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40_強欲の代償_耀茜視点
しおりを挟む「私は、御主様を殺そうなどと思ったことはない!」
俺が地下牢に入るなり、奔伝長老はいきなり叫んだ。
地下牢の停滞した空気が、奔伝長老が発した声に動かされ、流れを変える。
「私は無実だ! 燿茜、そのことを御主様に伝えてくれ!」
「だが、あなたが荷物の検査を怠ったせいで、賊が御政堂の中に入り込んだのは事実です」
「そ、それは――――」
「今回のこと、あなたが彼らに手を貸しても、何の得もないことはわかっています。・・・・なのにあなたが彼らに手を貸した理由は一つだろう」
俺が睨むと、奔伝長老は肩を縮めて、黙ってしまう。
わかりやすい態度の変化だ。もはや、長老としての威厳は失われている。
俺は隊士に目配せして、奔伝長老の前に箱を置いた。
「こ、これは?」
「あなたの家の倉庫から、押収した品々だ」
俺はそれを、奔伝長老のほうへ滑らせる。
数が多かったため、地下牢の中はあっという間に、品物の箱で埋め尽くされてしまった。中に入っているのはどれも、ケチな奔伝長老が買いそうにない、高価な代物ばかりだ。
「あなたは最近、賄賂を受け取り、貢物を御政堂の中に持ち込んだはずだ。・・・・だが、あなたのがめつさは敵の予想を超えていた。大人しく、すべてを御政堂の中に運び込むことすら、しなかったんだ」
「・・・・!」
奔伝長老の肩が、痙攣するように震える。
「爆発した箱の他にも、侵入者が火をつけようとした形跡がある箱が残っていた。だがその箱は、爆発しなかった。奇妙に思って中を調べてみたら、贋作であることが発覚した。――――あなたは賄賂を受け取りながら、同時に品物をすり替えて、本物のほうを、自分の懐に入れたようですね」
奔伝長老は賄賂を受け取るだけでは飽き足らず、中の品物を安物とすり替えて、高価な品物を自分のものにするという、最悪な罪にも手を染めていたようだ。
「・・・・・・・・」
「だが今回ばかりは、あなたのその強欲さのおかげで、被害を押さえることができたようだ。火薬が仕掛けられた箱は、あなたが自分の家に持ち帰ってくれたんですから」
強欲さを暴かれて、奔伝長老の肩は縮まり、首は顔が見えないほど下がっていく。強欲ではあるが、開き直るほど豪胆ではないようだ。
「あなたが今までその方法で、どれだけ蓄財したのか、俺にはどうでもいいことだ。それよりも重要なのは、この中のどの品物が、貢物として持ち込まれようとしていたのか、という点です」
「・・・・・・・・」
「今さら口を閉ざしたところで、意味はありませんよ。それよりも大人しく捜査に協力したほうが、御主のあなたにたいする印象も、多少マシになるでしょう」
その言葉が決定打になったのか、奔伝長老はようやく口を開いてくれた。
「・・・・これだ」
奔伝長老が選んだのは、木箱だった。
箱を開けてみると、中には茶器が入っていた。
模様や形状から察するに、おそらく南鬼製の壺だろう。茶器には詳しくないが、一目でそれなりに値が張るものだとわかる。
(密輸入で持ち込まれたものか)
北鬼と南鬼は停戦条約を結んだものの、関税に関して合意できなかったので、まだ貿易は再開されていない。南鬼の品物がここにあるということは、何者かが秘密裏に、南鬼から持ってきたということだった。
(・・・・南鬼国の代物だとなると、厄介だな)
北鬼国原産のものならば、ある程度出所を特定することができる。
だが、南鬼国の物となるとそれが難しい。密輸入に関わっている組織が、数えきれないほどあるからだ。
「本当だ! 嘘は言っていない!」
奔伝長老は、俺が黙りこんでいることに焦ったらしい。
「だから、御主様に会わせてくれ! 私の口から直接、釈明したいんだ!」
(奔伝からは、これ以上聞きだせることは何もなさそうだな)
これで奔伝長老が利用されただけということがはっきりした。長老の一人なのに、情けないことだ。
「鬼久頭代」
そのとき、看守が独房の中に入ってきた。
「刑門部卿がいらっしゃってます。奔伝長老から聴取したいとのことです」
「・・・・・・・・」
諒影と顔を合わせるのは面倒だ。俺は地下牢を出ることに決めた。
「待ってくれ! 御主様に会わせてくれるという約束はどうなった?」
「そんな約束をした覚えはありません」
「そんな・・・・!」
「御主はご立腹だ。あなたの顔など、見たくはないだろう」
「・・・・・・・・」
「だが、あなたが捜査に協力したことだけは、御主に伝えておきます。それでわずかながら、減刑されることになるかもしれません」
語ることは、それで十分だろう。
俺は項垂れる奔伝長老を一瞥して、独房を出た。
「なにか聞きだせた?」
御政堂を出ると、翔肇と明獅が俺を待っていた。
「・・・・いや、なにも」
「なんだよー、長老のくせに役立たずだなー」
「欲に目が眩んで、賊の手伝いをしちゃってる時点で、役立たずを超えてるんだけどね」
「襲撃者は、南鬼の壺を北鬼に持ち込み、爆薬を仕掛けていた。北鬼の品を使わなかったのは、出所を特定されることを避けるためだろう」
「ということは、密輸入をしている組織から仕入れたのかもしれないな。裏家業に関わっている反社会組織といえば、三船衆や山高組か――――久芽里衆か」
密輸入をしていると噂されている組織で、有名なのは、三船衆か山高組、そして久芽里衆だろう。
「・・・・それで、どうする、燿茜」
「奔伝の情報が役に立たない以上、次の策に移るしかない」
「あるのか?」
「そのために、わざと奴を逃がした」
「奴・・・・?」
翔肇の視線は、それが誰のことなのか探って、しばらく彷徨っていた。
「あ! もしかして、逃がした男のことか!?」
「そうだ。身長は一般人よりも頭一つ分大きく、顔には傷がある。どこにいても目立つ男だったから、わざと逃がした」
「どうしてそんなことを・・・・」
「この事件の背後にいるのは、鴉衆だ。だが、鴉衆の頭目である侠千は、出てこなかった。手下を送り込み、高みの見物をしてたんだろう。あの場であの鬼を捕まえても、結局はトカゲのしっぽ切りになり、侠千の逮捕には繋がらない。だがわざと逃がせば、あの鬼は侠千のところへ戻ろうとするだろう。そのほうが、鴉衆のねぐらを突きとめられる可能性が高いと考えた」
「だからって、また無茶なことを・・・・というか、すごいな。あの一瞬で、そこまで考えてたのか」
翔肇は呆れていいのか、怒るべきなのか、迷っている様子だ。
「わざと逃がしたのがばれたら、降格じゃすまないぞ。それに、男を見つけられなかったらどうするつもりなんだ?」
「遠くまで逃げられないように、足に怪我を負わせた。すぐに周辺の隊士にそのことを知らせ、血の痕跡をたどるように伝えておいた。・・・・仲間がいたのか、それとも逃げ足が速かったのか、捕まえることはできなかったが、血の痕跡は見つけてある。だからある程度、潜伏先を絞ることができたんだ」
「じゃ、そこに隊士を張りつかせてるの?」
「そうだ。あの鬼の仲間も、同じ場所に潜伏しているだろう。怪しげな鬼を見つけたら、報告するように言ってある」
「いや、怪しげな鬼ってだけじゃ・・・・」
「すぐに見つかるさ」
俺は笑う。
「どうしてそう言いきれる? 目立つって言っても、用心してるだろうし・・・・」
「鬼峻隊の隊士達を信じろ。賢くはないが、胡乱な人間や鬼を見分ける嗅覚に関しては、鬼峻隊の隊士の右に出る者はいない。そうだろ?」
翔肇は苦笑する。
「・・・・賢くないって言ってやるなよ。考えることを放棄した分の力を、別の方向に使ってるだけだ。それに素直だしな」
「そうだな。・・・・待つのは性に合わないが、今は報告を待つしかない」
「燿茜も冷静なように見えて、実際は明獅と同じ、猪突猛進の脳筋だから、こんな時にじっとしてるのは苦手だろ?」
「誰が脳筋だ」
「それじゃ今は、報告を待つしかないか」
翔肇は腕を伸ばす。
「のんびり、待って――――」
「のんびりはできないぞ。まだ他にすることが、山ほどある」
「・・・・ですよねえ」
すぐに翔肇の首は、項垂れてしまった。
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