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43_慇懃無礼な人には気を付けましょう_前半
しおりを挟む急いで木蔦の宮に戻り、着替えをすませたところで、諒影が敷地内に入ってくるのが見えた。
「昨夜は、失礼しました」
御簾越しに向かい合って、諒影は開口一番に、そう言った。
「気分を害されたことでしょう」
「・・・・ううん、気にしてない」
居心地の悪さを感じながら、私は言葉を捜す。
「今日は、謝りに来たの?」
「ええ、確認のためとはいえ、失礼なことをしましたから。お詫びに、京月で有名な和菓子を持ってきたので、後で食べてください」
「ありがとう」
相変わらず、諒影はまめだ。昨日のような緊急事態じゃない限り、諒影はいつも、お菓子やお茶などの手土産を持ってきてくれた。それも適当に選んだものじゃなく、京月で美味しいと有名な店の品物を持ってきてくれるのだ。
(・・・・てっきり、あらためて追及されるのかと思ってた)
諒影がもう一度、ここに来ると聞いて、昨夜のことを追及されるのだと思って、緊張していた。
でも、違っていたようだ。
諒影は、不思議な鬼だ。手柄を誇ることをせず、常に目立たないように心掛けているところがある。
(どうして色々、気を使ってくれるんだろう?)
鬼廻一族の大半の人が、私のことを腫物だと思っている。
いや、違う、それ以前に私に関心がない。私の名前を聞けば、そう言えば梅の廓の隅に、そんな名前の女性がいた、と思い出す程度で、すぐに忘れてしまう。――――私はここでは、その程度の存在だった。
だけど諒影は、違うようだ。少なくとも、私の顔を覚えている程度には、関心を持ってくれていた。
――――先々代の御主の末息子。だけど今、御政堂は張乾御主のものだ。この場所は諒影にとっても、居心地がいい場所ではないのかもしれない。
だから同じ思いをしている私に、なにかと気を使ってくれているのだろう。
「怒ってないから、別にいいのよ」
「そういうわけにはいきません。無礼を働いたのですから」
「・・・・・・・・」
「・・・・御簾を上げてはもらえませんか?」
「えっ」
虚を突かれて、息が詰まった。
「もう一度、顔を確認させてください」
「・・・・何のために?」
「穏葉様の顔を、覚えておくためです。――――また穏葉様が木蔦の宮を抜けだした時に、すぐに気づくことができるように」
にこにこと笑いながら、諒影はそう言ってのけた。
「・・・・・・・・」
まめまめしくて、気配りができて、低姿勢で――――でも実際は、慇懃無礼なだけで、一筋縄ではいかない鬼だ。昔からそうだった。
そういう部分は、鬼久頭代と似ている。
「・・・・抜けだしてないってば」
「だったら、私に顔を見せても、問題ないはずです」
諒影の声が低くなり、声から威圧感が感じられた。諒影の恐ろしいところは、それでも顔は、笑っているところだ。
「・・・・・・・・」
「そう警戒しないでください。何もするつもりはありません」
仕方がないと腹をくくって、私は御簾を上げた。
御簾を取り払って、諒影と向かい合う。
束の間、諒影は真剣な表情で、私の顔を見つめていた。ますます気まずくなって、私は俯く。
「何? 私の顔に、なにかついてる?」
「・・・・いえ、あなたの顔を、こうして明るい場所で正面から見るのは、ずいぶん久しぶりだと思っただけです」
それは私も同じだ、という言葉は飲み込む。
諒影の顔を、真正面から見るのも、ずいぶん久しぶりのことだった。鬼らしく、諒影の容貌は、昔とまったく変わっていない。
「・・・・いつまで嘘を続けるつもりですか?」
「嘘?」
「顔の傷についての、嘘です。いまだにまわりは、あなたの顔の傷が深いと思い込んでいる」
「・・・・このままでいい。問題はないはず」
今さら、顔の傷のことを明かしたところで、腫物という立ち位置が変わるとは思えなかった。むしろ、行事に出なければならなくなり、苦痛が増えることは目に見えている。
「だからこのことは、秘密にしておいてほしい」
諒影の表情が、少し柔らかくなった。
「・・・・穏葉様がそれでいいと仰るのなら、私から言うことはありません」
「・・・・・・・・」
「木蔦の宮を抜けだしている点についても、咎めるつもりはありません」
「え? だけど・・・・」
「こんな場所に閉じ籠っていては、息が詰まって、健康を害してしまうでしょう。だからたまの外出は、許可されるべきです」
「え、あの、いやちょっと待って。抜け出してないって言ってるのに、どうして私がここを抜けだしているっていう前提で、話を進めるの?」
「穏葉様の立場では外出が難しいから、抜けだすという方法をとるしかないことも、理解しています」
「人の話を聞いてよ!」
「――――でも、今だけは控えてください。今は、状況が悪い」
不意に諒影の声が、低く尖る。
「閻魔堂が襲撃されたから?」
「そうです。今は危険ですし、万が一、穏葉様が女中の振りをしていることが、張乾御主に知られれば、先代御主の娘という立場のせいで、疑われる可能性も出てくるでしょう」
「・・・・・・・・」
「だから今は、木蔦の宮にいてください。すぐに、私が事件を解決します。それまでの辛抱です」
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