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66_叔父_燿茜視点
しおりを挟む枝から飛び立った鳥が、風に乗って高い場所へ舞い上がっていく。
早朝の空は、目が痛くなるような紺碧に包まれていた。窓から飛び立っていく鳥を眺め、俺は一息つく。
ぼんやりしている間に、無意識のうちに手の平で、六文銭を転がしていた。そのことに気づいて、六文銭をポケットにしまう。
――――六文銭。冥土の三途の川を渡るために必要な、冥銭だ。
死んだ時に、六文銭を持っていれば、奪衣婆に衣服を剥ぎ取られずに、無事に川を渡れるという伝承がある。伝承を信じた者達が、戦に駆り出されたときに、いつ死んでも困らないよう、六文銭を衣服に縫い付けたそうだ。
俺が生まれてしばらくして、統一鬼国は分裂し、戦が起こった。
その時にはじまった戦が、とても長い戦いになると知らずに身を投じた俺は、いつからか自然と、この六文銭を持ち歩くようになっていた。
国のために、死ぬ覚悟はできている。その意思表示でもあった。
だが不思議なことに、俺はこの冥銭の伝承を、どこで聞いたのか、よく覚えていない。鬼久家には六文銭を持ち歩く風習などなく、むしろ俺がなぜそんなものを持っているのか、父母は不思議がり、俺が伝承の話をすると、そんな話が本当にあるのかと驚いていた。
「荊高様! お久しぶりです」
玄関から、使用人の驚いたような声が聞こえてきた。
「このような朝早くに、なにかご用でしょうか?」
「燿茜はいるか? 話がしたい。燿茜に会わせろ」
「燿茜様は、これからお仕事でして・・・・」
「だったら、いつ会えるのだ!?」
朝から押しかけてきた客人は、使用人を相手に、玄関でまくし立てているようだ。溜息をつきながら、俺は玄関に向かった。
「こちらは何度も足を運んでいるのだぞ! なのに一度も、まともな話し合いができたことはない! 一体、いつなら――――」
「お久しぶりです、叔父上」
俺が声をかけてようやく、叔父の怒声が止まった。
「・・・・ようやく出てきたか、燿茜」
使用人の肩越しに、叔父は俺を見た。
やや面長の顔に鷲鼻、吊り上がった目は常に人を威圧している。
俺の叔父の鬼久荊高は、昔から高圧的な鬼だった。その態度は今でも変わっていない。
「今日は、どんなご用件でしょうか」
「決まっている。お前の頭代就任の件についてだ」
俺が頭代になって、もう一か月が過ぎようとしているのに、またその話か、とうんざりした気持ちは溜息で流した。
父が隠居を決め、誰が鬼久家の次の頭代になるのかという話が持ち上がった時に、真っ先に手を挙げたのが叔父だった。だが一族の誰もそれに賛同せず、次に名乗りを上げた俺に、鬼久家の頭代の座が譲られた。
だが叔父は、一族のその決定を不服とし、今もなお、不当な決定だったと俺に付きまとっている。
「・・・・その件については、すでに決着がついたはずですが」
「私は納得していないぞ!」
叔父は怒鳴り声を散らして、下駄を履いたまま、玄関に上がろうとした。慌てて、使用人が止める。
「だいたいお前はまだ若造で、結婚もしていないじゃないか! 半人前のお前に、頭代など務まるはずがない!」
「叔父上、これから俺は、仕事に行かなければなりません。この話は、帰宅後にしましょう。今は、お引き取りください」
「駄目だ! お前はそう言って、私から逃げまわるではないか! 今ここで、決着を・・・・」
「あらあら、何の騒ぎかしら?」
場違いとも思えるような穏やかな声が、割って入ってきた。
叔父の肩越しに、庭に立つ女性の姿を見つける。
「連子様!」
笠伎が慌てて、庭に出ていった。
「久しぶりね、燿茜さん、笠伎さん」
「ええ、お久しぶりです」
質素ながら、品がいい着物に身を纏ったその女性の名前は、鬼久連子、父の三番目の後妻だった。今は隠居した父とともに、京月の南の静かな場所で暮らしている。
「ごめんなさい、お邪魔だったかしら?」
連子様は微笑を湛えたまま、三和土の中に入ってきた。思わぬ人物の登場に気勢を削がれたのか、叔父は肩を萎ませている。
「・・・・近いうちに、また来る。燿茜、次は逃げるなよ」
念を押されなくても、逃げるつもりはないと思ったが、黙っていた。
門のほうに向かった叔父の背中が、見えなくなる。
「・・・・まったく、あの方もしつこいのね」
叔父の姿が見えなくなったことを確かめてから、連子さんは溜息交じりに呟いた。
「燿茜さんはもう頭代になってるんだから、大人しく引き下がればいいのに」
「まったくです。一族の誰も、あの方が頭代になることに賛成しなかったのに、どうしていまだに、自分が頭代になるべきだと思っているのか・・・・」
連子さんはあらためて、俺を見た。
「あなたも大変ね、燿茜さん」
「いえ、慣れています。それよりも、今日はどうしてこちらに?」
「あなたのお父様に、鬼久家の様子を見てくるようにと言われたのよ。それにあなたに用事があったから」
連子さんは、玄関の段に腰かける。
「あなたもそろそろ、結婚相手を見つけるべきだと思うのよ」
「・・・・・・・・」
厄介な問題を追い返せたと思っていたが、今度は別の問題が舞い込んできた。
「あら、それはいいことですね! ですよね、燿茜様!」
しかも笠伎も連子さんに賛同して、話をさらにややこしくする。
「・・・・今はまだ、結婚するつもりはないと言ったはずです。俺にはやるべき仕事がある」
「あなたはまた、そんなことを言って! 鬼久家の跡取りであるという自覚はあるの?」
「連子さん、今は・・・・」
「今度は逃げずに、ちゃんと話を聞いてちょうだい。あなたのお父様と一緒に、家柄や年齢が見合う良家のご息女を捜したんだから! みな美人で、賢い子達ばかりよ。それは私が保証するわ。まずは、一度会ってみて――――」
「仕事があるので、失礼します」
逃げるしかないと思い、庭に出る。
「燿茜様!」
「燿茜さん!」
二人の声が追ってきたが、無視した。
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