鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
14 / 86

12_とんでもないことになってしまった_前半

しおりを挟む
 白鳥の庭園も、雪の白で染め上げられていた。

 とても広い庭だ。見わたすかぎりの銀世界と、その白さに彩りを与えるように、ぽつぽつと見える梅の花の赤が、和菓子のように繊細で、美しかった。

 植えられているのは、桜の木と梅の木、山茶花、一位などだ。今のところ、花をつけているのは、梅の木だけだった。


「どうでしょう。わが国で一番大きな庭園です!」

 詠誓御主を連れてきた長老は、誇らしげに両手を広げた。

「ここには、百本の梅の花が植えられております。それでも十分観賞のしがいがある光景なのですが、今日はさらに、そこに雪の美しさが加わって、何時間でも眺めていられそうですね!」

 長老は早口で説明しているけれど、残念ながら、詠誓御主は聞いていない。

 詠誓御主の一行は、雪の絨毯を汚さないよう、縦列になって小道を歩いた。身を切るような寒気に包まれ、息が綿のように白く煙る。

「ああ、ここが見晴らしがいいですね。詠誓御主様、勇啓様、どうぞこちらへ」

 そして長老達は、三人を、庭園の湖の近くにある東屋に案内した。

 長椅子に赤い布が敷かれ、詠誓御主と勇啓様が座った。東屋のまわりで女中達が忙しく動き、野点傘のだてがさが広げられ、涼炉りょうろによって湯が湧かされる。


 鬼久頭代や刑門部の武官達が、東屋を取り囲み、危険がないか、目を光らせている。


「お前達は、近くで時間を潰してこい」

 長老はぞんざいにそう言って、私達に背中を向けてしまった。

 こんなに大人数を連れてくる必要があったのだろうか。警備の武官だけ連れて行けばよかったのに、と思わないでもなかったけれど、そのおかげで掃除を免除され、美しい庭を鑑賞する機会を与えてもらったのだから、長老に感謝すべきだ。

 時間を潰してこいと言われたのだから、その言葉に甘えて、しばらく散策させてもらうことにした。私は東屋を離れ、ぶらぶらと歩きだした。

 他の女中達も散っていき、雪景色を楽しんだり、雪の傘を被った梅の花を観賞したりしている。

 白鳥の庭園には、幼い頃に何度か来たことがある。

 梅の花を見上げ、赤と白の対比を眺めた。季節外れの雪が生みだした景色は、思いがけず心に響く。


(あれ・・・・)

 塀近くに行くと、ひのきと思われる木を見つけた。

(どうしてここに一本だけ・・・・)

 桜の木も梅の木も、何本も植えられている。なのに檜だけは一本だけだ。

 この庭園は、何度も木々を植え替えられていると聞いた。以前の木が、残っていたのかもしれない。


 一通り見てまわり、私は東屋に近い場所に戻った。


 ――――膳を持った礼門部省の役人が、横を通り過ぎていく。膳には、茶菓子が乗っていた。


「・・・・?」

 なぜかその姿に違和感を覚え、私は無意識のうちに、彼の姿を目で追いかけてしまっていた。


 ――――何が気になったのかと、違和感の正体を捜し、私は礼門部省の役人の服装に注目していた。


 幼い頃から、礼門部省の役人とはたびたび会っている。だから彼らの大紋直垂ひたたれに描かれた模様などは、はっきりと覚えていた。

(礼門部省の直垂って、あんな模様だったっけ?)

 桜女中の着物の柄は、儀式のたびに一新されるけれど、礼門部省の衣装は昔から変わっていない。

 だからその時の、礼門部省の役人の直垂に描かれた柄も、私の記憶の中にあるそれと、一致するはずだった。

 だけど、記憶と重ならない。


 ――――柄が、微妙に違っているのだ。見慣れていない人が見れば、同じ衣装に見えるのかもしれないけれど――――その直垂の模様の一部は、素人が真似て作ったように、稚拙だった。


 彼は、東屋の中に入っていく。

「茶とお菓子をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。そこにおいてくれ」

 礼門部省の役人は身を屈め、卓の上に膳を置こうとした。

 ――――何かが、光を弾いてぎらりと光る。

 光を弾くようなものは、膳の上にはなかったはず。――――それに、光ったのは、膳の裏側だ。私はそれを見ようとして、目を凝らす。


 ――――膳の裏側に、隠されている短刀を見つけて、呼吸が止まった。


「大変甘いお菓子ですので、お茶と一緒にお食べください。そして――――」

 礼門部省の役人が、勢いよく膳の裏側から、短刀を引き抜く。

「危ないっ!」

 思わず、叫んでいた。

 ――――私のその声に、抜刀の音が重なる。

 何かに弾かれた光が目に差し込み、私は思わず瞼を閉じていた。

 次の瞬間、耳の中に高い金属音と悲鳴が飛び込んでくる。

 その音と声を聞いて、光の瞬きのように脳裏を過ぎったのは、血だまりの中に倒れた、父上の姿だった。鼻腔に入ってきた強烈な血の臭気さえ、まざまざと蘇り、私は束の間、混乱していた。

 最悪の構図を思い浮かべながら、怖々と瞼を開ける。

 ――――でも、実際は一滴の血も、流れていなかった。


 二人に襲いかかろうとしていた礼門部省の役人は、短刀を持ったまま、凍り付いている。


「――――武器を捨てろ」


 その首筋に刃を押し当て、鬼久頭代が低い声でそう言った。


 私が声を上げるまでもなく、鬼久頭代はとっくに、不審者の存在に気づいていたようだった。

 いや、鬼久頭代だけじゃない。勇啓様や詠誓御主が、刃を向けられてもまったく動じていないところを見ると、二人も礼門部省の役人の不審な動きに、気づいていたようだ。

「武器を捨てるんだ。・・・・三度目はないぞ」

「・・・・っ!」

 礼門部省の役人は、血走った目を泳がせるものの、短刀を手放そうとはしない。行き場を失った殺意が、その手を震わせていた。

「な、なんと・・・・!? 貴様、一体、何をしようとした!?」

「うっ・・・・!」

 長老の声に、鈍い音が重なった。

 短刀が落ちて、草地に突き刺さる。

 礼門部省の役人がいつまでも武器を手放そうとしないので、鬼久頭代が彼の手の甲を打ったようだった。

 礼門部省の役人は手を抱え込むような格好で、蹲る。

「どうして、礼門部省の役人がこんなことを・・・・!」

「この者はおそらく、偽物でしょう」

 取り乱す長老に対して、鬼久頭代は冷静に言った。

「ど、どういうことですか?」

「この者の直垂は、礼門部省の直垂に似せて作ってありますが、若干模様が違います。似た衣装を作り、役人に成りすまして、この場に紛れ込んだのでしょう。どこで入れ代わったのかは不明ですが」

「なんと!」

 なんとか、怪我人を出さずにすんだ。――――私は胸を撫で下ろしたけれど、安心するのは早かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...