鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
49 / 86

47_人相書きの手配_耀茜視点

しおりを挟む

「なんということだ!?」

 怒りに震える声が、長老の間に響き渡る。

「女中達が、男を御政堂に招き入れていたとは!」

 御嶌から聞いた噂話の審議を確認するため、主犯と噂されていた女中を捕らえ、事情を聞いたところ、彼女はあっさりと自供した。

 隊士の話では、連行の途中から隠しようもないほど震えていたそうだから、隠し通すことは無理だったのだろう。

「しかも相手は僧侶だと!? とんでもない話だぞ!」

 噂は本物で、女中の逢引の相手は僧侶だった。今、その僧侶達も拘束され、牢の中に入れられている。

「前代未聞だ・・・・御政堂の歴史に残る醜聞だぞ!」

 いくら怒鳴っても、秦鎌そうれん長老の怒りは静まらないらしい。

「落ち着いてください、長老」

「これが落ち着いていられるか!」

「この者達の問題は、いったん脇に置いておきましょう。今は襲撃犯を捕まえることを、優先すべきです」

 秦鎌長老は、身体の中に蓄積された、怒りの熱を吐き出そうとするように、何度も深呼吸する。


「・・・・それで、女中と僧侶はどうした?」

 秦鎌長老が大人しくなった頃合いを見て、威竜長老が口を開いた。


「この件に関わった女中達は梅の廓に謹慎させ、僧侶達も拘束し、牢に入れています」

「・・・・今は、大事な時期だ。この件が公けになると困る。・・・・処罰は、閻魔の婚礼が終わってから下す。だからそのうつけ者達は、しばらくそのままにしておけ」

「御意」

「それで、この件から、刺客のことは何かわかりそうか?」

「わかったことが一つあります」

「なんだ?」

 長老達の目が、期待で輝く。

「逢引に関わっていた寺はすでに特定されていますが、今回、招き入れられた僧侶の中に、一人だけ身分がはっきりしない者がいました。他の僧侶達は、その男のことを知らないそうです。おそらく何者かが僧侶に成りすまし、女中と密会後、そのまま大奥に留まって、宴会の日に、仲間を内部に引き入れたのだと考えられます。梅の廓を隅々まで調べたところ、空き家になっている建物の床下に、何者かが潜んでいた形跡が残っていました」

「大奥から出なかったということか・・・・」

 苛立ちの溜息が、いくつも吐き出された。

「その男と会った女中から、特徴を聞きだしました。男の手首と鎖骨あたりに、鴉の入れ墨が彫られていたそうです。その形状からおそらく、男は鴉衆の一人、岩蝉がんせんだと考えられます」

「その女中を呼んで来い。絵師を呼び、似顔絵を描かせて、手配書を作らせよう」

「すでに手配済みです」

 俺は長老達の前に、絵師に書かせた人相書きを置く。

 和紙に、特徴的な入れ墨が描かれていた。

「ふむ、さすがに仕事が早いな」

「この男を捜し出します」

「そうか」

 威竜長老の目が、ぎらりと光る。


「では、行け。一刻も早く、この鬼を見つけ出すのだ」


「御意」


 俺は立ち上がり、長老の間を後にした。


 ――――――――――※――――――――――――――――――――※――――――――――


「それじゃ、岩蝉がんせんを捜すんですね?」

「ああ、そうだ」

 鬼久頭代は長老への報告をすませた後、すぐに屯所に戻ってきた。

「今からこの男を捜す。絵師にこの人相書きを移させ、隊士に配れ」

「おう」

 紙を受けとった百目鬼隊長は、慌ただしく屯所から飛び出していく。

「翔肇、隊士達を庭に集めてくれ」

「わかった」

 今度は久宮隊長が動き出す。私は彼らの邪魔にならないよう、壁際に縮こまっていた。


「それから――――御嶌」

「は、はい」

 名前を呼ばれて、私は鬼久頭代に駆け寄る。

「何でしょう?」


「今回はお前のおかげで、先に進むことができた。礼を言う」


 思いがけない言葉に、息を呑む。


「今日はもう、御政堂に戻ったほうがいい。翔肇が戻ってきたら、あいつに送らせる」

「いえ、もう少しお手伝いさせてください」

 気づけば、そう口走っていた。

「・・・・私も、襲撃犯の正体が知りたいですから」


 久芽里にかけられた容疑を、晴らしたい。


 それに、思いがけない言葉に、気持ちが少し高揚している。鬼久頭代にとっては、何気ない労いの言葉で、深い意味がないことはわかっていても、誰かの役に立てたという感覚は、私にとってはとても大きなものだった。


「私も、捜索に加わります」

「・・・・いや、人間のお前を、捜査に加えるわけにはいかない」

 そう言われて、膨らんでいた嬉しさは、萎んでしまう。


「・・・・協力してくれるのならば、他のことを頼みたい」


「え?」

「今回の件に関わった女中取締から、これを押収した」

 鬼久頭代が前に出した手の平には、何かが乗っていた。

 受け取って、それが白粉箱だとわかった。

「これが何か?」

「開けてから、底を強く押してみろ」

 言われた通りに蓋を開け、底に触れてみる。ただの白粉箱だと思っていたのに、窪みを強く押してみると、底が開いた。

「二重底になってる!」

「女中達はその白粉箱を使って、僧侶達とやり取りしていたようだ。僧侶が手紙を白粉箱の二重底に隠し、大奥に運び込む化粧品の中に紛れ込ませた」

「なるほど・・・・」

「何人侵入させるか、長持ちを何個用意するのかも、その手紙でやりとりしていたようだ。岩蝉はどこかで、僧侶と女中がその方法で連絡を取りあっていることを知ったんだろう。岩蝉がいつ、どこでそれを知り、どの段階で、二重底の手紙を入れ替えたのか、それが知りたい」

 運び込まれる長持ちの数を、事前に一つ多くしておかなければ、岩蝉という鬼は、梅の廓に入ることはできなかったはずだ。

 だとしたら、岩蝉という鬼はいつ、僧侶達が大奥に入り込んでいることを知り、どうやって、白粉箱の二重底に隠されていた手紙を入れ替えたのか。


「その白粉箱を売っていたのは、坂本屋という店らしい」


「坂本屋ですか? 聞いたことがない店ですね」

 大奥に商品を納品しているような店なのに、私はその店名を聞いたことがない。

「どうやら女中取締の口利きで、その店から買うようにしたようだ。・・・・手紙を入れ替えることは相当難しかったはず。だから店の主人に、白粉箱に直接触ることができた者を聞いてきてくれ。女性なら、化粧品を扱っている店に入っても、不審には思われないはずだ」

「わかりました」

「店はここだ」

 鬼久頭代は、店の地図も渡してくれた。


「さっそく行ってきます」

 私は急いで動き出した。


「待て、護衛を――――」

「聞き込みだけですから、一人で大丈夫ですよ」

 笑顔でそう言って、私は屯所を飛び出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...