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28・怖いというより、可笑しかったです。

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「それで、ロッソ様はどちらにいらっしゃったのですか?」

 語気荒く問い詰めるように言うと。

「寝てた」

 赤鬼はいけしゃあしゃあと、何の悪びれも無く、さも当然の事のように答えやがるではありませんか。

「公爵様が馬をくれるというので早速、馬房に行ったのだが、流石だな、精悍な面構えといい、腿の張りといい、良く手入れされた毛並みといい、どの馬も素晴らしくて飽きずに見させて頂いたのだが、通りがかりの干し草の山から陽の香りがして、ついな」

(変わった人だな)

 怒りはひとつも収まらないのですが、どこか頭の隅は冷静で、そんな思いがポッカリと浮かんで来ました。
 騎士様達と幾度となく馬の話をしたのですが、槍や剣と同じで、戦場で使う道具としての愛着をもって接しているように聞き及んでいましたが、赤鬼は子供の様に単純に生き物としての馬が好きなようです。

 こんな時に呑気にそんな事が頭に浮かぶのも苛立たしく、腹に据えかね、色をなして責め立てるように言ってしまいます。

「つい? つい、眠ってしまったというのですか? それで、つい、寝過ごして、つい、晩餐会にご臨席しなかったと仰るわけですか」
 
「馬丁が丁寧な仕事しているんだな、あの香りを嗅ぐと眠くなってしまうんだ」

「な、……」

 罵声を浴びせようとするも言葉に詰まりました。
 その途端リリアと眼が合いましたが、気まずそうに目を伏せてしまいます。
 身に覚えがあり過ぎるぐらいあるからです。

 リリアと城館内で大冒険をしていて、怪物に出会った時の事です。

 何の事は無い、馬房で馬を始めて間近で見て、驚いたのです。
 馬場を颯爽と駆け回る騎士様を見て憧れ、自分も馬に乗ってみたいと思うのは無理もない話で、お父様は『危ないから』と、躊躇っていたのですが、最愛のお母さまの『いざという時に、馬ぐらい乗りこなせなくてどうするのですか』鶴のひと声で、小型種の馬をあがなって頂けたのでした。
 リリアと一緒に一時期、毎日のように練習したのですが簡単そうで結構体力を使うので、終わる頃にはヘトヘトになってしまいます。
 そんな時でも陽に当てたての干し草の山を見つけると、護身術の投技の練習開始です。
 既に疲れ切っているにもかかわらず、今になって考えてみればバカバカしいぐらいに、お互いに何度も気合をいれて投げ合いました。
 最後には干し草の山に埋もれるように倒れ込んでしまうのですが、中は冬でも暖かく、ふわふわと柔らかく、お日様の香りと、草いきれのような香り、おまけにリリアの香りに包まれているものですから、睡魔に抗える筈も無く……。
 気が付くと、いつも目の前にあるのは同じ、給仕長の鬼気迫る顔がありました。

 赤鬼に対して、何だか怒るだけ無駄なのかと思えてきた、その時です。

 突然、強い灯りに照らされました。
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