鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
33 / 86

31_不法侵入者がいます

しおりを挟む
「ふう・・・・」

 人気のない場所に来て、私は一息ついた。

 花蘇芳の宮で、私達は何時間も、佳景様の機嫌がよくなるよう、佳景様の無理難題に耐え続けなければならなかった。

 歌が上手な女中が歌ったり、踊ったりすることで、場を盛り上げてくれて、なんとか佳景様の機嫌を直すことができた。そして、佳景様の機嫌がいいうちに、私達はそそくさと花蘇芳の宮を出て、ここまで逃げてきたのだ。

 宴会場では、人の熱気が満ちていたから、人気のない場所に来ると、春の涼しさが感じられる。そよ風を全身で感じるため、私は大きく伸びをした。


「・・・・かなりこき使われたみたいだな」

 聞き慣れた声が屋根の上から落ちてきた。

 ハッとして、私は顔を上げる。


夜堵やと!」


 塀の屋根の、灰色の丸瓦の上に、夜堵が座っていた。


 しばらくの間、どうして夜堵がここにいるのか、混乱して、声が出てこなかった。

「な、何を考えてるの? 御政堂に侵入するなんて!」

「まだ塀と屋根の上しか歩いてないから、不法侵入じゃない」

「十分不法侵入だから!」

 夜堵は、事態を深刻にとらえていないのか、笑っている。

「京月に戻ってくるだけでもまずいのに、御政堂にまで入り込むなんて、何を考えてるの!」

 久芽里くめりの鬼は、京月に立ち入ることを禁じられている。

 それでも夜堵は平然と京月に戻ってきて、私もそれを見逃していたけれど、さすがに御政堂にまで入ってくるとなると、話が変わってくる。

「見つかったら、どうするつもり!?」

「大丈夫、見つからないよ」

「・・・・その謎の自信は、どこから湧いてくるの?」

 夜堵の、この自信が憎たらしい。

 夜堵は、昔、隠密の仕事に関わっていて、その時に身についた技能なのか、足音を立てずに移動したり、気配を消すことが得意だった。

 だからいつの間にか消えたと思ったら、反対に、気配を感じなかったのにすぐ側にいるということも、よくある。心臓に悪いけれど、本人には私を驚かせるつもりはなく、無意識のうちにそうしてしまっているようだった。


「それで? 仕事にはもう慣れたの?」

「うん、なんとか・・・・」

 夜堵は屋根の上から、降りるつもりはないらしい。一応、屋根から下りなければ侵入じゃないという、夜堵なりの謎の決まりには従うつもりのようだ。

「なんか、色々あったみたいだな。白鳥の庭園で、南鬼の御主が襲撃されて、北鬼の御主の息子が怪我したって聞いたよ」

「そうなの。びっくりしたよ」

「まあ、御政堂にいる穏葉には関係ないことだろうけど」

「・・・・・・・・」


 ――――言えない。なんだか不運が続いて、その襲撃に巻き込まれたことや、鬼久頭代と取引して、働き口を捜してもらっていることなんて、言えない。どう説明すればいいのか、わからなかった。


「女中の仕事に慣れたみたいで、なによりだよ。それで? 今後どうするか、決めたの?」

「具体的なことは、まだ何も。だけど――――」


 その時不意に、夜堵の表情が険しくなった。


 夜堵の視線は私から外れ、遠くに向けられる。ただならぬ空気を感じて、私も緊張した。


「・・・・どうしたの?」

「・・・・悪い。やべーのに見つかったみたい」

 私は後ろを振り返る。


 だけど、誰の姿も見えなかった。


「・・・・誰もいないよ?」

「まだ距離があるから。俺は隠れるから、穏葉はここを離れて」

「わかった。気を付けてね」

 夜堵は小さく笑って、後ろに下がった。暗闇が夜堵の身体を隠したと思ったら、もう夜堵の気配は消えていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...