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13_とんでもないことになってしまった_後半
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他の礼門部省の役人達が、ゆらりと動き出して、東屋を取り囲む。
殺意に濡れた眼光を見れば、彼らが役人に成りすました刺客であることは、一目瞭然だった。
「・・・・まだ仲間がいたのか」
近づいてくる複数の影に、鬼久頭代の目は細められ、剣呑な光を宿す。
そこに至ってようやく、詠誓御主や勇啓様も立ち上がり、剣の柄に手をかけた。
「お二人は下がっていてください」
「俺も戦えるぞ」
「働き者なのは認めますが、俺がいるのに、勇啓様が戦う必要はありません」
「そう言うな。最近、身体を動かしていないから、思いっきり暴れたいんだ」
そして役人達は袖から短刀を取り出し、鞘を投げ捨てる。
青魚の鱗のような刃が、鬼久頭代達に向けられた。
「ひぃぃっ!」
ますます取り乱した長老は、腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。
「天命に逆らう鬼達を殺せ!」
「御主と勇啓様をお守りしろ!」
そして、刑門部の武官と、刺客の声が重なった。
「きゃあああ!」
武官と刺客が入り乱れ、剣戟の音が太鼓のように打ち鳴らされる。
戦えない役人や、女中達は悲鳴を上げながら逃げ惑い、美しい雪の絨毯は踏み荒らされた。
「ぐあっ・・・・!」
「・・・・っ!」
誰かが斬られたのか、雪の絨毯に赤い点描が広がる。私はその鮮やかな赤さに怯みながらも、垣根の影に飛び込んだ。
垣根の影から、そっと東屋のほうを窺う。
刃が隙間を縫うように、大気を切り裂いて、刺客を倒していく。
鬼久頭代の動きは流麗で、斬られていく敵が散らす血の飛沫すら、演武の一幕に見えるほどだった。
刺客は大勢いたのに、誰一人、詠誓御主に近づくことすらできなかった。
動きから見て、敵も鬼のはず。だけどそのほとんどは、鬼久頭代が立つ線を越えられず、斬られてしまったのだ。
しかも驚くことに、鬼久頭代の立ち位置は、最初からほとんど変わっていない。東屋の前から動かず、複数の敵を相手に、傷一つ負っていないのだ。
最初は混乱していたけれど、気持ちが落ち着くと、戦況を分析できるようになった。
(・・・・とりあえず、ここに隠れていれば大丈夫そう)
標的は詠誓御主か、勇啓様のようで、刺客は逃げ惑う役人や女中には目もくれない。ここに隠れていれば、巻き込まれることはないはず。
最初は刺客のほうが数で押していたけれど、見る間に逆転して、今は鬼久頭代達のほうが押している。ほとんど、鬼久頭代の手柄だった。
そしてあっという間に、勝敗が決まってしまう。
「くっ・・・・」
刺客は残りわずかとなり、刑門部の武官が、彼らを取り囲んだ。
「みな、戻ってこい! 鬼久頭代の後ろにいるんだ!」
もう大丈夫だと思ったのか、長老が散り散りに逃げていった者達を、呼び戻そうとしていた。
怯えながらも、女中達が東屋のほうに向かって動き出したので、私もその流れに混じる。
「くそ、撤退だ!」
もはや勝てないと悟ったのか、離れた場所にいた刺客の何人かが、石塀をよじ登って、外に逃げようとしていた。
「逃がすか!」
勇啓様と数人の武官が、追っ手の後を追いはじめた。
「勇啓様! 深追いはいけません!」
「逃がすわけにはいかない!」
追手は塀の向こう側に、姿を消してしまう。
「勇啓様!」
「燿茜! お前は、詠誓御主を守ってくれ!」
勇啓様は鬼久頭代の制止さえ振り切って、後を追う。
門を使うと時間がかかるので、勇啓様は塀が低い場所を選び、近くの木を足場にして、跳躍する。
そして軽々と、塀を跳び越えてしまった。
「勇啓様、待ってください!」
他の武官は勇啓様のように、軽々と塀を乗り越えられない。勇啓様は、武官がおたおたしている間に、男達を追って、姿を消してしまった。
「・・・・残るはお前達だけだぞ。大人しく投降するのなら、斬ることはない」
残りの刺客ににじり寄りながら、鬼久頭代はそう言った。
「・・・・・・・・」
だけど刺客は、応じようとはしない。
私はその時、またあることに気づいた。
東屋の中にいる女中が、不穏な動きを見せている。
他の女中は、膝が震えるほど恐怖で縮こまっているのに、明らかにその女中だけ、動きが、そして見ている方向が違うのだ。
――――女中が睨んでいるのは、刺客の顔ではなく、鬼久頭代の背中だった。
(まさか、あの人も刺客なの?)
私は女中の動きを、注意深く観察する。
――――よく見ると、その女中の着物は、桜女中の着物でも、梅の廓の女中の着物でもなかった。桃色の着物ではあるものの、柄がまったく違う。
(やっぱり違う、この人、女中じゃない!)
最初から、その女性が行列に混じっていたのなら、誰かが着物の柄の違いに気づいていたはずだから、彼女はあらかじめ白鳥の庭園に潜んでいて、この騒ぎに乗じて、他の女中にまぎれ、鬼久頭代に近づいたのだろう。
女中は袖の中に手を入れ、じわじわと鬼久頭代に近づいていく。
その動きは素人そのものだった。私の視線にすら、気づかないのだから。
(どうする?)
一瞬、声を上げるのを迷ってしまったのは、目立つことを恐れたからだ。今の私も、女中に成りすましているようなものなので、目立つのは非常にまずい。
だけど私が迷ってしまっている間に、その女性は、鬼久頭代の背後に迫っていた。
「死ねッ!」
女性は袖から取りだした短剣を鞘から引き抜いて、高く頭上に掲げた。
「・・・・っ!」
――――身体が、反射的に動いていた。
私は袖から、鬼道を使うための形代を取り出し、投げる。
形代は真っ直ぐ大気を切り裂いて、女性の腕に張り付いた。
「縛!」
「・・・・っ!」
術を発動した瞬間に、女性の腕は、固まったように動かなくなる。
女性は短剣を振り下ろせず、瞠目した。
滑り落ちるように、短剣が彼女の手の平から落ちていく。
「貴様! 何をしている!?」
今さら女性のことに気づいた武官が、鬼久頭代を守るために動き出した。
だけど女性はすでに、膝を雪の中に埋めていて、危険な存在ではなくなっていた。武官に取り押さえられ、女性は拘束される。
ばくばくとなる心音で、まわりの人達の声が、よく聞こえない。
(誰にも見られていない・・・・よね?)
今の動きを、誰かに見られてしまったかもしれないという不安に、胸を焼かれる。私はまわりを見回した。
武官と女中達は、まだ味方側に紛れ込んでいるかもしれない刺客に怯え、右往左往している。
だけど、私を見ている人はいない。どうやら誰も、今の私の動きには、気づかなかったようだ。
(よかった・・・・)
全身の力を抜こうとしたところで、誰かの視線が横顔に突き刺さるのを感じた。
顔を上げて――――鬼久頭代と目が合う。
鋭い視線に呼吸を阻まれて、私は蛇に睨まれた蛙のように凍り付いた。
(・・・・今の動きを、見られていたの?)
そんなはずがない。女性が動いて、私が形代を投げた時、鬼久頭代は間違いなく、私達に背中を向けていた。背中に目がついていない限り、私の動きには気づけなかったはず。
「なんだ、この紙は」
武官の声が聞こえて、私はハッとする。
武官が女性の腕に張りついた形代に気づいて、それを剥がそうとしていた。
「それ、なんだ?」
「刺客の腕に張り付いてたんだ。これ、なんだと思う?」
「さあ・・・・」
(回収できなかった・・・・!)
形代を回収しなければならなかったのに、それができなかった。もう形代は武官の手の中にあって、どうすることもできない。
「隠れていた刺客は、これで全員だろうか」
「着物の柄で見分けろ。刺客が用意した衣装は、手を抜いたものが多いようだ」
「はい!」
鬼久頭代の指示で、武官達は忙しく動き出す。
「・・・・・・・・」
鬼久頭代は、もう私を見ようとしない。
目があったのは気のせいだ。私は自分に、そう言い聞かせた。
「刺客はもういないようです」
「そうか」
長老が、詠誓御主に近づいていった。
「お怪我はありませんか、御主様」
「大事ない」
「よかった・・・・」
「長老、御主、御政堂に戻りましょう。どうやら今日の白鳥の庭園は、安全とは言えないようです」
「そ、そうですな、鬼久頭代の言うとおりです、さあ、御主様。御政堂に戻りましょう」
「戻るぞ! お前達もついてこい!」
鬼久頭代の言葉で、行列はぞろぞろと動きだした。
――――ようやく、御政堂に戻れる。私は胸に手を当てて、深呼吸した。まだ少し、鼓動が速い。
「・・・・こんなことになり、まことに申しわけありません、御主様」
黙々と歩いていると、長老の声が聞こえてきた。
「これからは不逞な輩が御主に近づけないよう、いっそう警備を強化します。・・・・ですが、どうか誤解なさらぬよう。今回の襲撃は、御政堂が仕組んだことではありません。誰の仕業が知りませぬが、必ずや犯人を見つけますので、それまで――――」
「言い訳をする必要はない。今回の襲撃に、御政堂が関わっていないことはわかっている。俺を殺すつもりなら、燿茜を俺に随伴などさせないはずだ」
「そ、そうですか・・・・よかった」
「それになかなか楽しめたぞ。北鬼の鬼達との交流だと思えば、たまにはこんな余興も楽しいものだ。観光だけではつまらないからな」
「・・・・・・・・」
詠誓御主のとんでもない言葉に、長老は黙してしまった。
(・・・・とんでもない人だわ)
一歩間違えば、命を失っていたかもしれないのに。あの出来事を楽しい余興と言ってのけるところがすごい。噂以上の、風変わりな人だ。
「・・・・それに、面白いものを見ることもできた」
詠誓御主の目が動く。
目が、合った気がした。びっくりして、慌てて俯く。
「・・・・・・・・」
しばらくして、私はおそるおそる顔を上げる。詠誓御主はもう前を向いていた。
(気のせいだった・・・・?)
胸に手を当てると、鼓動はまた、速くなっていた。
「鬼久頭代!」
詠誓御主が輿に乗り込もうとしたとき、飛ぶような勢いで走ってきた武官が、鬼久頭代に近づいた。顔は死人のように青ざめていて、汗がびっしりと額に浮かんでいる。
「・・・・どうした?」
そのただならぬ様子に、鬼久頭代の顔にも、緊張が走った。
「ゆゆゆ――――」
ぶるぶると震えながら、武官はなにか言おうとしていたけれど、肝心の部分が聞き取れなかった。
「落ち着け。よく聞こえない」
鬼久頭代に肩をつかまれ、武官の肩は、打たれたように跳ね上がった。
「勇啓様が、斬られました!」
――――その場にいた誰もが、凍り付いて動けなくなっていた。
殺意に濡れた眼光を見れば、彼らが役人に成りすました刺客であることは、一目瞭然だった。
「・・・・まだ仲間がいたのか」
近づいてくる複数の影に、鬼久頭代の目は細められ、剣呑な光を宿す。
そこに至ってようやく、詠誓御主や勇啓様も立ち上がり、剣の柄に手をかけた。
「お二人は下がっていてください」
「俺も戦えるぞ」
「働き者なのは認めますが、俺がいるのに、勇啓様が戦う必要はありません」
「そう言うな。最近、身体を動かしていないから、思いっきり暴れたいんだ」
そして役人達は袖から短刀を取り出し、鞘を投げ捨てる。
青魚の鱗のような刃が、鬼久頭代達に向けられた。
「ひぃぃっ!」
ますます取り乱した長老は、腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。
「天命に逆らう鬼達を殺せ!」
「御主と勇啓様をお守りしろ!」
そして、刑門部の武官と、刺客の声が重なった。
「きゃあああ!」
武官と刺客が入り乱れ、剣戟の音が太鼓のように打ち鳴らされる。
戦えない役人や、女中達は悲鳴を上げながら逃げ惑い、美しい雪の絨毯は踏み荒らされた。
「ぐあっ・・・・!」
「・・・・っ!」
誰かが斬られたのか、雪の絨毯に赤い点描が広がる。私はその鮮やかな赤さに怯みながらも、垣根の影に飛び込んだ。
垣根の影から、そっと東屋のほうを窺う。
刃が隙間を縫うように、大気を切り裂いて、刺客を倒していく。
鬼久頭代の動きは流麗で、斬られていく敵が散らす血の飛沫すら、演武の一幕に見えるほどだった。
刺客は大勢いたのに、誰一人、詠誓御主に近づくことすらできなかった。
動きから見て、敵も鬼のはず。だけどそのほとんどは、鬼久頭代が立つ線を越えられず、斬られてしまったのだ。
しかも驚くことに、鬼久頭代の立ち位置は、最初からほとんど変わっていない。東屋の前から動かず、複数の敵を相手に、傷一つ負っていないのだ。
最初は混乱していたけれど、気持ちが落ち着くと、戦況を分析できるようになった。
(・・・・とりあえず、ここに隠れていれば大丈夫そう)
標的は詠誓御主か、勇啓様のようで、刺客は逃げ惑う役人や女中には目もくれない。ここに隠れていれば、巻き込まれることはないはず。
最初は刺客のほうが数で押していたけれど、見る間に逆転して、今は鬼久頭代達のほうが押している。ほとんど、鬼久頭代の手柄だった。
そしてあっという間に、勝敗が決まってしまう。
「くっ・・・・」
刺客は残りわずかとなり、刑門部の武官が、彼らを取り囲んだ。
「みな、戻ってこい! 鬼久頭代の後ろにいるんだ!」
もう大丈夫だと思ったのか、長老が散り散りに逃げていった者達を、呼び戻そうとしていた。
怯えながらも、女中達が東屋のほうに向かって動き出したので、私もその流れに混じる。
「くそ、撤退だ!」
もはや勝てないと悟ったのか、離れた場所にいた刺客の何人かが、石塀をよじ登って、外に逃げようとしていた。
「逃がすか!」
勇啓様と数人の武官が、追っ手の後を追いはじめた。
「勇啓様! 深追いはいけません!」
「逃がすわけにはいかない!」
追手は塀の向こう側に、姿を消してしまう。
「勇啓様!」
「燿茜! お前は、詠誓御主を守ってくれ!」
勇啓様は鬼久頭代の制止さえ振り切って、後を追う。
門を使うと時間がかかるので、勇啓様は塀が低い場所を選び、近くの木を足場にして、跳躍する。
そして軽々と、塀を跳び越えてしまった。
「勇啓様、待ってください!」
他の武官は勇啓様のように、軽々と塀を乗り越えられない。勇啓様は、武官がおたおたしている間に、男達を追って、姿を消してしまった。
「・・・・残るはお前達だけだぞ。大人しく投降するのなら、斬ることはない」
残りの刺客ににじり寄りながら、鬼久頭代はそう言った。
「・・・・・・・・」
だけど刺客は、応じようとはしない。
私はその時、またあることに気づいた。
東屋の中にいる女中が、不穏な動きを見せている。
他の女中は、膝が震えるほど恐怖で縮こまっているのに、明らかにその女中だけ、動きが、そして見ている方向が違うのだ。
――――女中が睨んでいるのは、刺客の顔ではなく、鬼久頭代の背中だった。
(まさか、あの人も刺客なの?)
私は女中の動きを、注意深く観察する。
――――よく見ると、その女中の着物は、桜女中の着物でも、梅の廓の女中の着物でもなかった。桃色の着物ではあるものの、柄がまったく違う。
(やっぱり違う、この人、女中じゃない!)
最初から、その女性が行列に混じっていたのなら、誰かが着物の柄の違いに気づいていたはずだから、彼女はあらかじめ白鳥の庭園に潜んでいて、この騒ぎに乗じて、他の女中にまぎれ、鬼久頭代に近づいたのだろう。
女中は袖の中に手を入れ、じわじわと鬼久頭代に近づいていく。
その動きは素人そのものだった。私の視線にすら、気づかないのだから。
(どうする?)
一瞬、声を上げるのを迷ってしまったのは、目立つことを恐れたからだ。今の私も、女中に成りすましているようなものなので、目立つのは非常にまずい。
だけど私が迷ってしまっている間に、その女性は、鬼久頭代の背後に迫っていた。
「死ねッ!」
女性は袖から取りだした短剣を鞘から引き抜いて、高く頭上に掲げた。
「・・・・っ!」
――――身体が、反射的に動いていた。
私は袖から、鬼道を使うための形代を取り出し、投げる。
形代は真っ直ぐ大気を切り裂いて、女性の腕に張り付いた。
「縛!」
「・・・・っ!」
術を発動した瞬間に、女性の腕は、固まったように動かなくなる。
女性は短剣を振り下ろせず、瞠目した。
滑り落ちるように、短剣が彼女の手の平から落ちていく。
「貴様! 何をしている!?」
今さら女性のことに気づいた武官が、鬼久頭代を守るために動き出した。
だけど女性はすでに、膝を雪の中に埋めていて、危険な存在ではなくなっていた。武官に取り押さえられ、女性は拘束される。
ばくばくとなる心音で、まわりの人達の声が、よく聞こえない。
(誰にも見られていない・・・・よね?)
今の動きを、誰かに見られてしまったかもしれないという不安に、胸を焼かれる。私はまわりを見回した。
武官と女中達は、まだ味方側に紛れ込んでいるかもしれない刺客に怯え、右往左往している。
だけど、私を見ている人はいない。どうやら誰も、今の私の動きには、気づかなかったようだ。
(よかった・・・・)
全身の力を抜こうとしたところで、誰かの視線が横顔に突き刺さるのを感じた。
顔を上げて――――鬼久頭代と目が合う。
鋭い視線に呼吸を阻まれて、私は蛇に睨まれた蛙のように凍り付いた。
(・・・・今の動きを、見られていたの?)
そんなはずがない。女性が動いて、私が形代を投げた時、鬼久頭代は間違いなく、私達に背中を向けていた。背中に目がついていない限り、私の動きには気づけなかったはず。
「なんだ、この紙は」
武官の声が聞こえて、私はハッとする。
武官が女性の腕に張りついた形代に気づいて、それを剥がそうとしていた。
「それ、なんだ?」
「刺客の腕に張り付いてたんだ。これ、なんだと思う?」
「さあ・・・・」
(回収できなかった・・・・!)
形代を回収しなければならなかったのに、それができなかった。もう形代は武官の手の中にあって、どうすることもできない。
「隠れていた刺客は、これで全員だろうか」
「着物の柄で見分けろ。刺客が用意した衣装は、手を抜いたものが多いようだ」
「はい!」
鬼久頭代の指示で、武官達は忙しく動き出す。
「・・・・・・・・」
鬼久頭代は、もう私を見ようとしない。
目があったのは気のせいだ。私は自分に、そう言い聞かせた。
「刺客はもういないようです」
「そうか」
長老が、詠誓御主に近づいていった。
「お怪我はありませんか、御主様」
「大事ない」
「よかった・・・・」
「長老、御主、御政堂に戻りましょう。どうやら今日の白鳥の庭園は、安全とは言えないようです」
「そ、そうですな、鬼久頭代の言うとおりです、さあ、御主様。御政堂に戻りましょう」
「戻るぞ! お前達もついてこい!」
鬼久頭代の言葉で、行列はぞろぞろと動きだした。
――――ようやく、御政堂に戻れる。私は胸に手を当てて、深呼吸した。まだ少し、鼓動が速い。
「・・・・こんなことになり、まことに申しわけありません、御主様」
黙々と歩いていると、長老の声が聞こえてきた。
「これからは不逞な輩が御主に近づけないよう、いっそう警備を強化します。・・・・ですが、どうか誤解なさらぬよう。今回の襲撃は、御政堂が仕組んだことではありません。誰の仕業が知りませぬが、必ずや犯人を見つけますので、それまで――――」
「言い訳をする必要はない。今回の襲撃に、御政堂が関わっていないことはわかっている。俺を殺すつもりなら、燿茜を俺に随伴などさせないはずだ」
「そ、そうですか・・・・よかった」
「それになかなか楽しめたぞ。北鬼の鬼達との交流だと思えば、たまにはこんな余興も楽しいものだ。観光だけではつまらないからな」
「・・・・・・・・」
詠誓御主のとんでもない言葉に、長老は黙してしまった。
(・・・・とんでもない人だわ)
一歩間違えば、命を失っていたかもしれないのに。あの出来事を楽しい余興と言ってのけるところがすごい。噂以上の、風変わりな人だ。
「・・・・それに、面白いものを見ることもできた」
詠誓御主の目が動く。
目が、合った気がした。びっくりして、慌てて俯く。
「・・・・・・・・」
しばらくして、私はおそるおそる顔を上げる。詠誓御主はもう前を向いていた。
(気のせいだった・・・・?)
胸に手を当てると、鼓動はまた、速くなっていた。
「鬼久頭代!」
詠誓御主が輿に乗り込もうとしたとき、飛ぶような勢いで走ってきた武官が、鬼久頭代に近づいた。顔は死人のように青ざめていて、汗がびっしりと額に浮かんでいる。
「・・・・どうした?」
そのただならぬ様子に、鬼久頭代の顔にも、緊張が走った。
「ゆゆゆ――――」
ぶるぶると震えながら、武官はなにか言おうとしていたけれど、肝心の部分が聞き取れなかった。
「落ち着け。よく聞こえない」
鬼久頭代に肩をつかまれ、武官の肩は、打たれたように跳ね上がった。
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