26 / 86
24_閻魔様は、寝てても花嫁を選ぶようです_後半
しおりを挟む
「でも、閻魔様の身代わりが花嫁を選ぶなんて、おかしな儀式ですよね」
「最初の頃は本当に、閻魔様が花嫁を選んでいたのよ」
「ええ?」
愛弥の目が丸くなる。
「眠っているのに、どうやって閻魔様が花嫁を選ぶんですか?」
「閻魔様がお眠りになってからしばらくして、大奥で働いていた女中の身体に、閻魔様の家桜の刻印が現れたの。花嫁として選ばれた証だと長老達は喜んで、彼女を皇妃として桜の廓に迎え入れ、盛大に結婚式を執り行った。だけど時代が進むにつれて、閻魔様の家桜の刻印が現れることはなくなり、形骸化した婚礼という儀式だけが残ったのよ」
「・・・・寝てても花嫁選ぶとか、閻魔様もたいがいスケベですねぇ・・・・」
「ぶっ・・・・!」
愛弥のとんでも発言に、含んでいたお茶を吹き出してしまった。
「愛弥! あなたはなんてことを・・・・!」
「あ、ごめんなさい、今の発言、なかったことにしてください」
素早く怒られそうな気配を察知して、愛弥は叩かれる前に、千代の手が届かない場所に逃げていた。
「そんなことはいいですから、閻魔の花嫁の話の続きをしましょうよ。今回の閻魔の婚礼では、誰が皇貴妃に選ばれそうですか?」
「まったく・・・・」
どんなに叱っても、暖簾に腕押しといった感じの愛弥を見て、千代は怒ることも馬鹿らしくなったようだ。溜息一つ零して、肩の力を抜いた。
「もう何十年も、皇貴妃に選ばれた花嫁はいないわ」
「ええ? なんですか、それ」
「美しさも賢さも身分もそろっているご息女達に、甲乙などつけられないでしょう? それに、花嫁に差をつけてしまうと、花嫁の背後にある家の名誉まで傷つけることになってしまう。そんな配慮もあったんじゃないかしら。花嫁を競わせるものの、贈られる花は分散してしまって、結局誰も、皇貴妃に選ばれないということが続いているの。出来の悪い花嫁が、花を一つも贈られないということは、よくあるんだけどね」
「・・・・なんだ、つまんない」
「――――だけど」
ふっと、千代は物憂げな溜息を吐き出した。
「・・・・だけど今回の選定は、難しいことになるかもしれないわね・・・・」
「どうして?」
気になって、私は問いかける。
「和平の証に、南鬼の花嫁を桜の廓に入れたからですよ。形式とはいえ、閻魔の婚礼は、花嫁達を競わせるような内容になっていますからね。北鬼と南鬼の花嫁達が、国の威信をかけて争ってしまうかも・・・・」
「なんですか、それ。ものすごく面白そうじゃないですかっ!」
それまで、この話題にそれほど興味がなさそうだった愛弥が、とたんに生き生きと目を輝かせた。
「それじゃ、女達の戦いを間近で観戦することができるかもしれないんですね! 誰が勝つのか、今から楽しみ・・・・」
「愛弥ぁ!」
「あ、やばっ・・・・」
千代の怒りが、沸点を越えたらしい。盆を持って立ち上がった千代を見て、愛弥もさすがにまずいと思ったのか、一目散に逃げていった。
「まったく・・・・逃げ足だけは早いんだから・・・・」
愛弥の後ろ姿が見えなくなったから、千代は盆を持った腕を下ろす。
「申し訳ありません、穏葉様。いつまでたっても、愛弥を教育できず・・・・」
「千代が謝ることじゃない。それに私は、愛弥の素直なところ、好きだよ。堅苦しいのは苦手だし」
「穏葉様がお優しいからいいですが、御台所の前であんな発言をしようものなら、その瞬間に袋叩きですよ。・・・・あの子はここに来て、よかったのでしょう。梅の廓にいたら、あの素直さと口の軽さが災いして、きっとひどい折檻を受けることになったでしょうから」
空を見上げて、太陽の位置を確かめる。
そろそろ、休憩時間が終わる時刻だ。仕事場に戻らないといけない。
私は立ち上がり、大きく伸びをした。
「千代、私はそろそろ、桜の廓に戻るね」
「さようでございますか」
梅の門に向かって、歩く。
「穏葉様」
数歩歩いたところで、千代の声が追いかけてきた。
振り返る。千代がいつになく真剣な顔をしていて、私は緊張した。
「・・・・女中の仕事を知るのも、花嫁修業としてはいいことだと思いましたし、いつまでも木蔦の宮に閉じ籠りきりなのは、健康に良くないと考え、穏葉様を桜女中として送り出すことに、協力しました。――――ですがいつまで、桜下女の振りを続けるのですか?」
ぎくっと、肩が強ばってしまう。
「そ、それは、えっと・・・・もちろん、女中の仕事を、一通りできるようになるまでだよ」
すると、千代の目付きが鋭くなる。
「賛成しかねます。本来女中の技能は、穏葉様には必要がないものです」
「ほ、ほら、嫁ぎ先で料理を作ったり、洗濯しなきゃならないこともあるだろうし・・・・」
「仮にも御主の娘なのですから、穏葉様が嫁ぐ方は、きちんとした財力がある方になるはずです。下働きの女がいますから、そんな心配は不要ですよ」
「・・・・・・・・」
鬼久頭代から゛報酬゛をもらうまでは、もう少し、自由に動ける桜下女の立場でいたい。そんな考えから、私はもう少し、桜下女でいるつもりだったけれど、どうやら今後は、それすらも難しくなりそうだ。
「ち、千代。私、急いで戻らないといけないから、この話はまた今度ね」
他に言い訳が思いつかなくて、私は陳腐な言い訳で、強引にその場を押し切ることにした。千代の答えを待たずに、梅の門まで全力で走る。
「穏葉様!」
また千代に名前を呼ばれたけれど、聞こえなかった振りをした。
「最初の頃は本当に、閻魔様が花嫁を選んでいたのよ」
「ええ?」
愛弥の目が丸くなる。
「眠っているのに、どうやって閻魔様が花嫁を選ぶんですか?」
「閻魔様がお眠りになってからしばらくして、大奥で働いていた女中の身体に、閻魔様の家桜の刻印が現れたの。花嫁として選ばれた証だと長老達は喜んで、彼女を皇妃として桜の廓に迎え入れ、盛大に結婚式を執り行った。だけど時代が進むにつれて、閻魔様の家桜の刻印が現れることはなくなり、形骸化した婚礼という儀式だけが残ったのよ」
「・・・・寝てても花嫁選ぶとか、閻魔様もたいがいスケベですねぇ・・・・」
「ぶっ・・・・!」
愛弥のとんでも発言に、含んでいたお茶を吹き出してしまった。
「愛弥! あなたはなんてことを・・・・!」
「あ、ごめんなさい、今の発言、なかったことにしてください」
素早く怒られそうな気配を察知して、愛弥は叩かれる前に、千代の手が届かない場所に逃げていた。
「そんなことはいいですから、閻魔の花嫁の話の続きをしましょうよ。今回の閻魔の婚礼では、誰が皇貴妃に選ばれそうですか?」
「まったく・・・・」
どんなに叱っても、暖簾に腕押しといった感じの愛弥を見て、千代は怒ることも馬鹿らしくなったようだ。溜息一つ零して、肩の力を抜いた。
「もう何十年も、皇貴妃に選ばれた花嫁はいないわ」
「ええ? なんですか、それ」
「美しさも賢さも身分もそろっているご息女達に、甲乙などつけられないでしょう? それに、花嫁に差をつけてしまうと、花嫁の背後にある家の名誉まで傷つけることになってしまう。そんな配慮もあったんじゃないかしら。花嫁を競わせるものの、贈られる花は分散してしまって、結局誰も、皇貴妃に選ばれないということが続いているの。出来の悪い花嫁が、花を一つも贈られないということは、よくあるんだけどね」
「・・・・なんだ、つまんない」
「――――だけど」
ふっと、千代は物憂げな溜息を吐き出した。
「・・・・だけど今回の選定は、難しいことになるかもしれないわね・・・・」
「どうして?」
気になって、私は問いかける。
「和平の証に、南鬼の花嫁を桜の廓に入れたからですよ。形式とはいえ、閻魔の婚礼は、花嫁達を競わせるような内容になっていますからね。北鬼と南鬼の花嫁達が、国の威信をかけて争ってしまうかも・・・・」
「なんですか、それ。ものすごく面白そうじゃないですかっ!」
それまで、この話題にそれほど興味がなさそうだった愛弥が、とたんに生き生きと目を輝かせた。
「それじゃ、女達の戦いを間近で観戦することができるかもしれないんですね! 誰が勝つのか、今から楽しみ・・・・」
「愛弥ぁ!」
「あ、やばっ・・・・」
千代の怒りが、沸点を越えたらしい。盆を持って立ち上がった千代を見て、愛弥もさすがにまずいと思ったのか、一目散に逃げていった。
「まったく・・・・逃げ足だけは早いんだから・・・・」
愛弥の後ろ姿が見えなくなったから、千代は盆を持った腕を下ろす。
「申し訳ありません、穏葉様。いつまでたっても、愛弥を教育できず・・・・」
「千代が謝ることじゃない。それに私は、愛弥の素直なところ、好きだよ。堅苦しいのは苦手だし」
「穏葉様がお優しいからいいですが、御台所の前であんな発言をしようものなら、その瞬間に袋叩きですよ。・・・・あの子はここに来て、よかったのでしょう。梅の廓にいたら、あの素直さと口の軽さが災いして、きっとひどい折檻を受けることになったでしょうから」
空を見上げて、太陽の位置を確かめる。
そろそろ、休憩時間が終わる時刻だ。仕事場に戻らないといけない。
私は立ち上がり、大きく伸びをした。
「千代、私はそろそろ、桜の廓に戻るね」
「さようでございますか」
梅の門に向かって、歩く。
「穏葉様」
数歩歩いたところで、千代の声が追いかけてきた。
振り返る。千代がいつになく真剣な顔をしていて、私は緊張した。
「・・・・女中の仕事を知るのも、花嫁修業としてはいいことだと思いましたし、いつまでも木蔦の宮に閉じ籠りきりなのは、健康に良くないと考え、穏葉様を桜女中として送り出すことに、協力しました。――――ですがいつまで、桜下女の振りを続けるのですか?」
ぎくっと、肩が強ばってしまう。
「そ、それは、えっと・・・・もちろん、女中の仕事を、一通りできるようになるまでだよ」
すると、千代の目付きが鋭くなる。
「賛成しかねます。本来女中の技能は、穏葉様には必要がないものです」
「ほ、ほら、嫁ぎ先で料理を作ったり、洗濯しなきゃならないこともあるだろうし・・・・」
「仮にも御主の娘なのですから、穏葉様が嫁ぐ方は、きちんとした財力がある方になるはずです。下働きの女がいますから、そんな心配は不要ですよ」
「・・・・・・・・」
鬼久頭代から゛報酬゛をもらうまでは、もう少し、自由に動ける桜下女の立場でいたい。そんな考えから、私はもう少し、桜下女でいるつもりだったけれど、どうやら今後は、それすらも難しくなりそうだ。
「ち、千代。私、急いで戻らないといけないから、この話はまた今度ね」
他に言い訳が思いつかなくて、私は陳腐な言い訳で、強引にその場を押し切ることにした。千代の答えを待たずに、梅の門まで全力で走る。
「穏葉様!」
また千代に名前を呼ばれたけれど、聞こえなかった振りをした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる