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私の身体に巻きついて泣きわめくベルを慰めながらしばらくの時が流れた。
森の木々の間から見える空は夕日に染まりつつある。

私の腕の中でぐずったまま立ち直らないご主人様に対して、闇色狼は今も行儀よくお座りしたまま待機していた。
待たされているというのになぜか機嫌が良さそうに尻尾を振っている。
本体がここでずっと待機しているということは、バミア平原の狼達はすでに撤退した後だろう。
戦闘が終われば人間たちの部隊も人間の領域まで撤退しているはず。
戦いを放置してここにやってきた事を今更ながら思い出すと、今後について考えることにした。

「ベル。君の気持ちは受け止めたが…今生の私は、君と生涯を共にすることはできない」
「なぜだ!?!?!!!?」

バッ!!と勢いよく顔を上げたベルが私を見る。
その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた上に、目元は真っ赤に腫れていた。
私は懐から引っ張り出したハンカチで、端正に整った彼の顔をゴシゴシと拭く。

「転生した私の肉体は人間だ。永久に生き続ける魔王と同じ時間は過ごせないよ。方法がないわけではないが…これ以上、私のことで君を苦しませたくない。都合がいいことを言っていることは重々承知だ。自覚はある。だが、聞いてくれ」
「…リアーネ」
「魔族の婚姻の誓いは『死が二人をわかつまで』だ」
「!」

ベルが黄金色の瞳を丸くして息を呑む。
私は言葉を続けた。

「今度こそ、第二の人生を歩む時ではないのか?」

私の言葉を受け取るとベルは目線を伏せてしまった。

「俺は…」

深呼吸を一つすると、ベルはぽつぽつと語りはじめた。

「情けない話だが…俺はお前を忘れようと思ったこともある」
「むしろそのまま忘れてくれてよかったのだが」
「だが…だが俺は、忘れられなかった…酒も、賭博も、かわりの女も、それに没れることができなかった。人間の女も魔族の女もさんざん抱き潰したが、忘れることなどできなかった。むしろ未練しか無い」
「ベル…」
「……この五百年間、口に出せないようなことも散々やってきた…ここまで俺は汚れたというのに、それでもお前に執着している。お前と共にありたいと願っている…こんな俺を最低だと罵ってくれてかまわない」
「それは最低というより…君は昔から真面目だったからなぁ…」

彼には並の魔族の幸せを享受していて欲しかったが、叶わなかった…。
だが、前世の私が生きていた頃のベルはここまでリアーネに執着していなかったはずだ。
親友程度の距離感で長い時間を共に過ごしていたため、そういう素振りは一切見せたことがない。

「だって…リアーネはしつこい男が嫌いだろ?…嫌われたくなかったんだ…」

ふてくされたように言葉を吐き出すとベルは口ごもる。
私は小さなため息を吐いた。

「それは当時、人妻の私に手を出そうとする他の魔族の男の話だったはずだが…気を使わせたようで悪かったな」
「謝らせたかったわけじゃない。俺はお前にいいところを見せたかっただけだ。こんな情けない姿も本当は見せたくなかったのにっ!」

ばかっ!ばかっ!と、連呼しながらベルは私の胸板を両手でぽこぽこと叩く。

(まさかそんなことのためにいつも私の前では取り繕っていたというのだろうか?)

健気だなぁと思う反面、カッコつけたがりなのは昔からだったことを思い出す。

「ぅっ…うぅ…永遠にあると思っていた時間さえただの拷問になった…俺が今まで我慢してお前に手を出さなかったのに…こんなことなら最後までやっておけばよかったのだ…俺は意気地なしだ…ヘタレだ…うぅ…最後までやらせろぉ…」

後半のセリフは聞かなかったことにしたい。

「俺を…一度ならず二度までも置いていくつもりなのか?」

それを言われたら、私は弱い。

「またお前に置いていかれたら…俺は、今度こそどうにかなりそうだ」

地の底から這い上がるような低音でベルは言う。

「絶対に逃さない」

そう言いながら彼はキッと私を睨み、身体に抱きついたまま両腕の束縛を強めた。
…だが、それだけだった。
魔法を使って強制することもできるのに、力でねじ伏せて言うことを聞かせることもできるというのに。
相変わらず私に嫌われたくないという意志が滲む行動に対して、呆れながらも愛おしく感じた。

「わかったよ…君の好きなようにしてくれ」

艷やかな黒髪に手を伸ばし、その頭を撫でながら私は思考する。
さて、これからどうしようか?


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