大正石華恋蕾物語

響 蒼華

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それぞれの後日談

何処でもない場所

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 裸足で歩く、白い道。
 白い簡素な衣服をまとった金の髪の美しい女が、一人静かに歩いて行く。

 女は多くの罪を犯した咎人だった。
 女は歩く、償いの道を。
 その果てに何が待っているのかはわからない、ただ歩くだけ。
 何時まで歩くのか、その道に何があるのか、何処に辿り着くのか、全くわからない。
 けれど、紅い瞳にぼんやりとした光を宿しながら声もなく女は歩く。
 金色の髪が白い情景の中、さらさら揺れる。

 何かに気づき、女の歩みがふと止まる。

 何もないはずの道の先に、男が一人立っていた。
 作務衣を纏った、精悍な顔の男。
 その手は固く肉刺だらけだけれど、誰よりも美しいものを生み出せる事を女は知っていた。

 女の瞳が見開かれる。茫洋としていた紅に、明確な光が宿る。

 こんな所にいる筈がない、男が死んだのは大分前だ。
 それに男は神に愛される美を紡ぐもの、咎人の歩く場所になど、居る筈がないのに……。
 もう二度と会えないと、思っていたのに……。

 女は、掠れた声で呟く。

『何で、此処にいるの……?』
『お前さんを待ってたに決まっているだろう?』

 伸びをして見せながら、何事もないように言う男。
 その顔には、温かな笑みが浮かんでいる。
 やれやれと呟きつつ、女へと語り掛ける。

『お前さんが遅いから待ちくたびれたぜ』
『私を、待っていたの……?』

 貴方を救えなかった私を。
 貴方を目の前で失うしかなかった私を。

 茫然としている女の顔は、何処か泣き出しそうにも見えた。
 男は、そんな女を見れば優しい苦笑を浮かべる。
 そして、首を傾げて問いかける。

『此れから、長い旅なんだろう? 一人じゃ味気ないと思わないか?』

 男は、女のこれからの道行に付いて来ようというのだ。
 決して楽しい旅路ではない。
 女が犯した膨大な罪の清算のための、何時まで続くか知れぬ贖罪の旅路。
 男はそれをきっと解っている、解っていて笑って同行しようと言っているのだ。
 女の口から、茫然とした言葉が零れ落ちる。

『馬鹿ね……』
『そうだな、俺は馬鹿だ。でもお前さんも馬鹿だぞ』

 人の言った事聞きもしないで、大馬鹿やらかしやがって、と男は盛大に嘆息する。

 透明な雫が、女の陶器のような白い頬を次々と伝って落ちていく。
 女は、弾かれたように男へと駆けだしていた。


 あいたかった。
 ただ、その想いが溢れて言葉にならない。
 女は、その白い両腕を伸ばして男の胸に飛び込んだ。
 子供のように泣きじゃくりながら、只管に男の名を呼んで。

『お前さん、やっぱり泣き虫だなあ』

 女の背を子供をあやすように優しくさすりながら、男は苦笑する。

 嘆きも呪いも、策謀も知略も、何もなかった。
 寂しがり屋で、我儘で、泣き虫なただ一人の女。

 ――男が愛した、ただ一人の女。

『お前さんに付き合ってやるよ。果ての無い道だろうと、二人ならまだ寂しくなかろう?』

 望まぬものを得ようと出来ている自分こそ呪っていたのだと、男と出会って初めてそれを知った。
 望んでいたのは唯一つだけ。
 自分が望んでいたのは、この腕だったのだと女の涙は止まる事を知らず。

 女は暫くの間泣き続けた。優しく髪を撫でる男の手を感じながら。

 やがて、女は歩き出す。
 隣には、女を待ち続けた男の姿。

 行っても行っても、白が続く果てのない道。
 罪を償う旅路、その果てに何があるかは女も解らない。それは男も同様で。
 それでも、手にふれる温かな相手の手の感触だけが、全てだった。
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