鬼の花嫁

炭田おと

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24_閻魔様は、寝てても花嫁を選ぶようです_後半

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「でも、閻魔様の身代わりが花嫁を選ぶなんて、おかしな儀式ですよね」

「最初の頃は本当に、閻魔様が花嫁を選んでいたのよ」

「ええ?」

 愛弥の目が丸くなる。

「眠っているのに、どうやって閻魔様が花嫁を選ぶんですか?」

「閻魔様がお眠りになってからしばらくして、大奥で働いていた女中の身体に、閻魔様の家桜の刻印が現れたの。花嫁として選ばれた証だと長老達は喜んで、彼女を皇妃として桜の廓に迎え入れ、盛大に結婚式を執り行った。だけど時代が進むにつれて、閻魔様の家桜の刻印が現れることはなくなり、形骸化した婚礼という儀式だけが残ったのよ」


「・・・・寝てても花嫁選ぶとか、閻魔様もたいがいスケベですねぇ・・・・」


「ぶっ・・・・!」

 愛弥のとんでも発言に、含んでいたお茶を吹き出してしまった。

「愛弥! あなたはなんてことを・・・・!」

「あ、ごめんなさい、今の発言、なかったことにしてください」

 素早く怒られそうな気配を察知して、愛弥は叩かれる前に、千代の手が届かない場所に逃げていた。

「そんなことはいいですから、閻魔の花嫁の話の続きをしましょうよ。今回の閻魔の婚礼では、誰が皇貴妃に選ばれそうですか?」

「まったく・・・・」

 どんなに叱っても、暖簾に腕押しといった感じの愛弥を見て、千代は怒ることも馬鹿らしくなったようだ。溜息一つ零して、肩の力を抜いた。

「もう何十年も、皇貴妃に選ばれた花嫁はいないわ」

「ええ? なんですか、それ」

「美しさも賢さも身分もそろっているご息女達に、甲乙などつけられないでしょう? それに、花嫁に差をつけてしまうと、花嫁の背後にある家の名誉まで傷つけることになってしまう。そんな配慮もあったんじゃないかしら。花嫁を競わせるものの、贈られる花は分散してしまって、結局誰も、皇貴妃に選ばれないということが続いているの。出来の悪い花嫁が、花を一つも贈られないということは、よくあるんだけどね」

「・・・・なんだ、つまんない」

「――――だけど」

 ふっと、千代は物憂げな溜息を吐き出した。

「・・・・だけど今回の選定は、難しいことになるかもしれないわね・・・・」

「どうして?」

 気になって、私は問いかける。

「和平の証に、南鬼の花嫁を桜の廓に入れたからですよ。形式とはいえ、閻魔の婚礼は、花嫁達を競わせるような内容になっていますからね。北鬼と南鬼の花嫁達が、国の威信をかけて争ってしまうかも・・・・」

「なんですか、それ。ものすごく面白そうじゃないですかっ!」

 それまで、この話題にそれほど興味がなさそうだった愛弥が、とたんに生き生きと目を輝かせた。

「それじゃ、女達の戦いを間近で観戦することができるかもしれないんですね! 誰が勝つのか、今から楽しみ・・・・」

「愛弥ぁ!」

「あ、やばっ・・・・」

 千代の怒りが、沸点を越えたらしい。盆を持って立ち上がった千代を見て、愛弥もさすがにまずいと思ったのか、一目散に逃げていった。


「まったく・・・・逃げ足だけは早いんだから・・・・」

 愛弥の後ろ姿が見えなくなったから、千代は盆を持った腕を下ろす。

「申し訳ありません、穏葉様。いつまでたっても、愛弥を教育できず・・・・」

「千代が謝ることじゃない。それに私は、愛弥の素直なところ、好きだよ。堅苦しいのは苦手だし」

「穏葉様がお優しいからいいですが、御台所の前であんな発言をしようものなら、その瞬間に袋叩きですよ。・・・・あの子はここに来て、よかったのでしょう。梅の廓にいたら、あの素直さと口の軽さが災いして、きっとひどい折檻を受けることになったでしょうから」


 空を見上げて、太陽の位置を確かめる。

 そろそろ、休憩時間が終わる時刻だ。仕事場に戻らないといけない。

 私は立ち上がり、大きく伸びをした。

「千代、私はそろそろ、桜の廓に戻るね」

「さようでございますか」

 梅の門に向かって、歩く。


「穏葉様」


 数歩歩いたところで、千代の声が追いかけてきた。


 振り返る。千代がいつになく真剣な顔をしていて、私は緊張した。

「・・・・女中の仕事を知るのも、花嫁修業としてはいいことだと思いましたし、いつまでも木蔦の宮に閉じ籠りきりなのは、健康に良くないと考え、穏葉様を桜女中として送り出すことに、協力しました。――――ですがいつまで、桜下女の振りを続けるのですか?」


 ぎくっと、肩が強ばってしまう。


「そ、それは、えっと・・・・もちろん、女中の仕事を、一通りできるようになるまでだよ」

 すると、千代の目付きが鋭くなる。

「賛成しかねます。本来女中の技能は、穏葉様には必要がないものです」

「ほ、ほら、嫁ぎ先で料理を作ったり、洗濯しなきゃならないこともあるだろうし・・・・」

「仮にも御主の娘なのですから、穏葉様が嫁ぐ方は、きちんとした財力がある方になるはずです。下働きの女がいますから、そんな心配は不要ですよ」

「・・・・・・・・」

 鬼久頭代から゛報酬゛をもらうまでは、もう少し、自由に動ける桜下女の立場でいたい。そんな考えから、私はもう少し、桜下女でいるつもりだったけれど、どうやら今後は、それすらも難しくなりそうだ。

「ち、千代。私、急いで戻らないといけないから、この話はまた今度ね」

 他に言い訳が思いつかなくて、私は陳腐な言い訳で、強引にその場を押し切ることにした。千代の答えを待たずに、梅の門まで全力で走る。


「穏葉様!」

 また千代に名前を呼ばれたけれど、聞こえなかった振りをした。

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