鬼の花嫁

炭田おと

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39_事件のあらまし_耀茜視点

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「今回のこと、ご苦労だったな、燿茜」


 御政堂襲撃という前代未聞の一件の翌日、事後処理を終えた俺は、長老の間に呼び出されていた。

「お前のおかげで、被害を最小限に防ぐことができた」

「いえ、危険物を御政堂に入れてしまったばかりか、賊の侵入まで許してしまいました」

「爆薬の件については、仕方ない。・・・・貢物の内容物の検査は、奔伝ほうでんがするはずだった」

 御政堂の中に不審物が持ち込まれないよう、すべての貢物はいったん、一か所に集められ、一つ一つ、役人が確かめるはずだった。

 その役割を任されたのは、礼門部卿の奔伝長老だったが、その手順に不手際があり、爆発物が内部に持ち込まれてしまったのだ。

「奴が共犯者である可能性もあるから、捕らえて、地下牢に入れておいた。話が聞きたいのなら、地下へ行け」

 その言葉どおり、長老の間に、奔伝長老の姿はない。

「今回の件、鴉衆が背後にいると聞いているが?」

「まだ断定はできませんが、半数の襲撃者の身体の一部に、鴉衆の一味であることを示す入れ墨が確認できました。だから、その可能性が高いでしょう」

「・・・・侵入経路はわかったか?」

「塀に、縄梯子がかけられていました。鴉衆の一味はまず、爆薬に火をつけ、爆発に驚いた武官達が桜の廓に集まってきた隙に、手薄になった場所に縄梯子をかけ、外の仲間を、御政堂の中に招き入れたようです」

 長老達が瞠目する。

「・・・・つまりあの時点ですでに、賊が中に入り込んでいた、ということだな?」

「ええ、そうです。その人物がどのように御政堂の中に侵入したのか、それは現時点では不明です」

「火薬が仕掛けられていたのが、久遠家の貢物だったため、久遠が協力していたのではという噂が、広がっているが・・・・」

「それはあまりに短絡的な考えでしょう。自分の貢物に爆薬を仕掛けますか? もし鴉衆が協力者を得て、今回の件を引き起こしたのなら、久遠だけじゃなく、奔伝長老も引き入れていたはずです。ですが奔伝長老を操れるのなら、わざわざ久遠の貢物に爆発物を仕掛ける必要はありません。関係のない第三者の貢物に爆薬を仕掛ければ、しばらくは捜査の目を誤魔化せるはずです」

「それもそうだな・・・・」

「それに、久遠崔落のような狡猾な男が、こんな安直な作戦を立てるはずがありません。明らかに、別の者の仕業でしょう」

「では、奔伝が怪しいか? 奴は野心家で、御主との関係に問題を抱えていた。動機はある。だが本人はいまだに、自分は、今回の襲撃には何も関わっていないと主張しておるようだが・・・・」

「それはおそらく事実だろうと、俺は考えています」

「どうしてそう思う?」

「奔伝長老の家を捜索したところ、蔵に高価なものを溜め込んでいました。長老の俸禄ほうろくだけでは、あれだけ蓄財できるとは思えません。おそらく、礼門部卿という立場を利用し、長年、賄賂を受け取っていたのでしょう。今回のことも、御主に秘密裏に品物を送りたいと持ち掛けられ、賄賂と引き換えに、危険物を御政堂の中に持ち込んでしまったのではないでしょうか?」

 御主の身を護るため、品を送るには、厳しい審査を通らなければならない。そういった手順を抜きにして、秘密裏に御主や御台所に品を送りたいと思っている者は、多くいる。

「敵の狙いが御政堂の破壊だとは、奔伝長老も予想できていなかったはず」

「・・・・なるほど。奴は金にがめつかったからな。・・・・しかし、中を確かめなかったのだろうか」

「一応、確かめたと思います。ですが火薬は、壺の二重底などに、巧妙に隠されてあった。見つけられなかったんでしょう。・・・・あくまでもこれは、俺個人の推測です。奔伝長老が襲撃に関わっていないとは、今の段階では断言できません」

 久遠にも奔伝長老にも、どちらにも動機があり、実行するだけの身分と金がある。しかしながらどちらも、後先考えずに動くほど愚かとは思えなかった。

「今の段階ではなにも言えない、ということか・・・・」

 長老達の口から、溜息が零れた。

「それに、不可解なのは、鴉衆の目的です」

「御主様の命を狙ったのでは?」

「それにしては、火薬の量が中途半端です。あんな量では負傷させることはできても、命を奪うことはできないでしょう。実際に、爆発による死者は、一人もいませんでした。あれは、こちらを驚かせ、動きを鈍らせる目的で仕掛けられたものだと思います」

「・・・・ということは」


「鴉衆は、閻魔堂に侵入しようとしていました。――――狙いが、閻魔にあったことは、明らかです」


「・・・・・・・・」

 話が閻魔堂のことに及ぶと、長老達の表情は、いっそう険しくなった。


「閻魔様が狙われたのだとすれば、南鬼国の者も怪しいぞ。閻魔様は鬼国の御神体であり、象徴だ。閻魔様がいらっしゃる場所が鬼国の中心であるという考えは、国中に広まっているからな」

「南鬼の御主が鴉衆と結託し、閻魔様の奪取を狙ったのでは?」

「くそ、南鬼国の奴らめ、卑怯なやり方を・・・・!」


「そう考えるのは早計です」

 俺が止めると、騒ぎは少しだけ静まる。


「閻魔が奪われる可能性を考えて、南鬼国の者は一切、閻魔堂には近づけないようにしていました。それに襲撃が起こったとき、部下に詠誓えいせい御主を見張らせていましたが、不審な行動はとっていません」

「しかし・・・・」

「南鬼国の御主についても、部下に調査させています。彼らが今回の件に関わっているかどうかは、すぐに判明するでしょう」

 と答えたものの、そんな可能性はないと俺は思っていた。

 南鬼国の詠誓が、こんな露骨なことをするはずがない。

 詠誓が動くならば、当然、自分が疑われる可能性も考慮に入れて、自分達に疑いが向かないように行動するはずだからだ。

「そうか・・・・」

 威竜長老は、顎髭を撫でる。


「わかった。やはり、お前は鋭いな。我々は、お前を全力で支援しよう」


「感謝します。それでは、捜査権を鬼峻隊に与え、刑門部が口を出せないようにしてもらえないでしょうか?」


「待て待て!」


 浪健長老が、慌てて俺の声を遮る。

「今、刑門部と協力して、調査するようにというつもりだったのだぞ! こちらの言葉を先読みして、口封じをしようとするな!」

「ちっ」

「舌打ちをするんじゃない!」

 刑門部と仲良くしろという、いつもの命令を流そうとしたのだが、どうやら失敗したようだ。

「・・・・二つの部署が動けば、現場が混乱します。捜査権を与えるならば、どちらか一つにしてください」

「どちらか一つに捜査権を与えることになれば、我々は、七門部省の一つである刑門部省のほうを選ばざるを得ない。刑門部のほうが、正式な捜査機関なのだぞ」

「鬼峻隊に与えてください」

「お、お前の辞書には、謙虚という言葉はないのか・・・・」

「ないですね」

「・・・・お前の辞書をよこせ。謙虚という言葉を、今すぐ付け加えてやる」

 事件が起こるたびに、毎回、浪健長老とこんなやりとりをしている気がする。


「と、とにかく、刑門部とはできるだけ仲良くするように」

「・・・・わかりました。できるだけ努力します」


 仕方がない。刑門部省のほうが、歴史がある組織だ。とっさに捜査権を与えるのなら、七門部省という権威ある組織のほうに委ねるのは、ごく自然な判断だった。


「それで? まず、手はじめに何をするつもりだ?」

「奔伝長老に話を聞きます」

「しかし、さっき奔伝は利用されただけだと言っていたではないか。直接犯行に関わっていないのならば、引き出せる情報はないだろう」

「いえ、知るべき情報を持っています。聴取の許可をいただけますか?」

「もちろんだ。看守には話を通しておく」

「感謝します」

 俺は立ち上がり、長老の間を後にした。

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