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第九章 貂蝉(ちょうせん)との再会
しおりを挟む庭から戻ったジェイソンが、何くわぬ顔でリビングに入ってきた。
呂布の姿をした陳嬋は、両手でアイクの袖をつかんで甘えるように揺らしている。アイクも呂布のたくましい手に自分の手を重ね、執拗になでさする。
「嬋ちゃん……。違った、甘布。いや布布のほうがかわいいか。言いたいことはよく分かってる。なんてったって使用人もいない大きな別荘に男とふたり……」
陳嬋は、首がもげそうなほど激しくうなずく。
「さすがアイク。わが心の友よ!」
戻ってきたジェイソンを見て、陳嬋はさらに目を輝かせる。
「ジェイソン、今日はあなたもここに泊まって」
「ご安心を、社長。私もちょうど独身の男女をふたりきりにするのは危険ではないかと心配していたところです。社長からお申し出くださったからには、今夜は社長を全力でお守りします!」
ジェイソンは戦場に赴く兵士のような顔で高らかに宣言する。
すでにパジャマ姿の呂布は3人の会話を気にするようすもなく、生理用ナプキンの研究に余念がない。
アイクは陳嬋の見事な筋肉を指でつつき、うっとりとした表情でその肩に頭をもたせかける。
「じゃあ決まりね。たとえ使用人がいたとしても、まったく安心できなかったと思うけど」
「ストップ!! そこまでよ」
煩わしくなった陳嬋はアイクを突き放す。
「それじゃあ部屋割りを発表する」
そう言って、一方的に各自の寝床を決めた。
陳嬋は、呂布をゲストルームに案内した。
ドアを開けて呂布を中に入れる。
「今夜は、ここで寝て」
ベッドを指さす。
呂布はうなずくと、手に持っていたナプキンを陳嬋の目の前で振った。
「ひとつで足りるのか?」
「うるさい!」
陳嬋は顔を赤らめ、乱暴にドアを閉めた。
夜も更け、皆が寝静まったころ。突然、空に暗雲が垂れ込め、雷鳴が轟いた。またたくまに真っ黒な雲が集まり、巨大な曹操の姿を形作る。空に現れた曹操は、自信に満ちた顔で声高に笑っている。
地上では甲冑に身を包んだ呂布が空を見あげ、急に現れた曹操を指さし「曹操、必ずや貴様を殺す!」と絶叫した。
ドッカーン!
落雷の轟音とともに呂布が目を開けた。
「夢か……」
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなり、あたりを見まわすと、部屋の隅に置いてある甲冑が目に入った。
(そうか、陳嬋の家だった)
気を取りなおし両手に視線を落とす。
(!!!)
あの陳嬋の細くしなやかな手ではない。このゴツゴツと関節の目立つ大きい手は、まぎれもなく自分のものだ。
「やったぞ! ついに身体を取り戻した!」
ベッドから興奮して飛びおりた呂布だったが、すぐに表情を引き締めた。さっき見ていた夢を思い出したのだ。呂布は甲冑を身につけ、天に誓う。
「必ずや曹操を殺す! それがかなわなければ、女の身体に戻っても文句は言わん!!」
呂布は、外に出ようとゲストルームのドアを勢いよく開けたものの、予想外の出来事に凍りつく。
「お前……なぜここに?」
ドアの前に、目を真っ赤に泣きはらした陳嬋が立っていた。呂布と魂が入れ替わった陳嬋ではなく、まさしく本当の陳嬋である。陳嬋は呂布の姿を見ると、しとやかに揖(ゆう)礼(※胸の前で手を組みあいさつすること)をする。昼間の陳嬋とはまるで別人だ。
「温侯」
柔らかな声だった。呂布の胸に懐かしさがこみあげる。温侯というのは、かつての呂布の爵位である。
「その声、その仕草……。なぜかお前が貂蝉(ちょうせん)に見える」
思わず口にすると、可憐な手で口を塞がれた。
「わたくしの部屋で、お話ししましょう」
陳嬋は、呂布を促し部屋に入ると、素早くドアを閉めて鍵をかけた。
呂布は額に大粒の汗を浮かべ、ほうけたように陳嬋を眺めている。
「……蝉、そなたなのか?」
「はい、貂蝉にございます」
そう言って陳嬋──今は貂蝉と呼ぶべきだろう──は呂布の懐に顔をうずめてむせび泣く。
「なぜかこのような世界に連れてこられ、途方に暮れておりましたが、温侯にお会いできて幸いでございました。そうでなければ、わたくし、どうしてよいやら……」
ようやく事情がのみ込めた呂布は、力いっぱい貂蝉を抱きしめた。
「俺が守ってやる。だから何も恐れることはない」
部屋の外では、アイクとジェイソンがドアに貼りついていた。ふたりとも物音で目を覚まし、心配になってようすを見に来ていたのだ。けれど、呂布と陳嬋の話し声はするものの内容までは聞こえない。
しびれを切らしたジェイソンは、ドアをたたき壊しそうになったが、アイクが羽交い締めで阻止する。
「なんでとめる? 社長にもしものことがあったら……」
「いいから落ち着いて。今は男の身体なんだから、もしものことなんかあるわけないでしょ」
「なら呂布はどうしてこんな夜中に陳嬋の部屋にいる?」
「同じ境遇の当事者同士で、元に戻る方法を話しあってんじゃないの?」
「ったく……小説じゃあるまいし、なんでこんな不思議なことが起きるんだよ!」
「だから~、あんたまで面倒なことを起こすなって言ってんの」
アイクがジェイソの頭をはたく。
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