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47_人相書きの手配_耀茜視点
しおりを挟む「なんということだ!?」
怒りに震える声が、長老の間に響き渡る。
「女中達が、男を御政堂に招き入れていたとは!」
御嶌から聞いた噂話の審議を確認するため、主犯と噂されていた女中を捕らえ、事情を聞いたところ、彼女はあっさりと自供した。
隊士の話では、連行の途中から隠しようもないほど震えていたそうだから、隠し通すことは無理だったのだろう。
「しかも相手は僧侶だと!? とんでもない話だぞ!」
噂は本物で、女中の逢引の相手は僧侶だった。今、その僧侶達も拘束され、牢の中に入れられている。
「前代未聞だ・・・・御政堂の歴史に残る醜聞だぞ!」
いくら怒鳴っても、秦鎌長老の怒りは静まらないらしい。
「落ち着いてください、長老」
「これが落ち着いていられるか!」
「この者達の問題は、いったん脇に置いておきましょう。今は襲撃犯を捕まえることを、優先すべきです」
秦鎌長老は、身体の中に蓄積された、怒りの熱を吐き出そうとするように、何度も深呼吸する。
「・・・・それで、女中と僧侶はどうした?」
秦鎌長老が大人しくなった頃合いを見て、威竜長老が口を開いた。
「この件に関わった女中達は梅の廓に謹慎させ、僧侶達も拘束し、牢に入れています」
「・・・・今は、大事な時期だ。この件が公けになると困る。・・・・処罰は、閻魔の婚礼が終わってから下す。だからそのうつけ者達は、しばらくそのままにしておけ」
「御意」
「それで、この件から、刺客のことは何かわかりそうか?」
「わかったことが一つあります」
「なんだ?」
長老達の目が、期待で輝く。
「逢引に関わっていた寺はすでに特定されていますが、今回、招き入れられた僧侶の中に、一人だけ身分がはっきりしない者がいました。他の僧侶達は、その男のことを知らないそうです。おそらく何者かが僧侶に成りすまし、女中と密会後、そのまま大奥に留まって、宴会の日に、仲間を内部に引き入れたのだと考えられます。梅の廓を隅々まで調べたところ、空き家になっている建物の床下に、何者かが潜んでいた形跡が残っていました」
「大奥から出なかったということか・・・・」
苛立ちの溜息が、いくつも吐き出された。
「その男と会った女中から、特徴を聞きだしました。男の手首と鎖骨あたりに、鴉の入れ墨が彫られていたそうです。その形状からおそらく、男は鴉衆の一人、岩蝉だと考えられます」
「その女中を呼んで来い。絵師を呼び、似顔絵を描かせて、手配書を作らせよう」
「すでに手配済みです」
俺は長老達の前に、絵師に書かせた人相書きを置く。
和紙に、特徴的な入れ墨が描かれていた。
「ふむ、さすがに仕事が早いな」
「この男を捜し出します」
「そうか」
威竜長老の目が、ぎらりと光る。
「では、行け。一刻も早く、この鬼を見つけ出すのだ」
「御意」
俺は立ち上がり、長老の間を後にした。
――――――――――※――――――――――――――――――――※――――――――――
「それじゃ、岩蝉を捜すんですね?」
「ああ、そうだ」
鬼久頭代は長老への報告をすませた後、すぐに屯所に戻ってきた。
「今からこの男を捜す。絵師にこの人相書きを移させ、隊士に配れ」
「おう」
紙を受けとった百目鬼隊長は、慌ただしく屯所から飛び出していく。
「翔肇、隊士達を庭に集めてくれ」
「わかった」
今度は久宮隊長が動き出す。私は彼らの邪魔にならないよう、壁際に縮こまっていた。
「それから――――御嶌」
「は、はい」
名前を呼ばれて、私は鬼久頭代に駆け寄る。
「何でしょう?」
「今回はお前のおかげで、先に進むことができた。礼を言う」
思いがけない言葉に、息を呑む。
「今日はもう、御政堂に戻ったほうがいい。翔肇が戻ってきたら、あいつに送らせる」
「いえ、もう少しお手伝いさせてください」
気づけば、そう口走っていた。
「・・・・私も、襲撃犯の正体が知りたいですから」
久芽里にかけられた容疑を、晴らしたい。
それに、思いがけない言葉に、気持ちが少し高揚している。鬼久頭代にとっては、何気ない労いの言葉で、深い意味がないことはわかっていても、誰かの役に立てたという感覚は、私にとってはとても大きなものだった。
「私も、捜索に加わります」
「・・・・いや、人間のお前を、捜査に加えるわけにはいかない」
そう言われて、膨らんでいた嬉しさは、萎んでしまう。
「・・・・協力してくれるのならば、他のことを頼みたい」
「え?」
「今回の件に関わった女中取締から、これを押収した」
鬼久頭代が前に出した手の平には、何かが乗っていた。
受け取って、それが白粉箱だとわかった。
「これが何か?」
「開けてから、底を強く押してみろ」
言われた通りに蓋を開け、底に触れてみる。ただの白粉箱だと思っていたのに、窪みを強く押してみると、底が開いた。
「二重底になってる!」
「女中達はその白粉箱を使って、僧侶達とやり取りしていたようだ。僧侶が手紙を白粉箱の二重底に隠し、大奥に運び込む化粧品の中に紛れ込ませた」
「なるほど・・・・」
「何人侵入させるか、長持ちを何個用意するのかも、その手紙でやりとりしていたようだ。岩蝉はどこかで、僧侶と女中がその方法で連絡を取りあっていることを知ったんだろう。岩蝉がいつ、どこでそれを知り、どの段階で、二重底の手紙を入れ替えたのか、それが知りたい」
運び込まれる長持ちの数を、事前に一つ多くしておかなければ、岩蝉という鬼は、梅の廓に入ることはできなかったはずだ。
だとしたら、岩蝉という鬼はいつ、僧侶達が大奥に入り込んでいることを知り、どうやって、白粉箱の二重底に隠されていた手紙を入れ替えたのか。
「その白粉箱を売っていたのは、坂本屋という店らしい」
「坂本屋ですか? 聞いたことがない店ですね」
大奥に商品を納品しているような店なのに、私はその店名を聞いたことがない。
「どうやら女中取締の口利きで、その店から買うようにしたようだ。・・・・手紙を入れ替えることは相当難しかったはず。だから店の主人に、白粉箱に直接触ることができた者を聞いてきてくれ。女性なら、化粧品を扱っている店に入っても、不審には思われないはずだ」
「わかりました」
「店はここだ」
鬼久頭代は、店の地図も渡してくれた。
「さっそく行ってきます」
私は急いで動き出した。
「待て、護衛を――――」
「聞き込みだけですから、一人で大丈夫ですよ」
笑顔でそう言って、私は屯所を飛び出した。
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