67 / 86
65_びっくりするほど雰囲気が緩いです
しおりを挟む「どうして鬼峻隊という名前になったんですか? 由来は?」
「適当に決めた。由来はない」
「ええ!? 適当に!?」
鳩が吹き出した豆鉄砲が、顔に当たったような感覚だった。
「隊の名前を決めるにあたって、鬼という字を入れることはすでに決まっていたが、他には特に案もなかったから、すでに入隊が決まっていた者達を集め、どんな名前がいいか聞いてみた。すると何人かが辞書を持ってきて、適当な字を挙げはじめたから、多数決を取って、鬼峻隊に決まった」
「本当に適当ですね!」
「厳しいとか、険しいって感じの字を捜してて、辞書開いたら、峻っていう字が出てきたから、これでいいじゃんって即決したそうだぞ」
百目鬼隊長がにこにこしながら、教えてくれる。
「それでいいんですか!? 一生付き合うことになる、組織名なんですよ!」
「隊士が最低限、隊の名前さえ書ければ問題ない」
鬼久頭代の言葉に力が抜けて、私は畳に突っ伏してしまう。
――――緩い。なんとなくわかっていたことだけれど、この人達は規格外の、緩い思考回路を持っているようだ。規律を遵守する刑門部省の武官と、とことん相性が悪い理由が、垣間見えた気がした。
「組織名だけ書ければいいって言ってもな・・・・その組織名もかけない奴ばっかりになってるけど」
鬼久頭代の片眉が、ぴくりと吊り上がる。
「組織名ぐらいは書けるように、何度も練習させたはずだ」
「もう忘れてるぞ」
「・・・・・・・・」
はあ、と重たい溜息を零して、鬼久頭代は立ち上がる。
なぜか刀まで持ち、鬼久頭代は襖を開け放って、庭に出ていった。
「集まれ!」
その一声で、屯所の各所に散っていた隊士達が、わらわらと集まってくる。
「なんでしょう、頭首」
「鬼峻隊と書いてみろ」
「・・・・・・・・」
集められた隊士達は、ぽかんとした顔で突っ立っていた。
「どうした、早く書け」
「は、はい・・・・」
鬼久頭代に急かされて、隊士達は渋々、木の棒を手に取る。
そして庭の砂地に、文字を書きはじめた。
「・・・・・・・・」
――――きしゅんたい、と砂地に平仮名が連なっていく。誰一人、漢字で、鬼峻隊と書いた隊士はいなかった。
「・・・・峻の字どころか、鬼の字も書けてないじゃん・・・・」
その惨状を見て、久宮隊長も頭を抱えている。
「だって、おにの字、画数多いし。覚えてもどうせ使う機会は少ないわけだし、別に覚えなくていいんじゃないですかね?」
「お前らの種族を表す字だぞ! 人間が人の字を書けなかったら、どう考えてもおかしいだろ!」
「そんなのずるいですよ! だって人って、二本線組み合わせるだけの、めちゃくちゃ簡単な字じゃないですか! おにの字だって、もっと簡単なの作ってくださいよ!」
「簡単じゃないって! 組み合わせる方向を間違ったら、入の字になるんだぞ」
「種族を聞かれたときに、おにです、って答えられれば、それで十分じゃん」
鬼峻隊の二番隊隊長からして、この言い分なのだ。隊士達が文字を覚えるはずがなかった。
「お前達、あれだけ練習させたのに、もう忘れたのか・・・・?」
鬼久頭代の肩から、怒気が放たれている。その気配を感じ取ったのか、隊士達は震え上がった。
「お、俺達だけじゃないですよ! 百目鬼隊長なんて、名字すら漢字で書けませんよ!」
一同の視線が、今度は百目鬼隊長に向かう。百目鬼隊長は面食らって、頬張っていた和菓子の欠片が、口の端から零れていた。
「・・・・ん? 俺?」
「そうだよ。お前が名字も書けないって、隊士達が馬鹿にしてるぞ」
「ひっでーな。ちゃんと書けるよ、名字ぐらい」
「じゃ、書いてみろよ」
「・・・・・・・・」
百目鬼隊長は緩慢な動きで庭に飛び下りると、隊士の一人から木の棒を奪って、地面に文字を書きはじめる。
「おい! 記号みたいな形にして、誤魔化そうとするな!」
――――書けないことを誤魔化すために、百目鬼隊長は文字の線を波のようにたわませたり、形を崩したり、何重にも線を重ねて太くするなどの小細工を重ね、わざと読み取れないようにしていたようだが、そんな方法が通じるはずもなかった。
「うん? ほら、ちゃんと書けてるよ?」
「・・・・形を崩して読み取れないようにしても、無駄だぞ」
「・・・・なんて幼稚な小細工を・・・・今時、二歳児だってそんなことはしないぞ」
「ちゃ、ちゃんと書けてるよ」
そう答えつつ、百目鬼隊長の目は泳ぐ。
「どこが書けてるんだよ! 百の白の枠内が、田になってるじゃないか!」
「ほら、俺達が言った通り、百目鬼隊長だって、名字を書けないでしょう?」
なぜか隊士達は、勝ち誇ったような顔をしている。
「・・・・本当に鬼峻隊って、底抜けの馬鹿が揃ってるよね・・・・」
「ひどいですよ、久宮隊長! 俺達、百目鬼隊長よりは頭はいいですよ!」
「なんで明獅が基準なんだよ! 明獅は馬鹿の極致に立っている鬼だぞ!」
――――失礼すぎるやりとりだ。これはさすがに百目鬼隊長が怒るだろうと、そっと彼のほうを盗み見たけれど、百目鬼隊長はもうこの話題に飽きたのか、猫と楽しそうに遊んでいて、こっちを見てもいない。
(・・・・それでいいの? )
そう思ったけれど、あえて聞かないことにした。
鬼峻隊の隊士達の騒がしさに呑まれているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。
そのことに気づいて、辞去することにして席を立つ。
「ふう・・・・」
縁側から空を見上げると、空は茜色に染められていた。
「話し合い、どうだった?」
誰もいなかったはずなのに、声をかけられて、私は息を呑む。
「夜堵!」
「どうして夜堵が、鬼峻隊の屯所にいるの?」
「うん、まあ、色々あってね」
「・・・・・・・・」
どうやら夜堵も、事情を話してくれるつもりはないようだ。蚊帳の外に置かれているようで、少し寂しい気がしたけれど、私に聞き出す権利はない。
「そんなことよりも、燿茜が木蔦の宮に来たんだろ? どんな様子だった?」
「・・・・え?」
一瞬、頭が真っ白になっていた。
「な、なんで、夜堵がそのことを知ってるの?」
「だって、燿茜が穏葉に会いに行くって言ってたから」
「言ってたの!? どうして止めてくれなかったのよ!」
私は夜堵の胸倉をつかんで、詰め寄る。揺さぶられても、夜堵はへらへらと笑っていた。
「だって俺には、止める理由がないし」
「なっ・・・・!」
「戻ってきた燿茜が、ちょっと戸惑った様子で、゛穏葉様の声が変だった゛って言ってたのを聞いたときは、笑いが止まらなかった」
「夜堵っ!」
自分でも驚くほど大きな声が、口から飛び出していた。
「笑い事じゃないってば! 鬼久頭代がまた来たら、次に私は、どんな変声で対応すればいいの!?」
「・・・・いや、普通に対応すればいいだろ。なんで変声縛りをしてるんだよ」
笑顔から一転、夜堵は呆れ顔になっていた。若干、引かれている気配を感じる。
「だってそれじゃ、声で正体がばれるでしょ!」
「それはしょうがない。いっそ自分から暴露してみるのもいいんじゃない?」
「正体がばれたら、鬼久頭代のことだから、御政堂に連れ戻される!」
「この前みたいなことにならないように、御政堂で大人しくしているのが一番だよ」
「夜堵!」
夜堵は身体を反転させて、私の手から逃れる。
すぐにもう一方の手を伸ばしたけれど、夜堵は姿勢を低くして、私の手の下を掻い潜り、庭に飛び降りてしまった。
「それじゃ、また」
「待て――――」
私の次の言葉を待たずに、夜堵は塀を駆け上がり、向こう側へ姿を消してしまう。
「まったく・・・・」
振り上げたこぶしを誰にもぶつけることができず、私は地団太を踏んだ。
そうして御政堂に戻るために、私は京月の通りをとぼとぼと歩く。
「ん・・・・?」
道端に立札が立てられていることに気づいた。――――立札には手配書が張りつけられていて、道行く人達も足を止め、手配書に見入っていた。
「・・・・暗殺に関わった鬼が、京月に戻ってきたんだとよ。見かけたら刑門部省か鬼峻隊に届け出ろと言う御触れらしい」
「まあ、物騒なこと・・・・追われてるっていうのに、何をしに戻ってきたんだか」
立札を囲んでいる人達は、ひそひそと話をしている。私は興味を引かれ、立札に近づく。
「・・・・!」
立札に描かれた似顔絵と、名前を見て、雷に打たれたように動けなくなってしまった。
――――鐘達。立札には、そう書かれてあった。
「――――先代御主の、貴円様を暗殺した男だろ? なんでまだ捕まってないんだ?」
「暗殺後、すぐに京月を出て、姿をくらましていたらしいよ。さすがに田舎に隠れられると、捕まえるのも難しかったんだろうな・・・・」
「自分から、網の中に戻ってくるなんて馬鹿だよなあ」
耳鳴りに耳を塞がれて、音が遠い。集まった人々の声が、襖越しに聞こえてくるように、くぐもって聞こえた。
「鐘達って奴は、目元に傷があるようだな」
「目のところに傷がある奴には、近づかないようにしようぜ」
私の目は立札に釘付けになり、瞬きすることも、目を逸らすこともできなくなっている。
(鐘達が戻ってきた。――――父上を殺した男が、戻ってきたんだ)
膝が、指先が震えている。私は震えを少しでも止めるために、固く拳を握った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる