鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
55 / 86

53_侠千と梗朱_耀茜視点

しおりを挟む

侠千きょうせん・・・・」

「おうよ。おいらの名前は、一応覚えててくれたのか」

 その男の名前を、忘れるはずがない。


 ――――鴉衆からすしゅうの頭目、侠千きょうせん


 鴉衆の頭目で、京月に何度も混乱を運んできた鬼だ。

 戦国時代には数々の戦に身を投じ、その強さで敵軍を恐れさせてきた。

 同じく、敵から脅威と見做されていた威竜長老とは、双翼の鬼神と呼ばれ、友人だった時期もあったらしい。――――今では、仇敵となったが。

 威竜と同じく、閻魔の次に強い鬼だと言われている。


「人の根城の近くで、騒いでくれるなよ。うるさくて、おちおち昼寝もできねえじゃねえか」

 近くの長屋の戸が開いて、数人の男が出てきた。男達は侠千の両側に広がり、俺達を睨む。夜堵が尾行していた男も、その中に混じっていた。

「誰が騒いでいるのかと思えば・・・・鬼峻隊のわっぱか。こんなところで何をしてるんだい? 飴玉でも貰いに来たのか」

「・・・・・・・・」

 さすが、歴戦の鬼だけあって、気迫が違う。その気迫が結界のようなものを作っているのか、近づくことは躊躇われた。

「・・・・鬼峻隊の隊士はどうした?」

 この付近には、隊士を配置していた。だが、なぜか姿が見えない。

「四六時中、おいらを見張ってやがった連中のことか」

「気づいていたのか」

「面倒くせえんで放っておいたが、いちいちついてこられると、さらに面倒くせえことになるんでな。ねぐらを変える前に、掃除しようと思って、どいてもらった」

「・・・・!」

 抜刀し、切っ先を侠千に向ける。

 だが侠千の不敵な笑みは、揺らがなかった。

「おっと、そう怒るなよ。確かに斬ったが、死んでるかどうかはわからねえ。鬼は頑丈だからな。まだ、息はあるかも」

「・・・・・・・・」

「そいで、おめえらはなんでここに来たんだ? 用件ぐらいは聞いてやるよ」

「・・・・御政堂を襲撃した賊を捜している。あの件に、お前は一枚噛んでいるのか?」


「一枚も何も――――あれは、おいら達が仕掛けたのさ」


 予想に反して、侠千は拍子抜けするほどあっさりと、罪を認めた。


 束の間、驚きで俺達は声を奪われる。


「・・・・ずいぶんあっさりと、認めやがったな」

「否定する理由がねえなあ。失敗したのは予想外だがよ」

 侠千は顎を撫でる。

「何が目的だった?」

「おいら達の目的なら、てめえらはもうわかってんだろ」

「・・・・閻魔か」

「その通り」

「・・・・なぜ閻魔を奪おうとした?」

 そう問うと、侠千の目がぎらりと光る。

「違うさね。――――おいら達は、閻魔堂の中を確かめようとしただけさ」

「閻魔堂の中を?」


「閻魔は、おいら達の大将だ。だが、おいら達はその姿を一度も見たことがない。――――本当に閻魔堂で、おいら達の大将が眠っていると、どうしててめえらは疑うことなく、信じていられるんだい?」


 侠千の問いに、心臓を突き刺されたような衝撃を受けた。


 閻魔は、北鬼の中心の閻魔堂で、眠っている。――――誰もが、子供の頃に教えられたその話を、疑うことなく信じていた。

 だが、誰一人として実際に、自分の目で、閻魔の姿を確認した者はいない。閻魔堂に立ち入ることができるのは、御主と閻魔の花嫁だけだからだ。


「まあ、でもよく考えれば、奪うという言葉も間違っちゃいない。実際に閻魔堂に大将がいるのなら、起きてもらおうとも考えていた」

「目覚めさせるつもりだったのか」

「閻魔が眠って、何百年経ったと思ってる? 子孫のおいら達には、何らかの役目があったはずなのに、今じゃ、その役目が何なのかもわからなくなっちまっている」

「役目? 何の話だ?」

 俺が問うと、侠千の口角は歪んだ。

「耀茜。おいらは、お前はもう少し賢いと思ってたんだがな。どうして、鬼がこの世に生まれた理由を考えない? おいら達は、生き物としては不完全だ。男しか生まれねえのに、子孫を残すには、人間の女が必要ときた。種として考えると、あまりにもおかしいじゃねえか」

 侠千の両眼が、ぎらりと光る。

「――――忌まわしいほど長い寿命も、頑丈な身体も、何かの役割に合わせて生み出されたはずだぜ。・・・・だが、その役割がわからない」

「・・・・・・・・」

「今の御政堂は、鬼の体制を維持するだけの組織に成り下がってやがる。腐っちまったのさ。・・・・閻魔にさっさと起きてもらって、本来の目的を果たしてもらわにゃいけねえ」


「燿茜、耳を貸すな。あいつはくだらない議論をさせて、時間稼ぎをするつもりなんだよ」

 夜堵が小声で、そう忠告してくる。声が聞こえたのか、侠千は不快感をあらわにした。

「・・・・若い鬼が、生まれた理由を考えることを、くだらないと切り捨てるとは・・・・嘆かわしいねえ」

「ここで議論するのが、時間の無駄だって言ったんだよ。くだを巻きたいなら、ここで大人しくお縄について、鬼峻隊の屯所に行って来いよ。そこで隊士達が、じっくりと話を聞いてくれるさ」

「・・・・なるほど。確かに、お前の言う通りだ」

 夜堵が、妙に合理的な意見を言ったことを、少しおかしく感じる。だがそれで、頭を切り換えることができた。

「・・・・見張りを全員倒したのなら、ここに出てくる必要はなかっただろう? なのに、わざわざ出てきたのか」

「必死に頑張ってる後輩達に、ねぎらいの言葉でもかけておこうと思ってよ」

「後輩? 御政堂を潰したがっている危ない連中を、先輩なんて呼びたくない――――」


「誰か、助けて!」


 助けを呼ぶ声が、耳に入ってくる。


 その声を聴いた瞬間、身体の動きが鈍っていた。


 ――――御嶌の声じゃない。だがなぜか、頭の中に、襲われそうになっている御嶌の姿が浮かんでいた。


 その声に、夜堵も反応している。

 誰かが襲われているのだろうか。助けに行かなければならないが、目の前にいる最強の鬼をどうにかしない限り、動くことができない。


「・・・・おや、誰かがおめえらの助けを必要としているようだぜ?」

 侠千は顎を撫でた。

「ちょうどいい。おいらもそろそろ、引き際だと思ってたんでね。ここいらでお開きといこうじゃねえか」

「・・・・ふざけてるのか? この状況で、俺達がお前を逃がすとでも?」

「ここでおいらにかまけてたら、おめえらは、あの女を助けられないだろうが。二兎を追う者は、一兎も得ず。使い古された言葉だぜ?」

 目の前の鬼を、最優先すべきだとわかっている。

 だがなぜか気持ちが焦り、集中力が欠けていた。

「・・・・・・・・」

「冷たいねえ。助けを求める婦女子を、見捨てるっていうのか」

「見捨てはしない。――――だが、お前も逃がさない」

 俺は腰を低く落として、刀の柄に手を置いた。


「・・・・なめられたもんだな」

 侠千の声も、低く、研ぎ澄まされる。

「片手間でおいらを捕まえられるとでも? 耄碌したが、てめえらわっぱに後れをとるほど、落ちぶれちゃいねえよ」

「ほざけ」

 互いの間合いを計り、睨み合う間、時間が止まったように、空気の流れも停滞し、ぴくりとも動かなかった。

 重たい空気を振り払うように、俺は足を前に出す。


 ――――だがその瞬間に、足元に誰かの影が落ちていた。


「・・・・!」

 反射的に、後ろに飛びのいた。

 俺がいた場所に、刀が振り下ろされる。

 たった一刀の衝撃で、風が渦巻いて砂埃が舞い上げられた。刀を振り下ろした人物が、砂が取り払われた場所に降り立ち、白銀の髪が揺れる。

梗朱きょうしゅ!」

「よっ、久しぶり」

 攻撃を仕掛けておきながら、梗朱は俺達に笑顔を向けた。

「おせえぞ、梗朱」

「そういうなよ、オヤジ。あんたの命令のおかげで、忙しかったんだぞ」

 鴉衆の頭目と、二番手がここに揃ったようだ。

 梗朱は俺に目を戻す。

「こうして会うのは、何年ぶりだ? あ、翔肇と明獅は元気?」

 その笑顔のまま、梗朱は話しかけてきた。夜堵のこめかみが、怒りで痙攣する。

「・・・・いきなり攻撃を仕掛けておいて、親友みたいに話しかけてくるんじゃねえよ」

「えー? 生死を共にした仲じゃないか」

「大昔はな。・・・・今は敵だ」

 俺が睨むと、逆に梗朱の笑みは深くなった。

「おい、旧交を温めたいんだろうが、それはまた今度だ。出てきたばっかりで悪いが、逃げるぞ」

「ええ、もう?」

 梗朱は不満そうに、顔を顰める。

「しゃあねえだろ。向こうはおいら達を捕まえる気満々なんだからよ」

「しょうがないなあ」

 そう言って、二人は身を翻そうとする。

「待て――――」

 次の瞬間、爆発音に鼓膜を貫かれた。

 目の前を、長屋の格子戸が木の葉のように舞っていく。そして長屋の内部から噴き出した粉塵が、二人の姿を覆い隠してしまう。

「・・・・っ!」

 あらかじめ、長屋の部屋に、爆発物を仕掛けておいたようだ。しかも視界を悪くするために、大量の白い粉を、爆発物と一緒に置いていたらしい。粉塵の壁に邪魔されて、俺は侠千と梗朱の姿を見失ってしまった。

「行くぞ、オヤジ」

「ああ」

 姿は見えないが、遠ざかっていく二人の声が聞こえる。

「待て、侠千!」


「燿茜。――――はたして、おめえさんが求める正義が、今の御政堂にあるのかな?」


「・・・・・・・・」


 ずしりと、胃の中に岩を詰め込まれたような重さを、身体の中に感じた。


 ――――侠千は、何かを知っている。侠千の言葉は、俺が以前から感じ続けてきた、この国の違和感を浮き彫りにしていた。


「それじゃあな」

「待て!」

 刀を振るって、粉塵の壁を取り払おうとしたが、その程度では薄まることはなかった。

 しばらくしてようやく動いた風が、粉塵を洗い流していく。


 ――――だがその時にはもう、侠千達の姿はどこにもなかった。


「・・・・逃げられたみたいだな」

 鴉衆の頭目に、あと一歩迫ったというのに、逃がしてしまった。

 俺は刀を、鞘に収める。

「追わないのか?」

「・・・・無駄だ。連中は逃げ道を確保していたんだろう」


 早い段階で、気づくべきだった。

 侠千が堂々と、姿を現したことを不可解に感じていたが、後から梗朱が現れたことを考えると、侠千が囮となり、その間に梗朱が逃げ道を確保していたと考えるのが妥当だろう。

 今さら追いかけても、追いつけるとは思えない。


「・・・・追わないなら、もう俺は行くぞ」

 夜堵は俺に、背中を向ける。


「どこに行く?」

「やることがあるんだ。止めるなよ」

「さっきの声の主を、助けに行くつもりか?」

「・・・・もしかしたら、知り合いが関わってるかもしれないんだよ」

 隠していても、夜堵の声からは、焦りが感じられた。


「耀茜!」

「頭首!」

 爆発音を聞いて、別の場所にいた翔肇達が駆け付けてきた。

「あ、夜堵! あれ、夜堵じゃん! おーい、夜堵!」

「げっ・・・・」

 あの時と同じく、夜堵を見つけるなり、明獅は腕を犬の尻尾のように勢いよく振る。だがその友情は一方通行のようで、夜堵のほうは顔を顰めただけだった。

「騒ぎを聞いて、駆け付けたのか? やっぱりお前も、騒がしい場所が好きなんだなあ。そういうところ、動物っぽいよな」

「騒ぎに混ざろうとしてきたんじゃねえよ。騒ぎに巻き込まれたんだよ、こいつのせいで」

 夜堵は、俺を指差す。

「・・・・って、こんなことを言ってる場合じゃない。俺は行くぞ」

「待て」

「だから止めるなって言ってるだろ!」

「冷静になれ。あの悲鳴だけでは、場所を特定できない。この広い町の中から、どうやって一人の人間を捜し出すつもりだ?」

「だからって、ここでじっとしてても、情報が入ってくるわけじゃない」

「そうでもない。・・・・こちらには、数がそろっている」

「数?」

「翔肇、明獅」

 俺は翔肇と明獅に向きなおる。


「隊士に招集をかけろ。これから、さっきの声の主を捜しだす」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...