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このファミレスでの一連の出来事を冷静に振り返ったのは、自宅の風呂に浸かり、一息ついた時だった。
能條雅人。弁護士。母親の不味いアップルパイ。変な男。
確かに聡の言う通りだ。どうかしていた。
友人の友人で、全くの正体不明ではないが、変な男であることは間違いはない。
なのに、あの男のペースに飲まれてしまい、名刺交換までしてしまったのだ。
自身の軽率な行動に困惑する一方で、俊哉はあの笑顔を思い浮かべていた。
一見、猛禽類のような精悍な顔立ちだが、笑うと目尻に皺が出来て、人懐っこい大型犬のような愛嬌がある。
あの笑顔に騙されてしまったのだろうか。
言動もどこか掴めない。
真面目な顔で冗談も言うし...。
あれは冗談だよな。
「子供をナンパする趣味はありませんから」
確かにそう言った。
じゃあ俺をナンパしたと言うのか?
普通、ファミレスで子連れの男をナンパするか⁈
あり得なさすぎて、俊哉は笑ってしまう。そして、左手を掲げ、薬指に光るリングを確認した。
やっぱりあり得ない。冗談だとしても結婚指輪をしている子連れの男にそんなことを言うなんて。
冗談...だよな。
でも、もし万が一、冗談ではなかったら?
いや、ない。あり得ない。
普通なら、ゲイが集まる特定の場所で男同士のナンパは行われる。老若男女が利用するファミレスではあり得ない。
だから冗談としか思えないのだ。
ただ、バイセクシャルであることを見抜かれた可能性はある。
隠していても、同じ性的嗜好の人にはなんとなく分かるものなのだ。
結婚と恋愛を割り切って家庭を持っているゲイはいるし、そんな風に見られたのかもしれない。
でも、でもだ。
ファミレスで隣り合わせただけの他人をナンパする行為は、常識から逸脱している。
やっぱり変な人だ。
変な人だけど、悪い人じゃない。
なんの根拠もないが、そう感じたのも事実。
そう。確かにあったのだ。
不思議にも初対面の能條に、古い友人のような親しみを感じた...。
この時、ふと俊哉は既視感を覚える。
「初めて会った君に古い友人のような親しみを感じたんだ。多分、もうその時から好きになっていたのかもしれない」
思い出したのは、妻に告白した時の自分の言葉だった。
俊哉は焦る。
恵理と初めて会った時と同じ感覚になったのだ。
思い当たった事実に、愕然とするしかなかった。
認めよう。
正直に認めざるを得ない。
能條は言動が少し変だったが、確かに魅力的ではあった...。
不意に、脳裏に浮かんだのは、あの男の手。
無骨で雄々しいが、スラリと伸びた指は綺麗だった。
女が喜ぶ男の手...。
ギュッと強く握り締められた感触がよみがえり、一瞬、あらぬ妄想をしてしまった。
この手に触れられたら、と。
「...っ」
あろうことか、意識した箇所が素直に反応した。
そこから派生した甘い熱が一気に全身に伝う。
あっという間だった。抗うこともできなかった。
唐突に起きた欲熱の渦に、俊哉は引きずり込まれていた。
俊哉は目を閉じる。
視界を遮断すると、あの男の手をよりはっきりと想像できた。
スラリと伸びた長い指が陰茎の形を辿るように絡みつく。
「はあ...あっ...」
風呂場でなにをやってるんだ。
かろうじて残っている冷静な自分が言う。
でも自身を扱く手を止めることはできず、残っていた理性も自ら送り込む愉悦の波に飲まれていく...。
「ん...っ」
俊哉が射精したのとほとんど同時だった。
ドンドン。
ドアを叩く音が、官能の泥に浸っていた俊哉を強制的に覚醒させた。
「父さん。大丈夫?」
聡がドアの向こう側から呼びかけてくる。
俊哉は息を整え、応える。
「あ、ああ。大丈夫だけど?」
「よかった。いつもより入ってる時間が長いから心配になっちゃって」
「そうか...」
子供じゃないんだから大袈裟に心配するなと言うところだが、実際、泥酔して浴槽の中で寝てしまい溺れそうになったことがある俊哉は素直に謝る。
「ごめん。心配かけて。でももう昔みたいに潰れるほどお酒飲んでないから大丈夫だよ」
「うん。分かった。僕はもう寝るからね。おやすみ」
「ああ、おやすみ...」
焦った。
力が抜け、大きく息を吐く。
なにをやってるんだ...風呂場で...。
完全に熱が冷めてしまった俊哉は、自身を襲った性急な性欲に戸惑う。
能條が魅力的な男だったことは確かだが、ファミレスで少し相対しただけの他人にこんなに欲情を掻き立てられてしまうなんて...。
そこまで能條に惹かれてしまったというのか?
「違う」
俊哉は思わず声に出して否定する。
よく知りもしないただの他人に、自制できないほど欲情した自分がどうかしているのだ。
そうだ。
性欲を持て余していた若い頃、声をかけてきた知らない男とホテルに行くことは何度かあった。
これは、そんな一過性の短絡的な性欲そのものに近い気がする。
この五年間、セックスをしていない。
妻の死を受け入れることにエネルギーを費やし、性欲そのものが減退していた。
だが、気付かないうちに発散できなかった性欲が溜まって、まるで限界まで膨らんだ風船みたいに、ちょっとした刺激で爆発する状態になっていたのかもしれない。
そのトリガーとなったのが、たまたまあの男だったということなのだ。
結局、一過性の性欲など、生理現象のようなもの。
出したらスッキリしたし。
自分を納得させた俊哉は、頭を振り、汗と雫を思いっきり飛ばした。
能條雅人。弁護士。母親の不味いアップルパイ。変な男。
確かに聡の言う通りだ。どうかしていた。
友人の友人で、全くの正体不明ではないが、変な男であることは間違いはない。
なのに、あの男のペースに飲まれてしまい、名刺交換までしてしまったのだ。
自身の軽率な行動に困惑する一方で、俊哉はあの笑顔を思い浮かべていた。
一見、猛禽類のような精悍な顔立ちだが、笑うと目尻に皺が出来て、人懐っこい大型犬のような愛嬌がある。
あの笑顔に騙されてしまったのだろうか。
言動もどこか掴めない。
真面目な顔で冗談も言うし...。
あれは冗談だよな。
「子供をナンパする趣味はありませんから」
確かにそう言った。
じゃあ俺をナンパしたと言うのか?
普通、ファミレスで子連れの男をナンパするか⁈
あり得なさすぎて、俊哉は笑ってしまう。そして、左手を掲げ、薬指に光るリングを確認した。
やっぱりあり得ない。冗談だとしても結婚指輪をしている子連れの男にそんなことを言うなんて。
冗談...だよな。
でも、もし万が一、冗談ではなかったら?
いや、ない。あり得ない。
普通なら、ゲイが集まる特定の場所で男同士のナンパは行われる。老若男女が利用するファミレスではあり得ない。
だから冗談としか思えないのだ。
ただ、バイセクシャルであることを見抜かれた可能性はある。
隠していても、同じ性的嗜好の人にはなんとなく分かるものなのだ。
結婚と恋愛を割り切って家庭を持っているゲイはいるし、そんな風に見られたのかもしれない。
でも、でもだ。
ファミレスで隣り合わせただけの他人をナンパする行為は、常識から逸脱している。
やっぱり変な人だ。
変な人だけど、悪い人じゃない。
なんの根拠もないが、そう感じたのも事実。
そう。確かにあったのだ。
不思議にも初対面の能條に、古い友人のような親しみを感じた...。
この時、ふと俊哉は既視感を覚える。
「初めて会った君に古い友人のような親しみを感じたんだ。多分、もうその時から好きになっていたのかもしれない」
思い出したのは、妻に告白した時の自分の言葉だった。
俊哉は焦る。
恵理と初めて会った時と同じ感覚になったのだ。
思い当たった事実に、愕然とするしかなかった。
認めよう。
正直に認めざるを得ない。
能條は言動が少し変だったが、確かに魅力的ではあった...。
不意に、脳裏に浮かんだのは、あの男の手。
無骨で雄々しいが、スラリと伸びた指は綺麗だった。
女が喜ぶ男の手...。
ギュッと強く握り締められた感触がよみがえり、一瞬、あらぬ妄想をしてしまった。
この手に触れられたら、と。
「...っ」
あろうことか、意識した箇所が素直に反応した。
そこから派生した甘い熱が一気に全身に伝う。
あっという間だった。抗うこともできなかった。
唐突に起きた欲熱の渦に、俊哉は引きずり込まれていた。
俊哉は目を閉じる。
視界を遮断すると、あの男の手をよりはっきりと想像できた。
スラリと伸びた長い指が陰茎の形を辿るように絡みつく。
「はあ...あっ...」
風呂場でなにをやってるんだ。
かろうじて残っている冷静な自分が言う。
でも自身を扱く手を止めることはできず、残っていた理性も自ら送り込む愉悦の波に飲まれていく...。
「ん...っ」
俊哉が射精したのとほとんど同時だった。
ドンドン。
ドアを叩く音が、官能の泥に浸っていた俊哉を強制的に覚醒させた。
「父さん。大丈夫?」
聡がドアの向こう側から呼びかけてくる。
俊哉は息を整え、応える。
「あ、ああ。大丈夫だけど?」
「よかった。いつもより入ってる時間が長いから心配になっちゃって」
「そうか...」
子供じゃないんだから大袈裟に心配するなと言うところだが、実際、泥酔して浴槽の中で寝てしまい溺れそうになったことがある俊哉は素直に謝る。
「ごめん。心配かけて。でももう昔みたいに潰れるほどお酒飲んでないから大丈夫だよ」
「うん。分かった。僕はもう寝るからね。おやすみ」
「ああ、おやすみ...」
焦った。
力が抜け、大きく息を吐く。
なにをやってるんだ...風呂場で...。
完全に熱が冷めてしまった俊哉は、自身を襲った性急な性欲に戸惑う。
能條が魅力的な男だったことは確かだが、ファミレスで少し相対しただけの他人にこんなに欲情を掻き立てられてしまうなんて...。
そこまで能條に惹かれてしまったというのか?
「違う」
俊哉は思わず声に出して否定する。
よく知りもしないただの他人に、自制できないほど欲情した自分がどうかしているのだ。
そうだ。
性欲を持て余していた若い頃、声をかけてきた知らない男とホテルに行くことは何度かあった。
これは、そんな一過性の短絡的な性欲そのものに近い気がする。
この五年間、セックスをしていない。
妻の死を受け入れることにエネルギーを費やし、性欲そのものが減退していた。
だが、気付かないうちに発散できなかった性欲が溜まって、まるで限界まで膨らんだ風船みたいに、ちょっとした刺激で爆発する状態になっていたのかもしれない。
そのトリガーとなったのが、たまたまあの男だったということなのだ。
結局、一過性の性欲など、生理現象のようなもの。
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