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私の腕から力が抜け落ち、いとも容易く剣が弾かれる。
手を離れた武器が空中を回転しながら数メートル先の地面に落ちた。
それを視界の隅に捉えながら、怒りに狂った魔王ベルクラの眼前で私は頭を垂らした。
「私は…残された君の気持ちなど…到底わからないさ」
ポツリと呟く私に対してベルグラは低い声音で問う。
「命乞いの準備はできたか?」
「…もとよりそのつもりはない。私の心臓なり何なり好きなものをえぐるといいさ」
もう、どうにでもなれ。
ベルグラが咆哮を上げて私に襲いかかる。
バランスを崩して後ろに倒れた私は地面に手をつく。
そんな私に対して魔王は正面から馬乗りになり、彼は手に持った剣を振り下ろした。
そのまま切り伏せられる覚悟はしていた。
だが、その痛みは待てども待てども訪れはしなかった。
彼が手に持った剣の切っ先が、私の胸に当たる手前で止まっていた。
そして信じられないものでも目撃したかのように、ベルグラは私の胸元に目線を落としていた。
そこには心臓があり、魂がある。
戦場の喧騒が遠退いた。
闇色狼とそれによる兵士たちの攻防は今もなお続いているはずなのに、そのどれもが別の世界の出来事のように感じた。
「…。」
無言のベルグラの目線を受け止めたまま、私は言葉を紡いだ。
「心臓を亡き妻に捧げるのではなかったのか?」
「…。」
「この羽虫にまだ用があるのか?」
「…。」
「私の命乞いが聞きたいのか?」
「…。」
「なぁ、ベル?」
私の唇がその名を口にした瞬間、顔を覗き込むベルの目尻に涙が滲んだ。
唇を引き結び、必死に何かを耐えるかのように息を呑む。
ベルは長いまつげを震わせながら零れそうになった涙を目尻にためて私を見ている。
(前世でも今生でも君の泣き顔を見ることになるとは…これも私のせいか)
動きを止めた魔王に対して、私は右手を伸ばした。
その手を男の頬にそえると、白い肌に土がついた。
彼は気にせず、私の顔を覗き込んだまま見つめ続けている。
その後、何が起こったのか瞬時には理解できなかった。
驚くよりも先に私とベルの身体がふわりと浮いたかと思えば、闇色狼の本体と一緒に戦場を離脱していた。
先程の浮く感覚がワープだったのは後から知った。
視界に広がる景色はバミア平原から森の景色に一瞬にして切り替わったが、周りの植物には見覚えがある。
平原から数百キロ離れた場所…魔族の領域だ。
私はワープする前と同じく地面に尻もちをつき、上半身は後ろに向かって背中から倒れそうになった。
だが、倒れることはなかった。
手に持っていた剣を放り投げたベルが正面から私を抱きしめたからだ。
両手を背中に回して力強く固定し、そのまま私の肩口に顔をうずめた。
その力強さに身体が軋む。
私が文句を言う前に、彼のくぐもった嗚咽が聞こえてきた。
ぐすぐすと泣き声を押し殺すベルに抱きつかれたまま、私が動けないでいると闇色狼が剣の柄を口に咥えて持ってきた。
よく見れば、平原で跳ね飛ばされたはずの私の剣も一緒に咥えている。
私達のもとまで近づいて来た闇色狼が二本の剣を地面に置き、その場でお座りをして待機する。
先程の戦闘で切り崩した謝罪をしようと闇色狼に向かって手を伸ばそうとしたら、その手をベルがガシッ!と掴んだ。
その勢いに私は困惑していたが、ベルは無言のまま何も言わない。
こちらにかまえという強い意思は伝わった。
ベルに掴まれた手を眺めると、私は少し困りながら握り返した。
そうすればベルの身体がビクッと強ばる。
「……っ…」
「ベル」
「…ぅっ」
長身の男が背を丸めて泣いている。
名前を呼んでも泣き止む気配はない。
「悪かった。もう泣くな…と、いうのは無茶かもしれないが…」
「…お前は…俺を…一人にした…」
「あぁ」
「置いていくな、と…言ったのに…」
「あぁ」
「ここにいてくれと…いったのに…」
「すまない。五百年かかったな」
「…リアーネ」
嗚咽混じりに喉の奥から声を振り絞り、前世の私の名前を呼ぶ。
私はベルが泣き止むまで背中をぽんぽんと撫でてやった。
「恨み言なら聞くぞ」
「なぜ、どうして、なんでっ…なぜこんなっ」
「私は人間に生まれ変わったせいで、君どころか魔族に会いに行くことは出来なかった。黒髪の人間は国の命令に背いたら殺されるからな」
「…監禁されていたのか?」
「脅し付きの軟禁だったな。五百年後に生まれ変わって十七年が過ぎたが、王宮の外には出たことがなかった」
どれだけ私が喋ろうとも、全てが言い訳になってしまう。
「人間に恨みがあるのなら私にぶつけろ。君の苦しみの元凶は私だ」
「そんなことできるわけないだろ!?」
震える声音で大声を放つとベルは涙目で続ける。
「お前が、お前がいないせいでっ、俺はっ、どれだけっ!!」
「すまない」
「毎日、毎日、自分の髪をこの手で結うたびに、お前がこの世界からいなくなった朝を迎えた。お前がいない城で夜を過ごすたびに運命を呪った。この髪を切ってそれを供物に死者復活の儀式も試したが徒労に終わった。どんな魔術を試してもお前の魂は戻ってこなかった。何度も…何度も何度も絶望した!!」
「…君は…私がいない間にそんな事をしていたのか…」
すでに次の転生に向けて魂の修復がはじまっていたので、魔王の力でさえ魂を強引に呼び戻すことは出来なかった。
「リアーネ…」
「…すまなかった」
(なにはともあれ、彼と話ができてよかった)
私はベルの身体を抱きしめかえした。
昔は広いと思っていた彼の背中は、今の私の両手に収まっている。
…そういえば、今生の私の身体は男だったことを今更思い出した。
手を離れた武器が空中を回転しながら数メートル先の地面に落ちた。
それを視界の隅に捉えながら、怒りに狂った魔王ベルクラの眼前で私は頭を垂らした。
「私は…残された君の気持ちなど…到底わからないさ」
ポツリと呟く私に対してベルグラは低い声音で問う。
「命乞いの準備はできたか?」
「…もとよりそのつもりはない。私の心臓なり何なり好きなものをえぐるといいさ」
もう、どうにでもなれ。
ベルグラが咆哮を上げて私に襲いかかる。
バランスを崩して後ろに倒れた私は地面に手をつく。
そんな私に対して魔王は正面から馬乗りになり、彼は手に持った剣を振り下ろした。
そのまま切り伏せられる覚悟はしていた。
だが、その痛みは待てども待てども訪れはしなかった。
彼が手に持った剣の切っ先が、私の胸に当たる手前で止まっていた。
そして信じられないものでも目撃したかのように、ベルグラは私の胸元に目線を落としていた。
そこには心臓があり、魂がある。
戦場の喧騒が遠退いた。
闇色狼とそれによる兵士たちの攻防は今もなお続いているはずなのに、そのどれもが別の世界の出来事のように感じた。
「…。」
無言のベルグラの目線を受け止めたまま、私は言葉を紡いだ。
「心臓を亡き妻に捧げるのではなかったのか?」
「…。」
「この羽虫にまだ用があるのか?」
「…。」
「私の命乞いが聞きたいのか?」
「…。」
「なぁ、ベル?」
私の唇がその名を口にした瞬間、顔を覗き込むベルの目尻に涙が滲んだ。
唇を引き結び、必死に何かを耐えるかのように息を呑む。
ベルは長いまつげを震わせながら零れそうになった涙を目尻にためて私を見ている。
(前世でも今生でも君の泣き顔を見ることになるとは…これも私のせいか)
動きを止めた魔王に対して、私は右手を伸ばした。
その手を男の頬にそえると、白い肌に土がついた。
彼は気にせず、私の顔を覗き込んだまま見つめ続けている。
その後、何が起こったのか瞬時には理解できなかった。
驚くよりも先に私とベルの身体がふわりと浮いたかと思えば、闇色狼の本体と一緒に戦場を離脱していた。
先程の浮く感覚がワープだったのは後から知った。
視界に広がる景色はバミア平原から森の景色に一瞬にして切り替わったが、周りの植物には見覚えがある。
平原から数百キロ離れた場所…魔族の領域だ。
私はワープする前と同じく地面に尻もちをつき、上半身は後ろに向かって背中から倒れそうになった。
だが、倒れることはなかった。
手に持っていた剣を放り投げたベルが正面から私を抱きしめたからだ。
両手を背中に回して力強く固定し、そのまま私の肩口に顔をうずめた。
その力強さに身体が軋む。
私が文句を言う前に、彼のくぐもった嗚咽が聞こえてきた。
ぐすぐすと泣き声を押し殺すベルに抱きつかれたまま、私が動けないでいると闇色狼が剣の柄を口に咥えて持ってきた。
よく見れば、平原で跳ね飛ばされたはずの私の剣も一緒に咥えている。
私達のもとまで近づいて来た闇色狼が二本の剣を地面に置き、その場でお座りをして待機する。
先程の戦闘で切り崩した謝罪をしようと闇色狼に向かって手を伸ばそうとしたら、その手をベルがガシッ!と掴んだ。
その勢いに私は困惑していたが、ベルは無言のまま何も言わない。
こちらにかまえという強い意思は伝わった。
ベルに掴まれた手を眺めると、私は少し困りながら握り返した。
そうすればベルの身体がビクッと強ばる。
「……っ…」
「ベル」
「…ぅっ」
長身の男が背を丸めて泣いている。
名前を呼んでも泣き止む気配はない。
「悪かった。もう泣くな…と、いうのは無茶かもしれないが…」
「…お前は…俺を…一人にした…」
「あぁ」
「置いていくな、と…言ったのに…」
「あぁ」
「ここにいてくれと…いったのに…」
「すまない。五百年かかったな」
「…リアーネ」
嗚咽混じりに喉の奥から声を振り絞り、前世の私の名前を呼ぶ。
私はベルが泣き止むまで背中をぽんぽんと撫でてやった。
「恨み言なら聞くぞ」
「なぜ、どうして、なんでっ…なぜこんなっ」
「私は人間に生まれ変わったせいで、君どころか魔族に会いに行くことは出来なかった。黒髪の人間は国の命令に背いたら殺されるからな」
「…監禁されていたのか?」
「脅し付きの軟禁だったな。五百年後に生まれ変わって十七年が過ぎたが、王宮の外には出たことがなかった」
どれだけ私が喋ろうとも、全てが言い訳になってしまう。
「人間に恨みがあるのなら私にぶつけろ。君の苦しみの元凶は私だ」
「そんなことできるわけないだろ!?」
震える声音で大声を放つとベルは涙目で続ける。
「お前が、お前がいないせいでっ、俺はっ、どれだけっ!!」
「すまない」
「毎日、毎日、自分の髪をこの手で結うたびに、お前がこの世界からいなくなった朝を迎えた。お前がいない城で夜を過ごすたびに運命を呪った。この髪を切ってそれを供物に死者復活の儀式も試したが徒労に終わった。どんな魔術を試してもお前の魂は戻ってこなかった。何度も…何度も何度も絶望した!!」
「…君は…私がいない間にそんな事をしていたのか…」
すでに次の転生に向けて魂の修復がはじまっていたので、魔王の力でさえ魂を強引に呼び戻すことは出来なかった。
「リアーネ…」
「…すまなかった」
(なにはともあれ、彼と話ができてよかった)
私はベルの身体を抱きしめかえした。
昔は広いと思っていた彼の背中は、今の私の両手に収まっている。
…そういえば、今生の私の身体は男だったことを今更思い出した。
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