下とカトレアはーー

「きゃ、客室は?」

「……今からメイドを呼んで、準備させるの? アメリアはそんな横暴かつ、非効率なことは嫌いだろう?」

「で、でも……」

 自分の貞操を守るためなら、メイドを叩き起こして拝み倒すぐらい簡単なことだ。

「さあ、さあ、夜もすっかり更けた。今日は長い一日だったからね。アメリアもさぞ疲れているだろう」

「いえ、あの……」

 有無をも言わさない強引さで、逞しい腕に腰を抱かれる。近衛兵は見て見ぬ振りだ。される私を、無情にも助けようとしない。

 お父様、お母様。
 あなた方は単に、私やカトレアが幼い頃そうだったように、親戚の家に気安く子供を一晩預けた気分でいるんでしょうけど。

 嫁入り前の娘をこんなところに置き去りにして、心から恨みますわ……
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