鬼の花嫁

炭田おと

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11_要人のもてなしは私達の役目じゃありません

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 私達が、御政堂前広場に着いたときにはもう、広場には、礼門部省の役人達が集まり、列を作っていた。

 この国では、客人のもてなしは礼門部省の役目だ。国の威信をかけた一大行事とあって、彼らの横顔も引き締まっている。

「ほら、並べ、並べ!」

 背中を乱暴に押されて、私達は縦列に並ばされる。

 役人の後ろに並び、風を浴びながら、しばらく待っていると、御政門の前に、大勢の人影が現れた。

 大勢の従者を従えながら、風を肩で切るように歩いている男。


 あの人が南鬼国の御主様、鬼廻詠誓きかいえいせいだろうか。肩で風を切って歩くその姿は実に堂々としていて、威厳があった。


「顔を上げるな! 御主様の顔を見ようとするなど、なんと恐れ多い!」

 ぼんやりしていると、礼門部省の役人に、頭を押さえつけられた。

 視線が下に向いて、南鬼国の人達の足しか見えなくなる。

「ようこそいらっしゃいました、詠誓御主様。約束の刻限より早いご到着で、出迎えの者をこれだけしか集められませんでした。どうかお許しください」

「出迎えなど不要と伝えたはずだが。どうやら、うまく伝言が伝わっていなかったようだな」

 顔が上げられないから、南鬼国の御主のお顔を、はっきりと見ることはできなかった。だけど声だけでも、覇気と威厳が伝わってくる。

「今すぐお部屋に案内したいのですが・・・その、まだ準備が整っていませんので」

「そうか。ならばしばらく、京月の町を散策するとしよう」

「えっ!?」

 長老の声は裏返る。

「ここにくるまでの間、輿の窓から、町の賑やかな様子を見ていた。婚儀が近づいて、北鬼国の民も活気づいているようだな。それで、京月の街を散策したいんだが、構わないか?」

「い、いえ・・・・その・・・」

 長老は当然、首を縦に振ることはできなかった。

「に、賑やかだからこそ、群衆の中に刺客などがまぎれ込んでいる可能性もありますゆえ・・・・あ、ああ、そうだ! 白鳥の庭園を、散策されてはどうでしょう? 季節外れの雪が降り、梅の木々が雪の笠を被っているさまは、えもいわれぬ美しさでございますよ!」

 ふむ、と詠誓御主は唸る。

「敵国の大将に、首都は見せられるか。・・・・まあ、いい」

「い、いえ! 決してそのような理由では・・・・!」

「状況によっては、二度と踏むことがない土地かもしれぬから、一度見てみたかったのだが・・・・そういうことなら仕方あるまい」

「・・・・・・・・」

 長老は申し訳なさそうに、肩を縮めてしまう。

 詠誓御主様は一応、残念がる素振りを見せているものの、演技だと私にもわかった。本当は、長老の答えははじめからわかっていたのだろう。

 北鬼国の長老が、首都であるこの京月の町を、またいつ敵になるかわからない南鬼国の御主に見せることを許すはずがない。

 そんなことは詠誓御主にもわかっているはずなのに、あえて質問して、残念がることで、長老の対応を見ようとしたようだ。

「それじゃ、その美しい庭園とやらを見せてもらおう」

「それでは、武官を同行させます。ほれ、そこの女中。武官を呼んでこ・・・・」


「待て。私が同行しよう」

 御政堂のほうから歩いてきた男が、長老の隣に立った。

「こ、これは、勇啓ゆうけい様!」

 思わぬ大物が出てきた。長老は驚いて、固まっている。


(勇啓様・・・・張乾御主の、四人目のご子息の?)

 噂通りの、凛々しい鬼だった。彫りが深くて、男性的な勇ましさがある。


「はじめまして、詠誓御主様。鬼廻張乾の息子、鬼廻勇啓と申します。私が護衛の役を務めます。それでよろしいでしょうか?」

 勇啓様は詠誓御主の前に立ち、深々と頭を下げた。

 詠誓御主は、値踏みするように勇啓様を見る。

「お、お待ちください、勇啓様! 勇啓様に護衛の役など・・・・少しここで待っていてください。腕が立つ護衛の者を、連れてまいりますので!」

 勇啓様は、困ったように眉尻を下げた。

「俺が護衛をすると言っているのに、護衛の護衛を連れて行けと言うのか? それよりも、これ以上客人を待たせるのは失礼だろう」

「ですが、やはり護衛が必要で・・・・」


「それならば、お二人の護衛は私が勤めましょう」

 また一人、二人の間に入っていく男がいた。

 背が高く、均整がとれた体格の男性だった。軍服を身に纏い、立ち姿が絵になる。


鬼久頭代ききゅうとうだい! よかった!」

 鬼久頭代と聞いて、ハッとした。

(まさか、鬼久頭代まで出てくるなんて・・・・)


 ――――御三家の一つ、鬼久家の当主、鬼久燿茜ききゅうようせん

 鬼久燿茜といえば、御三家という、約束された生まれなのに、官位を貰おうとせず、鬼峻隊という、荒くれ者の隊士達をまとめて、治安維持に従事していることで有名だ。

 自分には、一生縁がない鬼達だと思っていた。なのに、縁というものは奇妙なものだと思う。

 荒くれ者の代表者ということで、私の頭の中では、人相が悪い人物の想像図が出来上がってしまっていた。だけど実物はむしろ、上品に見える。


 ――――北鬼の若君に、南鬼の御主様、それに御三家の頭代。雲の上にいると思っていた鬼達が、今、この場所に集っていた。


(・・・・閻魔の婚礼があるんだから、当然のことかもしれないけど・・・・)

 閻魔の婚礼は、鬼国にとって最も重要な行事だ。だから今、重要な役職にいる鬼達が、御政堂に集結している。

「あなたがいてくれてよかった。お二人の護衛を頼みます」

「お任せください」

 鬼久頭代は、二人に顔を向けた。

「お久しぶりです、勇啓様。――――それに、詠誓御主様」

「・・・・久しぶりだな、燿茜」

 詠誓御主様の顔に、冷たい微笑が浮かんだ気がして、私は思わず、その顔を見つめてしまった。

「あいかわらず不遜な顔をしている」

「いえ、詠誓御主に比べれば、私の不遜度など、程度が低いものです」

(・・・・・・・・え?)

 なんだか、今、ものすごく失礼なやりとりがあったような――――会話を聞いてしまった人達が青ざめ、冷や汗をかく中、鬼久頭代と詠誓御主だけが、白々しい笑顔を浮かべていた。


「・・・・野点の準備をしろ。最高級の茶菓子も用意するんだ」

 長老はそっと、礼門部省の役人に耳打ちし、役人は忙しく動き出す。

「女中の数が足りない。他にも、随伴の女中を連れてこい」

「わ、わかりました!」

 他の礼門部省の役人も、随伴の女中を掻き集めるため走っていく。

「行きましょう、御主様」

 長老が、礼門部省の役人と私達に向ける表情と、詠誓御主に向ける表情はまったく違う。まるで賽子さいころの目のように、目まぐるしく変わる表情の変化が、面白い。

(なんにしても、出迎えの仕事はこれで終わりね)

 緊張したけれど、これで、出迎えの仕事は終わりだ。ようやく持ち場に帰れると、私は肩の力を抜いた。


 ――――だけど、気を抜くのは早かった。


「供が必要だな。おい、お前達。御主様のお供をするんだ」

「え?」

 長老に腕をつかまれて、前に押された。

「そんなに多くの供はいらないぞ」

「いえ、客人の散策に、同行の女中は必要です」

「・・・・・・」

 長老の手の届くところにいたのが、運の尽きだった。私はただそれだけの理由で、供に選ばれてしまったらしい。

「ほら、行け」

 さっさと輿に乗りこんでしまった御主様と、馬に乗った勇啓様の後を追って、私達は歩きだした。

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