鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
45 / 86

43_慇懃無礼な人には気を付けましょう_前半

しおりを挟む

 急いで木蔦の宮に戻り、着替えをすませたところで、諒影が敷地内に入ってくるのが見えた。


「昨夜は、失礼しました」

 御簾越しに向かい合って、諒影は開口一番に、そう言った。

「気分を害されたことでしょう」

「・・・・ううん、気にしてない」

 居心地の悪さを感じながら、私は言葉を捜す。

「今日は、謝りに来たの?」

「ええ、確認のためとはいえ、失礼なことをしましたから。お詫びに、京月で有名な和菓子を持ってきたので、後で食べてください」

「ありがとう」

 相変わらず、諒影はまめだ。昨日のような緊急事態じゃない限り、諒影はいつも、お菓子やお茶などの手土産を持ってきてくれた。それも適当に選んだものじゃなく、京月で美味しいと有名な店の品物を持ってきてくれるのだ。

(・・・・てっきり、あらためて追及されるのかと思ってた)


 諒影がもう一度、ここに来ると聞いて、昨夜のことを追及されるのだと思って、緊張していた。

 でも、違っていたようだ。

 諒影は、不思議な鬼だ。手柄を誇ることをせず、常に目立たないように心掛けているところがある。

(どうして色々、気を使ってくれるんだろう?)

 鬼廻一族の大半の人が、私のことを腫物だと思っている。

 いや、違う、それ以前に私に関心がない。私の名前を聞けば、そう言えば梅の廓の隅に、そんな名前の女性がいた、と思い出す程度で、すぐに忘れてしまう。――――私はここでは、その程度の存在だった。


 だけど諒影は、違うようだ。少なくとも、私の顔を覚えている程度には、関心を持ってくれていた。


 ――――先々代の御主の末息子。だけど今、御政堂は張乾御主のものだ。この場所は諒影にとっても、居心地がいい場所ではないのかもしれない。


 だから同じ思いをしている私に、なにかと気を使ってくれているのだろう。


「怒ってないから、別にいいのよ」

「そういうわけにはいきません。無礼を働いたのですから」

「・・・・・・・・」

「・・・・御簾を上げてはもらえませんか?」

「えっ」

 虚を突かれて、息が詰まった。

「もう一度、顔を確認させてください」

「・・・・何のために?」


「穏葉様の顔を、覚えておくためです。――――また穏葉様が木蔦の宮を抜けだした時に、すぐに気づくことができるように」


 にこにこと笑いながら、諒影はそう言ってのけた。


「・・・・・・・・」

 まめまめしくて、気配りができて、低姿勢で――――でも実際は、慇懃無礼なだけで、一筋縄ではいかない鬼だ。昔からそうだった。

 そういう部分は、鬼久頭代と似ている。

「・・・・抜けだしてないってば」

「だったら、私に顔を見せても、問題ないはずです」

 諒影の声が低くなり、声から威圧感が感じられた。諒影の恐ろしいところは、それでも顔は、笑っているところだ。

「・・・・・・・・」

「そう警戒しないでください。何もするつもりはありません」

 仕方がないと腹をくくって、私は御簾を上げた。

 御簾を取り払って、諒影と向かい合う。


 束の間、諒影は真剣な表情で、私の顔を見つめていた。ますます気まずくなって、私は俯く。


「何? 私の顔に、なにかついてる?」

「・・・・いえ、あなたの顔を、こうして明るい場所で正面から見るのは、ずいぶん久しぶりだと思っただけです」

 それは私も同じだ、という言葉は飲み込む。

 諒影の顔を、真正面から見るのも、ずいぶん久しぶりのことだった。鬼らしく、諒影の容貌は、昔とまったく変わっていない。


「・・・・いつまで嘘を続けるつもりですか?」

「嘘?」

「顔の傷についての、嘘です。いまだにまわりは、あなたの顔の傷が深いと思い込んでいる」

「・・・・このままでいい。問題はないはず」

 今さら、顔の傷のことを明かしたところで、腫物という立ち位置が変わるとは思えなかった。むしろ、行事に出なければならなくなり、苦痛が増えることは目に見えている。

「だからこのことは、秘密にしておいてほしい」

 諒影の表情が、少し柔らかくなった。

「・・・・穏葉様がそれでいいと仰るのなら、私から言うことはありません」

「・・・・・・・・」

「木蔦の宮を抜けだしている点についても、咎めるつもりはありません」

「え? だけど・・・・」

「こんな場所に閉じ籠っていては、息が詰まって、健康を害してしまうでしょう。だからたまの外出は、許可されるべきです」

「え、あの、いやちょっと待って。抜け出してないって言ってるのに、どうして私がここを抜けだしているっていう前提で、話を進めるの?」

「穏葉様の立場では外出が難しいから、抜けだすという方法をとるしかないことも、理解しています」

「人の話を聞いてよ!」


「――――でも、今だけは控えてください。今は、状況が悪い」


 不意に諒影の声が、低く尖る。

「閻魔堂が襲撃されたから?」

「そうです。今は危険ですし、万が一、穏葉様が女中の振りをしていることが、張乾御主に知られれば、先代御主の娘という立場のせいで、疑われる可能性も出てくるでしょう」

「・・・・・・・・」

「だから今は、木蔦の宮にいてください。すぐに、私が事件を解決します。それまでの辛抱です」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...