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53_侠千と梗朱_耀茜視点
しおりを挟む「侠千・・・・」
「おうよ。おいらの名前は、一応覚えててくれたのか」
その男の名前を、忘れるはずがない。
――――鴉衆の頭目、侠千。
鴉衆の頭目で、京月に何度も混乱を運んできた鬼だ。
戦国時代には数々の戦に身を投じ、その強さで敵軍を恐れさせてきた。
同じく、敵から脅威と見做されていた威竜長老とは、双翼の鬼神と呼ばれ、友人だった時期もあったらしい。――――今では、仇敵となったが。
威竜と同じく、閻魔の次に強い鬼だと言われている。
「人の根城の近くで、騒いでくれるなよ。うるさくて、おちおち昼寝もできねえじゃねえか」
近くの長屋の戸が開いて、数人の男が出てきた。男達は侠千の両側に広がり、俺達を睨む。夜堵が尾行していた男も、その中に混じっていた。
「誰が騒いでいるのかと思えば・・・・鬼峻隊のわっぱか。こんなところで何をしてるんだい? 飴玉でも貰いに来たのか」
「・・・・・・・・」
さすが、歴戦の鬼だけあって、気迫が違う。その気迫が結界のようなものを作っているのか、近づくことは躊躇われた。
「・・・・鬼峻隊の隊士はどうした?」
この付近には、隊士を配置していた。だが、なぜか姿が見えない。
「四六時中、おいらを見張ってやがった連中のことか」
「気づいていたのか」
「面倒くせえんで放っておいたが、いちいちついてこられると、さらに面倒くせえことになるんでな。ねぐらを変える前に、掃除しようと思って、どいてもらった」
「・・・・!」
抜刀し、切っ先を侠千に向ける。
だが侠千の不敵な笑みは、揺らがなかった。
「おっと、そう怒るなよ。確かに斬ったが、死んでるかどうかはわからねえ。鬼は頑丈だからな。まだ、息はあるかも」
「・・・・・・・・」
「そいで、おめえらはなんでここに来たんだ? 用件ぐらいは聞いてやるよ」
「・・・・御政堂を襲撃した賊を捜している。あの件に、お前は一枚噛んでいるのか?」
「一枚も何も――――あれは、おいら達が仕掛けたのさ」
予想に反して、侠千は拍子抜けするほどあっさりと、罪を認めた。
束の間、驚きで俺達は声を奪われる。
「・・・・ずいぶんあっさりと、認めやがったな」
「否定する理由がねえなあ。失敗したのは予想外だがよ」
侠千は顎を撫でる。
「何が目的だった?」
「おいら達の目的なら、てめえらはもうわかってんだろ」
「・・・・閻魔か」
「その通り」
「・・・・なぜ閻魔を奪おうとした?」
そう問うと、侠千の目がぎらりと光る。
「違うさね。――――おいら達は、閻魔堂の中を確かめようとしただけさ」
「閻魔堂の中を?」
「閻魔は、おいら達の大将だ。だが、おいら達はその姿を一度も見たことがない。――――本当に閻魔堂で、おいら達の大将が眠っていると、どうしててめえらは疑うことなく、信じていられるんだい?」
侠千の問いに、心臓を突き刺されたような衝撃を受けた。
閻魔は、北鬼の中心の閻魔堂で、眠っている。――――誰もが、子供の頃に教えられたその話を、疑うことなく信じていた。
だが、誰一人として実際に、自分の目で、閻魔の姿を確認した者はいない。閻魔堂に立ち入ることができるのは、御主と閻魔の花嫁だけだからだ。
「まあ、でもよく考えれば、奪うという言葉も間違っちゃいない。実際に閻魔堂に大将がいるのなら、起きてもらおうとも考えていた」
「目覚めさせるつもりだったのか」
「閻魔が眠って、何百年経ったと思ってる? 子孫のおいら達には、何らかの役目があったはずなのに、今じゃ、その役目が何なのかもわからなくなっちまっている」
「役目? 何の話だ?」
俺が問うと、侠千の口角は歪んだ。
「耀茜。おいらは、お前はもう少し賢いと思ってたんだがな。どうして、鬼がこの世に生まれた理由を考えない? おいら達は、生き物としては不完全だ。男しか生まれねえのに、子孫を残すには、人間の女が必要ときた。種として考えると、あまりにもおかしいじゃねえか」
侠千の両眼が、ぎらりと光る。
「――――忌まわしいほど長い寿命も、頑丈な身体も、何かの役割に合わせて生み出されたはずだぜ。・・・・だが、その役割がわからない」
「・・・・・・・・」
「今の御政堂は、鬼の体制を維持するだけの組織に成り下がってやがる。腐っちまったのさ。・・・・閻魔にさっさと起きてもらって、本来の目的を果たしてもらわにゃいけねえ」
「燿茜、耳を貸すな。あいつはくだらない議論をさせて、時間稼ぎをするつもりなんだよ」
夜堵が小声で、そう忠告してくる。声が聞こえたのか、侠千は不快感をあらわにした。
「・・・・若い鬼が、生まれた理由を考えることを、くだらないと切り捨てるとは・・・・嘆かわしいねえ」
「ここで議論するのが、時間の無駄だって言ったんだよ。くだを巻きたいなら、ここで大人しくお縄について、鬼峻隊の屯所に行って来いよ。そこで隊士達が、じっくりと話を聞いてくれるさ」
「・・・・なるほど。確かに、お前の言う通りだ」
夜堵が、妙に合理的な意見を言ったことを、少しおかしく感じる。だがそれで、頭を切り換えることができた。
「・・・・見張りを全員倒したのなら、ここに出てくる必要はなかっただろう? なのに、わざわざ出てきたのか」
「必死に頑張ってる後輩達に、ねぎらいの言葉でもかけておこうと思ってよ」
「後輩? 御政堂を潰したがっている危ない連中を、先輩なんて呼びたくない――――」
「誰か、助けて!」
助けを呼ぶ声が、耳に入ってくる。
その声を聴いた瞬間、身体の動きが鈍っていた。
――――御嶌の声じゃない。だがなぜか、頭の中に、襲われそうになっている御嶌の姿が浮かんでいた。
その声に、夜堵も反応している。
誰かが襲われているのだろうか。助けに行かなければならないが、目の前にいる最強の鬼をどうにかしない限り、動くことができない。
「・・・・おや、誰かがおめえらの助けを必要としているようだぜ?」
侠千は顎を撫でた。
「ちょうどいい。おいらもそろそろ、引き際だと思ってたんでね。ここいらでお開きといこうじゃねえか」
「・・・・ふざけてるのか? この状況で、俺達がお前を逃がすとでも?」
「ここでおいらにかまけてたら、おめえらは、あの女を助けられないだろうが。二兎を追う者は、一兎も得ず。使い古された言葉だぜ?」
目の前の鬼を、最優先すべきだとわかっている。
だがなぜか気持ちが焦り、集中力が欠けていた。
「・・・・・・・・」
「冷たいねえ。助けを求める婦女子を、見捨てるっていうのか」
「見捨てはしない。――――だが、お前も逃がさない」
俺は腰を低く落として、刀の柄に手を置いた。
「・・・・なめられたもんだな」
侠千の声も、低く、研ぎ澄まされる。
「片手間でおいらを捕まえられるとでも? 耄碌したが、てめえらわっぱに後れをとるほど、落ちぶれちゃいねえよ」
「ほざけ」
互いの間合いを計り、睨み合う間、時間が止まったように、空気の流れも停滞し、ぴくりとも動かなかった。
重たい空気を振り払うように、俺は足を前に出す。
――――だがその瞬間に、足元に誰かの影が落ちていた。
「・・・・!」
反射的に、後ろに飛びのいた。
俺がいた場所に、刀が振り下ろされる。
たった一刀の衝撃で、風が渦巻いて砂埃が舞い上げられた。刀を振り下ろした人物が、砂が取り払われた場所に降り立ち、白銀の髪が揺れる。
「梗朱!」
「よっ、久しぶり」
攻撃を仕掛けておきながら、梗朱は俺達に笑顔を向けた。
「おせえぞ、梗朱」
「そういうなよ、オヤジ。あんたの命令のおかげで、忙しかったんだぞ」
鴉衆の頭目と、二番手がここに揃ったようだ。
梗朱は俺に目を戻す。
「こうして会うのは、何年ぶりだ? あ、翔肇と明獅は元気?」
その笑顔のまま、梗朱は話しかけてきた。夜堵のこめかみが、怒りで痙攣する。
「・・・・いきなり攻撃を仕掛けておいて、親友みたいに話しかけてくるんじゃねえよ」
「えー? 生死を共にした仲じゃないか」
「大昔はな。・・・・今は敵だ」
俺が睨むと、逆に梗朱の笑みは深くなった。
「おい、旧交を温めたいんだろうが、それはまた今度だ。出てきたばっかりで悪いが、逃げるぞ」
「ええ、もう?」
梗朱は不満そうに、顔を顰める。
「しゃあねえだろ。向こうはおいら達を捕まえる気満々なんだからよ」
「しょうがないなあ」
そう言って、二人は身を翻そうとする。
「待て――――」
次の瞬間、爆発音に鼓膜を貫かれた。
目の前を、長屋の格子戸が木の葉のように舞っていく。そして長屋の内部から噴き出した粉塵が、二人の姿を覆い隠してしまう。
「・・・・っ!」
あらかじめ、長屋の部屋に、爆発物を仕掛けておいたようだ。しかも視界を悪くするために、大量の白い粉を、爆発物と一緒に置いていたらしい。粉塵の壁に邪魔されて、俺は侠千と梗朱の姿を見失ってしまった。
「行くぞ、オヤジ」
「ああ」
姿は見えないが、遠ざかっていく二人の声が聞こえる。
「待て、侠千!」
「燿茜。――――はたして、おめえさんが求める正義が、今の御政堂にあるのかな?」
「・・・・・・・・」
ずしりと、胃の中に岩を詰め込まれたような重さを、身体の中に感じた。
――――侠千は、何かを知っている。侠千の言葉は、俺が以前から感じ続けてきた、この国の違和感を浮き彫りにしていた。
「それじゃあな」
「待て!」
刀を振るって、粉塵の壁を取り払おうとしたが、その程度では薄まることはなかった。
しばらくしてようやく動いた風が、粉塵を洗い流していく。
――――だがその時にはもう、侠千達の姿はどこにもなかった。
「・・・・逃げられたみたいだな」
鴉衆の頭目に、あと一歩迫ったというのに、逃がしてしまった。
俺は刀を、鞘に収める。
「追わないのか?」
「・・・・無駄だ。連中は逃げ道を確保していたんだろう」
早い段階で、気づくべきだった。
侠千が堂々と、姿を現したことを不可解に感じていたが、後から梗朱が現れたことを考えると、侠千が囮となり、その間に梗朱が逃げ道を確保していたと考えるのが妥当だろう。
今さら追いかけても、追いつけるとは思えない。
「・・・・追わないなら、もう俺は行くぞ」
夜堵は俺に、背中を向ける。
「どこに行く?」
「やることがあるんだ。止めるなよ」
「さっきの声の主を、助けに行くつもりか?」
「・・・・もしかしたら、知り合いが関わってるかもしれないんだよ」
隠していても、夜堵の声からは、焦りが感じられた。
「耀茜!」
「頭首!」
爆発音を聞いて、別の場所にいた翔肇達が駆け付けてきた。
「あ、夜堵! あれ、夜堵じゃん! おーい、夜堵!」
「げっ・・・・」
あの時と同じく、夜堵を見つけるなり、明獅は腕を犬の尻尾のように勢いよく振る。だがその友情は一方通行のようで、夜堵のほうは顔を顰めただけだった。
「騒ぎを聞いて、駆け付けたのか? やっぱりお前も、騒がしい場所が好きなんだなあ。そういうところ、動物っぽいよな」
「騒ぎに混ざろうとしてきたんじゃねえよ。騒ぎに巻き込まれたんだよ、こいつのせいで」
夜堵は、俺を指差す。
「・・・・って、こんなことを言ってる場合じゃない。俺は行くぞ」
「待て」
「だから止めるなって言ってるだろ!」
「冷静になれ。あの悲鳴だけでは、場所を特定できない。この広い町の中から、どうやって一人の人間を捜し出すつもりだ?」
「だからって、ここでじっとしてても、情報が入ってくるわけじゃない」
「そうでもない。・・・・こちらには、数がそろっている」
「数?」
「翔肇、明獅」
俺は翔肇と明獅に向きなおる。
「隊士に招集をかけろ。これから、さっきの声の主を捜しだす」
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