鬼の花嫁

炭田おと

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50_辻斬りを職務質問だと言い張る奴が出てきた_夜堵視点

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 男はまるで鼠のように、用水路に似た細くて汚れた路地をこそこそと移動していた。


 二手に分かれよう。穏葉の提案を呑んだものの、もう一人を追跡している穏葉のことが気になって、追跡に集中できない。

(まったく、無茶をする・・・・)

 こんな時に、単独行動をするなんて、いくらなんでも無謀すぎる。昔から穏葉は慎重なように見えて、無謀な一面があった。

 先回りして、屋根の上から男の動きを見張っていると、男は裏路地の掘ったて小屋のような長屋に入っていった。

(・・・・あそこが、連中のねぐらか)

 台風が到来したら、あっさり壊れてしまいそうな、粗末な長屋だ。しかも格子戸の障子は、穴だらけになっている。

 そのせいか、耳を澄ましていると、中で話し合っている声が聞こえてきた。

(さて、どうするか・・・・)

 中と外を隔てているのは、薄い壁だけだ。近づけば、会話を聞き取れるかもしれない。

 だが、薄い壁しかないということは、こちらの動きも悟られやすいということでもある。

(穏葉を長く、一人にさせるわけにはいかない)

 いつもなら、様子を見ただろう。

 だけど今は、穏葉を単独行動させている。これ以上、時間をかけるわけにはいかなかった。

 俺は動きを悟られないよう、いったんその場所から離れた。そして路地に飛び降りて、男が潜んでいる場所に近づく。


 ――――風が動いた。


「・・・・!」

 大気が切り裂かれる感覚で肌が粟立ち、目の端に閃光が映った。


 側面から迫ったそれが、刀の閃光だと瞬時に気づき、俺の身体は反射的に動いていた。


 後ろに飛び退きながら、短刀を引き抜き、前に突き出す。

 火花が弾け散り、突きだされた刃は上に弾かれた。


 だが、攻撃を仕掛けてきた人物はすぐに腕を引いて、次の攻撃が俺の目の前に迫っていた。


(速い・・・・!)

 息つく暇もない攻勢がはじまった。かわすこと、攻撃を弾くことに手いっぱいで、反撃できない。

「くそ・・・・!」

 蹴りで刃を弾いて、俺は後ろに下がる。そして敵が向かってきたところで、壁に立てかけられていた角材を倒した。

 角材で足止めされて、敵の動きが鈍くなった。

 その隙に俺は、遠距離用の獲物を取りだす。


 鎖分銅くさりぶんどうの鎖を回して、俺は遠心力を付けた分銅を、敵に投げ付けた。


「誰だか知らないが、今は急いでるんだよ!」

 頭を狙った。あの動きは間違いなく鬼のもの、頑丈な鬼なら手加減する必要はない。頭に直撃しても、軽い脳震盪ですむだろう。


「・・・・!」


 ――――だけど分銅は、流れるような刀さばきによって、軌道を変えられてしまった。


 横に流れた分銅は壁に当たり、木っ端が散る。


 鬼の動きが止まった。唐突に静かになった路地で、俺達は睨み合う。


「・・・・腕は鈍ってないようだな」

 一息ついて、鬼が話しかけてきた。

「・・・・お前だったのかよ・・・・」

 こいつにだけは、見つかりたくなかった。


「どうしてお前が、ここにいる?事情を聞かせてもらおうか、久芽里夜堵」


 長らく交流がなかったが、鬼久燿茜の不遜な態度は、直っていないようだ。むしろ磨きがかかっているように感じる。


「質問するのはこっちだ。なんでいきなり攻撃をしかけてきやがった?」

「決まってるだろう。俺は鬼峻隊の頭首だ。不審者を見つけたら、即職務質問をする」

「だから、いきなり攻撃を仕掛けることを、職務質問とは言わないんだよ! 辻斬りを職務質問だと言い張るのはやめろ!」

 どうせ我が道をいく燿茜に何を言ったって、馬耳東風ばじとうふうだろう。それでも、文句を言わずにはいられなかった。

「今は、あんたに構ってる暇はないんだ。急いでるっていうのに・・・・」

「ここに用があったのか?」

「ああ、そうだよ!」

「奇遇だな。俺も、岩蝉がこの長屋に出入りしていたという情報をつかんで、張り込んでいた。その途中で、お前を見つけたんだ」

「・・・・・・・・」

 俺は穏葉の推理で、ここにたどり着くことになったが、同時に鬼峻隊も別の方面から、ここに目的の人物がいることを突きとめたようだ。

「・・・・だから、攻撃を仕掛けてきやがったのか」

「一応、聞いておく。・・・・お前は奴らの仲間か?」

「わざわざ聞くなよ。・・・・どうせ、俺があいつを追跡していたところも、見てたんだろ?」

「そうだが、念のために聞いておくことにした」

 性格が悪いと思って、また溜息一つ。性格に関しては、俺も人のことは言えないが。

「それで、あんたらはどう動くつもりだ?」

「あの長屋のまわりには、部下を張りこませている。動きがあれば、俺のところに報せがくるだろう」

「そういや、さっきも張り込んでるって言ってたけど、ここには隠れる場所がないだろ。隊士はどこに隠れてるんだ?」

 路地は狭くて、無駄なものがほとんど置かれてないから、隠れる場所はない。隊士達がどこに隠れているのか、それが不思議だった。


「まわりの長屋を一時的に接収し、中に見まわり組の隊士を張りこませた」

「・・・・・・・・は? 住んでた人はどうしたんだよ?」


「別の場所に避難させた」


「・・・・・・・・」


(・・・・さすが耀茜だ。やることが違う)

 大勢いる住民を丸ごと別の場所に移動させるなんて、やることの規模が大きすぎる。

 だが、安心した。耀茜ならこの強引さで、無事、御政堂に攻撃を仕掛けた連中を捕まえてくれるだろう。

 久芽里にかけられた疑いは、晴れるはずだ。

 ならばここは燿茜に任せて、穏葉を追いかけようと、俺は頭を切り換える。

「んじゃ、ここは鬼峻隊に任せる。一人も見逃さないように、ちゃんと見張りを続けて――――」


「――――その必要はねえよ」


 突然割りこんできた低い声に、呼吸が止まる。

 ひたひたと、落ちついた足音が近づいてくる。

「おめえらが動く必要はねえさ。こっちから来てやったからな」


 暗闇から分離するように、一つの影が現れる。


 頭髪は白く、肌は浅黒い。顔には皺が刻まれているが、背筋は真っ直ぐ伸びていて、眼光は剣呑に光っている。老齢の鬼だが、全身から発せられる気迫からは、少しも老いを感じなかった。


侠千きょうせん・・・・」


 その名前が、耳にこびり付いた。

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