鬼の花嫁

炭田おと

文字の大きさ
69 / 86

67_玉砕覚悟で、玉砕しました

しおりを挟む

 鐘達が戻ってきたことを知った翌日、私はまた、鬼峻隊の屯所を訪れて、鬼久頭代と向かい合っていた。


「それで、話とは何だ?」


 鬼久頭代は朝から忙しかったようで、彼が屯所に戻ってきた時にはもう、日が暮れはじめていた。


 障子戸から夕暮れ時の強い日差しが差し込んでいて、ぬるま湯に浸かっているような気温だった。せっかく気合を入れて伸ばしていた緊張の糸が、緩みそうになる。

「・・・・鬼久頭代に、お願いがあって来ました」

 座敷で向かい合い、私は真っ直ぐ、鬼久頭代を見据える。

「なんだ」

「・・・・鬼峻隊が、鐘達しょうたつの捜索をしていると聞きました」

「ああ、長老達から直々に、鐘達を捕まえるようにという指示を受けた。先代御主の暗殺に関わった鬼だ。今度こそ捕まえなければならない」

「・・・・・・・・」

「それで?鐘達の問題が、今日、お前が屯所に来たことと、どう関係する?」

 私は三つ指をついて、深く頭を下げた。


「――――鐘達の捜索に、私も加えてください」


 鬼久頭代の答えが返ってくるまで、間があった。


「・・・・一応、事情を聞いておく」

「鐘達は、私の父の仇です。その仇を取りたい」

 顔を伏せていたから、鬼久頭代の表情は見えない。だけど次の問いかけは予想できた。

「お前の父親は、殺されていたのか」

「はい。・・・・だから、敵討ちがしたいんです。私を、鐘達の捜索に――――」


「駄目だ」


 ――――予想通り、即断されてしまった。


「鐘達は、鬼峻隊が捕らえる。お前は御政堂で、報告を待て」

(・・・・当たり前か)

 部外者の私を、捜索に加えるはずがない。鬼久頭代の答えは、わかり切っていたはずなのに、それでも落胆を隠すことはできなかった。

「・・・・どうすれば、捜索に加えてもらえますか?」

「捜索に加えるつもりはないと言ったはずだ」

「鬼相手でも、状況によっては、鬼道で対抗できます。力を示せば、認めてくれますか?」

「問題はそれだけじゃない。三船衆を捕まえる時、お前は引くべき場面で引かなかった。お前にはまだ、敵対する鬼と遭遇した場合に、踏み込むべきなのか、引くべきなのか、それを見極める力がない」

「・・・・・・・・」


 ――――ぐうの音も出ない。実際、私は前回の捜査で、無茶をして、鬼峻隊に迷惑をかけてしまっていた。


「父親の仇を討とうとするのはわかるが、自分で捕まえることに執着しなくてもいいはずだ。お前は焦るあまり、視野が狭まっているように見える」

「それは・・・・」

 そう、なのかもしれない。

 ――――たとえその言葉が正しくとも、気持ちに折り合いがつけられなかった。

「どうしても、駄目ですか? 鬼道で、役に立てることが・・・・!」

「この話は終わりだ」

「・・・・私の鬼道は、役に立たないでしょうか?」

「お前の鬼道の腕前は信頼しているし、役にも立つ。それは間違いない。だが、人間の身体は脆い。この前は運よく、命を落とさずにすんだが、次もそうだとは限らない」

「・・・・・・・・」

 鬼久頭代は立ち上がった。


「・・・・そろそろ暗くなる。御政堂まで送ろう」

「・・・・いえ、大丈夫です。一人で帰れますから」

「・・・・・・・・」


 鬼峻隊の屯所を出て、道をとぼとぼと歩く。


 ――――鬼久頭代が正しいことはわかっている。私が足手まといになる可能性があるし、万が一怪我をさせたら、という懸念もあるだろう。

 それがわかっていて、私は頼んでしまった。頼まずにはいられなかった。

(きっと鐘達を捕まえれば、私は自分の気持ちに、区切りをつけられる)

 家族を奪われて、心身に傷を残された。過去を振り切ったと思っていても、ふとした瞬間に、唯一の家族を奪われたこと、残された傷を思い出して、心が沈んでしまう。

(・・・・引き下がることはできない)

 鬼久頭代の言葉が正しくとも、私は自分の気持ちを止められなかった。



 ――――――――――※――――――――――――――――――――※―――――――――



浪健ろうけん長老。お客様がお見えです」

 久方ぶりの休日を、ぬるま湯のような木漏れ日の中、縁側で猫と一緒にのんびりと過ごせる幸福。

 ――――だがそんな大切な時間は、突然入ってきた使用人の言葉によって、壊されてしまった。

「客人? 来客の予定はないはずだが・・・・」


「御嶌と名乗っているそうです」


「御嶌・・・・」

 知らない名前だ。記憶の棚を捜したが、似た名前すら見つからない。

「そんな名前の知人はいない。追い返せ」

「はい」

 使用人は退室し、襖は閉じられた。日光浴に戻ったが、御嶌、という聞き覚えがない名前が、思考の糸に引っかかる。

 ぼんやりと考え込んでいると、庭に人影が現れた。

「今は一人にしてくれ・・・・」


 使用人が入ってきたのだろうと思い込んでいたが、その人物を見て、呼吸が止まった。


「――――お久しぶりです、浪健長老」


 彼女は深く、頭を下げる。


「や、穏葉様っ!?」

 驚きで、声が引っくり返っていた。わしが突然立ち上がったことに驚いた猫が、一目散に逃げていく。

「突然押しかけるような真似をして、申し訳ありません」

「穏葉様がどうしてここに・・・・い、いや、とにかくまずは、座敷に上がってください。さあ、こちらへ」

 縁側に面した座敷の障子戸を、大きく開け放った。沓脱石の上に、綺麗に草履を揃えてから、穏葉様は中に足を踏み入れる。

 我が家の使用人は口は堅いが、それでも穏葉様の姿を見られないほうがいいだろうと重い、障子戸を閉じた。

「そ、それで・・・・本日はどのようなご用件で?」

 ――――聞きたいことは、山ほどある。

「というか・・・・どうやって屋敷の中に?」

 だがすぐに、真っ先に聞くべきは用件ではなく、御政堂から出られないはずの穏葉様が、どうしてここにいるのか、という点だと気づいて、言い直した。

 この屋敷は高い塀で囲われ、門には門衛が立っている。穏葉様が本名を名乗ったとしても、先代御主の娘の顔を知らない門衛が、彼女を通すとは思えなかった。

「門衛の隙を突いて、中に入らせてもらいました。ここへは前に何度か来たことがあるので、抜け道も知っていましたから」

「・・・・ということは、さっき訪ねてきた御嶌と名乗った客人は――――」

「私です」

 穏葉様はきっぱりと言い切った。


「――――実は、浪健長老にお頼みしたいことがございます」


 穏葉様は三つ指をついて、深く頭を下げた。


「た、頼みですか? あ、いや、その前に、御主に外出許可を取ったのか、お聞きしたいんですが・・・・」

「もう、浪健長老しか、頼れる人がいません」

「・・・・・・・・」

「まずは、話を聞いていただけるでしょうか?」

 隙なく質問を封じられたうえ、すかさず訴えられた。

 縋るような眼差しに、否やを唱えることができずに、わしはそろそろと、頷くことしかできなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...