鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
42 / 86

40_強欲の代償_耀茜視点

しおりを挟む

「私は、御主様を殺そうなどと思ったことはない!」


 俺が地下牢に入るなり、奔伝ほうでん長老はいきなり叫んだ。

 地下牢の停滞した空気が、奔伝長老が発した声に動かされ、流れを変える。

「私は無実だ! 燿茜、そのことを御主様に伝えてくれ!」

「だが、あなたが荷物の検査を怠ったせいで、賊が御政堂の中に入り込んだのは事実です」

「そ、それは――――」

「今回のこと、あなたが彼らに手を貸しても、何の得もないことはわかっています。・・・・なのにあなたが彼らに手を貸した理由は一つだろう」

 俺が睨むと、奔伝長老は肩を縮めて、黙ってしまう。

 わかりやすい態度の変化だ。もはや、長老としての威厳は失われている。

 俺は隊士に目配せして、奔伝長老の前に箱を置いた。

「こ、これは?」

「あなたの家の倉庫から、押収した品々だ」

 俺はそれを、奔伝長老のほうへ滑らせる。

 数が多かったため、地下牢の中はあっという間に、品物の箱で埋め尽くされてしまった。中に入っているのはどれも、ケチな奔伝長老が買いそうにない、高価な代物ばかりだ。

「あなたは最近、賄賂を受け取り、貢物を御政堂の中に持ち込んだはずだ。・・・・だが、あなたのがめつさは敵の予想を超えていた。大人しく、すべてを御政堂の中に運び込むことすら、しなかったんだ」

「・・・・!」

 奔伝長老の肩が、痙攣するように震える。

「爆発した箱の他にも、侵入者が火をつけようとした形跡がある箱が残っていた。だがその箱は、爆発しなかった。奇妙に思って中を調べてみたら、贋作であることが発覚した。――――あなたは賄賂を受け取りながら、同時に品物をすり替えて、本物のほうを、自分の懐に入れたようですね」

 奔伝長老は賄賂を受け取るだけでは飽き足らず、中の品物を安物とすり替えて、高価な品物を自分のものにするという、最悪な罪にも手を染めていたようだ。

「・・・・・・・・」

「だが今回ばかりは、あなたのその強欲さのおかげで、被害を押さえることができたようだ。火薬が仕掛けられた箱は、あなたが自分の家に持ち帰ってくれたんですから」

 強欲さを暴かれて、奔伝長老の肩は縮まり、首は顔が見えないほど下がっていく。強欲ではあるが、開き直るほど豪胆ではないようだ。

「あなたが今までその方法で、どれだけ蓄財したのか、俺にはどうでもいいことだ。それよりも重要なのは、この中のどの品物が、貢物として持ち込まれようとしていたのか、という点です」

「・・・・・・・・」

「今さら口を閉ざしたところで、意味はありませんよ。それよりも大人しく捜査に協力したほうが、御主のあなたにたいする印象も、多少マシになるでしょう」

 その言葉が決定打になったのか、奔伝長老はようやく口を開いてくれた。


「・・・・これだ」


 奔伝長老が選んだのは、木箱だった。

 箱を開けてみると、中には茶器が入っていた。

 模様や形状から察するに、おそらく南鬼製の壺だろう。茶器には詳しくないが、一目でそれなりに値が張るものだとわかる。


(密輸入で持ち込まれたものか)

 北鬼と南鬼は停戦条約を結んだものの、関税に関して合意できなかったので、まだ貿易は再開されていない。南鬼の品物がここにあるということは、何者かが秘密裏に、南鬼から持ってきたということだった。

(・・・・南鬼国の代物だとなると、厄介だな)

 北鬼国原産のものならば、ある程度出所を特定することができる。

 だが、南鬼国の物となるとそれが難しい。密輸入に関わっている組織が、数えきれないほどあるからだ。


「本当だ! 嘘は言っていない!」

 奔伝長老は、俺が黙りこんでいることに焦ったらしい。

「だから、御主様に会わせてくれ! 私の口から直接、釈明したいんだ!」

(奔伝からは、これ以上聞きだせることは何もなさそうだな)

 これで奔伝長老が利用されただけということがはっきりした。長老の一人なのに、情けないことだ。


「鬼久頭代」

 そのとき、看守が独房の中に入ってきた。


「刑門部卿がいらっしゃってます。奔伝長老から聴取したいとのことです」

「・・・・・・・・」

 諒影と顔を合わせるのは面倒だ。俺は地下牢を出ることに決めた。

「待ってくれ! 御主様に会わせてくれるという約束はどうなった?」

「そんな約束をした覚えはありません」

「そんな・・・・!」

「御主はご立腹だ。あなたの顔など、見たくはないだろう」

「・・・・・・・・」


「だが、あなたが捜査に協力したことだけは、御主に伝えておきます。それでわずかながら、減刑されることになるかもしれません」


 語ることは、それで十分だろう。


 俺は項垂れる奔伝長老を一瞥して、独房を出た。





「なにか聞きだせた?」

 御政堂を出ると、翔肇と明獅が俺を待っていた。

「・・・・いや、なにも」

「なんだよー、長老のくせに役立たずだなー」

「欲に目が眩んで、賊の手伝いをしちゃってる時点で、役立たずを超えてるんだけどね」

「襲撃者は、南鬼の壺を北鬼に持ち込み、爆薬を仕掛けていた。北鬼の品を使わなかったのは、出所を特定されることを避けるためだろう」

「ということは、密輸入をしている組織から仕入れたのかもしれないな。裏家業に関わっている反社会組織といえば、三船衆みふねしゅう山高組やまだかぐみか――――久芽里衆か」

 密輸入をしていると噂されている組織で、有名なのは、三船衆か山高組、そして久芽里衆だろう。

「・・・・それで、どうする、燿茜」

「奔伝の情報が役に立たない以上、次の策に移るしかない」

「あるのか?」

「そのために、わざと奴を逃がした」

「奴・・・・?」

 翔肇の視線は、それが誰のことなのか探って、しばらく彷徨っていた。

「あ! もしかして、逃がした男のことか!?」

「そうだ。身長は一般人よりも頭一つ分大きく、顔には傷がある。どこにいても目立つ男だったから、わざと逃がした」

「どうしてそんなことを・・・・」

「この事件の背後にいるのは、鴉衆からすしゅうだ。だが、鴉衆の頭目である侠千きょうせんは、出てこなかった。手下を送り込み、高みの見物をしてたんだろう。あの場であの鬼を捕まえても、結局はトカゲのしっぽ切りになり、侠千の逮捕には繋がらない。だがわざと逃がせば、あの鬼は侠千のところへ戻ろうとするだろう。そのほうが、鴉衆のねぐらを突きとめられる可能性が高いと考えた」

「だからって、また無茶なことを・・・・というか、すごいな。あの一瞬で、そこまで考えてたのか」

 翔肇は呆れていいのか、怒るべきなのか、迷っている様子だ。

「わざと逃がしたのがばれたら、降格じゃすまないぞ。それに、男を見つけられなかったらどうするつもりなんだ?」

「遠くまで逃げられないように、足に怪我を負わせた。すぐに周辺の隊士にそのことを知らせ、血の痕跡をたどるように伝えておいた。・・・・仲間がいたのか、それとも逃げ足が速かったのか、捕まえることはできなかったが、血の痕跡は見つけてある。だからある程度、潜伏先を絞ることができたんだ」

「じゃ、そこに隊士を張りつかせてるの?」

「そうだ。あの鬼の仲間も、同じ場所に潜伏しているだろう。怪しげな鬼を見つけたら、報告するように言ってある」

「いや、怪しげな鬼ってだけじゃ・・・・」

「すぐに見つかるさ」

 俺は笑う。

「どうしてそう言いきれる? 目立つって言っても、用心してるだろうし・・・・」

「鬼峻隊の隊士達を信じろ。賢くはないが、胡乱な人間や鬼を見分ける嗅覚に関しては、鬼峻隊の隊士の右に出る者はいない。そうだろ?」

 翔肇は苦笑する。

「・・・・賢くないって言ってやるなよ。考えることを放棄した分の力を、別の方向に使ってるだけだ。それに素直だしな」

「そうだな。・・・・待つのは性に合わないが、今は報告を待つしかない」

「燿茜も冷静なように見えて、実際は明獅と同じ、猪突猛進の脳筋だから、こんな時にじっとしてるのは苦手だろ?」

「誰が脳筋だ」

「それじゃ今は、報告を待つしかないか」


 翔肇は腕を伸ばす。


「のんびり、待って――――」

「のんびりはできないぞ。まだ他にすることが、山ほどある」

「・・・・ですよねえ」

 すぐに翔肇の首は、項垂れてしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...