鬼の花嫁

炭田おと

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51_失敗してしまった・・・・_前半

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 坂本屋の主人は人気のない方向に進み続けて、やがて森林地帯にやってきた。


 人家は途絶え、道も獣道になり、虫が漂いはじめる。人の姿はなく、動物の気配だけが、暗闇の中を蠢いている。

 どこまで進むつもりなのかと、不安に思いながら、それでも追跡を続けていると、目的地らしき場所が見えてきた。

 このあたりには集落はなさそうなのに、一軒だけ、物置のような粗末な建物が、取り残されたように建っていた。家の壁は隙間だらけで、そこから灯りが零れている。


 坂本屋の主人は、その建物に入っていく。


 しばらくすると、言い争うような声が聞こえてきた。

 近づくのは危険だとわかっていたけれど、会話の内容を聞き取れるかもしれないと思い、私は危険を覚悟で建物に近づき、壁に張りついた。

「どうしてここに来やがった?」

「不安で仕方がないんだ・・・・鬼峻隊や、刑門部の奴らが、ひっきりなしに通りをうろついてるんだぞ?」

 小屋の壁は隙間だらけで薄いから、会話はよく聞こえた。

「大丈夫だから、お前は店に戻っていろ」

「世話になったあんた達の頼みだから、あの連中に協力したが、この先どうするつもりなんだ? 俺は、鬼峻隊や刑門部にしょっ引かれるような事態は、ごめんだぞ!」

 坂本屋の主人の声は大きくなる。

「どうしてくれるんだ! 俺は関係ないっていうのに!」

「関係ない? ・・・・おいおい、ふざけてんのか? 今までさんざん、密輸品で甘い蜜を吸っておきながら、今さら俺達三船衆と手を切ると?」

(三船衆!? この人達、三船衆なんだ!)

 三船衆という集団のことは、聞いたことがある。確か、鬼ではなく人間だけで構成された組織で、密輸入を生業にしていたはずだ。

 鴉衆に南鬼の品物を流したのは、三船衆だったようだ。

「あんた達が悪いなんて、思ってないさ。だが、あんた達が一緒に仕事をしている、鴉衆とかいう連中はまずい! 御政堂に攻撃を仕掛けるなんて・・・・。まさか、あんた達、襲撃のことを知ってたのか!?」

「んなわけねえだろ! 侠千の野郎、こちらには何の断りもなく、あんな大きな事件を起こしやがった! 鴉衆の連中と関わるのは、金輪際止める」


「だったら、刑門部の武官が来る前に、その岩蝉がんせんとかいう鬼を、刑門部に引き渡せよ!」


 岩蝉という名前を聞いて、ハッとした。僧侶に成りすまして御政堂に入り込んだ鬼の名前が、岩蝉だったはずだ。


「・・・・てめえ。誰を指差してんのか、わかってんだろうな?」


 低く、脅すような声が、建物の中から物音を奪っていった。男達が急に喋らなくなり、私は息を詰める。


「お、脅したって無駄だぞ。俺達は、もうお前らとは関わらないって決めたんだ・・・・」

 三船衆の男達が、言い返すけれど、岩蝉の気迫に気圧されているのか、その声は弱々しかった。

「そう決めたのなら、関わる必要はねえさ。俺達は未明に、この国を出る。刑門部や鬼峻隊がここに踏み込むときには、俺はもう南鬼にいるってわけさ。痕跡は何も残さない。だからあんた達は、知らぬ存ぜぬを貫きゃいいんだ。そうすりゃ、すべて丸く――――」


「――――そこで何をしてる?」


 ――――背後から聞こえた声に、血が凍る。


 中の会話を聞き取ろうと必死になるあまり、私は、まわりのことが疎かになっていたらしい。


 振り返った時にはもう、一人の男が、そこに立っていた。


「そこで何をしているのかって、聞いてるんだよ」


 男は威圧的な態度を取りながら、私に近づいてきた。後退ろうとしたけれど、背後は壁で退路はない。


 いつの間にか、小屋の中から、会話は聞こえなくなっていた。

「どうした?」

 そうして戸が開いて、三船衆の男達と、坂本屋の主人が出てくる。

「この女が、俺達の会話を盗み聞きしていた」

「なんだと!?」

 家の中にいたのは、坂本屋の主人も含めて、五人。最初に声をかけてきた男を入れると、六人になる。

 その中の一人の手首に、鴉の刺青が見えた。彼が、岩蝉なのだろう。

 その六人に、私は壁際に追いこまれて、取り囲まれてしまった。

 失敗した。夜堵と別行動をしている、こんな時に、と歯噛みしても、もう遅い。

「俺達のことを探ってたのか?」

「もしかして、刑門部のまわし者なんじゃないか!?」

 男達が、殺気立っていく。

「お前は誰なんだ? 黙ってないで、答えろ!」

「・・・・・・・・」

「なめやがって・・・・」

「おい、ちょっと待て」

「なんだよ!」

「――――この女がこんなに落ち着いてやがるのは、近くに仲間がいるからじゃないか?」

 私が沈黙を貫いていると、男達は勝手に勘違いしてくれた。男達はあたりを警戒しはじめて、私に対する注意が疎かになる。

 ――――これは利用できる。男達の注意が私から外れている隙を狙って、私は袖の中から形代を取りだして、手の平に隠した。

「おい、仲間がいるのか? どうなんだ?」

「・・・・います」

「なんだと!? どこにいる」


「――――そこに」

 私は腕を上げて、男達の背後を指差した。


「馬鹿な!?」

 敵に背後を取られたと勘違いした男達は、勢いよく後ろを振り返った。

 当然、そこには誰もいない。

 だけどその時にはもう、私は人数分の形代を放っていた。形代は、男達の身体に張りつくために、浮遊する。

「なんだよ、誰もいねえじゃねえか!」

 運が悪いことに、二人の男が予定よりも早く振り返ってしまったため、形代に気づかれてしまった。

「うわ、なんだ、これ!」

 二人の男は腕を振るい、六枚の形代のうち二つが、払い落とされてしまう。


「縛!」


 術を発動しながら、私は姿勢を低くして、男達の腕の下を潜り抜ける。


 そうして囲いを突破した。


「逃げるつもりか!?」

「逃がすと思ってんのかよ!」

 男達は私を追いかけるため、身体の向きを変えようとした。


 ――――だけど鬼道の術が男達の動きを縛り、彼らは不自然な姿勢のまま、固まった。


「うわ、なんだこれ!? 身体が動かねえぞ!?」

「くそ! 鬼道か!」

「動く奴だけで、あの女を追いかけろ! 絶対に逃がすんじゃねえぞ!」

 半数の動きを、封じることに成功したようだ。岩蝉の両足も固まり、身体をねじって私に腕を伸ばそうとするも、その手が私に届くことはなかった。

 私は森の中に飛び込む。

 すぐさま、足音が追いかけてきた。藪を掻きわける音が、背後から迫ってくる。

(なんとかして、夜堵と合流しないと!)

 だけど、女の脚力で、男の脚力に勝つのは難しい。徐々に距離が縮まっていくのが、足音の大きさからわかった。

 私はまた、袖の中から形代を取りだして、追いかけてくる男に向かって投げつけた。

「斬!」

 浮遊した形代は加速して、手裏剣のような速さと鋭さで待機を切り裂き、男達に迫る。そして男の腕や足を、切り裂いていく。

「ぐああ・・・・!」

 ――――だけど、傷は浅く、足止めできたのは、一瞬だけだった。

 すぐに男達は体勢を立て直し、また追いかけてくる。

 私はもう一度、形代を投げたけれど、男達は今度は、腕が傷つくことを厭わずに、形代を払い落とす。


「あっ・・・・!」


 そして私は追いつかれ、髪をつかまれてしまった。


「その女は鬼道師だ! 形代を使わせるな!」

 鬼道を封じるために腕をつかまれ、後ろに捩じり上げられる。容赦なく力を込められて、手首の骨が折れそうだった。

「さんざん手こずらせやがって!」

 男が顔を近づけて、凄んでくる。

「おい、この女、どうするつもりだ?」


「どうするもこうするも――――顔を見られたんだ。生かしておくわけにはいかねえよ」


 どくんと、高く心臓が鳴る。


 振り返り、殺意を滾らせる男達の両眼を見て、身体が動かなくなった。


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