鬼の花嫁

炭田おと

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48_客商売なのに、この接客態度は信じられません

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 化粧品を扱っている坂本屋は、京月の大通りに面した場所にあった。

 客商売をするには、立地がいい場所だ。並んでいる店はどこも、間口が広く、坪庭などが完備されている。


 だけどその店だけは間口が狭く、他の店の立派な店構えと違い、どこかしょぼくれて見えた。


(・・・・この店よね)


 鬼久頭代から渡された地図と、店の配置を見比べる。ここで間違いなさそうだ。

 店の中に足を踏み入れると、白粉のいい匂いが鼻腔に入り込んだ。

 店は狭く、大きな建物に挟まれているせいか、日当たりが悪くて、ヒルマだというのに中は薄暗い。

 賑わっている他の店と違い、客の姿はなく、奥の座敷には、売り子の姿も見えなかった。


「・・・・へい、いらっしゃい」

 しばらくして奥から、四十代ぐらいの売り子の男性がのそりと現れる。


 彼が何かの本を持っていたから、私はそれに注目した。私の視線に気づき、彼はさっと、それを後ろに隠す。

 だけど隠す前に、内容が少しだけ見えてしまった。


 ――――春画しゅんがだ。ここは女性向けの日用品を売っている店なのに、昼間から春画を読んでいるなんて、と私のほうが焦ってしまう。


「なにか用かい?」

「あ、ああ、えっと・・・・」

 出鼻を挫かれつつ、私は袖から、鬼久頭代から渡された白粉箱を取り出した。

「店の主人に話を聞きたいんですが・・・・」

「ここの主人は俺だよ。売り子もやってる」

「そ、そうですか。この白粉箱は、この店で売られているものですよね?」

「・・・・ああ、そうだけど」

 もともと、愛想がなかった店の主人が、さらに仏頂面になる。

「もしかして、返品かい? 悪いけどうちは、返品は受け付けないよ」

「いえ、そうではないんです。この白粉箱、大奥に納品されたものなんですが、誰かに細工されていたみたいなんです」

「大奥に?」

 店の主人の目がぎょろりと動いて、私の着物を確認する。そこでようやく、私が女中の格好をしていることに気づいたようだ。

「誰が細工をしたのか、それを知りたいんです。大奥に納品されるまでに、誰が触ることができますか?」

「誰がと言われても・・・・」

 店の主人は、ぼりぼりと頭を掻いた。

「大奥には、ちゃんと新品を納入してるからね。それに細工できる奴なんて、俺以外だと、それを作った職人か、品を運んだ人夫にんぷぐらいだろう」

「そ、そうですか・・・・」

「もういいかい? 仕事に戻りたいんだけど」

 仕事に戻りたい――――と言っても、私以外にお客はいないので、今の彼は仕事らしい仕事はしていない。客じゃない人間の相手は面倒だから、帰れ、ということを暗に言われているのだろう。

(・・・・なにか、買ったほうがいいのかも)

 お客として認識してもらえば、話が進めやすくなるかもしれない。そう思い、私は袖から財布を取り出す。

 とはいえ、必要なもの以外は、できるだけ買いたくない。

「白粉はありますか?」

 大奥の隅で、置物のようになっている私のところには、いい商品は入ってこない。白粉は質が悪いものばかりで、肌が荒れてしまうと、千代がいつも愚痴を零していた。いい白粉を買って帰れば、千代が喜んでくれるはず。

「・・・・あるよ」

 店の主人は奥へ行き、戻ってきた時には白粉の包みを持っていた。

「これ、ください」


「はいよ。八十文だ」


「・・・・・・・・はい?」


 白粉を一包、人気商品でもないのに、八十文――――明らかに、高すぎる価格だ。


「何だよ、買わないのかい?」

「えっと・・・・」

「冷やかしなら、帰ってくれ」

 店の主人は、ますます不機嫌になってしまった。

「・・・・すみません」


 恥ずかしくなって、私は謝りながら、急いで店を出る。


(・・・・何の情報もつかめなかったな・・・・)

 なにか情報をつかみたかった。でも、駄目だったようだ。


「あなた、この店で買い物しようとしたの?」


「えっ」

 店の前に突っ立っていると、通りかかった女性に、声をかけられた。

「この店、ひどいわよねえ。私も前に、ここで買い物しようとしたことがあるんだけど、そのときもひどかったのよ。店の主人は無愛想で、渋々対応しているって感じ。値段はぼったくりなのに、その割には高級感はない。―――これでよく、客商売なんてやってられるわ」

「ええと・・・・」

 女性はご立腹のようだ。品物の価格設定から、客商売とは思えない主人のぞんざいな態度まで、何もかもが気に入らなかったのだろう。

「それに店の主人のあの態度・・・・まるで客を追い払いたいみたいだわ。・・・・もうこんな店、二度と来ない。あなたも、来ないほうがいいわよ」

「え、ええ」

「それじゃあね」

 女性は言いたいことを言ってすっきりしたのか、颯爽と歩き去っていく。

「客を追い払いたい・・・・」

 なぜかその言葉が、頭に引っかかっていた。

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