鬼の花嫁

炭田おと

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65_びっくりするほど雰囲気が緩いです

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「どうして鬼峻隊きしゅんたいという名前になったんですか? 由来は?」


「適当に決めた。由来はない」


「ええ!? 適当に!?」


 鳩が吹き出した豆鉄砲が、顔に当たったような感覚だった。

「隊の名前を決めるにあたって、鬼という字を入れることはすでに決まっていたが、他には特に案もなかったから、すでに入隊が決まっていた者達を集め、どんな名前がいいか聞いてみた。すると何人かが辞書を持ってきて、適当な字を挙げはじめたから、多数決を取って、鬼峻隊に決まった」

「本当に適当ですね!」

「厳しいとか、険しいって感じの字を捜してて、辞書開いたら、峻っていう字が出てきたから、これでいいじゃんって即決したそうだぞ」

 百目鬼隊長がにこにこしながら、教えてくれる。

「それでいいんですか!? 一生付き合うことになる、組織名なんですよ!」

「隊士が最低限、隊の名前さえ書ければ問題ない」

 鬼久頭代の言葉に力が抜けて、私は畳に突っ伏してしまう。


 ――――緩い。なんとなくわかっていたことだけれど、この人達は規格外の、緩い思考回路を持っているようだ。規律を遵守する刑門部省の武官と、とことん相性が悪い理由が、垣間見えた気がした。


「組織名だけ書ければいいって言ってもな・・・・その組織名もかけない奴ばっかりになってるけど」

 鬼久頭代の片眉が、ぴくりと吊り上がる。

「組織名ぐらいは書けるように、何度も練習させたはずだ」

「もう忘れてるぞ」

「・・・・・・・・」

 はあ、と重たい溜息を零して、鬼久頭代は立ち上がる。


 なぜか刀まで持ち、鬼久頭代は襖を開け放って、庭に出ていった。


「集まれ!」

 その一声で、屯所の各所に散っていた隊士達が、わらわらと集まってくる。

「なんでしょう、頭首」

「鬼峻隊と書いてみろ」

「・・・・・・・・」

 集められた隊士達は、ぽかんとした顔で突っ立っていた。

「どうした、早く書け」

「は、はい・・・・」

 鬼久頭代に急かされて、隊士達は渋々、木の棒を手に取る。

 そして庭の砂地に、文字を書きはじめた。

「・・・・・・・・」


 ――――きしゅんたい、と砂地に平仮名が連なっていく。誰一人、漢字で、鬼峻隊と書いた隊士はいなかった。


「・・・・峻の字どころか、鬼の字も書けてないじゃん・・・・」

 その惨状を見て、久宮隊長も頭を抱えている。

「だって、おにの字、画数多いし。覚えてもどうせ使う機会は少ないわけだし、別に覚えなくていいんじゃないですかね?」

「お前らの種族を表す字だぞ! 人間が人の字を書けなかったら、どう考えてもおかしいだろ!」

「そんなのずるいですよ! だって人って、二本線組み合わせるだけの、めちゃくちゃ簡単な字じゃないですか! おにの字だって、もっと簡単なの作ってくださいよ!」

「簡単じゃないって! 組み合わせる方向を間違ったら、入の字になるんだぞ」

「種族を聞かれたときに、おにです、って答えられれば、それで十分じゃん」

 鬼峻隊の二番隊隊長からして、この言い分なのだ。隊士達が文字を覚えるはずがなかった。

「お前達、あれだけ練習させたのに、もう忘れたのか・・・・?」

 鬼久頭代の肩から、怒気が放たれている。その気配を感じ取ったのか、隊士達は震え上がった。


「お、俺達だけじゃないですよ! 百目鬼隊長なんて、名字すら漢字で書けませんよ!」


 一同の視線が、今度は百目鬼隊長に向かう。百目鬼隊長は面食らって、頬張っていた和菓子の欠片が、口の端から零れていた。


「・・・・ん? 俺?」


「そうだよ。お前が名字も書けないって、隊士達が馬鹿にしてるぞ」

「ひっでーな。ちゃんと書けるよ、名字ぐらい」

「じゃ、書いてみろよ」

「・・・・・・・・」

 百目鬼隊長は緩慢な動きで庭に飛び下りると、隊士の一人から木の棒を奪って、地面に文字を書きはじめる。


「おい! 記号みたいな形にして、誤魔化そうとするな!」


 ――――書けないことを誤魔化すために、百目鬼隊長は文字の線を波のようにたわませたり、形を崩したり、何重にも線を重ねて太くするなどの小細工を重ね、わざと読み取れないようにしていたようだが、そんな方法が通じるはずもなかった。


「うん? ほら、ちゃんと書けてるよ?」

「・・・・形を崩して読み取れないようにしても、無駄だぞ」

「・・・・なんて幼稚な小細工を・・・・今時、二歳児だってそんなことはしないぞ」

「ちゃ、ちゃんと書けてるよ」

 そう答えつつ、百目鬼隊長の目は泳ぐ。

「どこが書けてるんだよ! 百の白の枠内が、田になってるじゃないか!」

「ほら、俺達が言った通り、百目鬼隊長だって、名字を書けないでしょう?」

 なぜか隊士達は、勝ち誇ったような顔をしている。

「・・・・本当に鬼峻隊って、底抜けの馬鹿が揃ってるよね・・・・」

「ひどいですよ、久宮隊長! 俺達、百目鬼隊長よりは頭はいいですよ!」

「なんで明獅が基準なんだよ! 明獅は馬鹿の極致に立っている鬼だぞ!」


 ――――失礼すぎるやりとりだ。これはさすがに百目鬼隊長が怒るだろうと、そっと彼のほうを盗み見たけれど、百目鬼隊長はもうこの話題に飽きたのか、猫と楽しそうに遊んでいて、こっちを見てもいない。


(・・・・それでいいの? )

 そう思ったけれど、あえて聞かないことにした。






 鬼峻隊の隊士達の騒がしさに呑まれているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。

 そのことに気づいて、辞去することにして席を立つ。

「ふう・・・・」

 縁側から空を見上げると、空は茜色に染められていた。


「話し合い、どうだった?」


 誰もいなかったはずなのに、声をかけられて、私は息を呑む。


「夜堵!」

「どうして夜堵が、鬼峻隊の屯所にいるの?」

「うん、まあ、色々あってね」

「・・・・・・・・」

 どうやら夜堵も、事情を話してくれるつもりはないようだ。蚊帳の外に置かれているようで、少し寂しい気がしたけれど、私に聞き出す権利はない。


「そんなことよりも、燿茜が木蔦の宮に来たんだろ? どんな様子だった?」


「・・・・え?」


 一瞬、頭が真っ白になっていた。


「な、なんで、夜堵がそのことを知ってるの?」

「だって、燿茜が穏葉に会いに行くって言ってたから」

「言ってたの!? どうして止めてくれなかったのよ!」

 私は夜堵の胸倉をつかんで、詰め寄る。揺さぶられても、夜堵はへらへらと笑っていた。

「だって俺には、止める理由がないし」

「なっ・・・・!」

「戻ってきた燿茜が、ちょっと戸惑った様子で、゛穏葉様の声が変だった゛って言ってたのを聞いたときは、笑いが止まらなかった」

「夜堵っ!」

 自分でも驚くほど大きな声が、口から飛び出していた。

「笑い事じゃないってば! 鬼久頭代がまた来たら、次に私は、どんな変声で対応すればいいの!?」

「・・・・いや、普通に対応すればいいだろ。なんで変声縛りをしてるんだよ」

 笑顔から一転、夜堵は呆れ顔になっていた。若干、引かれている気配を感じる。

「だってそれじゃ、声で正体がばれるでしょ!」

「それはしょうがない。いっそ自分から暴露してみるのもいいんじゃない?」

「正体がばれたら、鬼久頭代のことだから、御政堂に連れ戻される!」

「この前みたいなことにならないように、御政堂で大人しくしているのが一番だよ」

「夜堵!」

 夜堵は身体を反転させて、私の手から逃れる。

 すぐにもう一方の手を伸ばしたけれど、夜堵は姿勢を低くして、私の手の下を掻い潜り、庭に飛び降りてしまった。

「それじゃ、また」

「待て――――」

 私の次の言葉を待たずに、夜堵は塀を駆け上がり、向こう側へ姿を消してしまう。

「まったく・・・・」

 振り上げたこぶしを誰にもぶつけることができず、私は地団太を踏んだ。





 そうして御政堂に戻るために、私は京月の通りをとぼとぼと歩く。

「ん・・・・?」


 道端に立札が立てられていることに気づいた。――――立札には手配書が張りつけられていて、道行く人達も足を止め、手配書に見入っていた。


「・・・・暗殺に関わった鬼が、京月に戻ってきたんだとよ。見かけたら刑門部省か鬼峻隊に届け出ろと言う御触れらしい」

「まあ、物騒なこと・・・・追われてるっていうのに、何をしに戻ってきたんだか」

 立札を囲んでいる人達は、ひそひそと話をしている。私は興味を引かれ、立札に近づく。


「・・・・!」


 立札に描かれた似顔絵と、名前を見て、雷に打たれたように動けなくなってしまった。


 ――――鐘達しょうたつ。立札には、そう書かれてあった。


「――――先代御主の、貴円様を暗殺した男だろ? なんでまだ捕まってないんだ?」

「暗殺後、すぐに京月を出て、姿をくらましていたらしいよ。さすがに田舎に隠れられると、捕まえるのも難しかったんだろうな・・・・」

「自分から、網の中に戻ってくるなんて馬鹿だよなあ」

 耳鳴りに耳を塞がれて、音が遠い。集まった人々の声が、襖越しに聞こえてくるように、くぐもって聞こえた。

「鐘達って奴は、目元に傷があるようだな」

「目のところに傷がある奴には、近づかないようにしようぜ」

 私の目は立札に釘付けになり、瞬きすることも、目を逸らすこともできなくなっている。


(鐘達が戻ってきた。――――父上を殺した男が、戻ってきたんだ)


 膝が、指先が震えている。私は震えを少しでも止めるために、固く拳を握った。


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