鬼の花嫁

炭田おと

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45_先を越された_耀茜視点

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 御政堂が襲撃されるという、前代未聞の事件が起こってから数日が過ぎたのに、いまだに、捜査に進展はなかった。


「それで、襲撃犯について、何かわかったか?」


 戻ってきた翔肇に問いかけると、翔肇の顔が曇った。

「・・・・進展はなし。火薬が仕掛けられていた品の出所を探ってみたけど、見つからなかった。やっぱり密輸入品と考えるのが妥当だね」

「やはり、そうか」

「御主と対立しているか、もしくは恨みを抱いていて、なおかつ、警備に口を出せる役職の鬼に限定して探ってみたけど、不審な点は何も見つからなかった。奔伝長老の関係者にも、鴉衆の人間はいなかった」

「そうか」

 俺の答えが素っ気ないと感じたのか、翔肇が睨んでくる。

「・・・・なんか、聞く前から答えがわかってたみたいな反応じゃない?」

「見落としがないよう、念のために調査しただけだからな。はじめから、御政堂の要人達が関わっている可能性は低いと思っていた。御主に不満を抱いてたとしても、それなりの地位に上りつめた鬼が、不穏分子に協力する理由がない。利益がないからな」

「じゃ、やっぱり奔伝長老は、利用されただけか」

「本当にそうか? 御主に、ざまあさせたかったんじゃない?」

 明獅は座敷の隅に寝転がっていて、眠っていると思っていたが、ちゃんと起きていて、俺達の会話を聞いていたらしい。

「御主だって、理不尽なこと結構やってるしな。そういう時、イラっとして、殴りたくなるじゃん」

「要人達がお前のように短気だったら、あの地位まで上りつめていないだろう。恨みがあったとしても、復讐によって得られる一瞬の晴れやかな気持ちと、その後の破滅を秤にかけて、思い留まる。それだけの忍耐強さがあるからこそ、あの役目を任されている。それに本格的に謀反を企てるならともかく、あの程度の襲撃で御主を仕留めるのが無理だということは、役人なら予想できたはず」

「うーん、つまり、俺は出世できないってこと?」

「そういうことだ。・・・・悔しいか?」

「ううん、俺は長老なんかになるよりも、その場でキレたい」

「そうか」

 明獅らしい答えだった。実際明獅なら、理不尽なことを言われれば、その場で不満を口にするはずだ。

「でも、だったら誰が手引きしたんだ?」

「――――問題はそこだ」

 俺は手元の、書面に目を落とす。

「・・・・それは何だ?」

「当日に、御政堂に持ち込まれた食材や酒などの目録だ。怪しい点はないかと、確認していた」

「もしかして、荷物の中に隠れて、御政堂に入り込んだかもしれないって考えてるのか?」

「その可能性も、考えておく必要がある」

「んでも、火薬は隠そうと思えば、二重底に隠せるかもしんないけど、鬼は無理じゃね? 鬼が入れる大きさの荷物って、かなり目立つだろ?」

「お前の言う通りだ。奔伝も、その大きさの荷物を検査させずに通したことはないと、断言した。嘘はついていないだろう」

 鬼は人間よりも、大柄な者が多い。小柄な人間でも、荷物にまぎれるのは難しいのに、人間よりも身体が大きな鬼が荷物にまぎれこんで、なおかつ検査の目を逃れるというのは、無理があると言える。

「役人が荷物検査をサボったのかな?」

「普段なら、仕事をサボる役人もいるかもしれないけど、御主や花嫁に送る貢物だよ? そんなときに、手を抜くとは思えない」

「・・・・・・・・」

 目に疲れを覚え、目頭を揉む。

「頭首!」

 その時、一人の隊士が、息せき切って、詰所の中に駆け込んできた。

「あの鬼を見つけました! 日雇いの労働者が多い宿に、出入りしているようです!」

 息を弾ませながら、隊士は大声で報告する。

「燿茜の読みが当たったな」

「行くぞ」

 俺が立ち上がり、部屋を出ると、翔肇達も後を追ってきた。






 だが現場にたどり着いてみると、目的の鬼が泊っていた宿はすでに、刑門部省の武官によって封鎖されていた。

「引き摺り出せ!」

 武官達が、店の中から、男達を引き摺りだしている。男達の手首と足首は縄で縛られ、逃げられないようになっていた。


 ――――そうやって、外に連れ出された男達の中に、顔に傷がある鬼がいた。足首に布が巻かれているから、俺がわざと逃がしたあの鬼で、間違いないだろう。


 その鬼と、目が合う。鬼は凄まじい目つきで、俺を睨んできた。

「・・・・どうやら、刑門部に先を越されたようだな」


「刑門部省に連れていけ」


 最後に店から出てきた諒影が、部下に指示を出す。


 武官達はきびきびと動き出し、集まってきた野次馬を掻き分けながら、刑門部省のほうへ戻っていった。


「奇遇だな、鬼久頭代」

 諒影とも目が合ったが、こちらは表面上はにこやかに、話しかけてきた。


「何の用でここに?」

「・・・・その宿に用があった」

「この宿は討政派の根城になっていたことが判明したので、しばらくの間、刑門部省の権限で封鎖する。残念ながら、立ち入りを認めるわけにはいかない」

「・・・・・・・・」

「それでは、忙しいので失礼する」

 諒影は俺の横をすり抜け、去っていった。

「どうする? 燿茜」

「・・・・先を越されたのなら、仕方がない。屯所に戻るぞ」

 目的の鬼が連れて行かれた以上、ここは引き下がるしかなかった。

「頭首」

 一人の隊士が近づいてくる。

「どうした?」

「・・・・大した情報ではないんですが、一応、お耳に入れておいたほうがいいと思いまして」

「前置きはいい。どんな情報だ?」

 隊士は、一呼吸置いた。


「――――今回、爆発物を仕掛けるために使われた、南鬼の品物を、この国に持ち込んだのは、久芽里衆ではないかという説が広まっています」


 翔肇は驚いて、目を見張っている。

「久芽里衆? どこからそんな話が出てきたんだ?」

「久芽里衆が、密輸品を京月や周辺の町で売りさばいていることは、公然の事実となっています。そんな経緯から、自然発生した噂なのでしょう。特に根拠はないですが、この噂は御主の耳にも入っていて――――久芽里にとってはよくない事態になるかもしれません」

「厄介だな・・・・」

「・・・・・・・・」

 張乾御主が久芽里に向ける感情は、憎悪に近い。このままでは、京月からの追放だけではおさまらず、もっと本格的な弾圧がはじまる可能性があった。

「・・・・耀茜。久芽里が関わってると思うか?」

 翔肇は、夜堵があの日、御政堂にいたことが引っかかっているようだ。

 一方で、翔肇の表情からは、久芽里が関わっているとは思いたくないという気持ちも窺える。

 夜堵は、石積戦争で一緒に戦った戦友の一人だ。それに久芽里は、先代の御主に尽くして、北鬼の安定に貢献した一族、敵対したくないと考えるのは当然のことだった。

「・・・・断定はできないが、俺は違うと思っている。久芽里はいまだに警戒されているが、謀反の動きを見せたことは一度もない」

「そうか」

 翔肇は安心したようだ。


「だが、張乾御主は、ただの噂だと流してはくれないだろう。―――早く犯人を見つける必要がある」

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