鬼の花嫁

炭田おと

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21_目標達成!だけど・・・

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「――――捜していたお方は、あの方で間違いありませんか、勇啓様」


 白鳥の庭園の垣根の影から、桜の木の側に立つ凛帆様達の後ろ姿を見つめながら、私は隣に立つ勇啓様に話しかけた。

「・・・・ああ、間違いない」

 勇啓様は呟く。

「・・・・・・・・」

 勇啓様は凛帆様を見つめ、そんな勇啓様を、鬼久頭代が見守っている。

「話しかけないんですか?」

「・・・・いや、やめておく」

 しばらく考え、勇啓様はそう言った。私は、その答えに驚く。

「どうしてですか? 必死になって、捜していらっしゃったのに」

「確かに捜していた。どうしても礼が言いたくて。――――でも、彼女が閻魔の花嫁だと知り、考えが変わった。・・・・話しかければ、迷惑をかけることになってしまうかもしれない」

「迷惑? どうしてですか?」

 助けてくれた、お礼を言うだけ。それが、迷惑をかけることになるとは思えない。

「・・・・彼女は、閻魔の花嫁なんだ。儀式の間は、私的に男と会うことは禁じられている。たとえ、相手が親兄弟だったとしてもだ。そんな状況で、万が一、おかしな噂でも立てられたりしたら――――噂というものは、馬鹿にできないからな」

「ここにいるのは、俺達だけです。誰かに気兼ねをする必要はありませんよ」

「だとしてもだ。一度知り合いになれば、出くわせば目礼したり、目が合えば、笑いかけたりもする。そういった表情の変化を、目敏く見つける者はいるものだ。笑いかけることに、特に深い意味はないのに、深読みして、噂を拡大させていく。・・・・閻魔の花嫁という、重要な役割を任された彼女にとっては、その小さな噂が命取りになってしまうんだ。梅の廓で育ったから、小さな噂が取り返しがつかない結果になった事例を、よく見てきた」

「・・・・・・・・」

「だから話しかけないほうがいいだろう。・・・・それが彼女のためだ」

 勇啓様は、話を溜息で締め括った。

「・・・・彼女が桜の廓を出る日に、もし会うことができるのなら、その時に礼を伝えよう」

 勇啓様は、気持ちに区切りをつけることができたようだった。思い悩んでいた顔が、今はすっきりとした笑顔になっている。

 そして勇啓様は、私に向き直った。

「・・・・礼を言う。名前は・・・・御嶌逸禾さん、だったな」

「はい、桜下女として働いています」

「君のおかげで、命の恩人を見つけることができた。――――感謝する」

 真っ直ぐな眼差しや、真っ直ぐな言葉は、勇啓様の一本気な性格を表している。

「なにか、礼をしなければなるまいな。君は、どんなものが欲しい?」

「え? いえ、私は・・・・」

「いいえ、御嶌と取引したのは俺です。ですから、俺が報酬を払います」

 鬼久頭代が、話を遮る。

「そうか。それはよかった」

「これからどうしますか?」

「俺はここに残る。何が起こるかわからないから、彼女達が無事に御政堂に戻れるよう、見守らなければ。・・・・燿茜達は、先に帰ってくれ」

「わかりました。――――御嶌」

「は、はい」

「御政堂まで送る。行くぞ」

 私の返事を聞かずに、鬼久頭代は歩き出してしまう。

「そ、それでは、勇啓様、失礼します」

 私も頭を下げて、急いで鬼久頭代を追いかけた。





「・・・・今回のこと、礼を言う」

 白鳥の庭園を出たあたりで、鬼久頭代が話しかけてきた。

「いえ、報酬をもらうためですから、お礼を言われるようなことではありません」

 そう答えると、なぜか鬼久頭代の口の端が、わずかに上がる。

「・・・・なんでしょう?」

「正直、ここまでするとは思っていなかった。面白い」

「・・・・・・・・」

 鬼久頭代は微笑んでいた。

 まるで感情が欠けているように、いつも表情が変わらない人だから、こんな風に笑うこともあるのかと、私は不思議な気持ちになる。

「それで、この傷は?」

「え?」

 不意に腕をつかまれて、ぎょっとする。


 腕を持ち上げられたことで、袖が上がり、前腕に巻かれた包帯が露わになる。

「せ、洗濯物を取るときに、枝が引っかかったんです。深い傷ではありません」

 傷のことは鬼久頭代には黙っていたし、包帯も袖で隠れていたはずなのに、どうして気づかれたのかと、少し動揺しながら、嘘をついた。

「気を付けろ。傷が残ることもある」

「は、はい」

 そして私達はまた、歩き出す。

 寒さを感じて、私は両腕を抱きしめた。

 鬼久頭代と勇啓様に、凛帆様が桜の廓の外に出たことを伝えなければと必死で、羽織るものを持ってくるのを忘れてしまっていた。


「・・・・!」

 鬼久頭代が、肩に何かをかけてくれた。


 見下ろして、それが鬼久頭代の上着だということを知る。


「それを着るといい」

「いえ、でも、それでは鬼久頭代が・・・・」

「鬼は人間よりも頑丈だ。風邪を引かれたら困る」

「・・・・ありがとうございます」

 断り続けるのは、逆に迷惑になるかもしれないと思って、私は素直に好意に甘えることにした。

 上着のおかげで、身体が温まってくる。


(歩く歩調を合わせてくれてるんだ)

 鬼久頭代と歩く速度が同じだということに気づいて、少し戸惑った。

 鬼久頭代のほうが背が高くて足が長いから、歩く速度は、鬼久頭代のほうが速いはずだ。だけど、私はいつもの歩調で歩けている。鬼久頭代が、私が歩く速度に合わせてくれているからだった。

(自分勝手なのか、優しいのか、よくわからない人だ・・・・)

 私に拒否権はないと断言したり、返事を聞かなかったりと、自分勝手なのかと思いきや、時々優しさを見せてくれる。本当によくわからない人だった。

(だけど、想像していた人とは違うみたい)

 最初は、今まで耳にしていた噂から、怖い人だと思い込んでいた。だから目を付けられた時は、とんでもないことになったと思っていたけれど、今はこの人に恐れを感じていない。

 しんしんと降る雪は、陽の光がないことをいいことに、京月の町を白で染め上げようとしている。

 私と鬼久頭代は、雪が積もりはじめた道を、並んで、ゆっくりと歩いた。

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