未必の恋

ほそあき

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 昼休みの一件以降、願い通り何事もなく放課後を迎えた。成瀬先輩の指定通り、第二家庭科室へ向かう。
 この学園は敷地が広い上に、全校生徒が千人を超えるマンモス校だ。だから、特別教室もいくつもある。前回成瀬先輩に会った時に話をした場所は、第一特別教室が集められた区画だ。あそこは基本的に授業にしか使われない。第二以降の各特別教室は、部活動や親衛隊の活動拠点に割り振られてる。
 だから、成瀬先輩からの指定は第二家庭科室だ。

「失礼します」

 第二家庭科室と書かれたプレートが付いたドアをノックして、ゆっくり扉を開く。

「すまないね、呼び出して」

 申し訳なさそうな成瀬先輩の声も、うまく聞こえなかった。

「……え?」

 だって、何でここに。

「どうした、倉光。変な顔をして」

 原賀先輩が、いるんだ。

「なんで……」
「俺がいるのが不可解だという顔だな。俺の親衛隊のことだ、俺がいて何が悪い? 弥鶴には不用意にお前に近づくなと言われたが、ここなら誰もいないし問題ないだろ」

 避けられてたんじゃないのか。やっぱり成瀬先輩に止められたのか。分からない。原賀先輩が俺に会いに来た意味が分からない。

「戸惑っているようだけど、入り口で突っ立ってないで座って。お菓子と飲み物を用意したから」
「ありがとうございます」

 成瀬先輩のお言葉に甘えて、指定された席に座る。原賀先輩の前の席。こうして向かい合うのは一週間ぶりだ。

「早速で悪いけど、倉光くん、君が会ったのはこの人たち?」

 成瀬先輩に写真を見せられる。
 間違いない。この三人だ。

「そうです」
「やっぱり。申し訳ないね、迷惑をかけて。僕も事前に察知できなかった」
「大丈夫です。危害は加えられてないので」

 頭を下げる成瀬先輩を静止してると、成瀬先輩とは違う方向から声がかかった。

「何をされた?」

 端的に一言。でもそれは、答えろという強い圧を持って俺に向けられた。
 だけど、それをこの人相手に答えたくない。あの親衛隊員たちが言った、この人──原賀先輩に俺が抱かれたという勘違いを、本人を前にして言いたくない。

「もしかして、ひどいことをされた?」

 押し黙った俺に、成瀬先輩がさらに申し訳なさそうな素振りを見せる。

「違うんです、何もされてません。ちょっとお話しただけで」

 本当に何もされてない。成瀬先輩がそこまで気に病む必要はない。なのに、その内容は言えない。

「何を話した? 言え、倉光」

 重圧がのしかかる。
 拒否することを許さない声だ。
 これが、全校生徒の頂点に立つ生徒会長の声。
 成瀬先輩が俺相手に気を遣うのが気に食わないんだろうか。さっきも名前で呼んでたし、親しいんだろうな。
 それこそ、抱いた相手の一人なのかもしれない。
 もしかして、原賀先輩がここに来たのは、俺と成瀬先輩を二人きりで会わせないため、とか。

「原賀先輩と、どういう関係なのか聞かれました。簡単に近づける相手じゃない、って」
「で?」
「編入生が物珍しいんじゃないですか、って答えました。実際俺は、原賀先輩がどうして俺と一緒に食事してたのか知りませんし」

 本当に、俺が知りたい。
 聞けば、この人は答えてくれるんだろうか。
 聞けない。もし聞いて、弟だと知ってるからだと返されたらと思うと、何も言えない。

「で? それだけじゃないだろ。言っていないことがある。違うか?」
「っ……!」

 まっすぐに射抜かれる。何度も見た、でも、見たことのない目。
 怒ってる。何に──俺にか。

「落ち着いて、二人とも。原賀会長、倉光くんが怖がっているから、その怖い顔を引っ込めて」
「……はぁ。悪い、倉光……」
「いえ、別に……」

 ため息をこぼして、原賀先輩が怒りを抑える。

「それで? 言っていないことがあるのは事実だろ」
「ない、です」
「嘘だ」

 即答だ。
 言いたくなくて、原賀先輩の問いをかわしたのに。

 そういや昔も、兄は俺が隠し事をしてると見破るのが上手かった。

「……ちょっと抱かれたくらいで、親しくなった気になるな、と言われました」

 ダメだ。兄相手に黙り続けるのは無理だ。

「原賀会長!」

 成瀬先輩が、原賀先輩に対して怒りを向ける。
 違う、誤解だ、何もされてない。

「やめろ、弥鶴。俺は倉光相手に何もしていない」
「成瀬先輩、本当です。……親衛隊員にもそういう相手はいるから、特別なことじゃないって言われましたけど、あの三人の勘違いです」

 俺と原賀先輩の言葉を聞いて、成瀬先輩が落ち着きを取り戻した。
 親衛隊にはたくさん相手がいるらしいけど、俺は親衛隊員じゃない。ただの一般生徒が天下の生徒会長様に抱かれた、なんてのは親衛隊からすれば問題だろう。それに成瀬先輩は、親衛隊長を務めるくらい原賀先輩のことが好きなんだろうし。

「言われたのは、それだけ?」
「はい。最後に、忠告したから次はない、と」

 もう隠し事はない。
 成瀬先輩の次の言葉を待ってると、もう一人のほうから声がかけられた。

「なあ、倉光。本当にしてやろうか、その勘違い」
「は……?」
「抱いてやる、って言っているんだ」

 何を、言ってるんだ。
 成瀬先輩が目の前にいるのに。好きなんじゃないのか。
 そもそも俺と原賀先輩は兄弟で、原賀先輩はそれに気づいてるはずで。気づいてないのか、それとも。
 俺が男だと、弟だと知った上で、抱いてやると言うほど俺を恨んでるのか。

 成瀬先輩が何かを言っている声が遠く聞こえる。

「いいですよ。俺を抱けるのなら」

 原賀先輩の驚いた顔が見える。俺が了承するとは思ってなかったんだろうか。
 言い出したのは原賀先輩のほうだから、成瀬先輩ならきっと、親衛隊のこともどうにかしてくれる。成瀬先輩の想いを裏切ることになるのは、本当に心苦しいけど。
 それで兄の気が済むのなら。俺は、償いきれないだけの負い目があるから。俺は、兄に従う。

「倉光くん……親衛隊のことは、僕も目を光らせておくから、君自身も気をつけて」
「すみません、成瀬先輩。ありがとうございます」

 成瀬先輩に深く頭を下げて、ついて来いと言う原賀先輩の背を追った。
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