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しおりを挟む京月が夜に包まれて、野鳥すら眠っているような静けさの中、私はじっと路地に身を潜め、坂本屋の様子を窺っていた。
夜が更けても、店の戸が開くことはなかった。
(・・・・狙いが外れたかな)
不愛想で、商売をするつもりがない店の主人、買わないでほしいと言っているような、価格設定。
その不審な二つの要素から、私はある仮説を立てて、坂本屋を見張ることにしたけれど――――今のところ、坂本屋の主人に動きはない。
「・・・・ちょっと何してんの」
「ぎゃっ!?」
突然背後から声をかけられて、私は文字通り跳び上がっていた。
振り返ると、夜堵がそこに立っていた。
「夜堵! 驚かせないでよ!」
「驚いたのはこっちだってば。なんで穏葉が、こんな夜中に出歩いてるんだ?危ないだろ。あんまり心配させるなよ」
「それはこっちの台詞。夜堵のこと、心配してたんだから」
「・・・・俺を?なんで?」
夜堵は不思議そうに、首を傾げた。
「久芽里が疑いをかけられてるって聞いて、気が気じゃなかったの。・・・・夜堵が無事でよかったよ」
「・・・・もしかして、その件と、穏葉がここにいることは、なにか関係ある?」
「久芽里が巻き込まれる前に、事件を収束させないと」
夜堵の表情は、険しくなっていた。
「・・・・久芽里のことを考えてくれてるのは嬉しいけど、夜に一人で行動するなんて、危険すぎる。俺達のことは自分で解決するから、穏葉は御政堂に戻って――――」
「坂本屋の主人が動きだしたみたい!」
「・・・・人の話を聞いてないし」
坂本屋の主人はこそこそと、まるでこれから泥棒に入ろうとしているような足取りで、店から出てきた。
坂本屋の主人の隣には、背の高い男の姿がある。
「追いかけよう」
「いや、ちょっと待って、今止めようとしてたんだけど・・・・」
「話は後でしよう」
「この話は後でしても意味がないって!」
坂本屋の主人と男は、落ち着きなくあたりを見回しながら、付近に人がいないかどうかを確かめている。見つからないよう、私はいったん、路地の中に引っ込んだ。
「・・・・なんであの店に目を付けたんだ?」
そっと、夜堵が質問してきた。
私は女中達が僧侶と密会していたこと、僧侶達が長持ちに隠れて大奥に侵入していたこと、襲撃の前日、僧侶に成りすました鬼が、その方法で大奥に入り込んだことを、夜堵に話して聞かせた。
だけどその話から私は、鬼峻隊のことは省いた。
鬼久頭代と知り合いになった経緯を伝えようとすると長くなってしまうし、夜堵をさらに心配させてしまいそうだったからだ。
「それで、その密会のために使われた白粉箱が、この店の品物なんだ」
「それだけで、この店を疑ってるのか?」
「この店、おかしいんだよ。品物の値段は人気商品でもないのに、ものすごく高いし、主人の態度は悪い。まるで、物を売りたくないみたい。この場所なら土地代も高いはずなのに、そんな態度で商売を続けていたら、お店が潰れてしまうよ」
「・・・・だけど、店は潰れてない」
察しのいい夜堵は、すぐに私の考えに気づいてくれたようだ。
「――――なにか別の方法で、金を稼いでいるってことか?」
「うん。むしろ坂本屋の主人は、人払いがしたかったのかも。そもそも二重底の白粉箱なんて、普通の人は使わないでしょ?あの店に、違法な方法で得たお金を、資金洗浄する役割があるんだとしたら?もしくは、違法な品物を秘密裏に売りさばいているのかも。だったら、裏社会の人が店に出入りしているんだろうし、闇取引を見られないよう、普通のお客を近づけないようにするはず」
「・・・・なるほどね」
私の゛仮定゛が当たっていて、資金洗浄のためにあるお店なら、普通のお客はむしろ邪魔な存在のはずだ。そう考えると、まるで商売をするつもりがない態度にも納得がいく。
話している間に、坂本屋の主人と男は動き出そうとしていた。
「行こう、夜堵!」
「いや、後は俺がするから、穏葉は御政堂に戻って・・・・」
「もう御政門は閉じられてるから、今さら戻れない。行くしかないよ」
私が前に出ようとすると、渋々夜堵も動き出す。
「あ、見て。あの人達、これから別行動をするみたい」
坂本屋の主人と男は、唐突に分かれ、別々の方向に歩きはじめてしまった。
「二手に分かれよう。私は坂本屋の主人を追跡するから、夜堵は手配中の男をお願い」
夜堵は顔を顰める。
「・・・・まさか、単独行動までするつもり?」
「大丈夫だよ。今は隊士と武官が、町中を巡回してるんだから。今日だけは犯罪者も出歩けない。だから、いつもよりも安全なはずだよ。それに、いざとなれば、私には鬼道があるから」
「いや、だけど・・・・」
坂本屋の主人の後ろ姿を見る。
まだかろうじて背中が見えているけれど、これ以上引き離されると、見失ってしまうだろう。急がなければと、気持ちが焦った。
「夜堵、行って」
「・・・・わかった。くれぐれも、無茶はするなよ。なにかあったら、形代で知らせて」
夜堵は軽い動きで壁を駆け上がり、あっという間に屋根にのぼってしまう。姿が見えなくなって、足音も聞こえなくなった。
(・・・・あんな動き、私には絶対に真似できない)
鬼の身体能力を羨ましく思いながら、私は坂本屋の主人を追いかけて、歩きだした。
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