鬼の花嫁

炭田おと

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64_牙が怖い

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 私は座敷に通された。門衛の隊士達は持ち場に戻っていき、座敷には、私と鬼久頭代、久宮隊長と百目鬼隊長だけが残る。


「座れ」

「はい」

 膝を崩して座った鬼久頭代の対座に、私は正座する。

「・・・・どうして夜堵が、鬼峻隊の屯所にいるんでしょうか?」

 鬼久頭代は、夜堵が久芽里の鬼だと知っているはずだ。取り締まる側と、取り締まられる側が一緒にいるというのも、不思議な状況だった。

「色々事情があって、夜堵が京月にいる間は、屯所にいてもらうことになった」

 鬼久頭代は簡潔に答えつつ、具体的なことは何も話してくれなかった。

(・・・・具体的なことを言わないのは、部外者に内情を話すつもりはない、という意思表示なんだろうな)

 鬼久頭代の言葉を頭の中で翻訳しつつ、私はそうですかと呟く。

「お前は、夜堵とはどんな関係だ?」

「え!? あ――――そ、その、昔、夜堵に助けられたことが合って・・・・それ以来の付き合いです」

 助けられたという言葉は、間違っていない。鬼に囚われた私を助けに来てくれたのは、夜堵達なのだから。

「これ、お礼の品です」

 私は抱えていた風呂敷を畳に置いて、結び目を解いた。鬼久頭代達がどんなお菓子を好むのか、見当もつかなかったから、京月で美味しいと有名な和菓子を買ってきていた。

「おお、ありがと!」

 百目鬼隊長が真っ先に、反応してくれる。

「お口に合うといいんですが」

「俺、甘いの好きだ!」

 百目鬼隊長がお菓子の箱を受けとって、大きく口を開けて笑った。


 ――――上唇が上がって、口の端に犬歯に似た牙が覗く。


「・・・・!」

 心臓を、冷たい手で握られたように、身体が竦み上がっていた。


 頭の中で、もうとっくの昔に忘れたと思っていた、忌まわしい記憶と牙への恐怖が破片となって散らばっていく。


 首に鋭い痛みを覚えて、私は反射的に古傷を押さえていた。


「・・・・御嶌? どうした?」

 私の様子がおかしいことに気づいた鬼久頭代が、顔を覗き込んでくる。

「顔色が悪い」

「・・・・いえ、なんでもないです」

 目を伏せて、鬼久頭代の視線から逃げた。


 血を飲むという特性から、鬼の一部の歯は、鋭く尖っている。その牙を見たせいで、鬼に噛まれた時の記憶を思い出してしまった。


 救出されたばかりの頃は、噛み付かれた時の痛みや恐怖を思い出して、鬼の牙を見るたびに、いちいち身が竦んでいた。


 でも最近は、牙を見る機会が減ったおかげで、あの時の痛みを思い出すことがなくなっていた気がする。


(・・・・でも、どうして今頃? )

 最近は鬼久頭代をはじめ、多くの鬼と会っていた。

 なのに、今さら牙に恐怖を感じるなんて、おかしい。

 上目遣いに、鬼久頭代の顔を窺う。鬼久頭代は、怪訝そうに私の顔を見下ろしていた。


(・・・・そうか。鬼久頭代は、あまり笑うことがないから、牙が見えないんだ)


 鬼久頭代の表情は、あまり動かない。百目鬼隊長のようにあけすけに笑うことも、声を荒げる機会も少ない。だから私はまだ一度も、鬼久頭代の牙を見ていなかった。


 思い返してみると、諒影もそうだ。

 夜堵は、以前は笑った時に牙を見せることがあったけれど、いつの間にか、夜堵の牙を見ることはなくなっていた。きっと私が怯えていることに気づいて、牙が見えないようにしてくれていたんだろうと思う。


 ――――だから今までは、゛鬼の牙゛を意識せずにいられた。――――今、この瞬間までは。


「本当に大丈夫? まだ、怪我が治ってないんじゃない?」

 ずっと黙っていたせいで、久宮隊長にまで心配をかけてしまったようだ。

「・・・・大丈夫です」

 私は無理して、笑って見せる。顔の筋肉が引き攣っている感覚が残っていたから、きっと不自然な笑顔になっていただろう。

 鬼久頭代と久宮隊長は不可解そうにしていたものの、追及はしないでいてくれた。


「鬼峻隊って確か、犯罪率の上昇を食い止めるために、結成された組織ですよね?」


 この話を続けたくなくて、話題を変える。話題の振り方が唐突過ぎたのか、二人ともいっそう怪訝な顔になっていた。

「そ、その・・・・鬼峻隊がどのようにして結成されたのか、ふと気になったんです。私の認識、間違ってたでしょうか?」

「間違ってはいない。数十年前、京月の治安悪化に伴い、刑門部省の武官だけでは人手が足りなくなったから、独自に動ける組織を結成すべきだという意見が出てきた。職にあぶれた者や、地域の顔役をしているやくざ者や博徒、落伍者らくごしゃなどを再編成して、組織化する――――そういう話だった」

 京月は、よく災害に見舞われる土地だ。災害の後、うまく立て直すことができずに、組合などが潰れ、職にあぶれた者が犯罪に走るということが、よく起こっていた。

「それらの鬼達は、当時から、武官が人手が足りない時に、手下として使われていた。目明めあか目明しと呼ばれていたらしい。軽犯罪の前科者に放免を約束して、雇うこともあったそうだ」

「前科者・・・・」

 私は、隊士達の顔を思い出す。隊士達の顔や身体に、どうして刀傷や、前科があることを示す刺青が残っているのか、その理由がようやくわかった。

「捜査をするときに、武官が裏社会の仕組みや暗黙の決まりを知らずに、行き詰るということがたびたび起こっていた。前科者のほうが、裏社会に詳しく、犯罪者の考えを読むことに長けている。そんな経緯で、話が進んでいった。職にあぶれた者に職を与えることができるうえに、治安向上にも貢献できる。実際、その試みはうまくいった」

 鬼峻隊は刑門部省の武官とはまったく違う捜査方法で、成果を上げていると聞いていた。今までの話を総合するとおそらく、裏社会に詳しい隊士が、裏社会で培ってきたやり方を、捜査に応用させているのだろう。


 でも一番すごいのは、鬼久頭代がそういう鬼達をまとめていることだと思う。


 血気盛んで、一度道を外れたことがある鬼達だ。中には、また悪道に戻ってしまう危険性を持った鬼もいたはずだ。

 でも、鬼峻隊の鬼達はきちんと統率されている。鬼久頭代には、その力があるのだろう。


「・・・・当初は、鬼久頭代は、刑門部卿に任命される予定だったと聞きました」

 千代が、先代の刑門部卿が引退した後に、その後継者として、鬼久頭代の名前が挙がっていた、と言っていたことを思い出した。

「刑門部省は古い組織で、制約が多い。新しい組織のほうが、自由に動けると思った」

「まあ、確かに自由だよね。・・・・自由すぎる気がするけど・・・・」

「だよなー。まず頭首からして、堅物を装った自由人だし」

「俺のどこが自由人だ」

 百目鬼隊長の言葉が納得できなかったのか、鬼久頭代は憮然とした。

「上の命令は無視する、捜査のために規律を破る、接待しなきゃならない相手もガン無視・・・・これだけ罪状を重ねておいて、今さら自分は自由人じゃないと言っても、そんな言葉に説得力はないぞ」

「・・・・・・・・」

 鬼久頭代は沈黙する。


「そういえば、鬼峻隊には鬼道師はいないんですか?」

 鬼道は便利なので、刑門部省でも、補佐役として鬼道師を何人か雇っていると聞いたことがある。鬼峻隊でも鬼道師を雇えば、色々な場面で鬼道を役立てることができるはずだ。

「雇いたかったんだけどねえ・・・・」

 久宮隊長は苦笑した。

「・・・・俺達、落伍者の集まりだの、関わったら不幸になるだの、散々な言われようだから、鬼道師に頼んでも入ってくれなかったんだよね。色々伝手を頼って鬼道師を呼び込もうと努力してみたけど、駄目だった」

「そうだったんですか・・・・」

 確かに、巷で流れている鬼峻隊の噂は、ろくなものがない。

 こうして話してみれば、彼らは顔が怖いだけで、悪い鬼達じゃないとわかるけれど、何も知らずに、街で彼らと出くわした時に、彼らの人相や、前科者であることを表す入れ墨を見て判断してしまい、話しかけることを躊躇していたかもしれなかった。



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