普通、ファミレスで子連れの男をナンパするか⁈〜Oh,my little boy〜

SA

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爽やかな秋風とともに、揚げたてのカレーコロッケの匂いが通り抜けていった。
父から受け継いだ「中原歯科医院」は商店街の一画にあり、隣の肉屋や向かいのラーメン屋が仕事終わりの俊哉を誘惑してくる。

今夜は一人だし、どっかで食べて帰ろうかな。
商店街を歩きながら、なに食べようかと考えていると、不意に、あの男、能條雅人のことが頭をよぎる。
あれから一週間経っていた。
奥歯が痛いとか言ってたが、歯科医院に連絡はない。
仕事が忙しくて、歯の治療に割く時間もないのかもしれない。
そのうちファミレスで出会った歯医者のことなど忘れてしまったのだろうか...。
まったくなんなんだよ。
能條に対して、怒りが湧き起こる。
あれだけ強引に割り込んできて、困惑させといて、無視かよ。これで終わりかよ。と、正直な気持ちとして、肩透かしを食らったような腹ただしさは否めない。
別に連絡を待ってるわけじゃないが...。
もういいや。バカバカしい。
あんな変な男なんか、忘れよう。
能條を頭から追い払おうとした時、「どうも、お久しぶりです」と突然、後ろから声をかけられた。
振り向くと、ファミレスの時と同じ、スーツに身を纏った能條が立っていた。
「あ...」
突然過ぎて、言葉が出ない。
「俺のこと忘れちゃいました?」
反応が遅れた俊哉に能條が言う。
「ど、どうも。覚えてますよ。お久しぶりですね」
俊哉はやっと挨拶を返したが、なにを焦ったのか、「今まで連絡がなかったから、もう来ないのかと思ってましたよ」と嫌味っぽい言い方をしてしまう。
「ああ、すみません」
案の定、能條に謝らせてしまった。
まるで早く来て欲しかったと責めているようじゃないか。
「仕事が立て込んでて忙しかったんです。でも、どうにか片付けて急いで来ました。間に合ってよかった」
能條は少し息を切らしながら、少しズレたメガネを指で持ち上げる。
仕事を終えて、本当にそのまま急いで来たようだ。
「あの、急いで来たところ申し訳ないんですけど、病院はもう閉めてまして...」
俊哉は腕時計を見て、「診察時間は六時までなので」と付け足す。
知ってますよ、と言うように、能條は笑顔のままうなずく。
「診察はまた今度でいいです。今日はあなたの顔を見たかっただけですから」
まただ。またこの男はこんなことを言ってくる。
「冗談ばかりですね」
真に受けるわけにはいかないと、俊哉も言い返す。
「え?冗談なんてひとつも言ってませんよ」
真顔で返され、どう答えたらいいのか分からず、ニ、三秒の沈黙が流れた。
「♪♪」
その変な間から俊哉を救ったのはスマホの着信音だ。
聡からだった。
「もしもし、聡、なに?」
「今、加代ばあちゃんが迎えに来たから、一応、連絡しとこうと思って。帰りは十時くらいになるから」
「いいなあ。イタリアンか。デート楽しんでおいで。俺は一人でラーメンでも食べて帰るから」
「うん。じゃあね」
ご機嫌の聡は弾んだ声で電話を切った。

「息子さん、デートなんですか。おませですね」
今の会話が耳に入ったのか、能條は厚かましくそう訊いてくる。
プライベートなことを言いたくないが、目尻にしわを寄せた人懐っこい笑顔を向けられ、つい答えてしまう。
「あ、いえ、今夜、聡は祖母と二人で食事することになってまして、それを冗談でデートって言ってるだけなんですよ」
「だから、一人でラーメンを食べて帰るんですか」
「はあ...」
そんなことまで聞いてたのか、と呆れる。
「じゃあ、よかったら今から一緒に食事でもしませんか。イタリアンでも」
「え...」
誘い方があまりにも唐突で、俊哉は固まってしまう。
「あ、ちょうどタクシーが来ました」
まだ承諾をしてないのに、能條は手を上げて、勝手にタクシーを止めた。

流れる景色を眺めながら、俊哉は戸惑っていた。
隣に座っている能條は運転手に行き先を伝えてから黙ったままだ。
どういうつもりなのだろう。
なんで食事に誘ってきたんだろう。
その場のノリか?この男の言動はいつも意味不明だ。
ただ、なにより意味不明なのはタクシーに乗ってしまった自分だろう。
友人でもなく、知り合いというほどでもない、ほとんど他人の能條の誘いなど受ける必要もないし、断ることもできたはずなのに...。
浴室での痴態を思い出し、胸中は大きく揺れる。
誘いを断れなかった根幹は、そこにあるんじゃないのか、と。
「もうすぐ着きますよ。この前言ってた『rosso』という店です。パスタが絶品なんですよ」
今まで黙っていた能條が顔を近付けて、耳元で言う。
整髪剤の微かな香りがした。
まあ、いいや。食事をするだけだし。
俊哉は考えるのをやめて、日が暮れ始めた街並みに目をやった。

しばらくしてタクシーが止まり、俊哉は車外に出る。
マンションが立ち並ぶ住宅街だった。辺りを見回すがレストランらしき建物はない。
「隠れ家的なお店なんです」
能條は俊哉にそう言うと、街灯があるだけの薄暗い路地を進んでいく。
後に続く俊哉はどこに向かっているのかと急に不安になった。
本性も知れない男の後をついて、人気のない路地に足を踏み入れてしまっているのだ。
ただ、どこかで能條のことを信用してしまっている自分もいる。
変な男だけど悪い人とは思えない。
でもそれが根拠のない直感でしかないことは分かっている。
信じていいのだろうか。やっぱり変じゃないか?
民家が連なる狭い路地の先に、店の看板も照明のようなものもない。
どんどん不安が大きくなり、俊哉は能條に声をかける。
「あの、この先にレストランなんてあるんですか」
能條が立ち止まって、言う。
「レストランはここなんですけど」
能條の視線の先にあるのは、一見、普通の民家だった。
門扉がなく、路地に面した玄関には看板が立てかけられている。
民家を改築したレストランのようだ。
確かにお店はあったが、照明はついておらず、ドアに張り紙がしてある。
「改装中のため、休業しております」
能條がドアに近付いて、張り紙の文章を読み上げた。
「そういうことみたいです。すみません」
「そうですか。仕方ないですね」
俊哉はホっとしていた。これで帰る口実ができたのだ。
「これじゃあ申し訳ないです。よかったら、うちに寄ってください。ここから近いんです」
またも唐突に誘われ、俊哉は戸惑ってしまう。
さすがに店で食事をすることと部屋に行くのは、だいぶ隔たりがある。
なんと答えようか、と逡巡していると能條はこう続ける。
「ぜひ手料理をご馳走させてください」
そして、またも俊哉の返事を待たずに勝手に路地の奥へ歩き出す。
まったく、身勝手で強引な男だ。
そう思いつつも、俊哉は能條の後を追いかけていた。


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