鬼の花嫁

炭田おと

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22_鬼久家の朝_燿茜視点

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「おはようございます、耀茜ようせん様」

 鬼久ききゅう家の一日は、使用人達のその声からはじまる。


「お食事の準備は整っております」

 一番最初に声をかけてきたのは、屋敷で使用人達を取りまとめている、笠伎かさぎ美恵子みえこだ。

 もう四十代だが、顔は若く、いつも一つの隙もない身なりをしている。人間にしては、長く屋敷で働いているほうだった。


「いや、今日はいい」

 鬼は基本的に、あまり食事を必要としない。その代わりに、血を飲む。鬼の゛食事゛風景は、人間にはとても不気味に見えるようで、若い使用人は俺のことを恐れているようだった。

「今日は、御政堂で、嶺長老達と面会するのでしょう? でしたら、体調を整えるために、きちんと朝食を取らなければなりません」

 だが、笠伎は俺を恐れない。主人に口答えをしない使用人が多いなか、笠伎だけは、きちんと自分の意見を口にして、時には怒ることもあった。笠伎のそんな部分を、俺は信頼している。

「耀茜様。こんな時こそ、食事が必要です」

「・・・・わかった」

 仕方なく食事を摂ってから、部屋に戻り、軍服の上衣に袖を通した。

「耀茜様。上着です」

 笠伎がコートを持って、部屋に入ってくる。

「鬼久家の頭代として、まだ出発したばかりです。くれぐれも、言動には注意してください」

「・・・・わかっている」

 コートに袖を通して、襟を直すと、笠伎が軍帽を持ってきてくれる。

「笠伎。頼んでいたものは見つかったか?」

「ええ、仕事のことですね? 一つ、見つけておきましたよ」

 笠伎は着物の袖から、手紙を取り出す。

坂山さかやまの旅館で女将をしている友人が、仲居を捜しているということでした。掃除や洗濯を一通りできれば、それ以上の技能はいらないそうです。ここはどうでしょうか」

「坂山か」

 坂山なら、京月からもそれなりに離れている。笠伎の紹介なら、間違いもないだろう。

「助かる」

「いいえ、これぐらいのこと、何でもありませんよ。遠い地で働くことを希望しているということでしたが、その場所でよかったのでしょうか」

「本人に聞いてみないと、わからないな」

 俺の答えを聞いて、笠伎は眉を顰めた。

「きちんと相手の希望を聞かなかったんですか?」

「・・・・大まかなことしか聞いていない。忙しくて、あれ以来、会っていないからな」

「駄目ですよ! 相手は、桜下女なのでしょう? 桜の廓からほとんど出られないのですから、燿茜様から会いに行かなければ、会うことなどできませんよ」

「・・・・・・・・」

「まったく、燿茜様はお仕事はできますが、配慮に欠けているというか・・・・報酬なのですから、希望に沿ったものを用意しなければ、意味がないじゃないですか!」

「わかった、わかった」

 笠伎は昔から、礼儀に関しては特に口うるさい。物怖じせずに怒る笠伎を見て、まだ鬼久家に入ったばかりの若い使用人が、びくついていた。

「希望に沿わなければ、また捜してもらうことになる」

 すると笠伎は、にこりと笑う。

「お任せください。今度はきちんと、相手の希望を事細かに、聞いてきてくださいね」

「わかった」

 玄関に向かうと、笠伎達は玄関まで見送りに来る。

「くれぐれも、長老達に粗相がないように、気を付けてください」

 軍帽を被り、俺は屋敷を出た。





「・・・・最近、また京月で、討政とうせい活動が活発になっているようだ」


 俺が長老の間に入り、長老達と向かい合うなり、威竜いりゅう長老はそう言った。


「何者かが、御政堂に不満を持つ者達を集めていることが、刑門部の調査で明らかになった。閻魔の婚礼はまだはじまったばかりだというのに・・・・頭が痛い問題だ」

 現体制である御政堂に不満を持ち、体制を引っくり返そうと画策して活動することを、討政活動と言う。

「その動きはこちらも察知しています。鴉衆からすしゅう、そして架骸衆かがいしゅうも最近になってまた、活発に動き出したようです」

 京月では今、二つの危険な組織が暗躍していた。

 一つは鴉衆、もう一つは架骸衆だ。この二つの組織は、しばしば都で破壊活動をするが、その目的や、組織の実態は謎に満ちている。

 ここ数年、この二つの組織の動きが活発化していて、長老達はそのことを警戒しているようだ。

 一年前、討政活動をしていた若者達が、御政堂を破壊しようとして、多くの死者が出たことは記憶に新しい。

 その事件でも、鴉衆が裏で糸を引いていたと考えられている。


「鴉衆の頭目の侠千きょうせんと、梗朱きょうしゅの行方は、いまだにわからんか」

「・・・・ええ、わからないままです」

 鴉衆の頭目の侠千、そして侠千の配下である梗朱は、数年前に都を荒らしてから、なぜかぱたりと活動をやめ、行方をくらませている。


「困ったものだな・・・・あの男を捕えないかぎり、夜も眠れんぞ」

「架骸衆は壊滅せねばならん。何が何でもな」

 長老達の表情は険しい。

「鴉衆と架骸衆が結託したら、厄介です」

「それはないだろう。鴉衆は鬼の組織で、架骸衆は人間の組織だ。それに架骸衆の目的は、鬼を国から追いだすことだそうじゃないか。鬼を追い出そうとする組織と、鬼の組織が結託することなどありえない。事実、この二つの組織が結託したことは、今まで一度もないのだぞ」

「・・・・・・・・」

 鴉衆は、御政堂に不満を持つ鬼達が、現体制を転覆するために作った組織だと考えられている。

 対照的に、架骸衆は人間の組織で、彼らの目的は、鬼をこの国から追いだすことだろうと推測されていた。

 どちらの組織も、考えられている、という曖昧な言葉しか使えないのは、組織の実態が解明できないからだ。一味を捕まえても、人形のように口を閉ざし、組織の目的を語ろうとしないから、いまだに目的すらわかっていない。


「・・・・それに、久芽里衆くめりしゅうの問題もある」

「久芽里の鬼、ですか・・・・」

 かつては久芽里家も、鬼久や鬼伏と同じぐらいの権威を誇っていた。

 戦うことに慣れていた久芽里家は隠密部隊として、御政堂の暗部の仕事に関わることで、着実にこの地で力を持ったのだ。

 だが先代の御主、貴円様が亡くなったことで、久芽里は力を失った。

 久芽里家の力を恐れた張乾御主が、一族を京月から追いだしたからだ。

 久芽里は京月に近づいてはならないと御触れを出され、痩せた土地に追いやられてしまった。

 だが数が増えた久芽里の一族が、また痩せた土地に戻ったところで、生きていけるはずがない。

 張乾御主の圧力で、正式な仕事に就くことができなくなった久芽里の鬼達は、仕方なく裏社会に落ちて、密輸などに手を染めるようになったらしい。

 そしていつの間にか、久芽里衆と呼ばれるようになっていた。

 当然、刑門部に追われる身だが、市井の人間からは、義賊のように思われ、ありがたがられている。

 普通の流通では、品物には高い関税がかけられる。だが久芽里衆は他地域から仕入れた品物を、違法に安く売りさばいていた。その安さが、町の人達の生活の助けになっているのだ。


「御主は、久芽里衆が町に近づくことを嫌っている。久芽里衆は、絶対に京月に入れるな」

「・・・・はい」

「もう知ってると思うが、明日、花嫁達が国柱神宮に参拝に行く」

 国柱神宮は、この国に一番古くからある神社だ。鬼廻一族と、常宮一族の先祖が祀られている。

「人手が足りないから、お前の力も借りたい」

「わかりました」

「それと並行して、討政活動にも、目を光らせてくれ」

「もちろん、そのつもりです」

 俺は頭を下げ、立ち上がった。

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