鬼の花嫁

炭田おと

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52_失敗してしまった・・・・_後半

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「斬!」


 だけどその瞬間、高く、鋭い声が飛んできた。

 振り返ろうとした男の顔面すれすれを、白い何かがかすめていく。

 男の顔に赤い線が残り、そこから血の粒が飛び散った。

「その子を放しなさい!」

 振り返った私の目に、髪の長い少女の姿が飛び込んでくる。


(凛帆様!? どうしてここに・・・・? )


 そこに立っていたのは、凛帆様だった。


「また新手か? しかも、また女かよ!」

「なんでもいい! その女も捕まえろ!」

 男達が動きだす。

 すると凛帆様は再び、形代を男達に向けて、放った。

「うわっ!?」

 鋭い手裏剣のようなそれを腕に食らって、男達の足は鈍る。

 間違いない、凛帆様が使っているのは、鬼道だ。凛帆様は、鬼道の知識を持っているだけだと思っていたけれど、実際に使うこともできるようだった。

 ――――男達の意識は、凛帆様に向いている。

 その隙に私は、自分の手首を枝で切り裂いて、形代にありったけの血を染み込ませた。


(あの術を使うしかない!)

 そして身体を反転させながら腕を振るって、形代を飛ばした。

 鬼道の術は基本的に、攻撃には向いていない。破壊力は乏しく、攻撃よりも、防御に特化していた。

 だけど中には、敵に強い衝撃を与える術も、いくつかある。かなり体力を消耗させられるけれど、今はそれを使うしかなかった。

「この野郎、また・・・・!」

「何度も同じ手を食らうと思うなよ!」

 男達は私の動きに気づき、また形代を払い落とそうとしたけれど、今度は私も学習している。

 私は形代の動きを操って、鬼が腕を振るう瞬間に、下降させた。

 低空飛行させてから浮上させ、背後を取ることに成功する。

 形代は、男の背中に張り付いた。


「雷光!」


 ――――光の柱が男の身体を貫いて、男は光の中で痙攣する。


「うわあああ!?」

 男の絶叫が響き渡った。


 光は一瞬で消えたけれど、光の消滅とともに、男は意識を失い、膝から崩れ落ちていた。


 雷の鬼術だ。直撃したから、半時間は意識が戻らないはず。

「この・・・・!」

 残る一人が、今度は私に襲いかかってきた。

 私はいったん逃げようとしたけれど、背後から鈍い音が聞こえてきて、足を止める。

 振り返ると、追いかけてこようとしていた男はなぜか、直立の姿勢になっていた。


 男は二、三歩ふらつくと、眼球がぐるんと上向いて、白目になり、頭が後ろに倒れていく。そして彼は草地に横たわり、動かなくなった。


「ふう・・・・」

 鬼の後ろには、岩を抱えた凛帆様が立っていた。


「・・・・鬼道は便利だけど、やっぱり最終的には、物理で殴るのが一番みたいね」


 ――――何気に、恐ろしいことを言う人だ。


「・・・・どうして凛帆様がここにいるんですか?」

「疑われていたからね。疑惑を晴らしたくて、こっそり抜け出して、この件について調べてたの」

「大人しくしていると、仰ってたじゃありませんか」

「あはは・・・・まあ、あれはねえ・・・・」

 凛帆様は笑うことで時間を稼いで、言い訳を考えていたようだけれど、その口から、納得できる説明が出てくることはなかった。どうやら、思いつかなかったらしい。

「あいつらはどこに行った? 探せ!?」

 森の奥から、男達の声が聞こえてきた。

 鬼道の効力は、長くはもたない。効力が消えて、自由に動けるようになった男達が、私達を追ってきたようだった。

 このままでは、見つかるのも時間の問題だった。話をしている余裕はない。

「・・・・どうやら、ゆっくりと話している時間はなさそうね」

「そうみたいです」

「場所を移動しましょ。こっちへ」

 凛帆様の後を追いかけて、私は走り出した。





 走って、走って、走って。

 ――――そうして私達は、京月の市街地まで戻ってきた。

「・・・・こ、ここまでくれば、もう大丈夫よね」

 息を切らしながら、凛帆様は立ち止まって、膝に手をつく。

 無我夢中で逃げてきたけれど、これ以上走り続けるのは、さすがに無理だった。

「これから、どうしましょうか?」

「刑門部省に助けを求めましょう! ここから近いわよ」

 刑門部省――――そう聞いて、真っ先に、諒影の顔が頭に浮かんでいた。

 諒影に会うわけにはいかないけれど、ここからだと、鬼峻隊の屯所より、刑門部省のほうが近い。

(行くしかない)

 凛帆様の安全を守るために、刑門部省に行くしかないと腹をくくった。刑門部省の武官に凛帆様を任せて、諒影が出てくる前に、姿を消せばいい。

「それじゃ、刑門部省に行きましょう!」

「はい」

 私達は、刑門部に向かって走った。

「見て、門が見えてきたわ!」

 しばらく走ると、正面に、刑門部省の門が見えてきた。

 厳めしい門の門柱の前には、門衛が立っている。

「もう少しです、もう少しですから――――」


 だけどあと少しという位置で、路地から飛び出してきた人影が、私達の前に立ち塞がっていた。


 驚いて、悲鳴も喉の奥に引っ込んでしまう。

「なっ・・・・!?」

 逃げる間もなく、羽交い締めにされた。悲鳴を上げようとしたけれど、大きな手によって顎ごとつかまれ、口を開くこともできなくなる。

「誰か助けて! ・・・・むぐ!」

 凛帆様も同じように羽交い締めにされ、口を塞がれてしまう。

 そして私達は、路地の暗がりに引き摺り込まれてしまった。

「・・・・やっぱりここに逃げてきやがったか・・・・」

 背後から聞こえてきたのは、男の低い声。


「――――お前らは真っ先に、刑門部に逃げこむと思ってたよ」


 岩蝉達のにやけ顔が、そこにあった。


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