生け贄のお嬢さんが、生き埋めのドラゴンさんに会いましたとさ。

いちい千冬

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それから

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「まさか、ほんとうに掘り返せるとは……」

 いや、ただの地面を掘り返すことなら出来る。
 いつも農場でやっている事なので、むしろ得意だ。
 長年“悪しきドラゴン”を封じ込めていた地面も、何年も放置されていた耕作地並みに固いなあとは思ったものの、彼女の“魔力”程度であっさりと掘れた。
 ……掘れてしまった。
 ううむ、と唸るイオラの横から、くつくつと笑う声がする。
 
「言ったであろう。そなたなら出来ると」


 封印から解放されるや否や、ドラゴンは自らの“魔力”を使ってあっという間にほこらを脱出した、らしい。
 崩れるから、いつまでもあそこに居ると危なかったのだそうだ。
 イオラは疲れて気を失っていたので、その時の様子は分からない。
 が、彼女が次に目覚めたときにはもう、きれいなきれいな青空の下。
 しかもマルクール領の端。彼女の故郷リードンだった。
 ドラゴンに自分の農場がある場所まで教えた覚えはない。
 ただ、彼女の“魔力”を彼女以外からよく感じた場所に飛んでみたらリードンだった、ということらしい。

 家に帰ってみれば、なんとお葬式の真っ最中だった。
 死んだと聞かされていた娘がひょっこり現れたものだから、集まっていた人々はぽかんと口を開け、次に叫び出すやら拝み始めるやら、泣かれるやら縋り付かれるやら、大混乱だった。
 そんな彼らに簡単に事情を説明し、引き留められながらもいろいろと準備をして出てきたのが昨日。

 現在イオラが歩いているのは、隣国だった。
 “悪しきドラゴン”が封印を解いてくれたお礼に、と “魔力”を使って移動させてくれたのだった。ここまで来れば追手もなかろう、と。
 いくらリードンが領の端っこでも、国の端っこまではだいぶ距離がある。ほんの数日でイオラがここまで逃げているとは、確かに誰も思わないだろう。
 とても有難かった。
 ものすごく助かったのだが。

「……あの」
「なんだ」
「いつまで、一緒にいるんでしょう?」

 彼女の言葉に、くくっと笑い声が答える。
 さてな、と呟く隣は、ドラゴンではなく精悍な顔だちの偉丈夫だった。

 イオラがリードンで目を覚ましたとき、すでにドラゴンの姿はなかった。
 代わりに見えたのは、ぜんぜん知らない男。つまりヒトだった。
 農作業で日に焼けたイオラの手以上に濃い褐色の肌。高い背丈に広い肩幅、長い手足。鈍く光る金色の髪と瞳  ―――これがかの“悪しきドラゴン”がヒトに化けた姿なのだとは、言われるまでぜんぜん気が付かなかった。
 そもそも、ヒトの姿をとれることも知らない。聞いてない。
 本来の姿だと目立つだろう、と事も無げにドラゴン様は言ったものだ。
 頭部だけであの大きさだ。それは目立つだろう。目立つだろうけども。

 ……これはこれでなんか目立つ。
 人型ドラゴン様の凛々しい姿かたちを眺めながらイオラは思ったが、街中でも思ったほどの注目は集めていない。
 むしろ不自然なほどに周囲が無関心だ。
 何らかの“魔力”を使ってでもいるのだろか。

 そしてそんな彼は、イオラと同じごく一般的な旅装を身に着けていた。
 ……ついてくる気、満々のようだ。

「なに。気にするな。我が勝手について行くだけだ」

 気にする。ものすごく気になる。
 困ったことにこのドラゴン様、ものすごく役に立つのだ。
 ほこらを出てから……いや、ほこらの中にいる時から、イオラはこのドラゴン様にお世話になりっぱなしである。

「少し暑くなってきたな」

 彼が言うと同時に、ふわりと涼しい風が吹く。
 ……こういう所だ。
 長い年月マルクール領を潤してきた膨大な“魔力”は基本的に何でもアリなようで、ドラゴンはそれを惜しげもなく使う。
 自分に対してはもちろん、イオラやその周囲に対してもだ。

「そろそろ昼時だ。その辺の店で食事をとろう」

 もちろん奢るぞと言いながら、硬貨の入った袋を取り出す。
 あのほこらで、封印に使われていた宝石を持ち出し換金したお金である。
 イオラが砕いて小さくなった上、もう“力”も残ってないので追手が気付くこともないだろう、とさっさと換金したのだが。
 ドラゴン様は「自分は無くても困らないから」とさらっとお金を払ってしまう。

 ……こういう所だ。こういう所なのだ。
 こんなのが隣にいることに慣れてしまったら、ダメ人間まっしぐらな気がする。
 それはマズイ。ものすごく困る。

 自分がどうしてこんなに懐かれたのかは、ぜんぜん分からない。
 ただ、こういうやたら便利で親切な感じが“大地の魔女”に目を付けられたんじゃないのかな、とちょっと思う。

「そういえば……ずっと閉じ込められていたのに、復讐したいとか考えないんですか?」
「ないな。つまらん」

 ドラゴンは即答だった。
 しかも、本当につまらなそうだ。
 農場で果樹の作り方を聞いて来たときの表情のほうが、何倍もキラキラしていた気がする。
 そして、同じようにキラキラした顔でイオラを見下ろしてきた。

「しかしそなたが言うなら、なにか報復してやっても良いぞ」
「なんでわたしに聞くんですか。犯罪者になるなんて嫌ですよ」
「すでに罪人扱いなのではなかったかな」
「……そうでしたね」

 でも、罪の重さは全然違う。
 領主子息の花嫁をいじめるのと、伝説の“悪しきドラゴン”をけしかけるのは、全然違うと思う。
 イオラはふるりと肩を震わせた。

 あえて何かしなくても、マルクール領はこれから大変だろう。
 とくに“魔力”に頼りきりだった農地は、今まで通りとはいかない。
 魔女の加護と呼んでいたモノが無くなったことをどう誤魔化し、取り繕い、乗り越えていくのか。行けるのか。
 心配なのは故郷のリードンだが、同じ領内でも、もともとリードンは魔女の加護が薄い。
 その分みんなで知恵を出し合って、今までも努力と工夫でなんとかやって来たのだ。イオラが居なくても、なんとかやっていけるだろう。
 だから、マルクールに関しては「まあ、せいぜいガンバって」と思う程度だ。

 なにより、自分より大変な目に合っていたと思われるドラゴンが「つまらん」などと言うのだ。
 楽しそうに物珍しそうにその辺の露店を眺めている姿を見ていると、なんだか気が抜けてしまう。
 仕返しを考えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
 イオラは罪人で、しかもすでに死んでいる設定だ。それならば。

「わたしは自由になったってことでもあるんですから。もう国を出ちゃったし、どうせ時間を使うならいろんな地域を見て回りたいですね」

 世の中、知らないものや珍しいものはたくさんある。
 そして、ほとぼりが冷めたらリードンに帰れるかもしれないし、別の良い土地を見つけて移り住んでもいいと思う。
 農場をやっていて、それに適した“魔力”を持ち、なんだかんだ農作業が好きだったイオラは、いずれはどこかに定住して、また何かを作りたいと思っていた。

「そなたらしいな」

 ドラゴンが、どこか満足げに呟いた。



「ドラゴンさんは、これからどこか行きたい所とかないんですか?」
「そなたの行きたい所だな」
「……見たいものとか」
「そなたの見たいものだな」

 即答だった。
 ちゃんと考えてますか、と突っ込みたくなるくらいに早かった。

「………ええと」
「そなたは面白い。側にいると、心地よいのだ」

 にこにこにっこり。
 ドラゴン様の笑顔が眩しすぎる。

 イオラはこっそりため息をついた。
 ……なんだか、ものすごく懐かれている気がするのはなぜだろう。
 出遭ってたった数日だというのに。

「我は役に立つぞ。ヒトが不便なら、馬にでも鳥にでも姿を変えよう。ふむ。そなたを背に乗せて飛ぶのも楽しそうだ」
「いやだから、どうしてわたし―――」
「好きな人の役に立つことは幸せだと、フィルが言っていた」
「フィル?」
「“大地の魔女”だ」

 ドラゴンが金色の瞳を細めた。懐かし気に。



 あのとき。
 その“魔力”を私にちょうだい―――と、ドラゴンは言われた。
 あのひとの役に立ちたいから、と。

 そして拘束され、埋められ、“魔力”を搾り取られた。
 彼女の言葉には「ああそういうものなのか」と思っただけだった。理不尽だと憤る余裕もなかった。
 強制的に“魔力”を抜かれる気持ち悪さと倦怠感に耐えられず、諦めて早々に自分で眠りについたから。

「今になって、少しだけあれの気持ちがわかった気がする」
「はあ?」
「くれくれと強請られるより、何もいらないと言われたほうが与えたくなるのはなぜだろうな」
「………っ」

 端正な顔に、じっと見つめられる。
 イオラはふいっと顔を背けた。
 ……どうしよう。やっぱり好かれている気がする。
 何だろう。助けてもらって――といっても、お互い様だと思うのだが――仲間意識でも芽生えているのだろうか?
 孤独が長すぎて、寂しすぎて、ちょっとおかしくなっちゃったとか。

 ……いや、もしかして餌付け?
 いやいやその辺の野生動物とは違うし。
 たしかに、リードンの農場に行ったとき、収穫した果物を嬉しそうにぱくぱく頬張っていたけど。
 食べる必要がないと興味が無さそうにしていたあれは何だったのか、というくらいモリモリ食べていたけど。
いったい人型の身体のどこに入ったのか、そしてドラゴンの胃袋はどうなっているのか。と問い詰めたくなるくらい、口の中に入っていったけど。
 ……まあウチの農場自慢の品なので、気に入ってもらえるのは嬉しかったけど。
 あの食べっぷりには、みんな驚いて―――。

「イオラ」

 少し現実逃避しかけていた彼女の顎に、長い指が添えられる。
 そして、くいっと再びドラゴンのほうを向かされた。

「こちらを向いてくれ。そなたの顔が見たい」
「へ?」
「この姿形が気に入らないというのなら、言ってくれ。すぐに変えるから」
「え、いや」
「そなたの好みに合わせたつもりだったのだが」

 違ったのだろうか、と整った顔立ちの青年が、悲し気に眉をひそめる。
 ぐあっとイオラの顔が赤く染まった。

「えっ。ちょ、誰がそれ―――」
「そなたの反応で、なんとなく。あと、リードンの者たちがいろいろと教えてくれた」
「な……っ」

 そういえば。
 少しずつ。なんとなく。
 目の前の青年の印象が変わってきているような気がしていた。
 人外がヒトに化けているので、そういうものなのかなと思っていたのだが。

「な、なんで………」
「知らぬのか」

 ドラゴンは艶のある笑みを浮かべた。

「我らの種族は、違う種とも番うことができるのだ。だからこのように様々な姿を取ることが出来る。生存本能というやつだ」
「つ、つがう……」

 にこにこにっこり。
 ドラゴン様の笑顔が眩しすぎる。
 そして怖い。

「急ぎはせぬ。我は気が長いほうなのでな」

 イオラは反射的に逃げ出そうとした。

 が、“魔力”も体力も、そして年の功もはるかに上の“悪しきドラゴン”様に敵うわけがなかった。






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