鬼の花嫁

炭田おと

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46_捜査を手伝わせてください!

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「久芽里の鬼が疑われている?」

 千代の話を聞いて、私は思わず立ち上がった。

「は、はい・・・・そのように、噂されているようです」

「ど、どうしてそんなことに?」

「爆発物が仕掛けられていた品物の中に、南鬼国の品が混じっていたそうです。・・・・おそらく、密輸入されたものだと考えられています。――――そこで、密輸入を生業にしていた久芽里衆にまで、疑いの目が向けられているのでしょう」

「そんな・・・・!」

「落ち着いてください、穏葉様」

 久芽里は今の段階でも、張乾御主に警戒されている。これ以上疑いを向けられたら、何をされるかわからない。

「・・・・!」

「待ってください、穏葉様! どこに行かれるのですか!」

 いてもたってもいられなくなって、私は木蔦の宮を飛び出した。





 御政堂を飛び出して、私が向かったのは、鬼峻隊の屯所だった。

「おい、勝手に入るな!」

 屯所の門をくぐろうとすると、門番として立っていた隊士に止められた。

「鬼久頭代に話があります。どうか、通してください」

「いや、誰なんだよ、こいつ」

「・・・・あれ? こいつって・・・・」

 二人の門番のうちの片方が、私の顔を覗き込んだ。

「御聖堂が襲撃された時の、目撃者じゃねえか。なにか思い出したのか?」

「え、ええ、そうなんです。鬼久頭代と話をさせてください」

「そうか」

 隊士は、道を譲ってくれた。

「頭首なら、この前、お前が通された部屋にいるぞ」

「ありがとうございます!」

 急いで屋敷の中に駆け込んで、記憶をたどりながら、廊下を歩きまわる。


「鬼久頭代!」


 私が襖を勢いよく開けた時、部屋の中には、鬼久頭代と久宮隊長、百目鬼隊長の三人がそろっていた。

 三人とも、突然入ってきた私を見て、面食らっている。

「ど、どうしたの、逸禾ちゃん」

 三人の輪の中に飛び込んで、膝をつき、勢いよく頭を下げた。勢いをつけすぎたせいで、畳に額をぶつけてしまう。

「今回の事件、私にも協力させてください!」

「・・・・・・・・」

 微妙な空気が流れた。

「御嶌――――」

「お手伝いさせてください!」

「・・・・・・・・」

「今回の事件は、桜の廓で起こりました。だからこの前のように、私でも、なにかお役に立てることがあるかもしれません」

「突然、どうした。また、報酬が必要になったのか?」

「いえ、報酬はいりません」

 鬼久頭代は、不思議そうに私を見る。

「だったらなぜ、協力しようとする?」

「それは、えっと・・・・」

 久芽里の鬼達が疑われて、久芽里にたいする弾圧がひどくなってしまうかもしれない――――そんな不安から、勢いに任せて、ここに乗り込んできてしまった。

 今のこの状況で、久芽里のため、なんて言えない。どうして久芽里のために動こうとするのか、問い詰められることになってしまう。嘘を用意しておくべきだったと後悔しながら、私は言い訳を考える。

「桜の廓の空気が悪くて・・・・私の友達が、窮地に立たされています。早く無実を証明させて、この件を収束させたいんです」

「・・・・・・・・」

 鬼久頭代は考え込んでいた。久宮隊長と百目鬼隊長は、鬼久頭代に判断を委ねているようだ。


 私は緊張して答えを待っていたけれど、鬼久頭代は答えないまま、唐突に立ち上がった。そして、文机の上に置かれていた書類を持って、戻ってくる。


「これを見てくれ」

「え?」

「当日に、御政堂に持ち込まれた食材や酒などの目録だ。一通り目を通したが、違和感がある品はなかった。だが、桜下女として働いているお前の目から見れば、おかしいと感じる品があるかもしれない」

「み、見てみます」

「頼んだ」

 私は目録に目を通す。


 ――――食材やお酒、着物や絹など、様々な品々が並んでいる。人間の欲望を、思う存分満たすために国中から集められた、贅沢品の数々。

 でも、目録と睨み合っても、贅沢という感想以外は、何も浮かばない。襲撃事件に繋がるような危険物は、一つも入っていなかった。

(そもそも、検査されるような荷物の中に、危険物を隠すはずがないものね。検査されないとわかっているなら、話は別だけど・・・・)


 考えている最中、ふっと、頭の中にある光景が過ぎる。


 ――――数日前に、大奥に運び込まれていた長持ち。なぜかその時の光景を、思い出していた。


 その光景が浮かんだ瞬間に、頭の中で、絡まっていた思考の糸が、解けていく感覚があった。私はその糸を手放さないよう、必死に頭を回転させる。

「――――当日ではなく、前日に、それも梅の廓に運び込まれる荷物の中に、紛れ込んだんじゃないでしょうか?」


 思いついたことをそのまま、口に出していた。

 すると三人の鋭い視線が、私に突き刺さる。

「あの、えっと・・・・すみません」

「なぜ謝る? ――――続きを」

 私は深呼吸をしてから、口を開いた。

「梅の廓に、大きな長持ちが運び込まれるのを見ました。国柱神宮に参拝に行く日の、前日のことです。・・・・あの大きさなら、人が隠れられるはず」

「でも、前日だったとしても、条件は変わらないんじゃない?」

「それが・・・・梅の廓では、女中取締に承認されている荷物の一部は、検査をせずに、そのまま中に運べるようになってるんです」

 久宮隊長の目が、丸くなった。

「なんで?」

「毎日毎日運び込まれる品物を、いつも調べなければならないことを、役人も面倒に思っているのでしょう。それで、本来なら許されないことですが、いつの間にか、同じ荷物に関しては、目を通さないようになったようです」

 はあ、と溜息が二つ重なる。

 こういった内情は、内部にいる人間にしかわからない。隊士や武官が問い詰めても、素直に話す人はいなかったはずだ。

「その話が本当なら、鴉衆の一味を、女中が手引きした可能性があるってことかな?」

「討政派の思想に染まった女中がいても、おかしくない」

「い、いえ、違います。その――――」

 続きは言いにくい内容なので、私は思わず口ごもってしまった。すると、鬼久頭代の目付きが険しくなる。

「話せ」

「・・・・はい」

 仲間の女中を、庇おうとしたと誤解されたのかもしれない。――――口ごもった理由は、それではなかった。

「・・・・噂を耳にしました」

「どんな噂?」

「・・・・女中達が、男性と密会しているという噂です」

 また、久宮隊長が瞠目する。今度は鬼久頭代からも、驚いている気配が伝わってきた。

「密会? 女中は、あんまり男と接触できないはずじゃない?」

「確かに、私達のような下女と違い、女中はめったに外出できませんが、時々お寺に行くことはあります。一部の女中が、お寺の僧侶と仲良くなって、外出できるときに逢引するようになったそうです。その女中に誘われて、他の女中も逢引に加わるようになった、と――――あくまでも、噂ですが」

「・・・・・・・・」

 微妙な反応だ。当然と言えば、当然の反応だった。

「それで? その話が、今回の件とどう繋がる?」

「あくまでも、噂なんですけど――――」

「前置きはいい。事実確認は、俺達がする」

「噂では女中達が逢引のために、御政堂の中にさえ、僧侶達を引き入れるようになったそうです。もしかしたらあの日、僧侶達が――――」


「――――長持ちの中に隠れて、入り込んだかもしれない、ということか」


 鬼久頭代と久宮隊長は、顔を見合わせた。

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