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31_不法侵入者がいます
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「ふう・・・・」
人気のない場所に来て、私は一息ついた。
花蘇芳の宮で、私達は何時間も、佳景様の機嫌がよくなるよう、佳景様の無理難題に耐え続けなければならなかった。
歌が上手な女中が歌ったり、踊ったりすることで、場を盛り上げてくれて、なんとか佳景様の機嫌を直すことができた。そして、佳景様の機嫌がいいうちに、私達はそそくさと花蘇芳の宮を出て、ここまで逃げてきたのだ。
宴会場では、人の熱気が満ちていたから、人気のない場所に来ると、春の涼しさが感じられる。そよ風を全身で感じるため、私は大きく伸びをした。
「・・・・かなりこき使われたみたいだな」
聞き慣れた声が屋根の上から落ちてきた。
ハッとして、私は顔を上げる。
「夜堵!」
塀の屋根の、灰色の丸瓦の上に、夜堵が座っていた。
しばらくの間、どうして夜堵がここにいるのか、混乱して、声が出てこなかった。
「な、何を考えてるの? 御政堂に侵入するなんて!」
「まだ塀と屋根の上しか歩いてないから、不法侵入じゃない」
「十分不法侵入だから!」
夜堵は、事態を深刻にとらえていないのか、笑っている。
「京月に戻ってくるだけでもまずいのに、御政堂にまで入り込むなんて、何を考えてるの!」
久芽里の鬼は、京月に立ち入ることを禁じられている。
それでも夜堵は平然と京月に戻ってきて、私もそれを見逃していたけれど、さすがに御政堂にまで入ってくるとなると、話が変わってくる。
「見つかったら、どうするつもり!?」
「大丈夫、見つからないよ」
「・・・・その謎の自信は、どこから湧いてくるの?」
夜堵の、この自信が憎たらしい。
夜堵は、昔、隠密の仕事に関わっていて、その時に身についた技能なのか、足音を立てずに移動したり、気配を消すことが得意だった。
だからいつの間にか消えたと思ったら、反対に、気配を感じなかったのにすぐ側にいるということも、よくある。心臓に悪いけれど、本人には私を驚かせるつもりはなく、無意識のうちにそうしてしまっているようだった。
「それで? 仕事にはもう慣れたの?」
「うん、なんとか・・・・」
夜堵は屋根の上から、降りるつもりはないらしい。一応、屋根から下りなければ侵入じゃないという、夜堵なりの謎の決まりには従うつもりのようだ。
「なんか、色々あったみたいだな。白鳥の庭園で、南鬼の御主が襲撃されて、北鬼の御主の息子が怪我したって聞いたよ」
「そうなの。びっくりしたよ」
「まあ、御政堂にいる穏葉には関係ないことだろうけど」
「・・・・・・・・」
――――言えない。なんだか不運が続いて、その襲撃に巻き込まれたことや、鬼久頭代と取引して、働き口を捜してもらっていることなんて、言えない。どう説明すればいいのか、わからなかった。
「女中の仕事に慣れたみたいで、なによりだよ。それで? 今後どうするか、決めたの?」
「具体的なことは、まだ何も。だけど――――」
その時不意に、夜堵の表情が険しくなった。
夜堵の視線は私から外れ、遠くに向けられる。ただならぬ空気を感じて、私も緊張した。
「・・・・どうしたの?」
「・・・・悪い。やべーのに見つかったみたい」
私は後ろを振り返る。
だけど、誰の姿も見えなかった。
「・・・・誰もいないよ?」
「まだ距離があるから。俺は隠れるから、穏葉はここを離れて」
「わかった。気を付けてね」
夜堵は小さく笑って、後ろに下がった。暗闇が夜堵の身体を隠したと思ったら、もう夜堵の気配は消えていた。
人気のない場所に来て、私は一息ついた。
花蘇芳の宮で、私達は何時間も、佳景様の機嫌がよくなるよう、佳景様の無理難題に耐え続けなければならなかった。
歌が上手な女中が歌ったり、踊ったりすることで、場を盛り上げてくれて、なんとか佳景様の機嫌を直すことができた。そして、佳景様の機嫌がいいうちに、私達はそそくさと花蘇芳の宮を出て、ここまで逃げてきたのだ。
宴会場では、人の熱気が満ちていたから、人気のない場所に来ると、春の涼しさが感じられる。そよ風を全身で感じるため、私は大きく伸びをした。
「・・・・かなりこき使われたみたいだな」
聞き慣れた声が屋根の上から落ちてきた。
ハッとして、私は顔を上げる。
「夜堵!」
塀の屋根の、灰色の丸瓦の上に、夜堵が座っていた。
しばらくの間、どうして夜堵がここにいるのか、混乱して、声が出てこなかった。
「な、何を考えてるの? 御政堂に侵入するなんて!」
「まだ塀と屋根の上しか歩いてないから、不法侵入じゃない」
「十分不法侵入だから!」
夜堵は、事態を深刻にとらえていないのか、笑っている。
「京月に戻ってくるだけでもまずいのに、御政堂にまで入り込むなんて、何を考えてるの!」
久芽里の鬼は、京月に立ち入ることを禁じられている。
それでも夜堵は平然と京月に戻ってきて、私もそれを見逃していたけれど、さすがに御政堂にまで入ってくるとなると、話が変わってくる。
「見つかったら、どうするつもり!?」
「大丈夫、見つからないよ」
「・・・・その謎の自信は、どこから湧いてくるの?」
夜堵の、この自信が憎たらしい。
夜堵は、昔、隠密の仕事に関わっていて、その時に身についた技能なのか、足音を立てずに移動したり、気配を消すことが得意だった。
だからいつの間にか消えたと思ったら、反対に、気配を感じなかったのにすぐ側にいるということも、よくある。心臓に悪いけれど、本人には私を驚かせるつもりはなく、無意識のうちにそうしてしまっているようだった。
「それで? 仕事にはもう慣れたの?」
「うん、なんとか・・・・」
夜堵は屋根の上から、降りるつもりはないらしい。一応、屋根から下りなければ侵入じゃないという、夜堵なりの謎の決まりには従うつもりのようだ。
「なんか、色々あったみたいだな。白鳥の庭園で、南鬼の御主が襲撃されて、北鬼の御主の息子が怪我したって聞いたよ」
「そうなの。びっくりしたよ」
「まあ、御政堂にいる穏葉には関係ないことだろうけど」
「・・・・・・・・」
――――言えない。なんだか不運が続いて、その襲撃に巻き込まれたことや、鬼久頭代と取引して、働き口を捜してもらっていることなんて、言えない。どう説明すればいいのか、わからなかった。
「女中の仕事に慣れたみたいで、なによりだよ。それで? 今後どうするか、決めたの?」
「具体的なことは、まだ何も。だけど――――」
その時不意に、夜堵の表情が険しくなった。
夜堵の視線は私から外れ、遠くに向けられる。ただならぬ空気を感じて、私も緊張した。
「・・・・どうしたの?」
「・・・・悪い。やべーのに見つかったみたい」
私は後ろを振り返る。
だけど、誰の姿も見えなかった。
「・・・・誰もいないよ?」
「まだ距離があるから。俺は隠れるから、穏葉はここを離れて」
「わかった。気を付けてね」
夜堵は小さく笑って、後ろに下がった。暗闇が夜堵の身体を隠したと思ったら、もう夜堵の気配は消えていた。
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