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第七章 どっちが本物?
しおりを挟む運転中のジェイソンの腕時計に、着信を知らせる画面が現れた。にわかに表情をこわばらせ「拒否」のアイコンを押したジェイソンは、吹き出た汗をハンカチでぬぐった。
しかし後部座席の呂布と陳嬋(ちんせん)は、互いのことが気になるらしく、ジェイソンの異変にはまったく気づいていない。
巨大な体躯にいかつい甲冑をまとった陳嬋は、泣きそうな顔で不満そうに呂布をにらみつけている。
(さっきまで私はこの車の中で、今日の商談の戦略を考えてた。なのに、気づいたらこんな無骨な甲冑男になってるなんて……)
一方、ほっそりとしなやかな体格の呂布は、目をむき怒りをあらわにしている。
(死んだ俺の魂が、この女の身体に乗り移ったのか? だが、身体が見つかったからには、なんとしてもこの身体に戻るまでだ!)
呂布は陳嬋から目を離し、窓の外を眺める。
「なんだ? また子鬼どもか? どんな妖術かは知らんが、俺の行く手を阻むなど、百年早いわ!」
窓の外を通り過ぎる車を指さし一喝する呂布に、陳嬋は白い目を向ける。
ジェイソンは、バックミラー越しにふたりのようすをうかがいながら首をひねる。
(この古代の甲冑を着た奇妙な男は本当に呂布なのか? なぜ僕の名前や別荘のことを知ってるんだ……? しかも仕草や表情の作り方が、どういうわけか嬋ちゃんにそっくりだ)
「社長、その方はどちらまでお送りすれば?」
ジェイソンに尋ねられても、呂布は黙って窓の外に見入っている。
「ごちゃごちゃ言ってないで、まず別荘に行って」
陳嬋がぴしゃりと言う。
(嬋ちゃん、何も言わないってことは同意したってこと? なら別荘に行くか)
ジェイソンは陳嬋の指示には返事をせず、心の中で判断した。
まもなく車は陳嬋が所有する海辺の別荘に到着した。
インターホンを押すと、カメラでこちらの顔を確認したのだろう、すぐにロックが解除された。
壮麗な玄関ホールで待ち受けていたのは、カラフルなハイブランドのファッションに身を包み、キラキラのピアスをつけた魅惑的な男性──陳嬋の親友で専属精神科医のアイクだ。
アイクは陳嬋の姿をした呂布を見ると、いそいそと腕を組み、リビングに連れていく。当然のことながら、その中身が呂布だとは夢にも思っていない。
「ダーリン!」
アイクは、陳嬋の姿をした呂布にハグをしようとしたが、あっさり押し戻された。それにもめげず、もう一度呂布に近づくアイクの腕を、隣にいた陳嬋がつかんだ。
陳嬋は、アイクをソファーまで引っ張っていく。そしてふたりでソファーに座ると、アイクに抱きつき大声で泣き始めた。泣きじゃくる大男に抱かれたアイクは、抵抗するそぶりも見せず、不思議そうに呂布の顔を見あげた。
「ねえ嬋ちゃん、あんたたち派手にやったみたいね。展示会で大暴れしてるのがテレビにも映ってたよ」
「テレビに!?」
顔をあげた陳嬋は、困惑した表情をジェイソンに向ける。ジェイソンが急いでテレビのスイッチを入れた。
陳嬋とジェイソンは驚きのあまり言葉を失う。テレビ画面では、甲冑を着た大男が次々と警備員を跳ね飛ばしたあげく、スーツ姿の若い男の手を引いて会場から走り去っていくようすが映った防犯カメラの映像が繰り返し流れている。さらには、この大男が指名手配されたとも伝えている。
〈本日、世界貿易ビルで開催されていた展示会で強盗事件が発生しました。犯人は人質を取って逃走中です。こちらに映っている男に心当たりのある方は、ただちに警察に通報してください……〉
番組MCの声が広いリビングに響きわたった。
呂布は不思議そうにテレビをたたく。
「俺はここにいるのに、なぜこの中にもうひとり俺がいるんだ?」
手に力が入り暴走し始めた呂布を、ジェイソンが苦笑しつつ制止する。
「みんなで話しあいましょう」
アイクは皆に椅子を勧めた。
大きなテーブルの両端に呂布と陳嬋が向かいあって座る。ジェイソンとアイクはそれぞれ、呂布を挟むように着席した。
呂布は、どかっと威厳たっぷりに足を広げて座っているが、その表情は苦悩に満ちていた。また、大きな椅子に長い足を組んで座った陳嬋は頬杖をつき、やはり困りきった顔をしている。
ふたりが同時に顔をあげ、互いの視線がぶつかりあう。
「俺の身体を返せ!/私の身体を返して!」
声が重なった。
呂布が席を離れて陳嬋に駆け寄る。
「キャー! 誰か助けて!」
突然、呂布に肩をつかまれた陳嬋が悲鳴をあげる。ジェイソンは、陳嬋の肩を揺さぶっている呂布を後ろから羽交い締めにし、アイクは陳嬋を守ろうと呂布との間に割って入る。そのうち乱闘状態になり、メガネやハイヒールが宙を舞い、アイクのスカーフは無惨に引き裂かれた。陳嬋も呂布も髪がぼさぼさに乱れている。しばらく4人でもみあっていたが、誰からともなく動きをとめた。
「私が陳嬋よ! そいつが私の身体を乗っ取ったの!」
陳嬋は自分の身体を指さしながら叫ぶ。
「お前こそ俺の身体を返せ!」
呂布も眉をつりあげ、自分の身体を指さした。
ジェイソンとアイクは、状況が飲み込めずに、ぽかんと口を開けている。はっとして、ふたり同時に互いの頬をつねりあい「痛い!」と声をそろえた。
「うそ? これって現実なの? でもそう考えれば納得だわ。ジェイソン、嬋ちゃんの隣にもうひとつ椅子を持ってきて」
ようやく状況を理解したアイクはジェイクに指示をする。
「ほら、あなたはここに座って」
ジェイソンが運んできた椅子を呂布に勧める。しかし呂布は動こうとしない。
「問題を解決したいなら、私の言うことを聞きなさい」
そう言われて呂布はしぶしぶ椅子に座った。
「いい? 今からアタシが質問するから、早い者勝ちで答えてくれる?」
アイクはニヤニヤしながら「アタシ、誰が誰だか分かっちゃった」とジェイソンの耳元でささやく。
「じゃあ、いくわよ? 嬋ちゃんの誕生日は?」
「5月18日!」
間髪を入れず、陳嬋が答える。
「嬋ちゃんの好きな色は?」
「白だ」
次は呂布が答えた。陳嬋は、なぜ分かったのかとけげんそうな顔をする。
アイクも驚いたようにピクリと眉を動かした。
「じゃあ、どんどんいくわよ。嬋ちゃんが一番好きなフルーツは?」
「さくらんぼ」
呂布と陳嬋が同時に答えた。
「こうなったら、もっとディープな質問をするしかないわね」
「やめて! 何を聞く気?」
陳嬋は慌ててとめる。それにひきかえ呂布は自信たっぷりな顔をしていた。
「前回、月のものが来たのはいつ? さあ、問題を解決したいなら、包み隠さず答えてちょうだい!」
「そうですよ。答えてください!」
ジェイソンもメガネを押しあげながら念を押す。
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