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67_玉砕覚悟で、玉砕しました
しおりを挟む鐘達が戻ってきたことを知った翌日、私はまた、鬼峻隊の屯所を訪れて、鬼久頭代と向かい合っていた。
「それで、話とは何だ?」
鬼久頭代は朝から忙しかったようで、彼が屯所に戻ってきた時にはもう、日が暮れはじめていた。
障子戸から夕暮れ時の強い日差しが差し込んでいて、ぬるま湯に浸かっているような気温だった。せっかく気合を入れて伸ばしていた緊張の糸が、緩みそうになる。
「・・・・鬼久頭代に、お願いがあって来ました」
座敷で向かい合い、私は真っ直ぐ、鬼久頭代を見据える。
「なんだ」
「・・・・鬼峻隊が、鐘達の捜索をしていると聞きました」
「ああ、長老達から直々に、鐘達を捕まえるようにという指示を受けた。先代御主の暗殺に関わった鬼だ。今度こそ捕まえなければならない」
「・・・・・・・・」
「それで?鐘達の問題が、今日、お前が屯所に来たことと、どう関係する?」
私は三つ指をついて、深く頭を下げた。
「――――鐘達の捜索に、私も加えてください」
鬼久頭代の答えが返ってくるまで、間があった。
「・・・・一応、事情を聞いておく」
「鐘達は、私の父の仇です。その仇を取りたい」
顔を伏せていたから、鬼久頭代の表情は見えない。だけど次の問いかけは予想できた。
「お前の父親は、殺されていたのか」
「はい。・・・・だから、敵討ちがしたいんです。私を、鐘達の捜索に――――」
「駄目だ」
――――予想通り、即断されてしまった。
「鐘達は、鬼峻隊が捕らえる。お前は御政堂で、報告を待て」
(・・・・当たり前か)
部外者の私を、捜索に加えるはずがない。鬼久頭代の答えは、わかり切っていたはずなのに、それでも落胆を隠すことはできなかった。
「・・・・どうすれば、捜索に加えてもらえますか?」
「捜索に加えるつもりはないと言ったはずだ」
「鬼相手でも、状況によっては、鬼道で対抗できます。力を示せば、認めてくれますか?」
「問題はそれだけじゃない。三船衆を捕まえる時、お前は引くべき場面で引かなかった。お前にはまだ、敵対する鬼と遭遇した場合に、踏み込むべきなのか、引くべきなのか、それを見極める力がない」
「・・・・・・・・」
――――ぐうの音も出ない。実際、私は前回の捜査で、無茶をして、鬼峻隊に迷惑をかけてしまっていた。
「父親の仇を討とうとするのはわかるが、自分で捕まえることに執着しなくてもいいはずだ。お前は焦るあまり、視野が狭まっているように見える」
「それは・・・・」
そう、なのかもしれない。
――――たとえその言葉が正しくとも、気持ちに折り合いがつけられなかった。
「どうしても、駄目ですか? 鬼道で、役に立てることが・・・・!」
「この話は終わりだ」
「・・・・私の鬼道は、役に立たないでしょうか?」
「お前の鬼道の腕前は信頼しているし、役にも立つ。それは間違いない。だが、人間の身体は脆い。この前は運よく、命を落とさずにすんだが、次もそうだとは限らない」
「・・・・・・・・」
鬼久頭代は立ち上がった。
「・・・・そろそろ暗くなる。御政堂まで送ろう」
「・・・・いえ、大丈夫です。一人で帰れますから」
「・・・・・・・・」
鬼峻隊の屯所を出て、道をとぼとぼと歩く。
――――鬼久頭代が正しいことはわかっている。私が足手まといになる可能性があるし、万が一怪我をさせたら、という懸念もあるだろう。
それがわかっていて、私は頼んでしまった。頼まずにはいられなかった。
(きっと鐘達を捕まえれば、私は自分の気持ちに、区切りをつけられる)
家族を奪われて、心身に傷を残された。過去を振り切ったと思っていても、ふとした瞬間に、唯一の家族を奪われたこと、残された傷を思い出して、心が沈んでしまう。
(・・・・引き下がることはできない)
鬼久頭代の言葉が正しくとも、私は自分の気持ちを止められなかった。
――――――――――※――――――――――――――――――――※―――――――――
「浪健長老。お客様がお見えです」
久方ぶりの休日を、ぬるま湯のような木漏れ日の中、縁側で猫と一緒にのんびりと過ごせる幸福。
――――だがそんな大切な時間は、突然入ってきた使用人の言葉によって、壊されてしまった。
「客人? 来客の予定はないはずだが・・・・」
「御嶌と名乗っているそうです」
「御嶌・・・・」
知らない名前だ。記憶の棚を捜したが、似た名前すら見つからない。
「そんな名前の知人はいない。追い返せ」
「はい」
使用人は退室し、襖は閉じられた。日光浴に戻ったが、御嶌、という聞き覚えがない名前が、思考の糸に引っかかる。
ぼんやりと考え込んでいると、庭に人影が現れた。
「今は一人にしてくれ・・・・」
使用人が入ってきたのだろうと思い込んでいたが、その人物を見て、呼吸が止まった。
「――――お久しぶりです、浪健長老」
彼女は深く、頭を下げる。
「や、穏葉様っ!?」
驚きで、声が引っくり返っていた。わしが突然立ち上がったことに驚いた猫が、一目散に逃げていく。
「突然押しかけるような真似をして、申し訳ありません」
「穏葉様がどうしてここに・・・・い、いや、とにかくまずは、座敷に上がってください。さあ、こちらへ」
縁側に面した座敷の障子戸を、大きく開け放った。沓脱石の上に、綺麗に草履を揃えてから、穏葉様は中に足を踏み入れる。
我が家の使用人は口は堅いが、それでも穏葉様の姿を見られないほうがいいだろうと重い、障子戸を閉じた。
「そ、それで・・・・本日はどのようなご用件で?」
――――聞きたいことは、山ほどある。
「というか・・・・どうやって屋敷の中に?」
だがすぐに、真っ先に聞くべきは用件ではなく、御政堂から出られないはずの穏葉様が、どうしてここにいるのか、という点だと気づいて、言い直した。
この屋敷は高い塀で囲われ、門には門衛が立っている。穏葉様が本名を名乗ったとしても、先代御主の娘の顔を知らない門衛が、彼女を通すとは思えなかった。
「門衛の隙を突いて、中に入らせてもらいました。ここへは前に何度か来たことがあるので、抜け道も知っていましたから」
「・・・・ということは、さっき訪ねてきた御嶌と名乗った客人は――――」
「私です」
穏葉様はきっぱりと言い切った。
「――――実は、浪健長老にお頼みしたいことがございます」
穏葉様は三つ指をついて、深く頭を下げた。
「た、頼みですか? あ、いや、その前に、御主に外出許可を取ったのか、お聞きしたいんですが・・・・」
「もう、浪健長老しか、頼れる人がいません」
「・・・・・・・・」
「まずは、話を聞いていただけるでしょうか?」
隙なく質問を封じられたうえ、すかさず訴えられた。
縋るような眼差しに、否やを唱えることができずに、わしはそろそろと、頷くことしかできなかった。
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