鬼の花嫁

炭田おと

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23_閻魔様は、寝てても花嫁を選ぶようです_前半

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 その日、京月の空は、目が痛くなるような青に包まれていた。

「いい天気ね」

 空を見上げて、私は呟く。

「ええ、そうですね」

 縁側で縫物をしている千代ちよが、笑顔で答えてくれる。

 季節外れの雪もすっかり解けて、本格的な春が訪れようとしていた。

 ――――ここは、梅の廓の隅に、忘れられたようにある、木蔦きづたの宮。

 桜女中としての仕事の合間の、短い休憩時間に、私は本来の住居であるこの場所に戻ってきていた。

 木蔦の宮では、今、私を幼い頃から世話してくれている千代と、数年前にここにやってきた愛弥の二人が暮らしている。

「明日は閻魔の花嫁達が、国柱くにばしら神宮に参拝に行く日ですから、この調子で晴れてほしいですね」

 千代はもう六十代、頭髪は白くなり、背も曲がって、昔よりも小さくなってしまった。それでも毎朝、きっちりと髪を結い上げ、着物も、皺ひとつなく着こなしている。

 千代は十代の頃から大奥で働いていて、一度は結婚して大奥から出たものの、伴侶を失うという不幸に見舞われ、未亡人になってしまった。

 京月には、女性が働ける場所は少ない。千代は子供を育てるために、懇意にしていた長老を頼り、彼の計らいで、また女中として働けるようになったそうだ。

 仕事を選べなかった立場のせいか、働けるだけ恵まれたことと考えていて、仕事に不真面目な女中達にたいしては、とても厳しい。

穏葉やすは様、日焼けするから、軒下に入ってください」

 愛弥あやに手を引かれ、私は軒下に入る。

 愛弥はまだ十代で、数年前に大奥に入った。だけど不真面目な性格で、仕事に熱心じゃない。そのせいで、この木蔦の宮に追いやられることになったらしい。

 女中達は、木蔦の宮は梅の廓の墓場で、ここに送られることは、役立たずの烙印を押されることだと考えている。だけど愛弥はむしろ、自由が許されるこの場所を、気に入っているようだった。

 自由奔放な愛弥と、昔気質の千代はたびたび、仕事のことで衝突している。

「せっかく、京月きょうげつが賑わう日ですから、雨が降ったら台無しですよ」

 千代はふっと、息を吐く。


「京月が賑わうのはいいことです。・・・・この町は、呪われた町と呼ばれていますから」

「・・・・」


 ――――京月は呪われている。そんなことを、声高に叫ぶ人もいた。


 統一鬼国の歴史は、疫病や干ばつの発生からはじまった。

 閻魔様が統治することで、それらは静まったと考えられている。

 だけど実際は――――数年に一度の頻度で、この国は、疫病や災害に見舞われていた。

 地震に竜巻、干ばつの後に大洪水が襲ってきたこともある。特にこの京月が疫病の発生源になることが多く、そのたびに、大勢の人が命を落とした。

 そんな経緯から、国民の中には、鬼国が呪われているのは鬼がいるせいだ、と、不幸を鬼のせいにする意見も、根強くある。


 ――――鬼に守られながら、鬼を恐れている人々。そんな言葉が、また頭をかすめる。


「そう言えば、京月って国が二つに分裂する前から、統一鬼国の主都だったんですよね?」

 愛弥が千代に問いかけた。

「ええ、そうよ。当時大将軍だった鬼廻きかい燕風えいふう御主が死期を悟り、長子だった鬼廻射誓いせい様に、次の大将軍の地位を譲ろうとしていたんだけど、それに納得しなかった次男の鬼廻礎曳そえい様が、射誓様が南方の視察に出かけている間に、この京月を含めた北側の領土を占領して、北鬼の建国を宣言したのよ。およそ百年前のことね」

「へえー・・・・」

 統一鬼国の時代から、いや、それ以前の和国の時代から、首都はこの京月だった。だから京月には、歴史ある建物がいくつもある。

「そのため射誓様は京月に戻ることができずに、南方の交易の要だった四陽しように留まり、そこが南鬼国の首都となったの。この分裂の際に起こった戦争は、両軍が睨みあった石積原いしづみはらから名前を取って、石積戦争いしづみせんそうと呼ばれているわ。勇啓様や、最近、頭代になられた鬼久燿茜様、久宮家のご子息や久芽里の鬼達も、この戦争で活躍されたそうよ」

 頭の中に、鬼久頭代の顔が浮かぶ。久芽里の鬼達と一緒に戦ったということは、もしかしたら鬼久頭代は、夜堵やとのことを知っているのかもしれない。


「国柱神宮に参拝した後は、閻魔堂の前で宴会を開くんでしたよね」

「ええ、その時だけは桜の門が開かれて、桜の廓の中に、御主や長老達が招き入れられるのよ」

「そう言えば、閻魔の婚礼で、花嫁達は具体的に何をするの?」

 よく考えると、大奥の中にいながら、私は閻魔の婚礼で、花嫁達が具体的に何をするのか、よく知らない。

「閻魔の婚礼では、閻魔様が眠りの世界で寂しい思いをしないように、花嫁達が料理を作ったり、花を活けたり、歌や踊りなどを捧げます。朝夕、御政堂で閻魔様にお祈りを捧げ、閻魔堂の掃除をするんですよ。閻魔堂に入ることができるのは、花嫁と長老だけですからね。花嫁というよりは、閻魔様付きの女官と言ったほうが正しいのかもしれません」

「ええ・・・・名家のご息女なのに、下働きするんですか?」

「何を言ってるの、愛弥。本来、女官は高貴な仕事なのよ。どの国でも、お殿様や貴人に仕えるのは、身分の高い女性ばかりなんだから。私や、あなたの実家の家格だって、悪くはないでしょう?」

「そりゃそうですけど・・・・」

 千代や愛弥の実家の家柄は、決して低くない。御政堂で働く女中の大半が、それなりの家柄から選ばれている。

「花嫁達の賢さや心の優しさに応じて、くらいが与えられるの」

「位? 閻魔様は眠っているのに、どうやって位を与えるんですか?」

身代しんだいといって、閻魔様の直系の子孫である、鬼廻一族――――つまり今の御主様と、若君達が、交代で閻魔様の代わりをするのよ。そして花嫁達の振る舞いを見て、もっとも閻魔の花嫁に相応しいと感じた女性に、祝花しゅくかと呼ばれる造花を贈るの。祝花を多く与えられた花嫁は、位が上がるのよ。今回は、南鬼の御主様一行も招かれているから、南鬼の御主様も、身代になられるんじゃないかしら」

「へえ・・・・」

「閻魔の花嫁の位は五つあって、一番高い位は皇貴妃こうきひ、次に皇妃こうひ、三番目が皇嬪こうひん、四番目が皇貴人こうきじん。最初は誰もが、皇貴人の位から出発するの。その状態から、閻魔様の寵愛を競うというわけなのよ」

「寵愛も何も、閻魔様は眠ってるのに・・・・」

「だからそれは、さっき言ったでしょ? 御主様達が、閻魔様の代わりに、閻魔様の花嫁を見定めるのよ」

「見定めるって、なんだか嫌な感じですよね。それじゃ、御主様の寵愛を巡って争っている、梅の廓の奥様達と、何も変わらないじゃないですか」

「愛弥! なんてこと言うの!」

 そしてまたいつも通り、喧嘩がはじまりそうな空気が漂う。

「口を慎みなさい! ・・・・口は災いの元だと、何度教えても、あなたは学ばないのね」

「だって、実際そうじゃないですか。儀式なのに、花嫁に点数つけてるみたいで、なーんか下品に感じますよ!」

「・・・・仕方ないでしょう。花嫁と言っても巫女、巫女と言っても花嫁。あの方々は、そんな立場にいるんです」

「・・・・まあ、そうなんですけど」

 愛弥は反論はしなかったものの、納得がいかないのか、唇を尖らせたままだった。

「それよりも千代、さっき、五つの位があるって言ってなかった? もう一つの位は何なの?」

側妾そばめかけですよ」

「側妾?」

 私も愛弥も、呆気にとられる。

「閻魔の花嫁なのに、呼び名がひどすぎじゃないですか?」

「側妾は、閻魔の花嫁が、あまりにも立場を考えない振る舞いをした時に与えられる、最下位の位なのよ。この位に落ちた花嫁は、罰として下働きをさせられたり、閉じ込められるの。あまりにも重い罪を犯した花嫁は、そのまま一生、閉じ込められることもあるそうよ」

「ええ、ひどくないですか?」

「閻魔の花嫁とは、それほど重い役割なの」

「重い罪って、具体的にはどんなことなの?」

「そうですねえ・・・・」

 私が聞くと、千代は記憶を探り、目を彷徨わせた。

「たとえば、男性と逢引したり、閻魔様を侮辱するような行動をすれば、側妾の位に落とされます。閻魔の花嫁は、花嫁という名称でも、実質は巫女ですから、閻魔様に仕えている間だけは、殿方との関係は一切絶たなければなりません。当たり前の話ですが、殺傷沙汰を起こして、神聖な場所を血で汚すなんてことも、言語道断ですよ」

「なるほど・・・・」

 千代は縫物の手を止めて、奥に入っていく。そしてお茶を盆に乗せて、戻ってきた。

「穏葉様、お茶をどうぞ」

「あ、うん、ありがと」

 私は縁側に腰かけて、お茶を手に取った。

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