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63_不審者呼ばわりが続いていました
しおりを挟む鬼峻隊の門の前には、仁王像のように厳めしい二人の門衛が立っていた。
深呼吸をして、気持ちを固めてから、私は門に近づく。
「あの・・・・」
「あ?」
お喋りをしていた門衛の視線が、私のほうを向いた。矢のような鋭い視線に、無意識のうちに肩が縮んでしまう。
――――門衛は暑いのか、袖をまくり上げていて、二の腕に刻まれた刺青の形を、確認することができた。
この前、ここを訪れた時は余裕がなくて、門衛や隊士の人達の顔や体格を観察できなかった。
あらためて彼らを見て、堅気とは思えない隊士の目付きの鋭さや、身体に残った古傷、刺青の多さに驚かされる。罪人に刻まれる刺青を持っている人もいて、彼らの暗い過去が窺えた。
「鬼久頭代はいらっしゃいますか?」
「ああ、いるけど・・・・お前、誰なんだよ?」
「わ、私は、御政堂で働いている女中です。御嶌逸禾と言います。御政堂が襲撃されたときに、鬼久頭代に助けてもらったので、そのお礼に来ました。鬼久頭代に、取り次いでもらえないでしょうか?」
「ふーん・・・・」
疑われているのだろうか、門衛はすんなりとは通してくれないようだ。
二度、ここを訪れているから、私の顔を覚えてくれている隊士もいるかもしれないと期待していた。だけど残念ながら、まだ顔は覚えてもらっていないようだ。
そのうえ不審者扱いされているのか、まじまじと見つめられている。
「どうしたんだ?」
「・・・・いや、こいつの顔、どこかで見た気がするんだよなあ」
はっきりと私の顔を覚えていなくても、薄ぼんやりとした記憶なら、残っているのかもしれない。
「ああ、そうだ、思い出した!」
突然、片方の門衛が大きな声を出した。
「こいつ、頭首が、害のない不審者って言ってた奴じゃね?」
「・・・・!?」
鬼久頭代が作った、害のない不審者という、謎の単語を持ち出され、私は声を失う。
「ああ、そう言えば、そんなこと言ってたな」
「あの時の女中か。なら、敵ではないな。よし、入れ!」
「俺が頭首のところまで、案内してやるよ」
二人の門衛は道を譲ってくれたうえに、一人が、鬼久頭代のところまで案内してくれるようだ。
――――害のない不審者呼ばわりされて、かなり複雑な心境だった。
あらためて見ると、屯所の敷地面積は、かなり広かった。広い前庭が、訓練場として使われているようだ。
この屯所は、もともと名のある大名の屋敷だったものを、借金のかたに御政堂が接収したものだと聞いている。鬼峻隊結成当時は、予算が下りなかったので、将軍の別宅や、長老達の集まりの場として使われていたこの建物が、屯所として使われるようになったらしい。
そういった歴史を知っていると、白木の柱に残った傷や、床板の軋みなどの古さにも、味が感じられる。
「あ、頭首だ」
悶々とした気持ちを引き摺りながら、庭を横切っていると、前を歩いていた隊士が腕を上げた。
縁側を、鬼久頭代と久宮隊長が歩いている。
「頭首! 害のない不審者が来ましたよー!」
「その呼び方止めてください! 御嶌って名乗りましたよね!?」
鬼久頭代と久宮隊長が、沓脱ぎ石に置かれていた履物を足に引っかけて、庭に降りてくる。
「御嶌か」
「はい、そうです!」
「逸禾ちゃん、こんにちはー」
「こんにちは!」
私は足音荒く、鬼久頭代に近づく。
「鬼久頭代!」
私の剣幕に面食らったのか、鬼久頭代は顎を引いた。
「鬼久頭代が、私のことを害のない不審者だと言ったせいで、隊士の方々に、害のない不審者呼ばわりされます! その不名誉極まりない呼び方を、撤回してください!」
「・・・・何を怒っているのかと思ったら、そんなことか」
「撤回を要求します!」
「いいぞ。だが今後二度と、不審な挙動をしないと、約束しろ」
「・・・・・・・・」
「・・・・あのー、逸禾ちゃん? 考え込まずに、一言、しないって言えばいいだけなんだよ?」
もしまた、鬼久頭代達と一緒にいる時に、運悪く諒影と出くわしてしまったら――――とっさにそんな事態を想定してしまって、しないと即答することができなかった。
私が即答できなかったことが、いっそう、不信感を高める結果になってしまったらしい。
「・・・・やっぱり、不審者なのか」
「ち、違います! 不審者じゃありません!」
「だったら、今の間はなんだ?」
「そ、それは・・・・」
「わかんねえなあ。頭首。結局こいつは不審者なんですか? 違うんですか?」
「限りなく挙動が不審者に近いが、俺達の協力者でもある。今後は,協力者として扱え」
「はい!」
「・・・・・・・・」
もう反論する気力がない。
「今日はどうしてここに?」
「この前、助けていただいたお礼がしたくて・・・・」
私は、手土産にと持ってきた和菓子の箱を、久宮隊長に差し出した。
「お礼なんてよかったのに」
「でも、ご迷惑をおかけしましたから」
「むしろ助けられたのは、俺達のほうなんだよ。逸禾ちゃんのおかげで、岩蝉を捕まえることができたんだから」
「私があそこで危険を冒さなくても、鬼峻隊が岩蝉を捕まえてくれたと思います。私は先走って、迷惑をかけてしまっただけで・・・・」
「岩蝉は翌日には、南鬼に逃げるつもりだったらしい。捕まえられたという保証はなかった」
「逸禾ちゃんがいなかったら、取り逃がしてたかも。岩蝉を捕まえられたのは、君のおかげだよ」
――――私でも、役に立つことができたのだろうか。久宮隊長は少し大げさに言ってくれたのかもしれないけれど、君のおかげという言葉が嬉しく、私はその言葉を噛みしめる。
「みんなで集まって、なにしてんの?」
玄関のほうから、今度は百目鬼隊長が現れた。
「あ、またなんかいる」
「だからなんか呼ばわりは失礼だって!」
「えーと、こいつの名前は・・・・」
百目鬼隊長はこめかみに指をあてて、考え込む。
「あ、そうだ! お前の名前、みかだ!」
「はい? みか?」
誰と間違えているのだろうと、私は首を傾げる。
「うん、なんか、み、からはじまって、か、で終わる名前だった気がするから」
「そこまで覚えてて、なんで名前が思い出せないんだよ・・・・」
「御嶌逸禾です」
「そうそう、そんな名前」
「とりあえず、座敷で話そう。こい、御嶌」
「はい」
「だが、ちょうどいいところに来た。夜堵も来ていたところだ」
「夜堵が!?」
鬼久頭代の口から、思いがけない名前を聞いて、動揺して声が引っくり返ってしまった。
「ど、どこにいるんですか?」
鬼久頭代は、屋根を指差す。
「夜堵! いるの?」
上に声を投げると、夜堵が屋根からひょこっと顔を出した。
昔からなぜか夜堵は、屋根や木の上などの、高い場所にいることが多かった。まるで猫のようなその習性は、今でも直っていないらしい。
「お、夜堵! お前、どこにもいないと思ってたら、そんなところにいたのかー」
顔を出してくれたと思ったら、百目鬼隊長と目が合った途端、夜堵は頭を引っ込めてしまう。
「夜堵! 降りてこいよー」
「・・・・・・・・」
「・・・・降りてこないつもりだな」
返事はなく、夜堵は顔も見せてくれなくなった。
(相変わらず、猫みたい・・・・)
「まったく、猫みたいな奴だ」
猫のような、という感想が頭に浮かんだ瞬間に、鬼久頭代がまったく同じことを言ったので、おかしくて笑いを堪えるのが大変だった。
実際夜堵は気分屋で、気が向いたときしか動かない。おまけに、昼間は日当たりがいい場所で昼寝をしていて、夜になって動き出すということが多い。猫のようなというか、猫そのものの習性だった。
「夜堵が猫なら、俺はなんだ?」
なぜか唐突に、百目鬼隊長がそんなことを言い出した。
「なんだと思う?」
「え? あ・・・・百目鬼隊長は、ええと――――猪じゃないでしょうか?」
「ああ、猪。ぴったりな感じ」
久宮隊長が同意してくれた。
「そっかー、俺、猪か。じゃ、燿茜は?」
「ぶらぶらしている夜堵が猫なら、燿茜は犬じゃね?」
「違うだろ。だって誰にも尻尾振らないし、懐かないじゃん」
「鬼久頭代は、そうですね・・・・犬って言うよりも、狼っていう印象です」
「あ、そうだね。誰にも懐かなくて、飼い主の手を噛みまくってるところなんかも、そっくりだ」
「・・・・・・・・」
久宮隊長の言葉に、鬼久頭代がいちいち憮然としているところが面白い。二人の仲の良さが窺えた。
「じゃ、俺は?」
今度は久宮隊長に笑顔で質問された。
「久宮隊長ですか・・・・?」
困った。私は首をひねる。
夜堵はもちろん、百目鬼隊長、鬼久頭代の性格を例える動物は、深く考えなくても、自然と頭に浮かんできたけれど、久宮隊長だけは、何も浮かばない。
「ええと・・・・アライグマ」
「アライグマ!?」
「――――のような何か」
「えええ!?」
久宮隊長の反応が微妙だったから、慌てて言い直したけれど、誤魔化したせいで余計に悪化した気がする。
「ど、どうしてアライグマ?」
「えっと・・・・器用そうなので。アライグマって、手先が器用ですよね? 久宮隊長は、鬼久頭代と百目鬼隊長達に振り回されつつ、きっちり補佐をしている、という印象ですから」
「あ、そういう理由なのね・・・・」
「心外だな。翔肇を振り回したことはないぞ」
「振り回してる自覚ないの、お前!」
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